宮廷画家は悪役令嬢

鉛野謐木

文字の大きさ
19 / 39
悪役令嬢幼女編

悪役令嬢は店舗をデザインしたといえるのだろうかⅡ

しおりを挟む
「きっちりと間に合わせますよ、リヴラール殿には広告塔となって頂かねばなりませんからね」


オーキッドさんはメモ帳に何かを書き付けると切り離し、お母様に手渡した。お母様はそれを確認すると左手の中指にはめられていた指輪に収納した。
お母様の指輪は収納機能が付いている魔道具で、衣装箪笥1つ分くらいのものが収納できるらしい。
ちなみに私も琥珀運搬用に本日限定で1つだけ貸してもらっている。


「それでは、エルちゃんも来たことだしさっそく始めましょうか」


「ではまず私の間取り図を見ていただきたいです」


私はお母様の隣に座ると指輪からスケッチブックを取り出し、テーブルに置いた。
店舗の形がわからなかったため長方形の部屋を想定して考えたのだが、なかなか良く書けているのではなかろうか。間取り設計とかは初めてだけど。


「えぇと、つまり……その、こちらは」


「お洋服を置くところです」


「では、こちらは」


「宝石細工を置くところです」


「エルちゃん、あなた、絵は上手なのに間取りは下手ね」


お母様は私からスケッチブックを受け取ると次のページに、私の間取り図もどきを参考にした間取り図を書き直した。


「間取りはマス目を基準に考えるの。ただ円を描いてその中に文字を書いただけではダメよ。距離感が分からないもの。マス目が無いときは基準になる長さを決めて近くに書いておくのよ」


お母様が書いた間取り図はパソコンか何かで書いたかのような、物件探しの資料に使われているような一目で物の位置関係がわかるものだった。お母様、何者ですか。


「夜会の嫌がらせ対策のために必要だからエルちゃんも覚えるのよ」


どうやら貴族夫人の中ではマイナーな屋敷の外観の様式や間取りの様式の名前を持ち出してマウントを取ろうとするご婦人方がいるらしい。知っていれば特に何も言われはしないが、知らずに何も返すことができなければ不勉強だと馬鹿にされるのだとか。面倒な人もいるものだ。


「ちなみにここの様式はリブ・ヴォールトよ」


リブ・ヴォールトは確かランスのノートルダム大聖堂の内装の様式と同じだ。リブは肋骨のことで肋骨のようにアーチが連なっていることからきた名前だったはずだ。教科書で見たよ前世の。
お母様からリブ・ヴォールトの他にもクリアストーリーやらフライング・バットレスやらのの話も聞いたのだが、生活必需品の水などとは違って建築様式は前世の英語やフランス語といった言語の名前のままだった。
一体ここはヨーロッパのどこのあたりを想定して作られた世界なんだ乙女ゲーム製作陣よ。人名やら街並みを見ればドイツ風なのかもしれないけど。リブ・ヴォールトとかのゴシック様式も元々はゴート人、つまりドイツ人風のって意味だしね。


「あ、そうじゃなくて店内の内装を考えるんだったわね。すっかり話し込んでしまったわ」


私も一瞬お店のことを忘れかけてたよお母様。


「構いませんよ。では、気を取り直して。この間取り図ですと入口側が比較的値段の安いもの、奥に行くにつれて高価なものということでよろしいですか。そうなると私としては服は壁沿いにずらりと並べたいと思うのですがいかがでしょう」


「あ、壁にはその、おしゃれな雰囲気の絵を数点飾ってみたいのですが」


「それならば値段の桁が変わる境目に飾るとお客様にも、店員にもわかりやすいかもしれませんよ」


なるほど。オーキッドさんはすでに自分の店を持っているだけあって頼もしい。


「そういえばこの広いホール以外にも部屋があるみたいなのですがそれは何に使えばいいのでしょうか」


「それは個別の商談に使うといいわ。あと、オーダーメイドのお洋服の採寸をする部屋もなければならないもの」


今更思ったことなのだが、この間取りの話し合いに私はいらないのではなかろうか。


「あら、そうだわ。エルちゃん、商品にする宝石の見本は持って来たかしら」


「はい。細工はまだしていませんが」


私は指輪から出した布をテーブルに広げてから琥珀をいくつか取り出した。


「これはまた……昨日見せていただいたものとはまた変わった色合いのものですね。これもまた良い。こちらの緑がかったものでまた服のデザインが浮かんでしまいましたよ。はじめはネクタイの結び目にと思っていましたが、スーツのボタンにも良いですね。ドレスならば胸元だけではなく腰にぐるりと一周縫い付けるのも良い」


「うーん、そうねぇ……絨毯は全部青系統に変えるべきね。それとも宝石を置く台座だけ青にするべきかしら。ああ、でもそれでは色合いが分かりにくくなるものも出てしまうし、宝石毎に台座の色を変えたら統一感がなくなってしまうしどうしましょう」


創作意欲が向上して自分の世界に入りかけたオーキッドさんとお母様。服と店舗とジャンルは違えど似た者同士の香りがする。


「とりあえずお二人ともこちらの世界に戻っていただいても良いですか」


「失礼いたしました」


「ふふ、ごめんなさいね」


「オーキッドさんのお店に首だけや手だけのマネキンは置いていませんか」


「いえ、聞いたこともありませんね」


この国の宝石やアクセサリーは座布団のような台座に置かれて展示されるもので、テレビショッピングでよく見かけるような首のマネキンは存在していないようだ。


「装着した時の見た目がわかりやすいように、こう、装着する部位だけのマネキンを用意するのはどうでしょうか」


私はスケッチブックに首だけのマネキンと手だけのマネキンを描いて見せた。


「なるほど、分かりやすいだけでなく目新しさもあって良いですね。青い絨毯に白い直方体の台座を設置してその上面も青に、そしてマネキンを置けば」


「決まりね。あとはそれらを注文するだけね。楽しみだわ」


内装のデザインを考える、と聞いていたからもっと細かいところまでデザインを考えるのかと思ったのだが、私たちが話し合ったのは商品の配置の仕方と絨毯の色とマネキンのことのみ。これで良いのか。


「私も何かできることがあればお手伝いします。マネキン作りとか……」


前世で首と手は水粘土で死ぬほど作ったからね。あ、そういえば価格の境目に飾る草汁画も量産しなければ。
草汁画第一号は緑だけだったし、値段が高くなるにつれて色を増やしても良いかもしれない。
帰ったら草汁画量産とマネキン作りだろうか。
いや、まず夕飯だわ。
私たちはあまりたいそうな話し合いをしていたわけでもないはずなのに外はだいぶ暗くなっていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

婚約破棄?王子様の婚約者は私ではなく檻の中にいますよ?

荷居人(にいと)
恋愛
「貴様とは婚約破棄だ!」 そうかっこつけ王子に言われたのは私でした。しかし、そう言われるのは想定済み……というより、前世の記憶で知ってましたのですでに婚約者は代えてあります。 「殿下、お言葉ですが、貴方の婚約者は私の妹であって私ではありませんよ?」 「妹……?何を言うかと思えば貴様にいるのは兄ひとりだろう!」 「いいえ?実は父が養女にした妹がいるのです。今は檻の中ですから殿下が知らないのも無理はありません」 「は?」 さあ、初めての感動のご対面の日です。婚約破棄するなら勝手にどうぞ?妹は今日のために頑張ってきましたからね、気持ちが変わるかもしれませんし。 荷居人の婚約破棄シリーズ第八弾!今回もギャグ寄りです。個性な作品を目指して今回も完結向けて頑張ります! 第七弾まで完結済み(番外編は生涯連載中)!荷居人タグで検索!どれも繋がりのない短編集となります。 表紙に特に意味はありません。お疲れの方、猫で癒されてねというだけです。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

処理中です...