封印を解いたら、吸血鬼に結婚を迫られました。

白猫

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吸血鬼の怒り

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「実は許嫁がいる……だと?」
「あのう……ごめんなさい。本当は昨日言おうと思ったんだけど、タイミングが掴めなくて」


美しい銀色の髪の毛が、天に向かって逆立っていると錯覚するほど、吸血鬼は怒っていた。あえて気づかないふりをして真摯に謝ることにする。

エドは確実に憤怒していて、でも私にその感情をぶつけてしまわないよう唇を噛み締めて耐えている。鋭利な牙が傷をつけたらしく、口の端からひと筋の鮮血が流れた。


「……お前はその許嫁のことが好きなのか?」


地を這うような声だ。私は心底怯えながら、でもきっとエドは私のことを傷つけないという謎の自信のもと、胸を張って答えた。


「まさか! 幼馴染だし、兄弟みたいなものなの。お父様が、仕事柄有利になるということで、無理やり結婚させようとしてるの」
「好きじゃないんだな?」
「好きじゃないし、結婚もしたくないの。聞き入れてもらえないだけで。相手もそう思ってるのに、抗う気力を失ってしまっているのよ」
「……ならいい。そんならそいつとお前が結婚しちまう前に、俺がお前を連れてこの屋敷から逃げればいいだけだ」
「……エドは、いつも自信があって男らしいのね」


比べたくはないが、ついつい先ほどのノアの有様を思い出し、感心してしまった。
ノアのことは、幼馴染としては好きだ。ただそれはあくまでも友情で、男としては、もっと威勢良く思い切り良く振る舞って欲しいと思う。
エドは数秒前までキレる寸前だったことをすっかり忘れてしまったのか、褒められて誇らしそうにしていた。


「ふん、ばかかお前は?俺だぞ。この世界に俺より男らしい男が存在してたまるか」
「エドはどうして私のことが好きなの?」
「言っただろ、一目惚れだって」
「嬉しいけど、一目惚れって少し寂しい。中身を知らないうちから好きなんて、ちょっと、信用できないと思わない?」
「お前がいい女なのは顔を見ればわかる。万が一、悪い女だったとしても、いい男と一緒に入れば必然的にいい女になるもんなんだよ」


薄暗い陰気な部屋の中で、エドは驚くほど輝いている。いっそ清々しくて笑ってしまった。


「……なんか、楽しい。エドといると、前向きになれるわ」
「そうだろ?」
「もしさっき、私が許嫁のことを好きだと言ったら、どうするつもりだったの?」
「別にどうもしねえよ。俺はいい男だからな。圧倒的な魅力で振り向かせるだけさ」


その言葉に嘘偽りはなさそうだ。エドの赤い目はまっすぐに光り、なんの迷いも見て取れない。


「じゃあ、どうして怒ったのよ?」
「怒ったっていうか……」
「っていうか?」
「…………単純に、妬いた」
「ええええ」


赤い顔をぷいっと背ける吸血鬼を見て、変な声が出てしまった。どうしよう、少しだけ、可愛いと思ってしまった……。


「こうやって話してると、あなたが吸血鬼だってことを忘れちゃうわ」
「人間も吸血鬼も関係ないだろ?」
「どうだろう……ところでエドは、この部屋にいるあいだずっと、人間の血を吸っていないのに平気なの?」


血の話題になった条件反射か、エドが口の端に垂れたままになっていた血液を舌で舐めとり、手の甲で拭った。
一瞬だけ、舌なめずりをしたのかと思い思わず身体がびくんと跳ねる。エドは私の本能的な怯えを見逃さず、わずかに悲しそうな顔をした。


「……わからない。それも失った記憶と関係があるのかもしれないけど……ただ、今は血が欲しいとは思わないな」
「……そっか。弱ってるわけじゃないなら、いいの。ちょっと心配だったから。調べると約束した謎についても、まだなにもわからないままだし」
「手がかりもないし、いまは仕方ないだろ。……あのさ、ちょっとだけいいか」


エドは部屋の奥に横たわる棺の蓋に腰をかけて、私は一つだけある小ぶりの木の椅子に腰をかけて、ずっと向かい合って話していたのだが、そう言った途端、エドがおもむろに立ち上がった。
つられて私も立ち上がる。
大きくて指の長い手が私の後頭部に回されて、気がついたら彼の胸に顔をうずめる形になっていた。軽く抱きしめられている。心臓が早鐘を打ち、急な展開に全身が硬直してしまう。


「エド……?」
「正直言うと今日、ダイアナは来ないと思ってたんだ」
「……え?」
「今日っつうか、もう二度と、ここには来ないと思ってた」
「だって、約束した……」
「約束、信じてたけど、一方ではそう思ってしまってた。信じ切れなくて悪かった。そして、ありがとう」


エドの心臓の音も聞こえて、不思議と安心する。屋敷に封印された吸血鬼に抱きしめられているというのは妙な展開だったが、そんなのどうでもよくなるくらい、ドキドキしてしまう。


「……エドは、人間みたい」
「300歳だけどな」
「優しい吸血鬼よ」
「ダイアナのために、そうでありたいけどな」
「……私、明日も来る」


体をそっと離した。目を細めて、エドは切なそうな笑みを浮かべていた。


「私ね、まだ恋愛とかはわからないけど……少しだけ、エドに惹かれてるような気がする……」


ドアから出て行く寸前、振り返ってそう言った。嘘はつけないので、かなり曖昧だけれど、いま思ったことを素直に伝えたつもりだ。


さっきまで切ない表情をしていたくせに、エドは今度は鼻で笑った。


「当然の成り行きだろ」


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