婚活ラビリンス

りん

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第2章

夢の終わり

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翌朝、けたたましいアラーム音に起こされた。

思わず、耳元を塞ぎたくなる程の超爆音。
携帯ってこんなに大きな音出せるのってびっくりする位。

それが社長様の頭元で鳴り響いているのだけれど、彼はびくともしない。

……う、嘘でしょ?
なんでこの爆音に、びくともしないの。

死んでんじゃないの?

思わず布団をちらっとめくって生存確認すると、整ったお顔が出てきてすやすやと静かに寝息をたてていた。

とりあえずその爆音アラームを消して、彼の体をゆする。


「ねぇ、アラーム鳴ってたよ?起きる時間なんじゃないの?」

「……」

「ねぇってば!」

すごい、全然起きない。いくら体をゆすってもまるで反応がない。
……なんなの、この人。

そうこうしていると、昨日の男性のコンシェルジュに連れられて綺麗な女性が部屋にやってきた。
部屋へその人を招き入れると、丁寧に挨拶をされる。

「はじめまして、私、榊原の部下の西篠といいます」

「あ、えっと、はじめまして」

慌ててこの状況を釈明しようとするが、私に一言挨拶した彼女は、まるで私達の関係には興味ないとでもいうような様子で、榊原さんが寝ているベッドへ直行した。


「社長、社長、起きてください。あなたがいないとミーティング始められないんです」

そう言ってさっきの私のように体をゆするが、やっぱりまるで反応がない。どうするんだろうと思ったら、いきなり彼の体に、長く細い足で思い切り蹴りを入れてベッドから転げ落ちさせた。
突然の出来事に開いた口が塞がらない。

「さっさと起きてよ、慧人!もういい加減にして、毎回無駄な手間かけさせないでっ!」

布団にくるまったまま落ちた社長様。むくっとそこから這い出るとまさかの上半身裸というあられもない姿。
またもやびっくりして、見ちゃいけないとすかさず目を反らす私。
しかし、西條さんは慣れているのか驚きもせず、社長のワイシャツに、ネクタイ、ジャケット、ズボンを彼へ投げつけていく。


「ほら、早く着替えてっ」

「……ん」

やっと、小さな声を発して返事をした超低血圧な生き物。



それでも未だに意識がはっきりしない榊原さんに、西條さんの苛立ちが募って強引にワイシャツを着させられる。
そして、ぐでんと脱力しきった彼の腕を掴んで立ち上がらせると、バスルームへ無理矢理連行した。

扉が閉まると、更なる西篠さんの罵声が聞こえてきた。そこから戻ってきた社長様は顔を洗うと少しはエンジンがかかってきたのか黙々と自分で着替え始めた。


「これ、社長から頼まれていた着替えです」

そう言って、私にも紙袋が渡された。そこに入っていたのはブランドものの全身フルコーデ。
……これ、一体総額おいくら?


「こんな、申し訳ないです。あのクリーニングに出してもらった自分の服返ってきているので大丈夫です」

「社長が勝手に世話を焼いてるだけなので気にしないでください」

そう言われ、無言の圧力をかけられ渋々受け取ることに。

……思わずため息が出る程の美人って、こういう人のことを言うんだろう。
女の私がうっとりしちゃう位綺麗な人。

鼻筋がすっと細く高くて、まるで品の良い彫刻のような顔の造り。
目も切れ長で、唇の形も綺麗。

それに加えてこの文句のつけようがない抜群のスタイル。
身長170cm位はありそう。顔も小さくて一体何頭身なんだろう。

液晶パッドを片手に、榊原さんが着替えるのを待っている。
今日のスケジュールでも確認しているのだろうか。


私も着替えようとバスルームへ行く途中、さり気なく遠目で彼女を見た。


……その時計、そのバッグ、そのネックレス、全部知ってる。
私がいつもウインドウショッピングで眺めている先にある憧れの代物達。

だけど、もし私が身に着けてたとしても、不相応なそれらは悪目立ちしてしまう。
なのに、彼女は、まるでそこにあるのが当然とでもいうように違和感なく似合っている。

生まれながらにスタイルが良くて肌質も良い、天性の美人。

男に媚びた化粧と髪型と服装で、最大限誤魔化した自分が恥ずかしくなってくる。

私には一生手に入れることのできない全てが彼女には備わっているのだ。


……こんな人と四六時中一緒にいるんだから、周りの女なんてじゃりんこ位にしか見えないだろう。



着替えて部屋へ戻ると、コーヒーの良い香りがした。

「はい、飲んで」

スーツに着替え完成形に仕上がってきた彼に、西篠さんは淹れたばかりのコーヒーを差し出す。
大人しく言われるがままにそのコーヒーを飲む榊原さん。

たったそれだけの1シーン。だけど二人が立ち並ぶだけで、なんでこうも絵になるんだろう。

……さっさとここから抜け出したい。

どことなく居心地の悪さを感じて、化粧もろくになおさずこの場から立ち去る。


「あの、それじゃ私お先に失礼します。あの、洋服ありがとうございます。社長さんがちゃんと起きたら、そうお伝えください」

一言そう言って逃げるように部屋から出た。


……私にはふさわしくない夢のような一夜だった。

だけど、これから仕事っていう現実が待っている。

今日は運良く、榊原さん達がうちの会社に来ることはない。

今度仕事で会うまでに、ちゃんと気持ち整理しとかないと。

榊原さんは、好きになっちゃいけない人だって。

ちゃんと自分に言い聞かせなきゃ。
自分とはまるで違う世界で生きている人だっていうことを。




◇ ◇ ◇


……どうしてこんなに変わってしまったんだろうか。
東京という街が彼女をそう変えてしまったのか。

どこかで歪んでしまった彼女の恋愛観をどうしても正してやりたかった。
世の中決して、お金、外見、それだけが全てとは思って欲しくないから。

やさぐれてしまった彼女に少し焦って試すようなことをしたけど、キス一つであれだけ動揺した姿を見たら、なんだか少しほっとした。まだあの頃の純粋な気持ちが残っていたようだったから。

ホテルで一夜過ごしてから数日経っても、イトウフーズへ赴けばまだ顔を赤くしてくれる桜井に会えた。
たったそれだけで満たされていた俺の日常が、一本の突然の電話でガラリと変わることになろうとは。



「え、待って、田口さん、急に困るよ!俺、田口さんがいないと生きていけないんだからっ」

ミーティングルームに俺の情けない声が響いた。

これから環と卓哉に任せている、今期一番力を入れているプロジェクトの進行状況の報告を受ける予定なのに。
どうしてこんなタイミング悪くこんな電話をかけてくるのやら。これでは、とてもじゃないけど話に集中できる気がしない。

テーブルの一番端っこで、分かりやすく頭を抱えた。

「……社長が、あんなに取り乱すなんて珍しい」

俺の電話の様子に、卓哉がぼそっと言う。
その隣で何か勘違いした奥森が片桐に詰め寄った。

「田口さんって彼女かなんかですか?」

「違う、違う、慧人の専属のお手伝いさん」

「若いんですかっ?女ですか!?」

「渋いじじいだよ」

そう、田口さんとは俺ともう5年程付き合いのある専属のお手伝いさんだ。
御年65才になる初老の彼だが、週5で家の掃除、洗濯、食事、諸々の家事を任せていた。
家事だけではなく、時々、仕事や人生のアドバイスをくれる、俺にはなくてはならない存在の人だった。

なのに、突然休暇を取りたいとは一体どういうことか。



ちょうど目の前に座っていた卓哉と目が合うが、俺の考えていることが分かったのか、その戸惑ったような瞳はすぐに宙へと反らされてしまう。
だけどこうなったら、誰か代役を立てない訳にはいかない。

「……卓哉、しばらく仕事休んで俺の身の回りの世話をしてくれないか?」

俺の言うことには逆らえない卓哉がうっと言葉に詰まると、彼の後ろから強力な助太刀が入った。

「ふざけたこと言わないでください、うちの卓哉を渡す訳ないでしょう?」

「西篠さんっ」

まるでご主人様の登場を喜ぶ子犬のように、環の登場に目を潤ませている。彼女が卓哉の隣に座ると、一気に場の緊張感が増した。

すると今度は奥森が眉尻を下げながら本当に心配そうに聞いてくる。

「あのよかったら、私が信頼できる人を探しておきますが」

「なんなの、お前。俺に対する態度と慧人に対する態度違い過ぎじゃね?相変わらず社長様にご執心だけど、いつか振り向いてもらえるとでも思ってんの?」

「別に振り向いてもおうなんて思ってませんよ。ただ社長のことは本当に尊敬してるから、変な女が寄り付かないようにと思って」

「慧人からしたら、お前が変な女だよ」

容赦ない片桐の良い様に、普段滑らかに毒舌を吐く奥森も言葉に詰まる。

「なんなんですか、自分が社長みたいに慕われないからって妬いてるんですか?」

「はぁ?」

いつもみたいに二人の言い合いに発展して、西篠がため息を吐きながら仲裁に入った。

「社長、さっさと始めましょう。そろそろ、あの人もシンガポールから帰ってくる頃でしょう?色々片付けておかないと、また何を言われるか分かりませんよ?」

「あぁ、そうだったな……」

あの人というワードに、更に頭が重くなる。これはしばらく、悩みのタネが尽きそうにない。


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