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― 引き篭り師弟の日常 ―
引き篭り師弟と、異世界人を取り巻く状況1
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「もー、ちょっとお酒をひっかけたくらいで、へそ曲げないでよー」
「うっせぇ。加害者がそれを言うな」
談話室に足を踏み入れたのと同時。ラスターさんと師匠、お互いに面倒臭そうな声が響いた。基本、大理石状の素材で造られている談話室に、よく反響している。窓ガラスを鳴らしている雨音にも負けないくらい。
調理場近くの談話室は、暖炉と小さな本棚がある。長机を取り囲むように置かれている数人掛けと二人用のソファーがある、ちょうどよい広さの空間。
「立ち込めてる険悪ムード、ともかく。ぐんと、あったかいな」
部屋の右側にある大きな暖炉で、ぱちんと薪が弾ける。でも、ほっこりあったかいのは、きっと室温だけじゃない。
暖炉の上に置いてある木かごに視線を映すと、これまた大きな鼻ちょうちんが見えた。
「よかった。フィーネとフィーニス、ちゃんと、ぐっすり」
子猫型の式神であるフィーネとフィーニスは、遊び疲れてしまい専用ベッドの中で熟睡中だ。掌サイズの体と同サイズぐらいはあるちょうちんだ。立派!
それよりも、収納室に向かった目的を果たさねば。
「よいしょっと」
お二人の険悪ムードを払拭するための掛け声は、功を奏したようだ。ソファーに腰掛けている皆さんの注目が、私に集まった。
ちょっとみなさん、若いのに可哀想的な目つきはやめて欲しい。
「ししょー、お待たせ。お風呂場の、備えタオル、きれちゃってて。奥まで行ってたら、時間かかっちゃった」
長ソファーの置く側で頬杖をついていた師匠。瞼を落としたまま口を開きかた。が、「うなー!」と響いた寝言に、二人で顔を見合わせて微笑みあっちゃう。
「人の謝罪を無視して、いちゃつかないでよ! ウィータってば、昔からむっつりなんだから!」
「ラスターは正しい謝罪の姿勢ってもんを学んで来い」
師匠の言い分はもっともだ。ラスターさん、申し訳なさの欠片もない調子なんだもの。謝りながらも、お酒を飲み続けているので説得力ゼロだよ。
おまけにと、お色気たっぷりにウィンクとかしちゃって。本当に、元男性なんだろうか。いやいや、センさんもしていらっしゃったので、この世界の常識だったりして。
謝罪の相手である師匠は、向かいに座ったラスターさんをずっと睨みつけている。
「おまけに、こんだけ豪快に酒ぶっかけたんだ。絶対にわざとだろ、ラスター」
師匠が苦々しく吐き捨てた。
そうそう。頭からお酒を浴びせられたのだ。師匠のレモンシフォン色の髪がかき上げられると、ぽたりと垂れた雫。
師匠は、黙っていれば迫力あるイケメンだ。ちょっと目を細めている姿に、どきっとしてしまう。私、匂いだけで酔ったのかな?
「ししょー、喧嘩より先に、拭かないと。私、渡したストール、使わなかったの?」
「染み込んだ酒で、よわっちい弟子が酔っ払って絡んでくる防止のためにな」
「うそばっかりなのですよーウィータはアニムにふきふきして欲しかっただけなのですぅ」
ホーラさんの冗談に高鳴った胸を無視して、力任せに師匠の髪を拭いてやる。
師匠から「いてぇ」と抗議めいた声があがるけど、押しのけられたりはしない。それどころか、頭は私の方に倒されたまま。なんだろう。むずむずする。
「よし、ホーラとラスターは酒もつまみも充分か」
私にされるがままで、師匠は少しだけ向かい側のラスターさんたちを睨む。
ラスターさんとホーラさんは、おかまいなしにと赤いお酒を流し込んでいらっしゃいますよ。
「ちょっと手が滑っただけじゃないのよ。酒も滴る良い男!」
「ぬかせ」
「ウィータも悪いのですよ。厚切りお肉とチーズの大葉挟み揚げ、最後のひとつを意地汚く取り合うからなのです」
ホーラさん、一見まともっぽい意見だ。けれど、奪い合いの標的だった最後のひとつを頬張りながらなので、素直に同意出来ない。まさに、漁夫の利。
「ウィータは年がら年中アニムちゃんの手料理が食べられるじゃないの。お客様に譲りなさいよ。大体、あんた、いつの間にそんなに食欲旺盛になったのよ!」
「うっせぇ! 料理は他にもたくさんあるだろうが。自分の前に置かれた、きのこのキッシュとか鳥の香草焼きとか、その他諸々を食え!」
師匠が机の上を勢いよく指さします。その拍子に、私にお酒の雫が飛来た。
今日のお酒は、ホーラさんが持ってきてくださったヴィヌムだ(ワインみたいな感じ)。
「アニム、悪い」
師匠が私の手から取ったタオルで拭いてくれる。あまりの心地よさに瞼が閉じていく。
心地よさに浸っていたら、再びラスターさんの「もうっ」というぶすりとした声が空気を振動させた。
「だって、鳥の香草焼きはホーラが手伝ったやつだし、キッシュっていうやつはウィータが手伝ったやつでしょ。あたしとアニムちゃんの、初めての共同作業の産物、噛み締めながら食べ尽くしたかったのよ! 舐め尽くしたかったのよ! とろんと、蕩けるモノを!」
「ふざけんな。てめえは自分の吐く血でも舐めてろ!」
師匠、器用だ。片手で私を庇いながら、もう片方の手で武器を練り上げている。魔法武器ってやつだ。魔力を具現化というか、実際の物質形に模して練り上げる上級魔法で、師匠の場合は魔法杖だ。
じゃなくて、この方々、学習能力ありますか?! 夕方、師匠の魔法風でぶっ飛んだ紙や家財道具を、やっとの思いで片付けたばかりだっていうのに。
「ラスターの口調は、いちいち卑猥なのですよ。そんな吐息を漏らすようにオチをつけられても、突っ込みどころに迷うのです」
ホーラさんのお口は、「うまうまーなのです」と笑うやら、料理を平らげるのと大忙し。時折、思い出したようにお酒を流し込む。
あの小さな身体の一体どこに溜まっているのか。ポンチョ風の上着なので、お腹の膨らみ具合は不明だ。
「だーかーら! 理解可能か別にして。子どもの前でおかしな発言をするなっつてんだろうが」
師匠ひどい! まだ言うか! 私だって、ラスターさんがおっしゃっている意味は理解している!
「ラスターさん、食べ物で遊ぶ、良くないです。喜んで食べて貰える、嬉しい。キッシュも、オススメです」
新しい取り皿にキッシュを乗せ、ラスターさんに差し出す。数種類のきのこが入ったキッシュ。パイ生地はさくっと、中身は卵とクリームでふわっっふわだ。ほんのり甘く漂う湯気だけでも、口の中に味が蘇ってくる。師匠、ナイス!
「もちろん、そっちも美味しく頂いてるわよー」
ラスターさんの指先が、私の手を握ってきた。お皿の方を持ってくださいよう。運動不足な腕がつりそうだ。
「でも、そうね。食べ物より、アニムちゃん本人を美味しく、た・べ・た・い・わ」
机の上に身を乗り出してのアングルは、大迫力だよ、ラスターさん。深紫色のイブニング風ドレスから見える胸の谷間が、もう峡谷レベル。迷子になりそうなくらい深い。羨ましい!
私がラスターさんの胸に釘付けになっている間、師匠が彼女の頭を掌で押し返していた。私も加勢せねば。
「ラスターさん、それ、ただの、えろおやじ」
「間違いねぇな。ラスター、外見は女でも中身がじじいって、バレバレだぜ」
私の発言は、ラスターさんから発せられるお色気オーラに耐えかねての冗談だったのだが、師匠は本気なようだ。歯を見せての笑みは、正直悪人面。
「それを言っちゃったら、アニム以外はじじいとばばあしかいないのですよ」
ホーラさんは澄ました顔でお酒をあおる。その後「しあわせなのですよー」と満面の笑みが浮かんでいる頬を押さえた。
見ているこちらまで幸せ気分になれる笑顔で、素敵だね。
「ししょー、お昼みたいに、魔法で部屋、めちゃめちゃしないでね。そろそろ、仲直りする」
あっ。ついフィーニスたちにするみたいに、「めっ」と指先で師匠のおでこを突っついてしまった。
しししまった‼ 師匠は半目で睨んでくるし、お二人はにやにやとしているし!
「わっ私、ちょっと不思議!」
決して誤魔化しではないが、うわずった声になってしまったのは仕方がない。だって、指先を思い切り師匠に握られているのだ。じわじわと染み込んでくる温度以上に、指が熱くなる。
「なにがだよ」
「森の中、魔法使う、ししょーだけ。ラスターさん、ホーラさん、魔法使い違うです?」
魔法書をやり取りしているっていう会話から、おふたりが何らかの魔法を使うとは推測出来る。でも、師匠にいくら魔法を使われても、ラスターさんてば反撃しないんだよね。口で返すだけ。
はっ。そうれさるのが、好きな方とか?!
「私、余計なとこ、気付いちゃった、ですか」
口元を押さえて、正面のラスターさんを見つめてしまう。
そうか、師匠へのお誘い文句も挑発も、全部師匠に攻撃されたいがため……。世に言う、どMさん、真性Mさん。初めてお会いした。
「……今、アニムちゃんがとんでもない誤解しているのを、ひしひしと感じるわ」
思い切り引きつったラスターさんの口元。心なしか、物悲しそう。
それより!
「えっ?! ラスターさん、心の中、読めるですか?!」
驚きのあまり、後ろに飛び退いてしまった。
私の唐突な行動で、師匠から「うぉ!」と声が飛び出した。
「目は口ほどに物を語る、のですよ」
ホーラさんの言葉に、納得だ。よっぽど興味深そうな視線をぶつけちゃってたんだろうね。気を付けよう。
「アニムちゃんの誤解を解いておきたいから、説明するわ」
「おい」
「ウィータ、あたし、さっきも似たようなこと言ったわよね。現実から本人を避けておくのは優しさじゃないわ。過保護っていうのよ」
ラスターさん、急に真面目な顔つきになった。足を組んでお酒の瓶を片手に持っているのは、脳内カットしておく。
「あたしたちみたいになウィータの顔見知りや結界内の生き物は、あんたとの関係ありきでアニムちゃんと接するけどね。今後、そうじゃない客やら訪問者にもあわせることになるでしょ? このままなら」
師匠は、ぐっと言葉を詰まらせた。子どもみたいに足の間に両手をついて、首を竦めている。
師匠だけじゃない。私も少し心がしょげた。わかっていたことだけど、私が優しくしてもらえてるのって、全部師匠のおかげなんだよねぇ。
「あほ小娘。変なところで落ち込んでんじゃねぇよ」
くしゃりと撫でられた頭。おまけにと体重をかけられて師匠の顔は見えない。でも、なんでもない口調なのに、声は優しいから――へにゃりと笑ってしまう。
「あら、ごめんなさい。アニムちゃんを落ち込ませたい訳じゃなかったのだけれど」
「でも、事実なのですよー。ほんと、ウィータもラスターも甘い甘いなのですよ」
自分のことみたいに眉を垂らして項垂れてしまったラスターさんと、しれっとした顔でお酒をあおったホーラさん。
さっきのラスターさんのも、今のホーラさんのも。どっちも嘘じゃなくてはっきり言ってくれただけだもんね。
「私、落ち込んでる、場合ないですね! アニム、頑張りどころ見つけて、やる気でたです!」
むんと立ち上がり、腕を振り上げる。っと、大声で子猫たちが起きたら大変だ。
「頼むから、変な方向に突き進むなよ」
なんですか、師匠。その呆れた顔は!
が、話が進まないのはいけないので、すとんと腰を落とす。師匠の脇を肘で突っつくだけにしておいた。
「さて、アニムちゃん。外界へ行くと、自分の命が危険に晒されるのは知っているわよね? 全身火傷どころか、爛《ただ》れ落ちて人の形を保てない。ただ、魂は召喚術によって『此処』に縛られている状態だから、普通の生き物のように、息絶えることも不可能」
ラスターさんの射抜くような視線に気圧され、言葉なく頷き返す。ラスターさんの瞳の奥に映る自分の姿が、溶け落ちていく錯覚に陥る。
膝の上で両手を握ると、氷のように冷たくなっていた。センさんに気を付けるよう言われたのとは、全く違う雰囲気に身震いが起きる。
「私……」
どうしてだろう。幾度なく聞かされている話なのに。少し表現が違うだけで、ここまで感じる恐怖が深まるものなのだろうか。
それとも、ラスターさんの瞳のせい? 何故だか、視線が外せない。髪と同じ深紅に捕らわれてしまったようだ。
「アニム」
ふいに、震えていた肩にぬくもりが染みてきた。ついで、身体がぐらりと傾く。
「ラスター。アニムを脅したいだけなら、今すぐ出て行け。アニムはオレの弟子だ。過保護だのなんだの、他人に言われる筋合いはねぇ」
声を追うと、すぐ近くに師匠の顔があった。どうやら、師匠に肩を抱きかかえられているようだ。というより、師匠の体に押し付けられている感じ。あっ足も密着してるんですけども。
寄りかかったまま、師匠とラスターさんを交互に見る。師匠は静かに怒っているのかな。殺気というか、普段とは違う怒り方に思える。
「ししょー?」
「はいはい。あたしが悪かったわよ」
ラスターさんは、両手を挙げて降参のポーズをとる。出て行けと言われたことを、別段気に病んでいる様子はない。喧嘩には発展しなさそうで、ほっと胸が撫でおろされる。
それでも、師匠は歯を噛み締めて顎を引いたままだ。
「うっせぇ。加害者がそれを言うな」
談話室に足を踏み入れたのと同時。ラスターさんと師匠、お互いに面倒臭そうな声が響いた。基本、大理石状の素材で造られている談話室に、よく反響している。窓ガラスを鳴らしている雨音にも負けないくらい。
調理場近くの談話室は、暖炉と小さな本棚がある。長机を取り囲むように置かれている数人掛けと二人用のソファーがある、ちょうどよい広さの空間。
「立ち込めてる険悪ムード、ともかく。ぐんと、あったかいな」
部屋の右側にある大きな暖炉で、ぱちんと薪が弾ける。でも、ほっこりあったかいのは、きっと室温だけじゃない。
暖炉の上に置いてある木かごに視線を映すと、これまた大きな鼻ちょうちんが見えた。
「よかった。フィーネとフィーニス、ちゃんと、ぐっすり」
子猫型の式神であるフィーネとフィーニスは、遊び疲れてしまい専用ベッドの中で熟睡中だ。掌サイズの体と同サイズぐらいはあるちょうちんだ。立派!
それよりも、収納室に向かった目的を果たさねば。
「よいしょっと」
お二人の険悪ムードを払拭するための掛け声は、功を奏したようだ。ソファーに腰掛けている皆さんの注目が、私に集まった。
ちょっとみなさん、若いのに可哀想的な目つきはやめて欲しい。
「ししょー、お待たせ。お風呂場の、備えタオル、きれちゃってて。奥まで行ってたら、時間かかっちゃった」
長ソファーの置く側で頬杖をついていた師匠。瞼を落としたまま口を開きかた。が、「うなー!」と響いた寝言に、二人で顔を見合わせて微笑みあっちゃう。
「人の謝罪を無視して、いちゃつかないでよ! ウィータってば、昔からむっつりなんだから!」
「ラスターは正しい謝罪の姿勢ってもんを学んで来い」
師匠の言い分はもっともだ。ラスターさん、申し訳なさの欠片もない調子なんだもの。謝りながらも、お酒を飲み続けているので説得力ゼロだよ。
おまけにと、お色気たっぷりにウィンクとかしちゃって。本当に、元男性なんだろうか。いやいや、センさんもしていらっしゃったので、この世界の常識だったりして。
謝罪の相手である師匠は、向かいに座ったラスターさんをずっと睨みつけている。
「おまけに、こんだけ豪快に酒ぶっかけたんだ。絶対にわざとだろ、ラスター」
師匠が苦々しく吐き捨てた。
そうそう。頭からお酒を浴びせられたのだ。師匠のレモンシフォン色の髪がかき上げられると、ぽたりと垂れた雫。
師匠は、黙っていれば迫力あるイケメンだ。ちょっと目を細めている姿に、どきっとしてしまう。私、匂いだけで酔ったのかな?
「ししょー、喧嘩より先に、拭かないと。私、渡したストール、使わなかったの?」
「染み込んだ酒で、よわっちい弟子が酔っ払って絡んでくる防止のためにな」
「うそばっかりなのですよーウィータはアニムにふきふきして欲しかっただけなのですぅ」
ホーラさんの冗談に高鳴った胸を無視して、力任せに師匠の髪を拭いてやる。
師匠から「いてぇ」と抗議めいた声があがるけど、押しのけられたりはしない。それどころか、頭は私の方に倒されたまま。なんだろう。むずむずする。
「よし、ホーラとラスターは酒もつまみも充分か」
私にされるがままで、師匠は少しだけ向かい側のラスターさんたちを睨む。
ラスターさんとホーラさんは、おかまいなしにと赤いお酒を流し込んでいらっしゃいますよ。
「ちょっと手が滑っただけじゃないのよ。酒も滴る良い男!」
「ぬかせ」
「ウィータも悪いのですよ。厚切りお肉とチーズの大葉挟み揚げ、最後のひとつを意地汚く取り合うからなのです」
ホーラさん、一見まともっぽい意見だ。けれど、奪い合いの標的だった最後のひとつを頬張りながらなので、素直に同意出来ない。まさに、漁夫の利。
「ウィータは年がら年中アニムちゃんの手料理が食べられるじゃないの。お客様に譲りなさいよ。大体、あんた、いつの間にそんなに食欲旺盛になったのよ!」
「うっせぇ! 料理は他にもたくさんあるだろうが。自分の前に置かれた、きのこのキッシュとか鳥の香草焼きとか、その他諸々を食え!」
師匠が机の上を勢いよく指さします。その拍子に、私にお酒の雫が飛来た。
今日のお酒は、ホーラさんが持ってきてくださったヴィヌムだ(ワインみたいな感じ)。
「アニム、悪い」
師匠が私の手から取ったタオルで拭いてくれる。あまりの心地よさに瞼が閉じていく。
心地よさに浸っていたら、再びラスターさんの「もうっ」というぶすりとした声が空気を振動させた。
「だって、鳥の香草焼きはホーラが手伝ったやつだし、キッシュっていうやつはウィータが手伝ったやつでしょ。あたしとアニムちゃんの、初めての共同作業の産物、噛み締めながら食べ尽くしたかったのよ! 舐め尽くしたかったのよ! とろんと、蕩けるモノを!」
「ふざけんな。てめえは自分の吐く血でも舐めてろ!」
師匠、器用だ。片手で私を庇いながら、もう片方の手で武器を練り上げている。魔法武器ってやつだ。魔力を具現化というか、実際の物質形に模して練り上げる上級魔法で、師匠の場合は魔法杖だ。
じゃなくて、この方々、学習能力ありますか?! 夕方、師匠の魔法風でぶっ飛んだ紙や家財道具を、やっとの思いで片付けたばかりだっていうのに。
「ラスターの口調は、いちいち卑猥なのですよ。そんな吐息を漏らすようにオチをつけられても、突っ込みどころに迷うのです」
ホーラさんのお口は、「うまうまーなのです」と笑うやら、料理を平らげるのと大忙し。時折、思い出したようにお酒を流し込む。
あの小さな身体の一体どこに溜まっているのか。ポンチョ風の上着なので、お腹の膨らみ具合は不明だ。
「だーかーら! 理解可能か別にして。子どもの前でおかしな発言をするなっつてんだろうが」
師匠ひどい! まだ言うか! 私だって、ラスターさんがおっしゃっている意味は理解している!
「ラスターさん、食べ物で遊ぶ、良くないです。喜んで食べて貰える、嬉しい。キッシュも、オススメです」
新しい取り皿にキッシュを乗せ、ラスターさんに差し出す。数種類のきのこが入ったキッシュ。パイ生地はさくっと、中身は卵とクリームでふわっっふわだ。ほんのり甘く漂う湯気だけでも、口の中に味が蘇ってくる。師匠、ナイス!
「もちろん、そっちも美味しく頂いてるわよー」
ラスターさんの指先が、私の手を握ってきた。お皿の方を持ってくださいよう。運動不足な腕がつりそうだ。
「でも、そうね。食べ物より、アニムちゃん本人を美味しく、た・べ・た・い・わ」
机の上に身を乗り出してのアングルは、大迫力だよ、ラスターさん。深紫色のイブニング風ドレスから見える胸の谷間が、もう峡谷レベル。迷子になりそうなくらい深い。羨ましい!
私がラスターさんの胸に釘付けになっている間、師匠が彼女の頭を掌で押し返していた。私も加勢せねば。
「ラスターさん、それ、ただの、えろおやじ」
「間違いねぇな。ラスター、外見は女でも中身がじじいって、バレバレだぜ」
私の発言は、ラスターさんから発せられるお色気オーラに耐えかねての冗談だったのだが、師匠は本気なようだ。歯を見せての笑みは、正直悪人面。
「それを言っちゃったら、アニム以外はじじいとばばあしかいないのですよ」
ホーラさんは澄ました顔でお酒をあおる。その後「しあわせなのですよー」と満面の笑みが浮かんでいる頬を押さえた。
見ているこちらまで幸せ気分になれる笑顔で、素敵だね。
「ししょー、お昼みたいに、魔法で部屋、めちゃめちゃしないでね。そろそろ、仲直りする」
あっ。ついフィーニスたちにするみたいに、「めっ」と指先で師匠のおでこを突っついてしまった。
しししまった‼ 師匠は半目で睨んでくるし、お二人はにやにやとしているし!
「わっ私、ちょっと不思議!」
決して誤魔化しではないが、うわずった声になってしまったのは仕方がない。だって、指先を思い切り師匠に握られているのだ。じわじわと染み込んでくる温度以上に、指が熱くなる。
「なにがだよ」
「森の中、魔法使う、ししょーだけ。ラスターさん、ホーラさん、魔法使い違うです?」
魔法書をやり取りしているっていう会話から、おふたりが何らかの魔法を使うとは推測出来る。でも、師匠にいくら魔法を使われても、ラスターさんてば反撃しないんだよね。口で返すだけ。
はっ。そうれさるのが、好きな方とか?!
「私、余計なとこ、気付いちゃった、ですか」
口元を押さえて、正面のラスターさんを見つめてしまう。
そうか、師匠へのお誘い文句も挑発も、全部師匠に攻撃されたいがため……。世に言う、どMさん、真性Mさん。初めてお会いした。
「……今、アニムちゃんがとんでもない誤解しているのを、ひしひしと感じるわ」
思い切り引きつったラスターさんの口元。心なしか、物悲しそう。
それより!
「えっ?! ラスターさん、心の中、読めるですか?!」
驚きのあまり、後ろに飛び退いてしまった。
私の唐突な行動で、師匠から「うぉ!」と声が飛び出した。
「目は口ほどに物を語る、のですよ」
ホーラさんの言葉に、納得だ。よっぽど興味深そうな視線をぶつけちゃってたんだろうね。気を付けよう。
「アニムちゃんの誤解を解いておきたいから、説明するわ」
「おい」
「ウィータ、あたし、さっきも似たようなこと言ったわよね。現実から本人を避けておくのは優しさじゃないわ。過保護っていうのよ」
ラスターさん、急に真面目な顔つきになった。足を組んでお酒の瓶を片手に持っているのは、脳内カットしておく。
「あたしたちみたいになウィータの顔見知りや結界内の生き物は、あんたとの関係ありきでアニムちゃんと接するけどね。今後、そうじゃない客やら訪問者にもあわせることになるでしょ? このままなら」
師匠は、ぐっと言葉を詰まらせた。子どもみたいに足の間に両手をついて、首を竦めている。
師匠だけじゃない。私も少し心がしょげた。わかっていたことだけど、私が優しくしてもらえてるのって、全部師匠のおかげなんだよねぇ。
「あほ小娘。変なところで落ち込んでんじゃねぇよ」
くしゃりと撫でられた頭。おまけにと体重をかけられて師匠の顔は見えない。でも、なんでもない口調なのに、声は優しいから――へにゃりと笑ってしまう。
「あら、ごめんなさい。アニムちゃんを落ち込ませたい訳じゃなかったのだけれど」
「でも、事実なのですよー。ほんと、ウィータもラスターも甘い甘いなのですよ」
自分のことみたいに眉を垂らして項垂れてしまったラスターさんと、しれっとした顔でお酒をあおったホーラさん。
さっきのラスターさんのも、今のホーラさんのも。どっちも嘘じゃなくてはっきり言ってくれただけだもんね。
「私、落ち込んでる、場合ないですね! アニム、頑張りどころ見つけて、やる気でたです!」
むんと立ち上がり、腕を振り上げる。っと、大声で子猫たちが起きたら大変だ。
「頼むから、変な方向に突き進むなよ」
なんですか、師匠。その呆れた顔は!
が、話が進まないのはいけないので、すとんと腰を落とす。師匠の脇を肘で突っつくだけにしておいた。
「さて、アニムちゃん。外界へ行くと、自分の命が危険に晒されるのは知っているわよね? 全身火傷どころか、爛《ただ》れ落ちて人の形を保てない。ただ、魂は召喚術によって『此処』に縛られている状態だから、普通の生き物のように、息絶えることも不可能」
ラスターさんの射抜くような視線に気圧され、言葉なく頷き返す。ラスターさんの瞳の奥に映る自分の姿が、溶け落ちていく錯覚に陥る。
膝の上で両手を握ると、氷のように冷たくなっていた。センさんに気を付けるよう言われたのとは、全く違う雰囲気に身震いが起きる。
「私……」
どうしてだろう。幾度なく聞かされている話なのに。少し表現が違うだけで、ここまで感じる恐怖が深まるものなのだろうか。
それとも、ラスターさんの瞳のせい? 何故だか、視線が外せない。髪と同じ深紅に捕らわれてしまったようだ。
「アニム」
ふいに、震えていた肩にぬくもりが染みてきた。ついで、身体がぐらりと傾く。
「ラスター。アニムを脅したいだけなら、今すぐ出て行け。アニムはオレの弟子だ。過保護だのなんだの、他人に言われる筋合いはねぇ」
声を追うと、すぐ近くに師匠の顔があった。どうやら、師匠に肩を抱きかかえられているようだ。というより、師匠の体に押し付けられている感じ。あっ足も密着してるんですけども。
寄りかかったまま、師匠とラスターさんを交互に見る。師匠は静かに怒っているのかな。殺気というか、普段とは違う怒り方に思える。
「ししょー?」
「はいはい。あたしが悪かったわよ」
ラスターさんは、両手を挙げて降参のポーズをとる。出て行けと言われたことを、別段気に病んでいる様子はない。喧嘩には発展しなさそうで、ほっと胸が撫でおろされる。
それでも、師匠は歯を噛み締めて顎を引いたままだ。
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中山トオル(32歳)
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毎週金曜日更新予定 00:00に更新します。
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