気まぐれな七夕と少女

たもたも

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パパとしての成長

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 沙織との待ち合わせの場所についたころには、既に正午を過ぎていた。天斗の部屋から目的地までは電車を使えば三十分足らずで着くのだが、道中で手土産を買うのに大幅に時間を取られてしまった。

「遅いわよ」

 先に店の前で待っていた沙織が不貞腐れた顔で天斗たちを出迎える。涼しげな白のノースリーブのワンピースで、ウエスト部分を黒いひも状のベルトで結んでいる。待ち合わせの時間は十一時半だったのでたしかに遅い。

「すまん」
「ごめんなさい」

 天斗に続いて笹葉がぺこりと頭を下げる。その際に笹葉の被っていた麦わら帽子が落ちそうになる。それに気づいた笹葉がすんでのところで両手で押さえ、地面に落ちるのは回避された。

「ま、いいわ。さっそく中に入りましょ。外は暑いわ」
「そうだな」

 沙織が引き戸をガラガラと開け、先陣を切って店内に入る。天斗も笹葉の手を引いて暖簾をくぐった。すると、割烹着をきた二十代半ばほどのお姉さんが近づいてきた。

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

 店員さんは落ち着いた声でお決まりの言葉を言って深々と頭を下げる。頭が上がったところで、沙織が指と口で三人だということを告げると、奥のテーブル席へ案内された。

 店内は全体的に「和」の雰囲気が漂っていた。テーブル席はすべて座敷で、窓にはふすまがついている。見える部分の柱や骨組みは木材が使われているのも印象的だ。

「和式料理屋か」

 天斗は座布団に正座し、おしぼりで手を拭きながら沙織に問う。笹葉は当然のように天斗の隣の座布団に座った。四人席の座席で、天斗の向かいに沙織が座っている。

「知らなかったの!?」
「知らん。こんな敷居の高そうな店は来たことがない」

 メールで待ち合わせ場所のアドレスが送られてきただけだったので、天斗はこの店について予備知識が一つもない。

「最近お昼の情報番組で放送されて凄い話題になってたじゃない」
「見てないから知らんな」

 沙織が信じられないといった顔で天斗を見つめる。天斗はそもそも部屋のテレビをほとんどつけないため、知らないのも当然だった。

「抹茶パフェが食べたいです!」

 笹葉が話の流れを完全に無視した話題を投げる。笹葉は既にお品書きの裏面を凝視していた。

「わあ、おいしそう! 後で頼みましょうね!」
 
 沙織はデレデレした声で笹葉を全肯定。見かねた天斗が静かにお品書きを表面に戻し、「先にご飯を選べ」と笹葉に注意した。




**



「この鮭茶漬けを食べてみたかったの!」

 沙織がスプーンで湯気が立つ鮭茶漬けを口に運ぶ。熱かったのか、口の中ではふはふしながら温度調節をしている。

 沙織が頼んだのは鮭茶漬けと五つの小鉢がついたセット。きんぴらごぼうやほうれん草の胡麻和えなどの和食を多様に楽しめる人気のセットだ。

「おいしそうです!」

 一方で天斗と笹葉の前には、梅とおかかのおにぎりと鯖の塩焼き定食が一つ置かれている。天斗がさほどお腹が空いていなかったのと、お子様定食がなかったため、天斗と笹葉は一つの定食を分け合うことにしたのだ。

「おにぎり、どっち食べたい?」
「うめ!」
「待ってろ。今分ける」

 天斗は梅のおにぎりから梅干しを器用に取り出し、さらにその中から種だけをほじくりだした。残った部分の果肉をおにぎりに詰め直し、種無し梅おにぎりが完成。続いて、サバの塩焼きをひっくり返し、小骨を丁寧に一つ一つ取り除き、身の部分だけを集めていった。

「……あなた、本当にパパみたいになったわね」
「誰がパパだ。種とか骨がのどに詰まったら大変だろ?」
「ちょっと前のあなたなら『何も考えずに食べるからだ。自己責任だな』とか言ってたわよ」
「……そこまで非道じゃないだろ」
「そこまでってことはある程度自覚あったのね……」

 沙織がため息交じりで肩を落とす。かなり癪だったが、天斗も沙織の意見に少しだけ共感できた。確かに、一週間前の天斗なら、笹葉のために梅干しの種を取ったりはしない気がする。

「それだけ僕が優しくなったってことだな」
「父性が目覚めて、笹葉ちゃんとお別れする時泣いちゃうんじゃない?」

 沙織はニヤニヤとからかうような笑みを口に浮かべている。

「泣く? 僕が? 到底あり得ないね」
「本当かしら? ……でも、明日にはお別れなのよね。笹葉ちゃんと」
「そうだな。誘拐犯として検挙されなくて本当に良かった。警察に捜索願いは来てなかったんだろ?」

 当初の話では、沙織が毎日警察に捜索願が出ていないか聞いてくれるということになっていた。もし、笹葉の捜索願が出ていた場合、即刻笹葉を家に帰すために。

「一つもなかったわね。でも、そこが不思議なのよ。こんなかわいい子が家出して探さない親なんているのかしら」
「現にいるんだから仕方がない」
 
 天斗は口ではそう言ったが、心の中では沙織と同じ疑問を持っていた。笹葉がかわいいかどうかは置いておくとしても、年端も行かない娘が一週間も家出をして、捜索願一つ出さないのは常軌を逸している。

「ま、この話は置いておこう。人様の家庭事情に踏み込むのもアレだし、なによりご飯がまずくなる」
「そうね。今は料理を楽しみましょ」

 沙織のその一言を境に、三人は再び食事に戻る。十五分ほどで、天斗と笹葉は分け合いながら、沙織は一人できれいに平らげた。

 その後、天斗と笹葉は二人で抹茶パフェを分けあったのだが、どちらが余った一つの白玉を食べるのかで激しく、醜い言い争いが起きた。結局その大戦争は沙織の漁夫の利で終結を迎えたのだが、その後、天斗と笹葉は店を出るまで一言も言葉を発することはなかった。
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