婚活ラビリンス

りん

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第2章

彼が怒る理由

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泣きそうな顔を隠すように、下を向きながら高層階のホテルのフロントに到着する。

そこは超高層階にある巨大な空間。ところどころフラワーアレンジメントが飾られ、当然だがロビーのソファーやテーブルなど全て格式高い調度品で揃えられている。

高い天井からはでっかなシャンデリアがぶら下がり、壁一面は大きなガラス窓で占められ、そこからは都心の夕暮れ時の夜景を眺望できた。

険悪なムードで落ち込んでいたが、ラグジュアリーホテルの景観に思わず目を奪わずにはいられない。

思わず、はぁとため息が出そうな程、夢のような空間を見渡していると、私達の到着を待っていたかのように、女性のスタッフに声をかけられた。皺一つないパリッとした黒いスーツを身に纏い、丁寧にまとめられたお団子頭を深々と下げる。

「榊原様、お待ちしておりました。いつもご利用頂きありがとうございます」

「この子だけすぐ部屋案内してくれる?」

「はい、予約時に承っております。ではこちらのジャケットもお預かりしますね。このままクリーニングにお出ししてもよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

榊原さんが了承すると、その女性は失礼しますと言って私から榊原さんのジャケットをはぎ取って行った。

どうやらこの高級ホテルの常連らしい榊原様。コンシェルジュともツーカーの仲らしく、私そっちのけで話が進む。
しかもあの受付のお姉さんが根回ししていたのか、予約した時からずぶ濡れの女が行くと伝えてあったらしく、バスタオルを持ってきてくれている。

なんだか私なんかのために、色んなところで気を利かせてもらって本当に申し訳なくなってくる。
それもこれも、私のためにというより隣の男の要望を聞いただけなんだろうけど。

そして預けた榊原さんのジャケットのかわりに、私にそのホテルのロゴ入りのバスタオルを差し出してきた。

「どうぞ、タオルを」

促されるまま、それを羽織う。

「あ、ありがとうございます」

「じゃ、あとよろしくお願いします」

そう言うと、榊原さんは私とその人を残して受付の方へ向かって行く。


「かしこまりました。では、ご案内いたします」

少し不安げにちらっと榊原さんの方を見ると、察したのか声をかけてくれた。


「チェックインしたらすぐ行く」


女性に案内されてやってきたのはフロントから更に高い、53階という超高層階。

壁紙、絨毯、そしてセンス良く置かれたフラワーアレンジメントや絵画達、私を取り囲むそれらがただならぬ雰囲気を醸し出し、ただの部屋へと続く廊下なのに、そこはひっそり静かで重厚な空間に支配されていた。庶民にはまるで縁のなかった世界に思わず足を竦んでしまう。

部屋へ案内され、入ってすぐ目の前の光景に唖然とする。

何、ここ……。
角部屋のようで部屋の二面が窓で、東京タワーに皇居周辺、遠くにはお台場のレインボーブリッジ、球体のあるあのテレビ局、東京湾まで一望できる超贅沢なVIPルーム。
日が沈んできて、ちらほら都心の高層ビル群が光を放ち始めている。これからどんどん、東京の夜景へと変貌していく眺望に思わずうっとりしてしまう。

しばらく言葉を失って窓に張り付いていた後、広い部屋をあちこち探索し始めた。

リビングルームには何人がけ?っていうでっかなソファーと、向かい合うように置かれた一人用のソファー。
その間には光沢光る丁度良いサイズのテーブル。

ベッドルームにはキングサイズのベッドに、贅沢にもこの部屋にもソファーが2つとテーブルが置かれている。
バスルームの脱衣所も無駄に広く全面ミラー仕様になっていた。そしてお風呂にも窓があり、ここからも素晴らしい眺望が望めた。

……一体一晩いくらするんだろう。
易々と払えるなんて、さすが、社長様は住む世界が違う。

すると、不意に部屋のドアが開く音がした。

この非日常感にすっかり忘れていたが、こいつに連れてこられたんだった。
しかもなぜか機嫌が悪いという。

一気に緊張感が高まる。


「シャワー入ったら?」

私を気遣う言葉もなんだかそっけない。
そのプレッシャーに気圧されながらも、めげずに自分の疑問をぶつけた。


「そ、それよりも、なんで、いきなりホテルなんて」

「そんな恰好で、そのまま帰せないだろ」

「だけど、何も説明もなしに、いきなりこんなとこ連れてこられて訳分かんないよ。ちゃんと説明してくれないと」

「とりあえず、シャワー入ってきたら?」

「しかも、なんか怒ってるみたいだし、本当訳分かんない」

「あぁ、もう。こんなに鈍い子とは思わなかったからな」

「鈍い?」

「鏡見てこい」


そう言われてバスルームへ行く。
さっきは色々デラックスなバスルームに圧倒されて気付かなかったが、ピタッと白いノースリーブのシャツが肌に付き、うっすらピンク色の下着が透けて見えていた。一応肌色のペチコートも着ていたが、雨に濡らされそれも意味をなしていない。
あちゃーっと頭を抱えると、かぁっと頬に熱が集まってきた。


これで社長がジャケットを羽織らせた理由も、シャワーを推す理由も分かったけど、私が恥ずかしい思いするだけで、別に榊原さん関係ないだろうに。
どうしてあんなに怒る必要があるんだろう。

しかもわざわざ、こんな良いホテルのこんな良い部屋をとる程のことじゃないと思う。

シャワーを浴びながら、薄暗くなってきた東京の夜景を見る。
……きっとこの部屋、スイートってやつだろうし。

私にはもったいなさ過ぎる。

シャワーを出た後、ふと目に飛び込んできた高級化粧品の数々。
こんな状況でも思わず目を輝かせずにはいられない。

この高級化粧品を惜しみなく使える幸せには感謝しないと。
手に溢れんばかりに化粧水を取って、顔に優しくぱんぱんとパッティングしていく。

濡れた服を片手に、手触りの良いパジャマを着てバスルームを出る。

すると、榊原さんは仕事をしていたのか、ノートパソコンを目の前に難しい顔をしてリビングのソファーに座っていた。液晶画面からちらっと目線を上げて私を見る。


「座ったら?」

そう言われて、向かいの大きなソファーへ座る。
言う通りそこへ腰をかけた矢先、訪問者が。

先程の女性が再びやってきて、今度は私の濡れた服をクリーニングに出すと言って持って行ってしまった。
帰れなくなるからと断ったら、社長の方から体に突き刺さるような鋭い視線を向けられ、渋々服を差し出した。

まるで人質を取られてしまったようだ。
これじゃ、すんなり帰れない。
まさか……、泊まりってことないよね?

女性が去ってついに二人きりになる。
またピリっとした緊張感に包まれる。

あぁ、いたたまれない。
私、こんなところで一体何してるんだろう……?

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