婚活ラビリンス

りん

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第2章

至福の時間

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真意の見えない社長の行動に、少し心細くなっていると社長からメニュー表を差し出された。


「なんか頼むか?」

メニューよりもまず値段に目がいってしまうが、案の定、全然可愛くない値段設定。
分かりやすく困っていると、私からメニュー表を取った。


「俺が勝手に決めちゃって良い?」

「お、お願いします」

「何が食べたい?」

「なんでも……」

男が困るナンバー1の言葉だけど、彼はなんなく適当に料理を決めてく。
きっと値段なんて見ていないんだろう。



「お酒飲むだろ?」

その問いかけに私は素直に、こくんと頷いた。

訳が分からずモヤモヤしてたけど、大好きなそのワードになんかもう色々吹っ切れる。
もう良いや、人生でもう二度とないであろう体験。

この人の魂胆もよく分かんないけど、この一時楽しまなきゃ損だ。

万に一つ、この貧相な体が目的であっても、もうこの際流されてしまえば良い。
お酒飲んじゃえば記憶もあうあふやになるし。

一瞬呑気にそう思って目の前の人物をチラ見し、色々想像してかぁーっと顔が熱くなる。

私はバカかと、すぐさまその考えを打ち消した。

この社長様に、私の体にどれだけの価値があるというのか。
思い上がりも甚だしい。

彼はきっとそんなこと私に求めてない。


「肉か魚でいったらどっちがいい?」

「に、肉、ふぉ、フォアグラが食べたいです……っ」

「了解」

控え目にそう言うと、榊原さんがくすっと笑う。
やっと素直になってきた私が嬉しい様子。

連絡するとすぐにやってきたコンシェルジュ。今度は、さっきの女性とはまた違う男性がやって来た。

「フォアグラのテリーヌと、和牛のステーキ、ロブスタービスクを2人前ずつ、あとこのサラダを一つ」

次から次へと躊躇なく料理が注文されていく。
こういう時ばかり私の頭はフル回転。一体いくらになるんだろう。


「お酒は何が良い?メイン肉だから赤ワインで良いか?」

言われるがまま、うんうんと頷く。
すると、ちょっと意地悪そうな目を向けて、

「シャンパンはいいの?」

そう聞かれて恐縮しながら、またもや控え目に飲みたいですと答えた。

「そしたら、このシャンパンをとりあえずグラスで」

「食前でよろしいですか?」

「はい」

「あとメインの時、この赤ワインをグラスで一緒に持ってきてくれますか」


……なんだろうか、この致せり尽くせり感。
なんで私こんな甘やかされてるんだろうか。


「……どうして、こんなことになってるんだろう?」

気が抜けてきて、つい本音が口に出てしまう。

「別に、ホテルに来たついでに食事してるだけだろ」


……ついでに食事。
やっぱり一般庶民の金銭感覚とは遠くかけ離れてる。

結婚記念日か何か特別なイベントがなきゃ、こんなとこ泊まれない。せいぜい1年に1回ってとこじゃないだろうか。
それを仕事終わりふらーっとそこら辺の飲み屋に行く感覚で来れてしまうのだから、その感覚にちょっと恐ろしささえ感じてしまう。


そんなことを考えていると、さっき注文したメニューを乗せたワゴンを押したボーイさんがやってきた。そしてテーブルの上に繊細にソースがかけられたフォアグラのテリーヌが置かれる。さすが高級ホテルの料理と言わんばかりのクオリティに、思わず顔をほころばせずにはいられない。

その隣にナイフとフォークをセッティングしてもらうと、一番楽しみにしていたシャンパンの細長いグラスがその横へ置かれる。ワインクーラーからボトルを取り出すと、底を白い布でさっと拭いてグラスへシャンパンが注がれていった。

グラスを傾けて、ささやかに乾杯をする。気泡だった金色の飲み物を一口口に入れて、こくんと飲み込んだ。

「おいしい」

思わずつい口に出すと、榊原さんが笑ってボーイさんに「これボトルでください」と一言伝えた。
値段見ずに言えちゃうのがまた凄い、このグラス一杯でだってびっくりする値段だったのに。

シャンパンに舌鼓を打ちながら、テリーヌをたいらげると、丁度良い頃合いにロブスターのビスクとサラダ、バスケットに入ったパンが次々と運ばれてきた。
そしてメイン料理の肉厚なフィレ肉のステーキに辿り着き、赤ワインが入ったグラスを口に傾けている頃には、私はすっかり出来上がってしまっていた。


「デザートは?」

「食べたいっ」

「何が良い?」

そう言ってメニューを渡される。良い具合に酔っ払ってるから、さっきみたいに値段もあまり気にならない。


「えーっとね、あー、どうしようっ」

「何で悩んでんの?」

「えっと、ガトーショコラとチーズケーキとそれとアイスと、えっと」

「それ全部頼んだら、どうせそんなに量来ないから。一緒に食べよう」

「いいのっ?」

嬉しさのあまりに思わず声を弾ませると、社長さんが声をあげて笑った。

そして、テーブルの上にデザートが運ばれてくるとガトーショコラから口に運んでいく。程良い甘さの生クリームをケーキに添えて口の中へ。目をぎゅっとつぶって、「んーっ」と喜びを噛みしめるような声を上げた。

「おいしいっ」

感無量、と言わんばかりに眉を寄せて言うと、榊原さんも嬉しそうに笑ってる。

「それは良かった」


ガトーショコラから次はチーズケーキに手を伸ばす、皿の周りに円を描く様に彩られたアプリコットソースをたっぷり付けて頬張った。また、んーっと至福の瞬間を噛みしめる。


時々アイスを挟みながら二つのケーキをペロリと食べあげてしまった。あれ?そういえば一緒に食べると言っていた社長さんは一切手をつけていない気がする。チラっと社長さんを見ると、バチっと目が合ってすぐさま目をそらした。もしかしなくても、私がバクバク食べてるところずっと見てた?

恥ずかしくて身を縮こまらせながら謝った。


「ごめんなさい、つい美味しくて、結局一人で食べちゃった」

「いや、いいよ。美味しそうに食べてる、その顔を見てた方が楽しかったから」


……社長さんの、考えていることが本当に分からない。

会社の女の子も、こうやって食事に連れて行ってあげるのだろうか。
例えば、会社のあの受付の綺麗な女の子や、いつもうちに一緒に来る奥森さんとか。

私のこと嫌いだって言ってたのに、今じゃこんな風に甘やかされて……。
なんで、こんな私に優しくするんだろう。

この前だって、わざわざ家まで送ってくれたし。
こんな優しくしても何のメリットのない私に。

……あなたが何を考えてるのか分かりません。

頭がモヤモヤしてきて、グラスに残ったシャンパンをぐいっと飲み干した。

色々考えることがめんどくさくなって、調子に乗ってシャンパンを飲み続ける。
お酒が好きな割に、そこまで強くない私。
さっきよりも更に、クラっと酔いがまわって気持ち良い。

シャンパングラスを持って、泡の向こうに夜景を映した。
まるで暗闇にありったけの宝石を散りばめたかのようなキラッキラな夜景。

さすが、一流高級ホテル最上階のロケーションに恍惚せずにはいられない。


「……あー、きらきらの夜景にシャンパンのしゅわしゅわが綺麗。これぞ東京マジック」

舌っ足らずになった私の話し方に、心配した社長さんが私のグラスを奪おうとする。
それを私は、両手でグラスを掴んで死守。


「人生で一回あるかないかの至福の時間なの、とことん甘やかして」

「もう、しょうがないな」

ため息をついて苦笑いしながら諦めた社長さん。


「出身、山形だっけ。いつからこっちに出てきたの?」

「高校卒業してから。てかその頃のことはあまり思い出したくないんだよね」

「……なんで?」

「あまり良い思い出ないから。いじめられてたし友達もいなかったし。あそこは本当にどこまでも閉鎖的で、暮らしてると喉が詰まりそうになる。それにあそこには私の欲しいのものは何一つないし」

そう言って、夜景を見ながら昔を振り返る。あそこには、こんな景色もこんなおいしいお酒も料理もない。


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