婚活ラビリンス

りん

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第2章

外野の恋 1

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仕事も人間関係も、そして俺の世話役探しも。
何から手を付けていいのやら、もう手に余り過ぎて全部投げ出したい。

とりあえず、あの人、もといアイツのことを考えると本格的に頭が痛くなってくるから、一旦置いておくことにして。

世話役係に関しては、田口さんが辞めるまであと半月ある。
それまでに後継人を見つければ良いし、最悪見つからない場合は卓哉にでも頼めばいい。

しかし、これ以上人間関係がこじれるのは勘弁だ、自分のことはさておき、手近なところから片付けていこうと思うにも……。


その当の本人はというと、会社を一歩出れば、


「あ、リップの色変えた?」

「は、はい……っ」

少し目を離すと、こんな調子で軽々しい声が聞こえてくる。

俺の会社が入っている建物は、この辺りでは六本木ヒルズに並ぶ赤坂の巨大複合施設で、オフィス棟と商業フロアで分かれていた。
その商業フロアを抜けて駅に向かい、クライアント先に行こうとしていたところ、奴はいつの間にか通りがけの受付の女の子に軽く声をかけていたのだった。

声をかけた理由は、顔見知りの女の子と目が合ったとか、そんな何でもない理由だろう。女の子の方も声をかけられて悪い気はしないどころか、嬉しそうに媚びた声で話している。

無理もないか、と片桐凌眞の出で立ちを遠目で見る。
こだわりまくって仕立てたフルオーダースーツの、クソ高い細身のスーツをすらっと着こなし、いかにも金がかかってると分かるその出で立ちに、女のみならず男でさえちらっと二度見することがある。

そして社会人にしては少し茶色がかった髪を毛先で控えめに遊ばせた少しラフなヘアスタイル。そしてよく喋る口からは適当な言葉しか出てこない。
それでも女の子が簡単に落ちるのは、さり気なく育ちの良さを感じさせるからだろうか。実際、良いとこのお坊ちゃんらしいし、そしてこの文句の付けどころのない甘いルックスだ。

金と地位と外見を生まれた時から授かって生まれた彼は、さぞこの世界が楽しくてしょうがないだろう。自分が少し笑えば、世の中は丸く治まる、本気でそんな風に思ってるんじゃないだろうか。

きゃっきゃっと楽しそうにお喋りする片桐に、後ろから怒りを隠さず声をかける。


「……何してんだよ」

「何って、挨拶」

……肝心な奴がこんな調子だ。
俺の杞憂なんて気付くはずもない。

気を取り直して、ボルドーの絨毯が敷き詰められたフロアを速足で歩く。

奇遇にも、イトウフーズの野村を見かけた。すると片桐が分かりやすく顔をひきつらせる。


「げー、野村じゃん」

「げーって、言うなよ。あいつも、一応クライアント先の奴なんだからな」

「分かってるけどあいつには敵意しかないんだよね。ちーちゃんの彼氏だしさ」

「お前のそれ、どこまで本気な訳?」

そう、この謎のちーちゃん推し。関連図を更にややこしくする人物の登場だ。
気に入ったのかイトウフーズで彼女を見つけては毎回ちょっかいを出している。理由を聞いたら、構わずにはいられない存在なんだそうだ。


「あの子さ、結構お前のこと気にしてると思うんだけど。お前がちょっかい出すようになってから、スカートとか穿くようになって化粧もするようになったし」

「え?俺のせいだと思う?」

嬉しそうに言う片桐に釘を刺す。

「どこまで本気なのか分からないけど、一応相手には彼氏いる訳だし、これ以上ちょっかい出すなよ。変にその気にさせて責任取れないだろ?」

人が真面目な話をしているのに、奴はいつの間にか隣からいなくなっていて、さっき通り過ぎたジュエリーショップのショーウインドウに張り付いていた。


「これ、ちーちゃんに似合いそう」

そう言って、嬉しそうにネックレスを指さす。

「買うなよ」

あーあ、とこいつの節操のなさにはもう呆れるしかない。

片桐の好みはころころ変わるが、今回のちーちゃんみたいな素朴な子は初めてだった。
それもどこまで本気なのか怪しいものだが。

いずれにしても、そろそろ、もっと近くにいる奴に目を向けてやらないと、やがて職場を巻き込んで爆発しそうで会社の責任者としては本当気が気じゃない。

が、当の本人は、あいつの気持ちに気付いているのかいないのやら、のらりくらり躱してこの現状。
詰め寄ったところで、こいつが言いそうな言い分も分かっている。同じ職場の奴にはめんどくさいから手出ししたくない、とでも言うだろう。

それならそれではっきり振ってくれ、と思うのだが。
片桐への好意も直接本人に聞いた訳じゃなく確固たるものじゃないから、何とも動きようがない。

そこで、いきなりの謎のちーちゃん推しだもんな。

うちの会社の主柱といっても言いその二人がモメたりでもしたら……。
考えただけでも胃が痛くなる。そんな俺の懸念にも気付かず、、未だ買うか買わないか悩んでいる目の前の呑気な奴を引きずってその場から離れた。



地下鉄の電車の中、電車の吊革に掴まりながら片桐がボヤいた。

「いいなイトウフーズはもう仕事終わったらしい。この男は今日も夜遅くまで帰してくれないつもりなのかしら」

そう言って、腕時計をチラ見する。俺達だって、このクライアント先に顔出せば帰れるようなものだというのに。


「…….野村クン、買い物に来てたのかなぁ」

「あー、あそこで今ワインの試飲会やってるらしいから、それに来たんじゃないか?現地から直輸入しないと手に入らない普通の店舗では出回らないようなワインばっか出してるらしいし」

「なるほどね。店の売りになる良いワインが見つかると良いけど。てか、ワインの良し悪しあいつに任せてんの?今からでもワイン詳しい奴紹介する?」

「紹介するも何も、そもそもコンサル会社主催の試飲会らしいから大丈夫じゃないか?」

「へぇー、詳しいんだな」

「何かのレセプションで主催者とは顔見知りでな、一応顔出しといたんだ」

「はぁー、社長様は大変だな」

「一応お前にも副社長っていう立場があるんだけど、忘れてないよな」

「忘れてないよ」

そう言って笑って誤魔化す奴を横目で睨んだ。

「…….慧人はさ、俺とちーちゃんが付き合うの嫌なの?」

今まで何でもないただの雑談をしていたのに、いきなり声のトーンを落としてそんなことを言い出すものだから、不意を突かれてびっくりする。

「なんでもう付き合う前提になってんだよ?」

「え?普通に付き合うでしょ、俺と野村比べてみてよ慧ちゃん。どっちと付き合いたい?」

「どっちも嫌だ、あとその呼び方止めろ」

「何それ」

心外とでも言いたげに、ちらっと俺を睨んだ。

「でも今回は多分本気だと思うんだよね」

こいつとは大学からの付き合いだ。
一緒に会社を興し苦しい時を一緒に乗り越えてきた仲間でもある。
仕事だけではなくプライベートでもお互い1番仲の良い存在であろう。

だからこそ断言できる。
こいつの本気は全く信用できないということを。


「もういい、分かった。でもその前に、他に清算しなきゃいけない相手がいるだろ」

「え?別にいないけど」

「よく思い出せ、微塵たりともそんな相手はいないか」

「いないけど。え?まさか、さっきの受付の子のこと言ってる?」

あはは、ないない、と笑う片桐。

分かってるよ、そんなことは。
少しでもあいつの気持ちを察してくれているかと思った俺がバカだったんだろうか。

もう、あの子には適当に良い男をあてがって、こいつを諦めさせてやった方がまだ傷も浅くて済む。
可哀想に、なんでこんな奴に惹かれたんだか知らないけど、いつまでもこいつに時間を割いていては惜しいもの。

問題なのは、ちーちゃんの方かもしれない。
今まで慎ましく、清く正しく生きてきた、幼気な子がこんな奴のターゲットにされてしまうなんて。



そんなことがあった数日後、イトウフーズとのミーティング前、俺と片桐、奥森の前で野村が資料の準備をしていた。そんな中、片桐が彼へ話しかける。

「そういえば、この間メッドタウンで見かけましたけど買い物ですか?」

「あぁ、いえ彼女の誕生日が近いんでプレゼントを買おうと思って。ワインが好きなんですよね、今試飲会やってるじゃないですか」

「へぇ意外、千聡ちゃんてワイン飲めるんですね」

「え?千聡?」

「あれ?付き合ってんですよね?」

「あはは、あんなのと付き合ってる訳ないじゃないですか、恥ずかしい。たまに相手してやってるだけですよ、基本俺の言いなりだから何でも言うこと聞くし」

嘲笑いながら言った野村に、一瞬場の空気が凍る。

……あぁ、やばい。
隣の怖い位静かな片桐に嫌な予感しかしなかったが、その怒りはすぐさま目の前の野村に向けられた。


「……そんなやっすいスーツ着て、何が恥ずかしいって?お前何様になったつもりだよ?」

立ち上がり、目の前の野村の胸元をぐいっと掴む。今にも殴りかかりそうな状況に、俺も慌てて立ち上がり片桐を
制す。

「こら、バカ……っ」

「お前にちーちゃんはもったいない」


そう吐き捨て部屋から出て行った。

隣に座っていた奥森は、困惑した表情で固唾を飲んでこのありさまを見守っていた。
普段、飄々としている片桐が、女の子のことでここまで怒っていることにショックを受けているようでもあった。

そんな彼女を部屋へ一人残し、片桐のあとを追う。

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