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第一章〘芽生える自我〙
第12話【魔王とは?】
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覚悟を決めなければならない。いや、とっくに決意はできていたはずだが。猛熊魔王をイストワール王国との国境まで追い立てるつもりが、追い詰められている。
戦いではよくあることだ。戦史には良く出てくる事態ではないか。アルウィンの言うとおり……
俺は、拳をにぎりしめた。アルウィンの騎士たちは、次々と指揮所のテントを出ていく。無駄のない所作だ。
「リシャール。緊張してる? 魔王の圧力に飲まれたらダメだよ。相手は、魔王。そういうスキを突いてくるからね。底辺レベルとはいえ、腐っても鯛だよ?」
アルウィンは、微笑を浮かべて俺の肩に手を置いた。軽く触れるように。優しさ以外の感情は伝わってこない。
俺は、深くため息を吐く。アルウィンは、ときより俺たちには、分からない言葉を使う。
「大丈夫だ。問題はない。なぁ? 腐ってもタイ? それはどういう意味だ。また異界の言葉か?」
怒声が、外から聞こえてくる。魔法の詠唱や何かが壊れる大きな音。まだ、ここからは距離がある。
こんな非常時に馬鹿げた質問だったと、舌打ちをした。
「うん? あぁ、タイっていうのは、異界の魚。興味があるなら、見に来るかい? 高級魚で、どことなく気品を感じられる赤い宝石みたいな魚だよ」
フェリシテが、アルウィンを見る。少し焦れたような表情をしていたが、異界の生物について語りだしたアルウィンの顔を見て、表情をもどしてうつむく。
(本当に異界が好きなんだな。こんな時に子供みたいだな……。いや、あえて。余裕……を見せたのか。この状況で)
「そんなバケモノみたいな魚。見たくもない。俺たちも出るか? 首級をあげなければチャンスも何もないだろ?」
戦火のノイズが、ゆっくりと確実に近づいてくる。悲鳴や断末魔が、戦況を明確に示していた。
「アルウィン司令、ご命令を。私も出撃します。私の出自を気にされているのなら……不要です」
フェリシテは、アルウィンの目の前に立って片手をテントの入口に向ける。焦っているのが伝わってくる。
俺だって同じだ。俺の部下……黒曜騎士団の面々などは、立っているのがやっとといったようすである。
アルウィンは、どうだろうか? 猛熊魔王は、着実に近づいている。こちらが、不利な状況に陥っているのは確実だ。
冷静なのは、アルウィンと直卒の騎士たちだけ。フェリシテが、出撃を要請するのは、戦況を好転させようと考えてのことであろう。
「フェリシテ……。まぁ、聞いてよ。魔王を倒すことができるのは、勇者だけだ。今、君が出ても返り討ちに合うか、よくて時間稼ぎができるくらいだよ。でも、これがあれば……」
アルウィンは、フェリシテをなだめるように優しくゆっくりと言葉を発した。そして、テントの入口まで歩く。
その手に握られた水晶をこちらに向ける。テント内の空気が、少しヒリヒリとした。巨大な魔力の流れが急激に変わるときに起きる現象だ、と思う。
俺も書物でしか読んだことのない現象だ。そう、これは著者が感じた感情のママに書かれた文である。
だから実感がもてない。
「大召喚石……ですよね?」
フェリシテの表情が、凍りついたようにかたくなる。名前に聞き覚えはある。異界から勇者を召喚できるという……
「アルウィン……。お前、まさか!?」
魔王は、勇者にしか滅ぼせない。となれば、異界の勇者を使えば倒せるという考えなのだろうか。
アルウィンが、この状況下で落ち着いている理由が分かった。でも、作戦会議のときには、大召喚石のことを言わなかったのは、何故なのだろう。
アルウィンは、大召喚石を手の中でクルクルと回転させる。口の端を歪ませて「まぁ……状況次第でね」と鼻で笑う。
俺は、今が使いどころだと抗議しようとしたが。大きな音とともにテント内に何かが突っ込んできた。
俺達の目の前に落ちたのは、鉄の塊だった。いや違う。鎧を着た騎士だ。
破れたテントの先に、大きなクマのバケモノが見えた。全身を黒い体毛で覆われた金色の瞳がこちらを見つめていた。顎の下まで伸びた鋭い牙には、血が滴る。
その足元に、数人の死体らしきものが転がっていた。アルウィンの親衛騎士たちであろう。
「意外に……強いね。ふぅん、雨雲も……。さぁて、はじめようか。外に出るよ。ここは、もう指揮所とは呼べないからね」
アルウィンの声をかき消すように、悲鳴がそこら中に響いていた。武器を捨てる音と、逃げ出す騎士の鎧の擦れる音が、指揮所の前を通過していく。
外に出るまでもなく、理解できる。敗北する軍隊にみられる光景だ。
指揮所テントを出るアルウィンとフェリシテ。俺は、その後を追う。まるで、血の雨を降らせんとする黒雲が俺を見下ろしていた。
「アルウィン司令、黒曜騎士団の騎士たちが逃亡をはかりました。戦況は、思わしくありません。いかが致しますか?」
アルウィンの姿を見つけた騎士が、駆け寄ってくる。俺は、猛熊魔王が剛腕で掴んだ騎士を振り上げる姿に言葉を失う。
猛熊魔王は、鎧を着た騎士を鉄球のごとく振り回して、取り囲もうとする騎士たちを薙ぎ払った。
次々と倒れていく騎士たちを踏みつけながら逃げ出す黒曜騎士団の面々。
すべて、俺の部下たちだ。
その紋章の入った鎧を脱ぎ捨てて目を剥きだし、大口を開けてヨダレを飛散させながら叫び去っていく。
「ちっ、低俗な……やれ。……リシャール、あれが魔王だよ。どう思う?」
アルウィンの声は、やや殺気をはらんでいたように思えた。生き様よりも死に様を重要視するのが、貴族たちだ。
黒曜騎士団の騎士たちも、貴族の子弟である。まさか、あのような無様をさらすとは……
「アルウィン司令、ご命令を。このままでは全滅します。誘導が失敗した以上。もう逃げ場はないわ……」
フェリシテは、無駄のない動きで剣を抜く。表情は、いつもよりも冷たさを感じる。嫌な女だ。
この女からは、怯えを感じない。さきほど感じられた焦りは、怖気づいたようすは嘘だったのか。
一方で猛熊魔王は、完全武装の騎士を何人も振り回していた。
俺たちとそれほど背丈も変わらないのに。ただの悪辣な表情の大熊にしか見えないのに、だ。
俺は、魔王の気迫とやらに気圧されているのか。あの目つき、肉体をはるかにこえる魔力のオーラ。
「英雄になるんだろ。リシャール。剣を抜け。これ以上、僕を失望させるな。君が立てた君が英雄になるための作戦だ。フェリシテ……もうすぐ大雨がふる。君は、魔王の背後を狙え。僕が、正面から攻める。全軍、後退。魔王をここで仕留める」
アルウィンの言葉に、騎士たちが殺気立つ。防衛に徹していた重厚兵たちも、手に持った槍を掲げる。
雨が降った。俺の頬にこぼれ、流れていく。口の中に入って唾液と混ざり合う。俺は、口を開けていたことに気付いた。
次々と、雨が顔に当たる。アルウィンは、剣を抜きこちらへと向かう猛熊魔王を牽制する。猛熊魔王の太い腕が、アルウィンの頭上に振り上げられた。
「風突【ふうとつ】」
猛熊魔王の後ろに回ったフェリシテが、剣を構え素早い動きで刺突する。
猛熊魔王は、アルウィンに向かって体勢を仰け反らせる。フェリシテの細くて弱々しい体躯からは、信じられない力だ。
「サン・バラライ【雷鳥杭】」
アルウィンは、立て直そうとした猛熊魔王に雷魔術を行使。雨に濡れた体毛は、あらゆる場所から火花を放つ。
動きの止まった猛熊魔王を次々と、重厚兵たちの槍が襲いかかった。さらに、魔術兵や弓兵が狙い撃つ。
(あの魔王が、手足も出せない。俺は、何をしてるんだ。クソッ。なぜ身体が動かないんだ……)
俺は、恐怖を感じているというのか。そんなはずはない。チャンスだ。想定していたものとは違うが、英雄になるための条件が目の前にある。
「グググ、ニンゲンども。喰らい尽くしてやる。ハハナルアノオカタの贄にしてやろう。魔王巡気【まおうじゅんき】」
俺の膝は、地面へと落ちていく。動かなかった体が動いた。しかしながら、それは跪くためだ。強大な力の前にひれ伏すためである。
「剛腕乱流【ごうわんらんりゅう】」
猛熊魔王は、周囲を取り巻く重厚兵をまるで稲穂を刈り取るかのように倒していく。
フェリシテだけが、猛熊魔王の攻撃に反応し、バックステップで回避した。
俺は、攻撃どころか近づくことさえできていない。悔しさに地面を殴りたいと思っても、指すら動かない。
「フェリシテ、もう少し時間を稼げ。大召喚石を使用する。まだ、に……魔力が足りない。リシャール……。君はそんなところで何をしてるんだ? 僕を出し抜いて、英雄になろうと考えていたんだろ? 座っているだけでは、逃げ出したドブネズミと変わらない。違うかな?」
フェリシテは、無言でうなずく。俺を一瞥した。まるで、カメムシを見るような……汚いものを見る冷たい瞳だ。
見覚えがあると思った。心の深い部分をえぐられるような痛みと、腹部に感じる熱。
(動け、動けよ。このまま、貴族どもの慈悲で生き延びただけの男で終わるつもりか……。リシャール。この名前は、俺の決意だ。太陽を落とす。その狼煙だ)
フェリシテは、自分の体躯よりも太い腕を難なくかわして魔術を付与した攻撃を当てていく。
俺は、深く息を吸う。あの日、サーカスの団長を火炙りにした瞬間を思い浮かべる。
戦う意志だ。恨みをぶつけるんだ。魔王に気圧されるな。心と体に言い聞かせる。
片足が、動いた。腕が動く。恐怖を振り払うように手が、指が動く。立ち上がれる。
俺の思いが、心の底でくすぶっていた火種に一筋の煙を立ちのぼらせた。
「俺は、リシャール。猛熊魔王……俺を見やがれッ!!」
第一章第12話【魔王とは?】完。
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戦いではよくあることだ。戦史には良く出てくる事態ではないか。アルウィンの言うとおり……
俺は、拳をにぎりしめた。アルウィンの騎士たちは、次々と指揮所のテントを出ていく。無駄のない所作だ。
「リシャール。緊張してる? 魔王の圧力に飲まれたらダメだよ。相手は、魔王。そういうスキを突いてくるからね。底辺レベルとはいえ、腐っても鯛だよ?」
アルウィンは、微笑を浮かべて俺の肩に手を置いた。軽く触れるように。優しさ以外の感情は伝わってこない。
俺は、深くため息を吐く。アルウィンは、ときより俺たちには、分からない言葉を使う。
「大丈夫だ。問題はない。なぁ? 腐ってもタイ? それはどういう意味だ。また異界の言葉か?」
怒声が、外から聞こえてくる。魔法の詠唱や何かが壊れる大きな音。まだ、ここからは距離がある。
こんな非常時に馬鹿げた質問だったと、舌打ちをした。
「うん? あぁ、タイっていうのは、異界の魚。興味があるなら、見に来るかい? 高級魚で、どことなく気品を感じられる赤い宝石みたいな魚だよ」
フェリシテが、アルウィンを見る。少し焦れたような表情をしていたが、異界の生物について語りだしたアルウィンの顔を見て、表情をもどしてうつむく。
(本当に異界が好きなんだな。こんな時に子供みたいだな……。いや、あえて。余裕……を見せたのか。この状況で)
「そんなバケモノみたいな魚。見たくもない。俺たちも出るか? 首級をあげなければチャンスも何もないだろ?」
戦火のノイズが、ゆっくりと確実に近づいてくる。悲鳴や断末魔が、戦況を明確に示していた。
「アルウィン司令、ご命令を。私も出撃します。私の出自を気にされているのなら……不要です」
フェリシテは、アルウィンの目の前に立って片手をテントの入口に向ける。焦っているのが伝わってくる。
俺だって同じだ。俺の部下……黒曜騎士団の面々などは、立っているのがやっとといったようすである。
アルウィンは、どうだろうか? 猛熊魔王は、着実に近づいている。こちらが、不利な状況に陥っているのは確実だ。
冷静なのは、アルウィンと直卒の騎士たちだけ。フェリシテが、出撃を要請するのは、戦況を好転させようと考えてのことであろう。
「フェリシテ……。まぁ、聞いてよ。魔王を倒すことができるのは、勇者だけだ。今、君が出ても返り討ちに合うか、よくて時間稼ぎができるくらいだよ。でも、これがあれば……」
アルウィンは、フェリシテをなだめるように優しくゆっくりと言葉を発した。そして、テントの入口まで歩く。
その手に握られた水晶をこちらに向ける。テント内の空気が、少しヒリヒリとした。巨大な魔力の流れが急激に変わるときに起きる現象だ、と思う。
俺も書物でしか読んだことのない現象だ。そう、これは著者が感じた感情のママに書かれた文である。
だから実感がもてない。
「大召喚石……ですよね?」
フェリシテの表情が、凍りついたようにかたくなる。名前に聞き覚えはある。異界から勇者を召喚できるという……
「アルウィン……。お前、まさか!?」
魔王は、勇者にしか滅ぼせない。となれば、異界の勇者を使えば倒せるという考えなのだろうか。
アルウィンが、この状況下で落ち着いている理由が分かった。でも、作戦会議のときには、大召喚石のことを言わなかったのは、何故なのだろう。
アルウィンは、大召喚石を手の中でクルクルと回転させる。口の端を歪ませて「まぁ……状況次第でね」と鼻で笑う。
俺は、今が使いどころだと抗議しようとしたが。大きな音とともにテント内に何かが突っ込んできた。
俺達の目の前に落ちたのは、鉄の塊だった。いや違う。鎧を着た騎士だ。
破れたテントの先に、大きなクマのバケモノが見えた。全身を黒い体毛で覆われた金色の瞳がこちらを見つめていた。顎の下まで伸びた鋭い牙には、血が滴る。
その足元に、数人の死体らしきものが転がっていた。アルウィンの親衛騎士たちであろう。
「意外に……強いね。ふぅん、雨雲も……。さぁて、はじめようか。外に出るよ。ここは、もう指揮所とは呼べないからね」
アルウィンの声をかき消すように、悲鳴がそこら中に響いていた。武器を捨てる音と、逃げ出す騎士の鎧の擦れる音が、指揮所の前を通過していく。
外に出るまでもなく、理解できる。敗北する軍隊にみられる光景だ。
指揮所テントを出るアルウィンとフェリシテ。俺は、その後を追う。まるで、血の雨を降らせんとする黒雲が俺を見下ろしていた。
「アルウィン司令、黒曜騎士団の騎士たちが逃亡をはかりました。戦況は、思わしくありません。いかが致しますか?」
アルウィンの姿を見つけた騎士が、駆け寄ってくる。俺は、猛熊魔王が剛腕で掴んだ騎士を振り上げる姿に言葉を失う。
猛熊魔王は、鎧を着た騎士を鉄球のごとく振り回して、取り囲もうとする騎士たちを薙ぎ払った。
次々と倒れていく騎士たちを踏みつけながら逃げ出す黒曜騎士団の面々。
すべて、俺の部下たちだ。
その紋章の入った鎧を脱ぎ捨てて目を剥きだし、大口を開けてヨダレを飛散させながら叫び去っていく。
「ちっ、低俗な……やれ。……リシャール、あれが魔王だよ。どう思う?」
アルウィンの声は、やや殺気をはらんでいたように思えた。生き様よりも死に様を重要視するのが、貴族たちだ。
黒曜騎士団の騎士たちも、貴族の子弟である。まさか、あのような無様をさらすとは……
「アルウィン司令、ご命令を。このままでは全滅します。誘導が失敗した以上。もう逃げ場はないわ……」
フェリシテは、無駄のない動きで剣を抜く。表情は、いつもよりも冷たさを感じる。嫌な女だ。
この女からは、怯えを感じない。さきほど感じられた焦りは、怖気づいたようすは嘘だったのか。
一方で猛熊魔王は、完全武装の騎士を何人も振り回していた。
俺たちとそれほど背丈も変わらないのに。ただの悪辣な表情の大熊にしか見えないのに、だ。
俺は、魔王の気迫とやらに気圧されているのか。あの目つき、肉体をはるかにこえる魔力のオーラ。
「英雄になるんだろ。リシャール。剣を抜け。これ以上、僕を失望させるな。君が立てた君が英雄になるための作戦だ。フェリシテ……もうすぐ大雨がふる。君は、魔王の背後を狙え。僕が、正面から攻める。全軍、後退。魔王をここで仕留める」
アルウィンの言葉に、騎士たちが殺気立つ。防衛に徹していた重厚兵たちも、手に持った槍を掲げる。
雨が降った。俺の頬にこぼれ、流れていく。口の中に入って唾液と混ざり合う。俺は、口を開けていたことに気付いた。
次々と、雨が顔に当たる。アルウィンは、剣を抜きこちらへと向かう猛熊魔王を牽制する。猛熊魔王の太い腕が、アルウィンの頭上に振り上げられた。
「風突【ふうとつ】」
猛熊魔王の後ろに回ったフェリシテが、剣を構え素早い動きで刺突する。
猛熊魔王は、アルウィンに向かって体勢を仰け反らせる。フェリシテの細くて弱々しい体躯からは、信じられない力だ。
「サン・バラライ【雷鳥杭】」
アルウィンは、立て直そうとした猛熊魔王に雷魔術を行使。雨に濡れた体毛は、あらゆる場所から火花を放つ。
動きの止まった猛熊魔王を次々と、重厚兵たちの槍が襲いかかった。さらに、魔術兵や弓兵が狙い撃つ。
(あの魔王が、手足も出せない。俺は、何をしてるんだ。クソッ。なぜ身体が動かないんだ……)
俺は、恐怖を感じているというのか。そんなはずはない。チャンスだ。想定していたものとは違うが、英雄になるための条件が目の前にある。
「グググ、ニンゲンども。喰らい尽くしてやる。ハハナルアノオカタの贄にしてやろう。魔王巡気【まおうじゅんき】」
俺の膝は、地面へと落ちていく。動かなかった体が動いた。しかしながら、それは跪くためだ。強大な力の前にひれ伏すためである。
「剛腕乱流【ごうわんらんりゅう】」
猛熊魔王は、周囲を取り巻く重厚兵をまるで稲穂を刈り取るかのように倒していく。
フェリシテだけが、猛熊魔王の攻撃に反応し、バックステップで回避した。
俺は、攻撃どころか近づくことさえできていない。悔しさに地面を殴りたいと思っても、指すら動かない。
「フェリシテ、もう少し時間を稼げ。大召喚石を使用する。まだ、に……魔力が足りない。リシャール……。君はそんなところで何をしてるんだ? 僕を出し抜いて、英雄になろうと考えていたんだろ? 座っているだけでは、逃げ出したドブネズミと変わらない。違うかな?」
フェリシテは、無言でうなずく。俺を一瞥した。まるで、カメムシを見るような……汚いものを見る冷たい瞳だ。
見覚えがあると思った。心の深い部分をえぐられるような痛みと、腹部に感じる熱。
(動け、動けよ。このまま、貴族どもの慈悲で生き延びただけの男で終わるつもりか……。リシャール。この名前は、俺の決意だ。太陽を落とす。その狼煙だ)
フェリシテは、自分の体躯よりも太い腕を難なくかわして魔術を付与した攻撃を当てていく。
俺は、深く息を吸う。あの日、サーカスの団長を火炙りにした瞬間を思い浮かべる。
戦う意志だ。恨みをぶつけるんだ。魔王に気圧されるな。心と体に言い聞かせる。
片足が、動いた。腕が動く。恐怖を振り払うように手が、指が動く。立ち上がれる。
俺の思いが、心の底でくすぶっていた火種に一筋の煙を立ちのぼらせた。
「俺は、リシャール。猛熊魔王……俺を見やがれッ!!」
第一章第12話【魔王とは?】完。
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