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悪役令嬢幼女編
悪役令嬢は草の汁でも絵を描きたい
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翌日、私はハンナにメイド服を渡し、商会についてのあれこれをハンナに伝えた。
ハンナは初めは、私が何を言っているのか理解できていなかったようでぽかんとしていたが、詳細を話していくうちに驚きで色を失っていった。
「お、恐れながら、わ、私にそんな大役が務まるとは思いません」
「ハンナ、それは私も一緒だよ…ね、私達、同じポットの茶を飲んだ仲じゃない」
私がため息をついてから先日のことを持ち出すとハンナはゴクリと生唾を飲んだ。
ちなみに同じポッドの茶を飲んだ仲とは前世で言う同じ釜の飯を食った仲に似ているが、それに一緒に悪巧みをしたという要素が加わったものだ。
私とハンナは正確にいえば悪巧みはしていないが物理的に同じポットのお茶を飲んでいるし、私の「これからも一緒にお茶しようね」という言葉に「喜んで」と答えている。
まあ、あの時はメイド服のことは伏せて描かせて欲しいとだけしか言っていなかったから、今のは反則かもしれないけど。
「実際、ハンナがやることといえばその新しい侍女服を着て普段通りに過ごすのと、私に描かれることくらいだし、そう気負わなくても」
「そうはおっしゃいますが…」
確かに今の所の超高級品をつけて歩けっていうのは結構心が落ち着かないよね。私も記憶が戻ってからゴテゴテしたいかにもなドレスやらアクセサリーやらを常用するのが怖くなったし。
「というわけで今からよろしくお願いしますよハンナ君」
私がふざけながらハンナを着替えてくるように言うと、ハンナは納得できないような顔をしながらも私の部屋を出て行った。
しばらくしてハンナが戻って来ると私の見立て通り、ハンナは理想のメイドさんになっていた。
「ハンナ…その、似合いすぎててなんて言ったらいいのか分からないよ…」
いつの間にか私はスケッチブックを左手に、鉛筆を右手に装備していた。
そういえば前世でおしゃれな雑貨屋さんやらカフェやらにはミニサイズの水彩画やペン画、鉛筆画が飾ってあった。
ヴェーラ商会の店舗にも何かあってもいいかもしれない。
「早速だけどハンナ、お茶を2つお願い」
「かしこまりました」
ハンナもなかなか分かってきたようだ。初めての時は私に、後で誰か来るのか、と聞いていたからね。
私は前回のクロッキーと同様にハンナを線で追うが、今回は鉛筆を左手に持っている。
ただクロッキーするのはつまらないので左手に持ち替えたのだ。
私はもともと右利きのため、左手で線を引くとガタガタのふにゃふにゃな線になる。
左手だと思ったように描けないのが楽しいし、その線がまた、味が出ておしゃれに見えるのだ。
おそらく、魅力的な絵ほどどんな手法で描いたのかが複雑でよく分からないのと一緒で、左手で描くとどんな風に線が引けるのかが実際に引いてみるまで分からず、再び同じ線を引こうとしても難しいからだと思う。
この手法はよくドローイングなどに用いられる。ドローイングに詳しい定義はないが私の認識では、デッサンのような基礎的な技法を生かして作業的に描くものではなく、様々な画材や描きかたで“表現するもの”だ。
ある意味ドローイングは“イラスト”のようなものに近いのかもしれない。
あ、そうだ。百貨店で鉛筆画に描かれたモチーフの影に一色の水彩絵の具を乗せた絵を見たことがある。
ヴェーラ商店の店舗の雰囲気によるが水彩風の絵も置いてみたいし、今、水彩もやりたくなってきた。
しかし、この世界の絵の主流は木炭画と油彩画だ。アイリスの雑貨屋でも絵の具は油彩のものしか置いていなかった。
確か水彩絵の具は顔料とアカシア樹脂でできている。顔料は植物やら鉱石から取るとしてアカシア樹脂だ。
前世では絵の具のチューブにアカシア樹脂かアラビアガムとは書かれていたものの、どこで取れる植物なのかどんな見た目をしているものなのかはよく分からない。名前がアラビアだからアラビアにあるのかもしれないが。
「お嬢様、よろしければこちらを受け取っていただいても構いませんか?妹がどうしてもお嬢様にと言うもので…」
そう言ってハンナが私に手渡したのは薄桃色の小包で、開くと中には薄黄色のリボンがあった。
「これは?」
「一番目の妹が染めたものです。妹は染物屋に修行に出ていて、昨日久しぶりに会った時にこれを預かってきたのです」
ハンナには妹が2人いるらしい。ひとりはこの間服を貸してくれた私と同じくらいの子で、もうひとりはハンナの2つ下で染物屋で修行中。
もらったリボンは修行中といってもムラがなく綺麗に染まったものだったし、おそらくハンナの妹さんは腕の良いのだろう。
「あの子、リボンを染めるために勝手に庭の花を抜いたみたいで年甲斐無く母に怒られていました」
庭の花?
「それだ!」
私は植木鉢に生える草を摘み、錬金空間でギュッと絞ると棚に飾ってあった珍獣お兄様からもらった小皿に注いだ。
どこかの誰かが植物を描くとき、絵の具に描く植物の汁を混ぜて色を作っていたと聞いたことがある。
絵の具が無いなら、草の汁で描けば良いじゃない!と、思ったのだが、筆が無いことに気がつき、今から買いに行っても草の汁が乾いて描けなくなってしまうので、ハンナに使わない化粧筆を持ってきてもらうことになった。
化粧筆を手に入れた私はさっそくモデルの色の濃いところ、ハンナの場合は髪と侍女服と影に黄緑色の草の汁を乗せた。
草の汁はなかなかに伸びやかで、水に溶いた水彩絵の具のように線を引くことができた。
発色は絵の具よりくすんではいるが、落ち着いた雰囲気で優雅な絵に見える。
草汁画、意外と良いかもしれない。描いているときの青臭さは嫌だけど。
___________________________
※草の汁で絵を描いてみたい方へ
草の汁は絞るだけで出ますが花は絞ってもあまり出ません。
レモンや酢をかけて揉むとよく色が出ますよ。
ハンナは初めは、私が何を言っているのか理解できていなかったようでぽかんとしていたが、詳細を話していくうちに驚きで色を失っていった。
「お、恐れながら、わ、私にそんな大役が務まるとは思いません」
「ハンナ、それは私も一緒だよ…ね、私達、同じポットの茶を飲んだ仲じゃない」
私がため息をついてから先日のことを持ち出すとハンナはゴクリと生唾を飲んだ。
ちなみに同じポッドの茶を飲んだ仲とは前世で言う同じ釜の飯を食った仲に似ているが、それに一緒に悪巧みをしたという要素が加わったものだ。
私とハンナは正確にいえば悪巧みはしていないが物理的に同じポットのお茶を飲んでいるし、私の「これからも一緒にお茶しようね」という言葉に「喜んで」と答えている。
まあ、あの時はメイド服のことは伏せて描かせて欲しいとだけしか言っていなかったから、今のは反則かもしれないけど。
「実際、ハンナがやることといえばその新しい侍女服を着て普段通りに過ごすのと、私に描かれることくらいだし、そう気負わなくても」
「そうはおっしゃいますが…」
確かに今の所の超高級品をつけて歩けっていうのは結構心が落ち着かないよね。私も記憶が戻ってからゴテゴテしたいかにもなドレスやらアクセサリーやらを常用するのが怖くなったし。
「というわけで今からよろしくお願いしますよハンナ君」
私がふざけながらハンナを着替えてくるように言うと、ハンナは納得できないような顔をしながらも私の部屋を出て行った。
しばらくしてハンナが戻って来ると私の見立て通り、ハンナは理想のメイドさんになっていた。
「ハンナ…その、似合いすぎててなんて言ったらいいのか分からないよ…」
いつの間にか私はスケッチブックを左手に、鉛筆を右手に装備していた。
そういえば前世でおしゃれな雑貨屋さんやらカフェやらにはミニサイズの水彩画やペン画、鉛筆画が飾ってあった。
ヴェーラ商会の店舗にも何かあってもいいかもしれない。
「早速だけどハンナ、お茶を2つお願い」
「かしこまりました」
ハンナもなかなか分かってきたようだ。初めての時は私に、後で誰か来るのか、と聞いていたからね。
私は前回のクロッキーと同様にハンナを線で追うが、今回は鉛筆を左手に持っている。
ただクロッキーするのはつまらないので左手に持ち替えたのだ。
私はもともと右利きのため、左手で線を引くとガタガタのふにゃふにゃな線になる。
左手だと思ったように描けないのが楽しいし、その線がまた、味が出ておしゃれに見えるのだ。
おそらく、魅力的な絵ほどどんな手法で描いたのかが複雑でよく分からないのと一緒で、左手で描くとどんな風に線が引けるのかが実際に引いてみるまで分からず、再び同じ線を引こうとしても難しいからだと思う。
この手法はよくドローイングなどに用いられる。ドローイングに詳しい定義はないが私の認識では、デッサンのような基礎的な技法を生かして作業的に描くものではなく、様々な画材や描きかたで“表現するもの”だ。
ある意味ドローイングは“イラスト”のようなものに近いのかもしれない。
あ、そうだ。百貨店で鉛筆画に描かれたモチーフの影に一色の水彩絵の具を乗せた絵を見たことがある。
ヴェーラ商店の店舗の雰囲気によるが水彩風の絵も置いてみたいし、今、水彩もやりたくなってきた。
しかし、この世界の絵の主流は木炭画と油彩画だ。アイリスの雑貨屋でも絵の具は油彩のものしか置いていなかった。
確か水彩絵の具は顔料とアカシア樹脂でできている。顔料は植物やら鉱石から取るとしてアカシア樹脂だ。
前世では絵の具のチューブにアカシア樹脂かアラビアガムとは書かれていたものの、どこで取れる植物なのかどんな見た目をしているものなのかはよく分からない。名前がアラビアだからアラビアにあるのかもしれないが。
「お嬢様、よろしければこちらを受け取っていただいても構いませんか?妹がどうしてもお嬢様にと言うもので…」
そう言ってハンナが私に手渡したのは薄桃色の小包で、開くと中には薄黄色のリボンがあった。
「これは?」
「一番目の妹が染めたものです。妹は染物屋に修行に出ていて、昨日久しぶりに会った時にこれを預かってきたのです」
ハンナには妹が2人いるらしい。ひとりはこの間服を貸してくれた私と同じくらいの子で、もうひとりはハンナの2つ下で染物屋で修行中。
もらったリボンは修行中といってもムラがなく綺麗に染まったものだったし、おそらくハンナの妹さんは腕の良いのだろう。
「あの子、リボンを染めるために勝手に庭の花を抜いたみたいで年甲斐無く母に怒られていました」
庭の花?
「それだ!」
私は植木鉢に生える草を摘み、錬金空間でギュッと絞ると棚に飾ってあった珍獣お兄様からもらった小皿に注いだ。
どこかの誰かが植物を描くとき、絵の具に描く植物の汁を混ぜて色を作っていたと聞いたことがある。
絵の具が無いなら、草の汁で描けば良いじゃない!と、思ったのだが、筆が無いことに気がつき、今から買いに行っても草の汁が乾いて描けなくなってしまうので、ハンナに使わない化粧筆を持ってきてもらうことになった。
化粧筆を手に入れた私はさっそくモデルの色の濃いところ、ハンナの場合は髪と侍女服と影に黄緑色の草の汁を乗せた。
草の汁はなかなかに伸びやかで、水に溶いた水彩絵の具のように線を引くことができた。
発色は絵の具よりくすんではいるが、落ち着いた雰囲気で優雅な絵に見える。
草汁画、意外と良いかもしれない。描いているときの青臭さは嫌だけど。
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※草の汁で絵を描いてみたい方へ
草の汁は絞るだけで出ますが花は絞ってもあまり出ません。
レモンや酢をかけて揉むとよく色が出ますよ。
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