気まぐれな七夕と少女

たもたも

文字の大きさ
18 / 23

七夕前夜祭

しおりを挟む
 天斗たちは今、山を登っていた。急な斜面はほとんど舗装されていないため歩きづらい。左右には人の手が行き届いていない森が広がっており、様々な虫や鳥の鳴き声、木々が風に揺られる音がこだましている。和式料理の店を出た時には過剰に元気だった太陽も、今は山の向こう側に隠れようとしていた。

「……いつになったら着くんだ」
「あと十分くらいかしら?」

 沙織が指をあごに当てて簡単な見積もりを立てる。その顔に疲れはなく、汗一つかいていなかった。

 天斗たちが向かっているのは、沙織の母親の実家、つまり、沙織の祖父や祖母の家だ。沙織の祖父の家では、毎年七月六日に七夕前夜祭というものをするらしい。


 笹葉との思い出作りとして、沙織が天斗たちを誘ったのだった。

「休憩しよう」

 沙織の後ろを足を引きずるようにして歩く天斗の額には玉のような汗がいくつもあり、呼吸は乱れている。

「もう疲れたの? だらしないわね」
「背中で寝てる荷物ささはのせいでな!」
「笹葉ちゃんを荷物呼ばわりしないの」

 笹葉は天斗におんぶされた状態で気持ちよさそうに眠っている。山に向かうまでのバスで眠って以来、ずっと天斗が背負って山を登っていた。大量のよだれを天斗の背中に垂らしているが、天斗は汗と勘違いしているため、お咎めは今のところない。

 あーだこーだと文句を垂らしながら山を登り続けること十分。沙織の見積もりは正しかったようで、突然視界が開けた。平坦な地面に荘厳な建物が一軒だけ建っている。

「神社……か?」
「そうよ」

 祖父の実家が神社ということは、沙織は神社の家系というわけだ。今までの品行方正な感じはこういう所から来ているのかもしれない。

 沙織の後ろをついて神社の方に向かっていくと、神社の裏の方から、かん高い子供のはしゃぎ声が聞こえてきた。

「毎年、近所の子供たちも呼ぶの」

 沙織は少し困った表情をしている。沙織は子供たちのお世話係として毎年呼ばれているのかもしれない。

 二人は神社の中には入らず、子供たちの声がする神社の裏で足を止めた。そこにはイルミネーションで彩られた大きな一本の竹が鎮座していた。

 よく見ると、周辺の木々はいつの間にか竹林に変わっている。神社の周辺だけ、植生が違うのだ。

「あれが短冊を飾ると願いが叶うといわれている奇跡の笹よ」
「なんじゃそりゃ」
「神楽家のご先祖様が山で見つけた奇跡の笹。元々神楽家は神社の他に笹を使った伝統的な工芸をしていたんだけど――――」
「もしかしなくても長い話だよな、それ」
「そうね。長いけど感動する話」

 そう言って沙織は再び神楽家の話を始めたが、天斗はその手の胡散臭い類は全く信用していない。なので、二人の間には妙な温度差があった。

 その後、五分間ぶっ通しで話し続けた沙織は話の最後で、

「ね、感動するでしょう!?」

 と、天斗に同意を求めてきた。ほとんど聞いていなかった天斗は、否定すると厄介なことは目に見えていたので、ただ頷いて沙織のご機嫌をとった。

 笹葉は沙織の長すぎる話の途中で目覚め、そのまま奇跡の竹に走って行ってしまった。今は短冊を一生懸命書いている。近くで遊ぶ子供たちと遊ぶ様子は全くない。

 天斗は笹葉が同年代の子供たちと遊ぼうとしない態度に少しだけ疑問を感じたが、どうせ明日には親元に返す話なので深くは考えないことにした。

 深く息を吸い込む。ひんやりとした空気が灰の中に流れ込んできて、登山の疲れを癒してくれる。東京で過ごしていると味わえないこの空間を堪能しようと、何度も何度も深呼吸をした。

 すると、いきなり辺りが暗くなった。日が沈んだのだろうかと夕日の方を向く。しかし、なぜか天斗の視界は二つの大きな大胸筋で埋め尽くされた。同時に、頭上から聞きたくなかった声が降り注がれる。

「何でお前がここにいる」

 腹の底に響く、ドスの効いた低音。顔を見なくても分かる。沙織の父親だ。思い出したくもない先週の土曜日の記憶が勝手に呼び覚まされていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

ガチャから始まる錬金ライフ

あに
ファンタジー
河地夜人は日雇い労働者だったが、スキルボールを手に入れた翌日にクビになってしまう。 手に入れたスキルボールは『ガチャ』そこから『鑑定』『錬金術』と手に入れて、今までダンジョンの宝箱しか出なかったポーションなどを冒険者御用達の『プライド』に売り、億万長者になっていく。 他にもS級冒険者と出会い、自らもS級に上り詰める。 どんどん仲間も増え、自らはダンジョンには行かず錬金術で飯を食う。 自身の本当のジョブが召喚士だったので、召喚した相棒のテンとまったり、時には冒険し成長していく。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

処理中です...