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第一章〘芽生える自我〙
第6話【魔王の胎動】
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アニュレ砦では、明け方から緊急の会議が行われていた。
イストワール王国との戦争についてではない。
今の主戦場は、フジミ草原に移っている。問題は、魔物の活発化なのだ。
アルウィンは、その原因について、ある予想をたてた。
活発化を扇動するものがいるということである。イストワール王国ではない。
その真偽を確かめるため、魔物の活発化が、顕著なアニュレ峠に、偵察部隊を派遣。
偵察部隊は、ほどなくして帰還した。その報告によると、猛熊魔王が住処を移動したというのだ。
猛熊魔王は、アニュレ峠を縄張りとする魔王の一種。魔王の中でも、大人しい部類だった。
移動先は、アニュレ峠の南。ターブルロンド帝国領である。
アニュレ峠近郊の村に住む人たちの証言や偵察部隊が、発見した魔王の痕跡。
アルウィンは、それらを勘案して緊急の会議を開くことにしたのである。
会議で話し合うことは、猛熊魔王への対策だ。
多くのものは、リュンヌ教国に救援を要請することを提案した。
俺は、自分たちの力のみで魔王を討伐するべきだと考える。
理由としては、帝国軍の士気だ。
イストワール王国との戦争の流れが、変わりつつある。小競り合いから、本格的な戦いへと。
ここ数ヶ月で、死傷者が増えた。これからも増えるだろうし、そうした戦いは長引くはずだ。
だからこそ、戦い抜く力と意志を内外に示さなければならないのである。
これは、戦争の基本だ。
魔王討伐、これ以上の獲物はいない。
アルウィンは、皆の意見を聞きながら何かを書いている。
意見を集約し、不満の出ない結果でも求めているのだろうか。
「リュンヌ教国への救援要請か……。確かに、勇者のいないターブルロンド帝国の要請なら応えてくれるかもね。その間、イストワール王国も手を出せないだろうし、アニュレ峠の安全だけは守られる。悪くない。他に意見はない?」
アルウィンは、会議室を見回している。誰も意見するものはいない。
会議は、議長であるアルウィンの閉会の言葉を待つ雰囲気に変わりつつある。
書類を揃える緊張感のない音が響いた。俺の意見には、噛み付いてくるフェリシテも大人しい。
まるで、女神像だ。
何もかも気に入らない。この弱腰な態度は何だ。
今このときも、太陽の奴隷たちが、フジミ草原の養分になっている。
「俺は、反対だ。リュンヌ教国に借りを作ることにではないぞ。強さを示せないことについてだ」
アニュレ砦に所属する騎士団長が、テーブルに書類を置く。
綺麗にまとめられていた書類は、バラバラになった。
「リシャール。魔王は、選ばれた勇者の持つ星砕きの剣でしか倒せないんだよ?」
「なら、さっさと探せよ。領土だけは広いんだ。人口だけなら、イストワール王国よりも多い。それで、見つからないわけ無いだろ?」
他の騎士団長たちは、下を向いたり、天井を見上げたりしている。
当事者意識のない奴らだ。
「もう一度、言うよ。勇者はいない。あのね、リシャール。リュンヌ教国から各国に派遣されている調査員が、その国の隅々まで調べるんだ。でも、ターブルロンド帝国で勇者が発見されたことはない。この国には、生まれないようだね」
アルウィンの目は、俺の反論を誘っているようだった。
確かに、ターブルロンド帝国の勇者伝説は外国由来のものばかりだ。
流星勇者は、リュンヌ経典をも凌ぐ人気の昔話ではあるが。
あの勇者は、どこの国の生まれでもない。異界から来た勇者である。
「リシャール団長、勇者というのは……。まず、各国から素質のある人間が、リュンヌ教国に招集されるわ。そして、リュンヌ教国で執り行われる星任官の儀を受けなければなりません。そこで、星砕きの剣によって選ばれた人間だけが、勇者を名乗れるのよ」
フェリシテは、ご丁寧に勇者が生まれる過程を教えてくれた。
どうやら、無知だと思われたようだ。
俺の人生には、勇者への理解も知識も必要なかっただけである。
勇者は、英雄ではない。職業なのだ。役割を終えた勇者ほど虚しいものはない。
流星勇者の最後を知るものは、彼らの生き方に感動するという。
俺は、違う。自己犠牲の末に世界を救っても、たった一人で死んでいくならただの敗北者だ。
英雄には、その先がある。だから……
「リシャール? 君が勇者になるかい?」
「はぁ? なれるのか? 選ばれてもない男が?」
「無理だよ。現実的な解決方法は、リュンヌ教国に依頼するしかないかな~? 陛下の報告するしかないかな~?」
会議室は、忍び笑いに包まれた。
誰かの救いを待つような国だから、勇者が現れないのではないのか。
救いようもない奴らだが、このまま他力本願で会議を終わらせるわけにはいかない。
せめて、アニュレ峠北側に追い込むことができればいいのだ。
そこは、イストワールの領土である。
(これは、使える。上手く誘導して猛熊魔王にアニュレ峠北側を攻めさせれば……)
イストワール側は、混乱するだろう。その間隙を突くことができる。
壊滅的な打撃を与えられるかもしれない。
皮算用ではあるが、アンベールをも暗殺できれば、歴史的勝利だ。
「アルウィン……司令。魔王を討伐せずともイストワール側に追い出せればいい。あちらには、歴代最強の剣聖様がいらっしゃるんだ?」
どよめきのような歓声があがる会議室。だが、すぐにでも、アルウィンが反対するだろう。
「随分と嬉しそうに語るけど。魔王を囮にするつもり? 魔物の……ぃや。魔王は、魔物ではないけど。難しいと思うよ? それに、こちらが魔王をけしかけたことは、すぐにイストワール側にバレるだろうね」
やはり、である。俺にだって、それくらいは予想できている。
「ええ。そうなれば、リュンヌ教国の不興を買うでしょうね。魔王をどうやってイストワール側に誘導して、帝国の関与を疑われないようにするつもり? リシャール団長?」
フェリシテは、単調な声で言う。気品ある顔は、見ているだけで劣等感を感じる。
再び、会議室は沈黙に支配された。いや、ここからだ。
俺に策がある。それは、味方の士気を上げることも可能だ。
しかも、リュンヌ教国を刺激することもない。
一石二鳥の手立てが……
第一章第6話【魔王の胎動】完。
イストワール王国との戦争についてではない。
今の主戦場は、フジミ草原に移っている。問題は、魔物の活発化なのだ。
アルウィンは、その原因について、ある予想をたてた。
活発化を扇動するものがいるということである。イストワール王国ではない。
その真偽を確かめるため、魔物の活発化が、顕著なアニュレ峠に、偵察部隊を派遣。
偵察部隊は、ほどなくして帰還した。その報告によると、猛熊魔王が住処を移動したというのだ。
猛熊魔王は、アニュレ峠を縄張りとする魔王の一種。魔王の中でも、大人しい部類だった。
移動先は、アニュレ峠の南。ターブルロンド帝国領である。
アニュレ峠近郊の村に住む人たちの証言や偵察部隊が、発見した魔王の痕跡。
アルウィンは、それらを勘案して緊急の会議を開くことにしたのである。
会議で話し合うことは、猛熊魔王への対策だ。
多くのものは、リュンヌ教国に救援を要請することを提案した。
俺は、自分たちの力のみで魔王を討伐するべきだと考える。
理由としては、帝国軍の士気だ。
イストワール王国との戦争の流れが、変わりつつある。小競り合いから、本格的な戦いへと。
ここ数ヶ月で、死傷者が増えた。これからも増えるだろうし、そうした戦いは長引くはずだ。
だからこそ、戦い抜く力と意志を内外に示さなければならないのである。
これは、戦争の基本だ。
魔王討伐、これ以上の獲物はいない。
アルウィンは、皆の意見を聞きながら何かを書いている。
意見を集約し、不満の出ない結果でも求めているのだろうか。
「リュンヌ教国への救援要請か……。確かに、勇者のいないターブルロンド帝国の要請なら応えてくれるかもね。その間、イストワール王国も手を出せないだろうし、アニュレ峠の安全だけは守られる。悪くない。他に意見はない?」
アルウィンは、会議室を見回している。誰も意見するものはいない。
会議は、議長であるアルウィンの閉会の言葉を待つ雰囲気に変わりつつある。
書類を揃える緊張感のない音が響いた。俺の意見には、噛み付いてくるフェリシテも大人しい。
まるで、女神像だ。
何もかも気に入らない。この弱腰な態度は何だ。
今このときも、太陽の奴隷たちが、フジミ草原の養分になっている。
「俺は、反対だ。リュンヌ教国に借りを作ることにではないぞ。強さを示せないことについてだ」
アニュレ砦に所属する騎士団長が、テーブルに書類を置く。
綺麗にまとめられていた書類は、バラバラになった。
「リシャール。魔王は、選ばれた勇者の持つ星砕きの剣でしか倒せないんだよ?」
「なら、さっさと探せよ。領土だけは広いんだ。人口だけなら、イストワール王国よりも多い。それで、見つからないわけ無いだろ?」
他の騎士団長たちは、下を向いたり、天井を見上げたりしている。
当事者意識のない奴らだ。
「もう一度、言うよ。勇者はいない。あのね、リシャール。リュンヌ教国から各国に派遣されている調査員が、その国の隅々まで調べるんだ。でも、ターブルロンド帝国で勇者が発見されたことはない。この国には、生まれないようだね」
アルウィンの目は、俺の反論を誘っているようだった。
確かに、ターブルロンド帝国の勇者伝説は外国由来のものばかりだ。
流星勇者は、リュンヌ経典をも凌ぐ人気の昔話ではあるが。
あの勇者は、どこの国の生まれでもない。異界から来た勇者である。
「リシャール団長、勇者というのは……。まず、各国から素質のある人間が、リュンヌ教国に招集されるわ。そして、リュンヌ教国で執り行われる星任官の儀を受けなければなりません。そこで、星砕きの剣によって選ばれた人間だけが、勇者を名乗れるのよ」
フェリシテは、ご丁寧に勇者が生まれる過程を教えてくれた。
どうやら、無知だと思われたようだ。
俺の人生には、勇者への理解も知識も必要なかっただけである。
勇者は、英雄ではない。職業なのだ。役割を終えた勇者ほど虚しいものはない。
流星勇者の最後を知るものは、彼らの生き方に感動するという。
俺は、違う。自己犠牲の末に世界を救っても、たった一人で死んでいくならただの敗北者だ。
英雄には、その先がある。だから……
「リシャール? 君が勇者になるかい?」
「はぁ? なれるのか? 選ばれてもない男が?」
「無理だよ。現実的な解決方法は、リュンヌ教国に依頼するしかないかな~? 陛下の報告するしかないかな~?」
会議室は、忍び笑いに包まれた。
誰かの救いを待つような国だから、勇者が現れないのではないのか。
救いようもない奴らだが、このまま他力本願で会議を終わらせるわけにはいかない。
せめて、アニュレ峠北側に追い込むことができればいいのだ。
そこは、イストワールの領土である。
(これは、使える。上手く誘導して猛熊魔王にアニュレ峠北側を攻めさせれば……)
イストワール側は、混乱するだろう。その間隙を突くことができる。
壊滅的な打撃を与えられるかもしれない。
皮算用ではあるが、アンベールをも暗殺できれば、歴史的勝利だ。
「アルウィン……司令。魔王を討伐せずともイストワール側に追い出せればいい。あちらには、歴代最強の剣聖様がいらっしゃるんだ?」
どよめきのような歓声があがる会議室。だが、すぐにでも、アルウィンが反対するだろう。
「随分と嬉しそうに語るけど。魔王を囮にするつもり? 魔物の……ぃや。魔王は、魔物ではないけど。難しいと思うよ? それに、こちらが魔王をけしかけたことは、すぐにイストワール側にバレるだろうね」
やはり、である。俺にだって、それくらいは予想できている。
「ええ。そうなれば、リュンヌ教国の不興を買うでしょうね。魔王をどうやってイストワール側に誘導して、帝国の関与を疑われないようにするつもり? リシャール団長?」
フェリシテは、単調な声で言う。気品ある顔は、見ているだけで劣等感を感じる。
再び、会議室は沈黙に支配された。いや、ここからだ。
俺に策がある。それは、味方の士気を上げることも可能だ。
しかも、リュンヌ教国を刺激することもない。
一石二鳥の手立てが……
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