元奴隷少年が【黒曜】になるまでの戦記

SSS(隠れ里)

文字の大きさ
21 / 25
第一章〘芽生える自我〙

第10話【黒い雨】

しおりを挟む
 アニュレ峠の上空に禍々しい雨雲が、自然発生とは思えない動きで発達している。

 貴族の子弟ども……。いや、配下の騎士たちは、季節外れの雨に対応するために物資をテントに運ぶ。

 雨雲が、こないとも限らないから。

 俺の命令に、やっと重い腰を上げたのだ。

「怪しい雰囲気だな。あの動き、あの辺りは、ネズミがいるんじゃないか?」

 俺の問いかけに近習の男が、アニュレ峠の空を見た。その鋭い目を細める。

「リシャール様……。魔術隊に撤退命令を出されませんか?」

 俺は、アニュレ砦の方角に目を向ける。もうすぐ、アルウィンが入陣するだろう。

 この近習の男は、アルウィンから賜った魔術隊を無事に返したいのだ。

 犠牲はやむを得ないと理解していたはずである。アルウィンへのごますりなのだろうか。

「ネズミが上手くやれば、魔術隊の犠牲も少なく済むだろうな。それでは不満か?」

 近習の男は、伏し目がちにため息を押し殺したような言葉にならない声を発した。

「アルウィンだって、犠牲者のひとりやふたり……。いや、御大層な魔王様とやり合うんだ。部隊の一つくらい覚悟はできてるだろう……」

 アルウィンは、情に流される人間ではない。俺を助けた時も、哀れみではなかったはずだ。

 ただ、心を失ったサーカスのピエロたちから、最もマシだった俺を選んだだけの話だろう。

 魔術隊は、誰でも入れる部隊ではない。それなりの才能と家柄が必要である。

 再建には、時間はかかるだろう。しかしながら、それを上回る利点のほうが大きい。

 あわよくば、魔王がイストワール王国の英雄アンベールに致命傷を与えてくれる。

 アルウィンの考えはここまでだ。

 俺としては、魔王との戦いを終えたアンベールにとどめを刺すつもりである。

 魔術隊の存在価値など、俺にとってはネズミにとっての滑車程度だ。

 近習の男がなんにこだわっているのかは、分からないけれど。

 俺には、アルウィンへのゴマすり程度にしか思えないのだ。しょせんは、浅はかな考えだと思える。

 子供のときからアルウィンを見ている俺としては。

「せめて、魔術隊のうち付与術師たちを撤退させることは……」

 近習の男は、すがりつくような口調で俺に迫る。戦場で功をあせるものは多い。

 いつまでも、サーカスのピエロに仕えたくはないというのは理解できなくはない。

 俺は、ロングソードの柄を握りしめた。怒りに震える右手を左手でおおう。

「ネズミが、イストワールの国境につくまで強化し続ける必要がある。そのための魔術隊だ。誰ひとり、誰一人特別にしてやる訳には行かない」

 俺は、アニュレ峠にかかる黒雲から光るものが落ちて行くのを見た。

 それは、次第に数を増やして行く。雨粒だ。太陽の光を反射して光っている。

「雨……。降り出したか……」

 雨雲は、時より光っては新たに雨粒を生み出して行く。勢いは、激しくなっている。

「……雨の中の戦いか……情けなくも敗走するネズミには、ぴったりの景色だな」

 近習の男は、アニュレ峠の上空を見つめながら息を荒らげている。

(ふん、それほどまでにアルウィンに気に入られたいのか。こいつも、ネズミの後を追わせるか……)

 敗走する兵士が、ひとりというのも不自然だろう。武勲を上げたいのであれば、戦えばいい。

 俺に反発心を抱くものは、どこかで始末せねばならない。覇道をなすとはそういうことだ。

「それほど救いたいのであれば、お前がアニュレ峠にいけばいい。ただし、ネズミと一緒に……」

 俺が言い終えないうちに、アニュレ峠の方角から馬がかけて来る。

 近づいて来るそれは、緊急事態を告げるドラのように感じた。

 雷鳴のような嘶きに、馬上の兵士はグッタリとしたようすである。

「なんか、あったのでしょうか。魔術隊に……リ……いや……」

 近習の男は、伝令馬を迎えるために立ち上がり駆け出した。

 嫌な予感がする。季節外れの雨。

 不自然なまでに、アニュレ峠の一部をおおう雨雲の群れ。

「まさか、ネズミが死んだか? まだ魔王が動き出す前だろう。無様だな魔術隊……」

 たかだか、魔王の犬どもにすら全滅させられるのか。

 その程度では、魔王相手に逃げるなどできようはずはない。

 魔術隊は、必勝を期して派遣したのだ。

 ネズミは、演習においてアニュレ峠の魔物相手にも戦えていた。

 実力的に問題はないはずだった。もし、魔術隊が全滅していたとしたら……

 こちらが、やろうとしたことを逆にやられる可能性もある。

 魔王が、ここを攻めて来たら……。イストワール王国の草《スパイ》どもが見逃すはずはない。

(そうなれば……ミイラ取りが何とやらだな。クソッ、役立たずども……)

 近習の男は、伝令馬から、兵士を下ろしている。どうやら、怪我をしているようだ。

 俺は、そのようすを呆然と見ている騎士を睨みつけた。誰も彼も治癒士を呼ぼうともしない。

「おい、そこの男。陣付きの治癒士を呼べ。任務を完遂した伝令兵は貴重だ。死なせる訳には行かない」

 驚いた様子で背筋を伸ばした騎士。

 俺の顔を見て、左肩に右手を当てる敬礼をして白いテントに駆け込んで行った。

 すぐに治癒士たちが、倒れた伝令兵に駆け寄って治癒魔術を行使しはじめる。

 近習の男は、こちらに向かって駆け寄って来た。あまり良い報告ではなさそうだ。

 近習の男の顔色は、真っ青になっていた。胸を押さえ、息を整えている様子。

「リシャール団長、猛熊魔王が動き出したようです。想定よりも、かなり早いッ!! 既に魔術隊と戦闘状態に入っている様子」

 まだ、かろうじて全滅はしていないらしい。

 季節外れの嫌な雨雲、早すぎる魔王の行動。既に想定外が2つも起きている。

 まだ、アルウィンがくる様子はない。俺が、対応をしなければならないだろう。

 ネズミは、逃げ出すひまもなく猛熊魔王の餌食にされたのかもしれない。

 援軍を差し向けるべきか。誰を?

 悲壮な顔つきの近習の男の手が震えていた。陣中に差し込む陽光が、その首を飾る宝石を光らせる。

(安物? 魔術アイテムの類か……。この男を向かわせるか。あの目、なぜだか気に入らない)

 俺は、近習の男に近づいた。魔術アイテムと思われる首飾りに、どこか違和感をおぼえる。

「お前が、ネズミの援護にいけ……。場合によってはネズミの代わりをお前がやれ。魔術隊に関しては、お前の好きにするがいい」

「はっ、ありがたき幸せ。今すぐにでも」

 先程までの悲壮感は、消えていた。真っ直ぐとアニュレ峠の雨雲を見据えている様子だ。

 近習の男は、立ち上がるとリュンヌ式の敬礼をして、伝令兵が乗っていた馬にまたがった。

 俺の顔すら見ずに……。いずれにしても、状況の把握だ。

 場合によっては、さらなる援軍の必要も。俺は、地面を踏みしめる。

(ちっ、もっと絶望的な反応を求めていたんだが……。死ぬのが、そんなに嬉しいのか……)

 俺は、近習の男に監視役をつけるために本陣の司令テントに戻ることにした。

 人間というものが、分からなくなった。

 俺に反抗的だった近習の男は、生きて帰れぬ命令をして喜んで死地に向かう。

 崇められるだけの太陽どもが、自ら進んで沈む道を選ぶのだろうか。

 これが、奴らの求める死に方の美学なのかもしれない。

 俺は、そのように納得をして黒雲を一瞥した。怠惰に生きる太陽が、沈み方にはこだわる。

 わざとらしく、その身を別れを惜しむような色に変え、月に後を託す。

 再び、登るために?

(太陽をかげらせる黒い雲か……。雲におおわれていては、死に方を見せることもできないだろうな。それが、奴らにとっての地獄か……)

 第一章第10話【黒い雨】完。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界転生おじさんは最強とハーレムを極める

自ら
ファンタジー
定年を半年後に控えた凡庸なサラリーマン、佐藤健一(50歳)は、不慮の交通事故で人生を終える。目覚めた先で出会ったのは、自分の魂をトラックの前に落としたというミスをした女神リナリア。 その「お詫び」として、健一は剣と魔法の異世界へと30代後半の肉体で転生することになる。チート能力の選択を迫られ、彼はあらゆる経験から無限に成長できる**【無限成長(アンリミテッド・グロース)】**を選び取る。 異世界で早速遭遇したゴブリンを一撃で倒し、チート能力を実感した健一は、くたびれた人生を捨て、最強のセカンドライフを謳歌することを決意する。 定年間際のおじさんが、女神の気まぐれチートで異世界最強への道を歩み始める、転生ファンタジーの開幕。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

処理中です...