元奴隷少年が【黒曜】になるまでの戦記

SSS(隠れ里)

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第一章〘芽生える自我〙

第13話【雨の中の絶望】

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 俺は、ロングソードを抜いた。大地に根をはるように強くふんばって、腹の底に気合をおくる。

「ギフト、血の共鳴っ!!」

 全身の血が、逆流する。知覚できるのだ。血の流れが、一滴残らず意のままに。獣のように吠えた。

 もはや、魔王の覇気による怖じける心はない。震える手は、激昂によるものだ。視界が火花のようにはじけた。

 猛熊魔王の腕が、振り下ろされるが。止まって見えるほどに、おそい。

「じねぇぇぇぇぃぃっ!! 血滅業《けつめつごう》」

 ロングソードが、赤黒く変色した。ブレイドを侵食した俺の血が、敵の臓物を求める。

 猛熊魔王の腹を斬り払う。剛毛にまもられた皮を裂き、肉をえぐる。刃は体内を侵食する。しかし、猛熊魔王は表情も変えずに、俺の顔面を拳で打ち抜こうとした。

 首を動かして、魔王の右ストレートを回避。もう一度、ロングソードで斬り裂く。

「グゴフゥ、グゴフゥ、動きがいいナ。ニンゲン」

 猛熊魔王の膝が、俺の腹部を穿つ。視界が真っ白にかすむ。肺が獣臭で汚染された。

 体が浮いた。猛熊魔王の太い腕が見え、思考が追いつかないままに、吹き飛ばされる。

 全身に痛みがかけめぐった。漆黒の鎧がなければ冥土行きだっただろう。周辺の騎士たちが、俺を見つめている。

 ギフトの効果が消えた。頭が震動して、吐き気に立ち上がれない。勝てない。滲んだ視界の先に、猛熊魔王は平然としていた。

 俺のロングソードは、血の共鳴は、確実にヤツの腹部を斬り裂いたのだ。鮮血に染まった体毛が、何よりの証拠である。

 雨が、さらに地面を濡らしていく。血が、死んだものの記憶を流していく。

 フェリシテも騎士たちも戦っている。しかし、遠くの出来事に思えた。まるで、戦史のなかの戦いを見ているようだ。

「リシャール。しばらくは、動けないよね? 治癒士、リシャールの回復を。良くやったね。魔王への恐怖を振り払ったんだ。まだ、まだ。戦いははじまったばかりだよ。リシャール?」

 アルウィンは、目を細めて微笑を浮かべた。治癒士たちが、猛熊魔王を見ながら駆け寄ってくる。アルウィンが、一歩前に出る。

(まだ、大召喚を使わないつもりなのか。何を考えてるんだ。クソッタレ……。まさかここまで力の差があるとは、な)

「大丈夫ですか。リシャール団長、すぐに治癒を。気をしっかりと持ってください」

 三人の治癒士たちが、俺を取り囲む「ソワン《低級治療》」と口々に唱える。

 温かい。冬の暖炉の前で、戦史を読みながら眠るような心地だ。痺れていた痛みが、ゆっくりとほぐされていく。

「こっちよ、魔王ッ!! 風牙突《ふうがとつ》」

 フェリシテが、アルウィンの魔術で怯んだ猛熊魔王の背後をつき、その腹部に大穴をあけた。

 ターブルロンド帝国の太陽のなかで、もっとも明るく輝く”ベンネヴッツ家”の一人娘。

 さらに、伯爵位を持つ。なのに、ゴミ山から這い上がった俺よりも──強い。

 俺は、地面を力いっぱいに殴った。拳に木箱の破片が刺さるも、治癒士たちの治癒魔術ですぐに完治する。

(この差は、何だ。地獄も知らない小娘が、なぜ魔王と渡り合う? 俺は、なんのために……。あの下劣なサーカス団から生き残ったんだ?)

 俺の自問に、答える声はない。

 アルウィンと息を合わせて、猛熊魔王に確実な傷を与えている。あの太陽の姿は、俺に対する嘲笑だ。

「あぁ、惜しい。魔王の魔核《コア》を攻撃できれば……。動きを止めることができるのに」

「そうだ。それが、できたら……。アルウィン司令が封印魔術を行使できるはずだ。猛熊魔王の魔核《コア》は、どこなんだ?」

 治癒士たちは、フェリシテの動きに一喜一憂している。アルウィンは、猛熊魔王を封印すると言った。こいつらが、期待しているのは、コアへの攻撃なのだろう。

「回復は、もういいっ。魔王のコアとやらは、どこにある? 答えろ」

 俺は、温かな光を振り払うように立ち上がる。治癒士たちは、慌てて術式を解除した。

「はっ、我々と同じであります。猛熊魔王は、人型ですので心臓の位置に。ただ、魔核《コア》を破壊できるのは星砕きの聖剣だけです。ご存知でしょうが……」

 俺は、治癒士のどこか馬鹿にしたような物言いに反論できなかった。そのかわりに、憎悪を込めた目を向ける。

 謝罪して、俺から離れる治癒士たち。俺は、猛熊魔王を睨みつけた。破壊できずとも、攻撃を当てればいい。

 猛熊魔王は、フェリシテや重厚兵を相手にしている。吹き飛ばされ、治癒を受ける重厚兵。一方で、回復されなかったものたちは、ふみつぶされていく。

 俺は、ロングソードを握りしめた。ギフト《血の共鳴》を使えば、一時的に身体能力を向上し、猛熊魔王のスキをつける。心臓を貫くことも可能だ。

 重厚兵が、少なくなればフェリシテにも攻撃が向くだろう。あの女を囮にすればいい。

 フェリシテは、懸命に回避している。その表情からは、徐々に余裕が失われていく。金色に輝く瞳は、死の未来を見ているのではないか。

 もう少しだ。あの女が、倒されてからでも遅くはない。俺は、高揚していた。生意気な太陽が落ちる姿をこの目で見ることができるのだから。

 アルウィンが、こちらを振り返った。

「タイミングを計っているのかな? いい考えを思いついたのなら、力を貸そう。フェリシテっ!!」

 アルウィンは、俺の企みに気付いたのだろうか。フェリシテの名前を呼ぶと、魔術詠唱の準備にはいる。

 猛熊魔王は、何人かの重厚兵を蹴り飛ばしながらアルウィンへと走り出した。

 そう何度も、同じ手にはかからないか。陽動役のフェリシテを無視して、猛牛の突進のごとき、迫力である。

 アルウィンは、ピクリともしない。生き残った親衛騎士たちは、猛熊魔王を追撃。フェリシテも。

「風竜牙突《ふうりゅうがとつ》」

 フェリシテの剣にまとわりつく風のエネルギーが、可視化する。古代の龍の形へと変化した。

 風の竜は、唸り声をあげる。今まさに振り下ろされようとする猛熊魔王の腕を噛みちぎった。

「アウ・ステライ《五滅封杭》」

 アルウィンは、腕を天に向かってまっすぐにあげる。五つの杭が、猛熊魔王の四肢を貫いた。

「リシャールっ!! 行け。今なら魔核《コア》を狙えるはずだっ!!」

 猛熊魔王は、大気を割るほどの叫び声をあげて抵抗する。アルウィンの腕は、激しく震えた。

 考えている暇はない。俺は、意識を集中させる。雨が、俺の頬をつたう。ロングソードを構えた。

 魔王の血に染まった剣身。その表面に赤い目をした狼のような男の顔が、映っていた。

「やってやる。俺が、魔王を倒して英雄になってやる……。行くぞっ!! 血滅業《けつめつごう》」

 俺のギフトが、ロングソードを真っ赤に染め上げる。水たまりを踏みつけて、猛熊魔王に肉薄。

 猛熊魔王の胸の中心を狙う。心臓のある中心を。

 時間の流れが、遅く感じる。剣先は、確実に猛熊魔王の胸部の中心をとらえた。間違いなく。

「アルウィンっ!! 手応えありだ。はやく、封印をっ!!」

 いまだに動かない猛熊魔王は、ただ怒り狂った咆哮を空に向けるだけ。でも、今までにない響き……。いや、感情だ。

 口惜しさと生への執着。勝ったんだ。俺は、猛熊魔王に突き刺したロングソードを抜き取らずにバックステップで後退した。

「まぁ、そんなものだよね。ただの人間に魔核《コア》の破壊は、無理な話だよ。リシャール……。君は、とても良く頑張ったよ。僕の予想を越えてくれた」

 アルウィンは、腕をおろした。その手は、黒ずんでいた。まるで、燃やされた木のようだ。

「グブゥ、グブブブブ。ヒッシダナ。ニンゲンドモ。シカシ、オモシロイ。コンナ、ナマクラデ……」

 猛熊魔王は、俺のロングソードの柄を持つ。奇声をあげると、ロングソードは、灰が吹き飛んだかのように消滅した。

「ば、馬鹿なっ。腕を切り落とされてっ!! 腹を斬り払われて……。コアをっ!? なぜだっ!!」

 俺の疑問に答えるものはいない。その場で、膝をつく。恐怖からではなく。バカバカしくなったのだ。

 あり得ない。これが、魔王なのか?

 重厚兵が、ひとり逃げ出した。それが、合図だった。生き残った奴らは、逃げ出していく。

「ふん、やっと必要量が揃うね。フェリシテ。お疲れ様。もう戦わなくていいよ。リシャールも。──残りのやつも、敵前逃亡だ、やれ……」

 アルウィンは、落ち着き払った声だ。その炭のような手に持った大召喚石を愛おしそうに見つめている。

「アルウィン、封印はできないのか!? なら、それを使うのか? で、でもっ!! トド……メ……は──」

 アルウィンは、答えない。ただ、その足元に紫色の術式が展開されたのみである。

「アルウィン司令、大召喚石を使うつもりね。巻き込まれるわ。リシャール団長、下がりなさい」

 フェリシテは、剣を鞘に納める。じりじりと後退する。猛熊魔王は、動かない。首を回して、アルウィンを見据えている。俺は、倒れている騎士から剣を取った。

 勇者が、現れようとも”トドメ”を刺すのは俺でなければならないのだ。

「異界より招来せよ。特異を付与されし異才の英雄よ……。その首に戒めを。クスヴァプナ・マントラ!!」

 第一章第13話【雨の中の絶望】完。

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