稀代の魔法使いと魔法が使えない唯一の弟子~引きこもり魔法使いが術を失敗して~

笠岡もこ/もこも

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プロローグ

目覚めれば異世界2

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『えぇ⁈ 日本語⁈ だって、ついさっきまでは、全然理解できなかったのに!』

 レモンシフォンの男性に詰め寄ると、さりげない調子ですっと体を離された。特に照れた様子はないので、本当に嫌だったのだろう。
 まっまぁ、物語の王子様みたいなイケメンが、私相手に照れる理由はないけど。たぶん、ちょっと傷ついたのは別の理由。さっきまでは、気遣いが見て取れたから。

『なっ馴れ馴れしくして、すいません。あの、言葉が通じて、嬉しくて、つい』

 両手をぎゅっと握って、体を後ろにひく 。

『心配しなくても、この魔法使い、引き篭りすぎて人と近い距離にいるのに慣れていないだけだから。安心しなよ』

 俯いた顔を覗き込んできたのは、意外にも、最初は私を睨んでいた薄桜色の長髪イケメンさんだった。
 私を責めるような姿勢だった人のフォローに、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
 そんな私を見て、薄桜色のイケメンも自分の行動を自覚したようだ。気まずそうに視線を逸らした。

『あぁ、ごめんね。さっきは掴みかかるような真似をしてしまって』
『ごっごめんなさい。私のこと、嫌っているように見えたから』
『君のことをどうのこうの思ったわけじゃないんだよ。怖がらせてしまったのなら、ごめんね。僕はセン』

 センさんと名乗った男性は、儚げに微笑んだ。少し、申し訳なさそうに。
 レモンシフォンの男性が『ざまぁねえな』と、自分よりちょっと背の高い薄桜色の男性を見上げた。

『ウィータは人をからかっている余裕、あるのかい?』
『うっせぇ』

 けっと吐き捨てたレモンシフォンの男性――ウィータさん。さっきまでの落ち着いた雰囲気とは違い、口調がなんだか幼く見える。
 そういえば、子猫たちはどうしたかな。ベッドの上に視線を動かすと、大福みたいに丸くなって寝ていた。可愛いなぁ。そっと背中に指を触れさせると、わずかにひっかかる部分があった。藍色の毛をわけてみると、桜の花びらみたいな羽があった。そういえば、さらりと流していたけど、さっき飛んでたっけ。

『おい、お前』

 ぶっきらぼうな問い掛けに、思わず背筋がしゃんと伸びてしまう。

『ふぁっはい!』

 大慌てで振り向くと、ウィータさんが長い前髪の隙間から睨んでいた。腕を組んで、尊大な態度だ。さっきまでの気遣いはどこにいったの⁈

『っていうか、なんで急に言葉が通じているんですか?』
『急にじゃない。魔法を使っているの目の当たりにしていただろうが』

 え、あの。その。今、聞こえた言葉のまま受け止めてもいいのだろうか。
 今、はっきりと魔法って聞こえたけど……。現実を目の当たりにしてもなお、正直否定したい自分がいる。私、自分が思う以上にひどい人間みたいだ。怖くって、言葉が通じないのに優しくしてくれた 人を、言葉が通じた途端、拒否している。

『まっ魔法って、冗談ですよね?』

 拒否した態度を後悔しても、 やはり受け入れられない現実に声が震えてしまった。ついでに、おさまっていた全身の震えも蘇ってくる。現実に、腰が抜けて、ベッドに座り込んでいた。

『わっ私にも、わかります。貴方たちが、嘘なんてついていないの。でも――嘘だって思わないと、私、魔法って、だって、そんなの物語の中だけで、受け入れてしまったら、私――』

 受け入れてしまったら、私はどうなるのだろう。なにを受け入れるのが怖くて、目の前の現実を拒否しているのだろう。
 両腕を抱えても震えはおさまらない。

『なら、認めなければいい。目の前に起きたことを否定することで、お前は自分を保てばいい 』

 違う、私は否定したいわけじゃない。突き放す言葉に、冷たい声に、頭が一気に冷静になる。
 震える指をウィータさんに伸ばし、やっとの思いで彼の黒い袖を掴んだ。それだけでも、どうしてかほっとできた。彼は私を振りほどいたりせず、じっと見つめてくれたから。

『違うの。思い出せない自分が、嫌なの。今がわからない自分が、嫌なの』 
『わからないのは――お前が悪いわけじゃない。結界内とはいえ、異空間に精神がついてこないんだろう 』
『いっ異空間?』

 私、普通に会話しているけれど、この状況はどう考えても異常だ。かたかたと鳴る歯をなんとかとめたくて食いしばってみるが、どうにもならない。

『まっ魔法って本当に? 私、夢を見ているの?』

 両腕を抱え、震える私を前に、男性二人は顔を見合わせた。二人から顔をそらし、しんしんと降る雪をぼんやりと眺める。
 あぁ、あぁ。わかる。わかってしまう。世界とか関係なく。彼らの仕草が意味するところを。

『さっきからの話をまとめると、君の世界には魔法が存在しないんだね?』

 かけられた声は意外なほど、優しかった。声の主は、私の前で膝を抱えてしゃがんでいるセンさん。
 必死にこくこくと頷くと、『ごめん』という小さな謝罪と共に、頭を撫でられた。一瞬だけびくっと体が跳ねたものの、あまりに優しい手つきに視界が歪んでいく。

『私がいたところでは、魔法は物語の中にしかなくって、あの、ここでは魔法が普通ってことですか?』

 ここまできてもなお、否定してほしい自分がいる。どっきりでしたなんて、展開を望んでいる。これは夢で、きっと漫画の読みすぎで見た夢で、起きればお母さんが寝すぎなんて怒って、半日授業で帰ってきた中学生の弟の雪夜(ゆきや)と妹の華菜(はな)に呆れられて……。
 私の頬に、そっと触れてきた指先。あまりの冷たさに、はっと意識が戻った。触れていたのは、前髪に表情を隠したウィータさんだった。

『……悪い』

 肯定は、私には死刑宣告そのもの。
 その一言で、すべてを悟った。答えじゃなかったのに、答えよりひどい反応。
 どうして、どうして? なんで、私が?

『どっ――』
『いやぁ、悪い悪い。間違えた』

 あまりにあっけらかんとした明るい口調に、ずるっと体が滑ったよ! っていうか、さっきまでの雰囲気はどこにいったのか!
 ウィータさんは、あっはっはと笑いそうな勢いの笑顔を浮かべているじゃないか! あまりのあっけらかんとした笑顔に、絶句だ。

『実はな。お前は覚えているかわからねぇが、とある奴が召喚に失敗して異次元に飛んで行っちまった召喚獣の回収をしていたんだが、近くにいたお前まで失敗して巻き込んじまったんだよ』

 美人な顔に似合わない荒っぽい口調。重いはずの内容を『悪かったな』と軽く頭を叩かれて、私のキャパはオーバーだ。
 私は、ものすっごい顔をしているのだろう。目の前の美形二人は大爆笑である。
 じゃなくって! ふざけるな!

『ばかにしないでください‼ 人をなんだと――』

 怒りに任せてウィータさんの胸倉を掴む。掴んでも、当人は楽し気に私を見下ろすだけだが。なになに、その嬉しそうな表情。引き篭り魔法使いは他人に怒られるのも嬉しいの⁈

『お前の名前は?』

 私の怒りはまるっと無視! かっとなって、体を乗り出す!

『だから――!』
『だから、お前の名前は?』

 再度、問われて、ぐっと息を飲んだ。視線の強さがはんぱないんだもん。眠そうなのに、すごい目力だ。
 それでも、アイスブルーの瞳に、自然と唇が弾んでしまう。

『私は、しらふ――』

 最後まで言い切らなかった。言い切れなかった。
 私の言葉は最後まで出る ことなく、途中から漢字の光となり、ウィータさんが持つ紙に吸い込まれていった。まるで体の全部からエネルギーを吸い上げられるみたいな感覚。喉の奥からなにかを引っ張られている感覚。
 っていうか、いつの間に紙を手にしていたのか。

『じゃなくって! なんで、私の名前がその紙に吸い込まれているんですか!』
『お前の真名は俺が預かった』

 あ、この人、自分のこと俺っていうんだ。ちょっと荒い口調から想像はできるけれど……って、違う違う。私、なんでそんなところに注目しているんだ!

『真名ってなんですか! ファンタジーじゃあるまいし!』

 この期に及んで出た言葉。私の常識が全力で目の前の現実を拒否しているのを自覚しつつ、どうしても受け入れきれない。
 私、知っている。真名っていう意味を。それは、その存在を示す、縛る呪文。日本古来からの言霊。それは異次元でも変わらないんだなぁなんて考えた私は、かなり追い込まれている。

『ウィータ、最初からちゃんと説明してあげなよ』
『センがそれを言うのか?』
『そうやって、最初から僕にやらせようってしていたんだろう?』

 腰までの長い薄桜色の髪が、彼が立ち上がるのに合わせてふわりと広がった。耳にかけられた長い前髪を指が滑る。ため息交じりに立ち上がった彼を改めてると、かなり大きい。間違いなく百八十以上はある。サークルで仲が良かった先輩みたい。
 その隣に立つウィータさんは、彼より頭半分ほど低い。そんな彼の頭をぽんと叩いたセンさんが、小さく笑う。

『ごめんね。彼、あぁ見えても結構動揺しているんだ 』
『セン』

 私の横に腰掛けたセンさんに、厳しい声をかけるウィータさん。が、ウィータさんはそれ以上の反応は示さなかった。ベッドの近くにある椅子に腰かけ、円卓に肘をつき、ぶすりと結んだ口でこっちを見るだけだ。

「うなぁー」

 と、緊張した空間を破ったのは、甘い鳴き声だった。
 少し後ろを振り向くと、目を覚ました子猫たちが小さな体をめいっぱい伸ばしていた。可愛い! うーんと伸びた背中に、ぷりっとあげられたお尻。
 私が手を伸ばすより早く、ぶるっと顔をふるった子猫たちは、ウィータさん目がけて飛んで行った。本当に飛んでいる。背中の小さな花びらを必死に動かして。やっやっぱりファンタジー世界なんだろうか。

『フィーニスにフィーネ、寝起きでも元気がいいな』

 飛びついてきた子猫たちを受け止め、くすぐったそうに笑ったウィータさん。無表情とか意地悪とか、そんな表情とのギャップに心臓が跳ねた。はっ反則だ。急に、そんな無邪気な笑顔。
 まぁ、私には『んだよ』と冷たい言葉を浴びせてきたわけだけれど。

『まず、きちんと話しておくよ』

 ぶすりとなりかけた私に、センさんがそっとささやいた。
 小さくて、でもずきんと心臓にしみてくるような音。さっきからの感情の幅にやっと気が付いた。センさんと話している時は、恐くてしょうがない。一方、ウィータさんとの会話は、どうしてか気が抜けてしまう。

『率直に言おう。ここは君がいた世界じゃない。召喚直前や今までの君の言動から、世界の性質そのものが異なっているのもわかるよ』
『せかい?』
『うん。君にとって、ここはいわゆる異世界だろうね。つまりは、さっきウィータが言ったことは現実で、君は自分がいた魔法が存在しない次元をこえて、魔法が存在する異質な次元にきてしまった』

 改めて、真剣に告げられ、がつんと頭を殴られたような気がした。
 頬が引きつっているのがわかる。目の前にある違和感の塊たちを目の前にしてなお、私は正直、ナニイッテルノと思っている。

『えっと、おっしゃっている意味がわかりません』

 引きつる口元をなんとか動かしてしゃべっても、心と声が別の場所にあるみたいに感じている。

『……君はわかっているんだよね?』

 問われて、頭に血が上った。
 なになに、なんなの⁈ わかっているってなに?
 意識するより早く、隣に座るセンさんの肩を突き飛ばしていた。立ち上がって、彼を見下ろす。

『わかるわけないじゃないですか‼ っていうか、理解したくないの、わかりません⁈ はい、そうですかって受け入れると思いますか⁈ ふざけるな! 今すぐ、戻の場所に帰せ!』

 出したことのない声をあげた。絶叫に近かった。
 後悔したのは、見下ろした先にいたセンさんと、振り返った先にいたウィータさんの顔を見てしまったから。見なければよかった。下を向いていれば、ただ、私を巻き込んだという彼らを憎めたのに。
 また、彼らが瞳を曇らせたのが、どうしようもなく辛かった。

『ど、してそんな顔するの。やめてよ。さっきみたいに、笑っていて!』

 私を見て得も言われぬ感情を浮かべる彼らを、忌々しいと思う自分が嫌になった。彼らの言葉は雄弁だけれど、顔や瞳に滲み出る感情はとても不器用だと思ってしまった 。感情なんて見えなけれないいのに。

『ずるい、よ。ずるい』

 あとはもう、床に座り込んで号泣するしかなかった。泣きすぎて、自分自身、なにに対して泣いているのかわからなるくらい、声を上げ続けた。
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