婚活ラビリンス

りん

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第1章

不穏な雰囲気

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◇ ◇ ◇



食品メーカー「イトウフーズ」の外食産業部門で、都内を中心に展開しているイタリアンレストラン、『オッティモ』。
比較的安価だけど本格的なメニューを出していることが売りで、新宿、渋谷、恵比寿、と次々と店舗拡大を図り今回六本木への進出となった。

そこでうちに依頼があり、飲食関係は専門外だったが私情もあって請け負うことに。

しかし、今期のメインはあくまでも、とある大企業のWebサービスの新規事業導入であり、当然俺と片桐が中心になって進めていく予定だった。その他に抱えている案件もあり、イトウフーズばかりを贔屓する訳にはいかない。

しかし、俺と片桐は今日もまたイトウフーズの方へ顔を出していた。

オフィスの中にある、ガラス張りで囲まれた小さなミーティングルーム。

今日は、俺と片桐と、もう一人奥森花帆が来ていた。
中途入社が多いこの業界で珍しく新卒でうちに入社した、今年で入社5年目になる中堅株。器量は良いが性格が悪く、泣かされる新入社員が後を絶たない。

元大手企業の金融、IT関係のバリバリの営業マンだった30代~40代位の男が年下の奥森に詰められているのを見るとなんともいえない哀愁を感じる。

以前見かねて、厳しすぎる、と片桐が注意したところ、「私はそういう教育を受けてきましたから、特に片桐さんにはお世話になりました」と、言い返され何も言えなくなってしまったそう。

確かに入社してから2年位は、詰めに詰められてよく泣いている姿を見たし、それでも会社発足仕立てだったから容赦なく指導をしていた。そのツキが回ってきたようで、今となっては生意気に成長した彼女に手を焼かされるはめに。

そして今日は、さすがに片桐にはWebサービスの方に行ってもらう予定だったのだが、頑として言うことを聞かず、仕方なく3人で来訪することに。通されたミーティングルームで、イトウフーズの社員を待つ。


「なんでこんな店舗拡大なんて案件にうちのツートップが出るんですか?」

そう、不服そうに言う奥森。来る時から気乗りしない様子だったが、ここに来てやっと爆発したらしい。奥森らしく素直に不満を口に出す。

「Webサービスの方は、環に任せておけば大丈夫だろ。俺達もちょこちょこ顔出すつもりでいるし」

環とは創立時のメンバーの女性で、俺が社内で一番信頼している社員だった。奥森も環を憧れの先輩としているようで、何かと頼りにしている存在だが、それでも眉をひそめたままぼそっとぼやく。

「……卓哉大丈夫かな」

奥森が心配する卓哉とは、奥森より数年後に入って来た中途社員。そこは年が近いせいもあり仲が良いようだ。

「本当だ、うちの可愛い卓哉がいじめられてないといいけど」

そう言ってまるで他人事のように言う。片桐にとっても卓哉はお気に入りの存在だった。理由は単純で、奥森と違って可愛いから。

「もう卓哉が可哀想ですよ、可愛いっていうなら助けてあげてください」

「うーん、もっと可愛い子見つけちゃったから今は無理かなぁ」

「はぁ?」

片桐の軽口に、上司にも関わらず睨み付ける奥森。

「あ、来た」

片桐の弾むような声に、彼の視線に合わせるとそこには、この間傘を持ってきてくれたおかっぱちゃんの姿が。
途端に更に眉間に皺を深くさせ、心底面白くなさそうな顔をする奥森、そして声を荒げて片桐に詰め寄った。

「……まさか、あの子がいるからこっちに来てる訳じゃないですよね?」

「どうだろうなー」

そんなやり取りをしていると、千聡ちゃんがお盆にお茶を乗せて部屋へ入って来た。

「お、お待たせしてすいません。もうすぐ皆さんいらっしゃいますので」

そう言って俺達の前へお茶を出していき、そそくさと部屋から出て行ってしまう。無理もない、不躾に奥森がメンチ切ってるのだから。

「……本当にアレ目当てなんですか?」

「アレとはなんだ、アレとは」

千聡ちゃんをアレ呼ばわりされ、咎めるように言う片桐。

「……28点」

顔をひきつらせながら彼女に点数をつける奥森に、片桐も不機嫌そうな声で聞き返した。

「は?」

「どんな可愛い子が出てくると思ったら、片桐さんあぁいうイモっぽい子がタイプだったんですか」

「なんだよイモって。恥ずかしがり屋さんで可愛いだろ、なかなか目合わせてくんないとことかさ」

思わず笑ってしまう、確かに彼女と目が合ったことがない。
この前は初対面だったから仕方がないのかもしれないが、たいてい目線が下に泳いでる。

「まぁ、間違いなくうちの業界にはいない子だよな。初々しくて可愛い」

そう言って俺も、片桐が新鮮がって可愛がるのも無理はないと納得する。

「本当、お前らみたいな容赦ない女ばっかと話してたからもう新鮮でね」


その片桐の発言を皮切りに、奥森が声を荒げて反抗した。

「容赦ないって、トークストレートって散々教育してきたのはあなたじゃないですか!」

「そうだっけ?」

と、とぼける片桐に更にまくしたてる。

「私や卓哉がどれだけそれでギャン詰めされて泣いたことか!私はああいうちょっとウジウジした子苦手ですっ」

「あー、学校とか一緒だったら、お前真っ先にいじめてそう」

あー、と俺も同調するような声を上げると、慌て出した奥森。

「そんなことしませんよっ」

そんな話をしながら透明な壁に区切られた部屋で待っていると、やっとこちらへ桜井達がやって来た。
不意に片桐がこちらへ向かってくる、桜井を顎で指して言う。

「あの子は?」

「うーん……65」

「結構いったね」

「あの茶髪のゆる巻きといい、男ウケ狙った恰好が鼻につきますね」

「お前のその自称デキル女風ルックも相当鼻につくぞ。環、意識してんだか知んねぇけど」

よくぞ言ったと吹き出し、奥森に尋ねる。

「その点数さ、何基準な訳?」

「私基準ですよ、ちなみに私は75点です」

75点という自分の評価の甘さに、奥森の「さぞ当然、妥当の点数」という誇らしげな顔を二人で無心で見つめた。

「環は?」

「環先輩になんておこがましくて点数付けられませんっ」



部屋に入って来たプロジェクトリーダーとサブの男二人、そして桜井に一斉に口を噤み立ち上がる。
よろしくお願いしますと、互いに頭を下げ軽く自己紹介をする。今回のプロジェクトのリーダーを人の良さそうな顔をした中川さん、そしてサブを野村といういかにもプライドの高そうな男が務めるらしい。

桜井も昨日ぶりに顔を合わせる。その顔からは、めんどくさいことに巻き込みやがって、というセリフが滲み出てくるよう。
うちのスタッフ目当てに婚活を、なんて云々かんぬん言って無理矢理組み込ませたが、残念ながら片桐のせいでこちら側のスタッフはほぼ固定されてしまった。
彼女を騙したみたいで申し訳ないがしょうがない。



六本木へ店舗拡大案の資料を渡され、それに目を通しながら中川さんの説明を聞いた。


「スタッフは、シェフと店長をこちらで決め、ホールスタッフの方は店長に任せるつもりでいます」

「一人本社から店長として派遣することは難しいですか?」

「出向ということでしょうか?」

出向という言葉にいち早く反応する野村。

「今までも現場でスタッフを決めてもらっていました。それで特に問題なくやっていたんですが」

内容が内容なだけに言葉が刺々しく感じられる。片桐も奥森もその言い方にピクっと反応した。そう気が長い方ではない二人のために、早めに鎮火をと丁寧に説明する。

「はいフードサービス事業を行う大半の企業で、スタッフの採用は店舗任せになっています。でも結局、店長任せにするということは、店長の個人の感覚で募集媒体を決めてしまい、結果コストをかける割に人材が集まらなかったりと効率が悪いんです。募集費用が無駄にするより、これからは本社で一括管理した方がよりコストが抑えられるかと思います」

と、説明する俺に片桐が付け加える。

「それと今後、六本木、麻布、広尾、ここに住んでいる高所得者層を狙ったデリバリー産業への参入も考えているのなら、この六本木店には本社から誰か軸になるような人がいた方が良いと思います」

「それは、またこちらの人事に関わることなので、上と相談して検討してみます」

誰かさんと違って、よく話を聞いてくれる中川さん。
野村はというと、出向が余程気に入らないのかヘソを曲げたままだ。
それを無視して話を続けた。

「昨日、桜井さんにお話ししたので伺っているとは思いますが、この地区ではイタリアンに限らず一流シェフがこぞってお店を開いています。そこと競合していく訳ですから、今までの安価を売りにし最大限コストを抑えるという戦略では上手くいかないと思います。客層はある程度舌の肥えた人達になるので、こちらも最低でもその基準をクリアできるものを提供しなくてはいけません」

「それはこっちも重々承知しているつもりです」

苦々しい顔で野村に言われ、最低限のことは改善していかないといけないとダメ押しで伝える。

「ワイングラスに関しても渋谷や新宿にはあまり種類を置いていなかったのかもしれませんが、ここでは多少コストをかけても準備して頂きたいところです。ここで成功できるかが、今後のデリバリー参入、チェーン店拡大への大きな鍵になってくると思うので」


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