宮廷画家は悪役令嬢

鉛野謐木

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悪役令嬢学園編

悪役令嬢は入学式の準備をする

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「ねぇハンナ、変じゃない? 目立たないよね? 隠密できそう?」


入学式を前にして私は朝の身支度をしていた。
真新しい制服に袖を通し、姿見の前で両手でスカート部分の両端をつまみ、何度もくるくる回る。
白い軍服に膝丈までのスカートがくっついてできたワンピース状の制服は、乙女ゲームとは違ってエルヴェラールのボンキュッボンなワガママボディを強調していない。
そのことに違和感があり、変な感じがするのだ。
自分のモノを触っても、あの乙女ゲームのような見事な双丘はなく、慎ましやかなものがあるだけだ。
まさか乙女ゲームエルヴェラールは詰め物を……!


「変ではありませんがその制服は隠密には向いていませんね。白ですし。というかお嬢様は何を目指しているのですか」


「忍者?」


「はいはい。忍者ですかはいはい。髪を結い上げますので早く椅子にお座りください」


私が姿見の前に置かれた椅子に腰を下ろすとハンナは私の髪を梳き始めた。

この世界に転生して早八年、珍獣鬼畜お兄様のおかげで私は8年間も引きこもり画家生活をするはめになった。
まあ、外に出ていなかったおかげで攻略対象と関わることもなかったし、ハンナとの距離も縮まったからいいけどね。
しかし、この8年間外に出なかったせいで問題も生じた。
私が引きこもり生活を始め、13歳の時にあった、万民にとっては晴れ舞台であろう社交デビューを身内だけの小さなパーティに収め、社交デビュー後には一切社交しないスタイルを貫いてしまったために、みんな行き遅れた。
そう、みんなが行き遅れたのだ。
この国、ローゼンシュヴァリエ王国においては14、15の頃には婚約者がいることが普通で、それが王族や上位貴族になると10歳で仮婚約、13歳で婚約発表することが一般的だ。
しかし、公爵令嬢の私が7歳で引きこもり、お父様に婚約がどうのこうのと言われても全く相手にせずに過ごしていたら、誰とも婚約しないまま13歳を迎えてしまい、公爵令嬢という名の優良物件が13になっても売れ残っているなら我が家にもチャンスがあるのでは、と考えるご家庭が急増し、私を狙って男性陣が誰も婚約しなかったのだ。
その結果、女性陣も誰とも婚約することができず、私を含めみんな行き遅れ。
いや、この場合は誰も婚約していないから行き遅れという概念は存在しないのでは……おっと、これ以上はやめておこう。
ちなみにあのちゃらんぽらん、じゃない。第三王子も婚約している相手がいない。
理由は上に同じく狙いは私。いやぁ、モテる女は辛いね。
という冗談はさておき、第三王子が狙っているのはみなさんと同じく、私と婚約することで手に入る公爵家とのコネで、別に私のことが好きだとかそういう理由ではない。
第三王子という立場は何も功績や秀でたものがなく、第一王子第二王子が存命ならば年齢順に王位継承権は三番目となる。
しかし、公爵令嬢の私と婚約するとあらまぁ不思議。
この国を支える貴族達をさらに支える身分である公爵の後ろ盾を得た人望のある王子という扱いになり、王太子の有力候補に大変身。
別に本人が大したことをしたわけではないのだが、私と婚約したイコール父親である公爵に認められた男という式ができあがり、奴の株が上がるそうな。
それで、私をなんとか口説き落とそうとあの手この手を使ってきたらしいが、そのあの手この手は私の元へ届くことはなく、8年過ぎた。
つまり、今日はあのちゃらんぽらん王子と再開する日だ。嫌な予感しかしない。
ちゃらんぽらん王子にはぜひ可愛らしい天使のヒロインフローラ=ブランとくっついてお幸せに爆発していただきたいものだ。
いや、待て、ちゃらんぽらん王子の猛アタック以外にももっと嫌な予感がしてきたぞ。
みんな婚約していないイコール学園は婚活会場。


「ハンナ! 私は隠密する身よ。目立つ髪型なんて以ての外よ!」


鏡面に写る私の髪はハンナによって両サイドの髪を少し残し、編み上げられ、お姫様の髪型のど定番のシニヨンにされていた。
合わせ鏡で後ろの様子を見せられたが、シニヨンには青いリボンだけには収まらずヴェーラ商会で売り出している宝石細工の髪飾りがこれでもかと言わんばかりに付けられていた。


「百歩譲ってドリル頭じゃないだけマシだけど光り物はダメ! 目立つ! 隠密! できればもっと地味な髪型に直してくれるとなおよろし」


「光り物って、お嬢様は盗賊か何かですか。はい、残念ながら直す時間はございませんのでさあ参りましょう!」


なんだと。完成させる時間と出発の時間を合わせてくるとは。


「ハンナ、あなた、謀ったわね?!」


「何のことか分かりかねます。早くしないと入学式早々遅刻ですよ」


ハンナ、いい性格になりおって。
私はハンナにドナドナされる形で馬車に乗せられ、乙女ゲームの舞台、王立魔法学園に連行された。
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