宮廷画家は悪役令嬢

鉛野謐木

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悪役令嬢幼女編

悪役令嬢は初めての商談に戸惑いを隠せないⅢ

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エルザ=ミュラー

インヴィディア公爵家のお抱え画家で人付き合いが苦手でアトリエにこもりがちのためその素性を知る者は少ない。
自分の認めた者の依頼しか受け付けていなかったため、日の目をみることのなかった知る人ぞ知る画家。
私は雅号だけつけてもらう予定だったのだがご丁寧に苗字と設定までもがついてきた。これでは雅号ではなくもはや詐欺師の偽名と偽の経歴だ。今は都合が良さそうだからありがたく使わせてもらうことにはするけどさ。

結局私はオークションの会場に見学に連れていかれた。お兄様曰くあれを描いたのはエルではなくエルザ=ミュラーだから顔バレやら身バレやらの心配がなくなったから存分に楽しんで見学ができるよ、とのこと。
会場は店舗の個室の奥側に参加人数分の椅子が二列に並べられ、入口側にはオークショニア役用の机と絵が置かれたイーゼルが並んでいた。
私たちが座るのは入口側に用意された主催側の席で何故か私の前にはサイドテーブルとお茶とお菓子も用意されていた。参加者の方にもお兄様にも何も出されていないのに私だけいいのか。
心配になって私はお兄様や参加者の方をチラチラ見ると微笑ましいものを見るような目をされた。
あ、これアレだわ。ただのお子様扱い。お子様だとこんなにお菓子をもらえるのか。お子様万歳。


「皆様お揃いのようですのでそろそろ始めさせていただきます」


オークショニア役に選ばれたのは執事見習いのセバスチャンだ。セバスチャンは執事のグレイスの息子で、私のぱにゃにゃんだー事件……私が成長促進魔法で観葉植物を大木に成長させてしまった事件で、気を利かせて木に布を巻き、樹液を止めてくれた人だった。
セバスチャンによる始まりの合図で参加者たちに番号札が渡された。
オークションは番号札を挙げて即時支払いができる金額を口頭で提示する形式になっているようだ。


「まずは剣を振るう少年の絵。開始は銀3にございます」


オークションでは貨幣の種類と枚数の数字を言うらしい。ただ、銅貨や銀貨は銅数字、銀数字だが、金貨は小金貨は小数字、大金貨は大数字になる。まあ、今回は金貨を出す人はいないと思うけどね。

「銀8!」


「銀10」


「銀……」


セバスチャンの価格提示から次々と札が挙げられた。
始めは次々と金額が吊り上がっていっていたようなのだが徐々に勢いが落ちていき、後半は銅貨でちまちま吊り上げる形になっていた。


「14番の銀17銅478。これ以上の提示を行う方は?」


「小1」


最後に札を挙げたのは鈴を転がしたような声という表現がとてもよく似合う、金髪で両サイドに黒のメッシュが入ったドリルを装備した美少女だった。
どこかで見たような顔なのだがどこで見かけたのかは全く覚えていない。一体誰だろう。もしかすると乙女ゲーム関係者かもしれない。


「では6番の小1。これ以上の提示を行う方は?……いないようですね。6番の方、おめでとうございます。それでは次の品、同じく剣を振るう少年の絵。開始は同じく銀3にございます」


1枚目の絵は小1でドリルの令嬢に決まったようだ。うん?小1って小金貨1枚、つまり50万円。ひい、私の絵が出だしからこんなに高い値がつくとは、お小遣いの範囲を超えている気がする。どうしよう。
私の心配をよそに値段はどんどん吊り上がり、最終的に6枚の絵は小金貨21枚と銀貨が10枚、銅貨が687枚になった。
日本円に換算して10,784,350円。とんでもない額だ。私、神絵師なのかもしれない。

私の絵を勝ち取ることができた人々はホクホク顔で帰っていった。ちなみにドリル令嬢は剣を振るう少年の絵を二つとも勝ち取っていた。
しかし、勝ち取ることができなかった人々はお兄様やセバスチャンを取り囲んで何やら文句を言っているようだった。クレーマー嫌だな。
ようやくお兄様たちが解放されると、クレーマーたちはホクホク顔で帰っていった。


「お疲れ様です、お兄様、セバス」


「本当だよ。また大変なことにもなったしさ」


お兄様とセバスチャンは疲れた顔をしていた。セバスチャンに至っては魂が抜けたような顔をしている。この世に戻っておいで。


「それで、大変なこととは?」


お兄様は個室にインヴィディア家の使用人しかいないことを確認すると口を開いた。


「エルザ=ミュラーの絵画を注文したいそうだよ」


「それって」


「断ってもなかなか引いてくれなかったから全員分受け付けちゃった」


このやろう。描く人間に確認も取らずに勝手に決めよって。


「あ、でもエルザは客を選ぶのでエルザに断られても怒らないでくださいねって言っておいたから断っても大丈夫だよ!断られたらぜひオークションへどうぞとも言ったし」


「確かに絵を描くことは好きですがお金が絡んでくると話が変わりますからね? オーダーメイドで先ほどの方々全員分? 一体どれだけ時間がかかると思っているんですか!」


ついに私が怒り出すとお兄様はサイドテーブルのをお菓子を私の前に差し出した。


「時間はどれくらいかかっても構わないって。なんなら何年でも待つみたいだから、ね?」


「そうですか、では……じゃないですよお兄様! 今後は私に相談なしにこういうことをするのはやめてください! 怒りますよ?」


「今後は、ね。じゃあ、注文者と注文の内容は後で紙に書いて渡すからよろしくね」


お兄様の仕業だとはいえ、客を選ぶというかお断りするというかが心苦しくて私にはできそうにはないため、私は結局、24枚の絵を描くはめになった。
そうして私は引きこもり画家生活の第一歩を踏み出してしまったのだ。ちくしょう。

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