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第一章
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カンナの弁護士、田所とはどこかのパーティで知り合った。
何度か同じパーティで顔を合わせるうちに、話す機会も増えた。
祖父の代からの弁護士一家で、父親はTVでも活躍している有名な企業弁護士だった。
物静かな田所は、主に顧問としてクライアントの財産を管理する弁護士をしているらしい。
実際の歳より老けてみえる田所と、若く見えるカンナは7歳も違うのに同年代に見られる。
ようやく僕にも個室がもらえたんですと嬉しそうに話していたことを今でもカンナは覚えていた。
それまでは弁護士というと、ややこしいところに乗り込んでいる法律家としか認識していなかったので、
黙って話を聞いてくれそうな気さくな田所を好ましく感じていた。
離婚するにあたって、離婚後の財産の管理もあるので田所の名刺を探し出し電話を掛けたのが始まりだ。
田所は話を聞い上でいくつかのアドバイスをしてくれて、カンナは比較的簡単に離婚できたのだ。
今はカンナの第一顧問弁護士だ。
田所しか顧問弁護士はいないのだけど、必要にあわせて専門の弁護士を手配するようにもお願いしている。
元旦那からの火の粉を逃れるには他の弁護士を使うかもしれないなと、カンナは思った。
一方その頃琢磨は、目の前に迫った工事期限と二人の子供にやきもきしていた。
春休みで家にいるはずの子供はというと、長男が家に居たので次女が帰ってきたら夕飯を食べに行こうと電話をしておいたのに、一向に連絡が無かった。
現場は煌々と電気をつけて明るい中、徹夜作業になるかもしれないと皆がテンション高く働いていた。
あと2日で終わる予定なので、そろそろ片付けの段取りもしなくてはならない。
ようやく長男に電話がつながったと思ったら次女が帰ってないので連絡できなかったというのだ。
しかも長男は、明日は現場を手伝いたいと言い出した。
今までにもアルバイトで手伝ったことがあるから良いのだが、何しろ受験生だ。
妻から勉強させるように口やかましく言われているので、琢磨は勉強を優先させたかった。
ところが長男は、「今日は一日中家に居たんだよ。明日と明後日くらい体を動かしてもいいだろうが」と言う。
春休みが終わって学校が始まればまた勉強の日々だからというので、仕方なく許可を出した。
明日は事務所に来させて皆と一緒に現場入りさせよう。
手伝うといっても、撤収のための整理整頓くらいしかないが、それでも男の子のパワーは嬉しかった。
次女が気になるので、一度家に帰ることにした。
玉置にそれらのことを伝えると、わかりましたと返事があった。
琢磨の車が家の近くのコンビニの前を通ったとき、次女に良く似た後姿が見えた。
急ブレーキをかけコンビニの前に横付けして店内に入ってみると、次女が漫画を立ち読みしていた。
「こらっ!」と後ろから声を掛けると、次女はびくっとして振り返る。
「なんだ、パパか」
「なんだは無いだろう」
「脅かさないでよ」
驚いたのは琢磨だった。
次女の目の周りが黒くなっている。
「お前・・・化粧したのか?」
「あ・・うん」と次女は焦ったような声を出した。
「なんか、パンダみたいだぞ」
「え~~?!ママのをちょっと借りたんだけど」
「お前なぁ・・・まったく。まだ化粧はダメだって言われてなかったか?」
「イマドキ、皆してるよ~。来週から高校生だし、常識だよ」
琢磨はちょっと考えて、近くのマガジンラックから一冊美容関係の女性誌を選んでレジに持っていった。
空いた手で次女の手を掴んで引っ張っていった。
お金を払って、雑誌を次女の手に押し付ける。
「ママには内緒だぞ。これでちょっとは勉強してろ」
「え~~?こんなのダサイよ」
「五月蝿い!どうでもいいから飯行こう」と、次女を車に押し込んで長男を迎えに行った。
長男に玄関先で散々笑われた次女はすっかり拗ねてしまったが、なんとか宥めて顔を洗わせてから3人で焼肉を食べに行った。
なんといっても長男は食べ盛りだ。
それに琢磨は洋食より箸を使う食事のほうが好きだった。
ラーメンか焼肉か訊ねると二人とも「「焼肉!!」」と答えたので、いつも行く近所の焼肉屋に行った。
食べるだけ食べて、お腹が苦しくなった頃、長男がぼそっと次女に言った。
「お前、あのさっきの化粧、似合ってなかったぞ」
「ほ、ほっといてよ」
「お前は可愛いんだから、ナチュラルマイクのほうが似合うはずだぞ」とも言った。
「・・・放っておいて」と言いながらも真っ赤な顔をして、「お手洗いに行って来る」と次女は席を立って行ってしまった。
残された長男と琢磨が顔を見合わせて肩を竦めると、焼肉屋の亭主が、「親子でそっくりのポーズだなぁ」と言って笑いながらテーブルの横を通って行った。
「それにしても、お前、よくあんなことが言えるなぁ」琢磨が感心して言うと、
「親父の真似してるだけさ」と言って長男がしれっとして返した。
妻が東京から戻るのはまだ10日も先だ。
とりあえず明日と明後日はどうやって乗り切ろうか、琢磨は考えていた。
会計を済ませて外で待っていると次女が出てきたので、みんなで歩いて帰る。
長男は明日は現場だ。
さて、次女をどうするか。放って置いたら何をするかわからない。
家に二人の子供を置いて、住み込みのお手伝いさんに声をかけて琢磨は現場に戻った。
現場に戻ると別段変わったことはなく淡々と作業が続いている。
玉置が近づいてきたので、「今日、明日が山だな」と琢磨は声を掛けた。
「はい」
「様子はどうだ?」
「まだ気配はありませんが」
「ま、恒例のことだしな」
「はい。でも最近特に不景気ですからね。しかもあっちは3回連続で入札はずしていますから油断できませんよ」と玉置が答える。
一度納期に間に合わなければ次からは当分仕事をもらえない。
それがわかっているから、終了間際の工事現場には次の入札を狙っている同業者からの嫌がらせがある。
ライバルをひとつ蹴落とすのだ。
昔はもっと荒っぽかった。
今は規制もあるのでそれほど派手ではないものの、琢磨をライバル視している会社があって、何かと仕掛けてくる。
「準備はしておけよ」と言って、琢磨は携帯電話に手を伸ばした。
「あ、小野寺?夜分にすまん」
琢磨が電話をかけた相手はカンナだった。
「明日は何か予定があるか?」
「ん~~、家を空けられないんだけど」
「じゃ、好都合だ」
「え?」
「えっと・・・どこから話すかな」と迷っていたが、今日次女を見て思いついたことをカンナに話した。
「それ、無理だから。絶対に・・・」
「頼むよ!」
「ベビーシッターなんて無理よ」
「いや、今度高校生になる」
「一番微妙で扱いにくい年頃ジャン」
「他に居ないんだよ」
「私は危険物取り扱いの資格なんて持ってないし・・・」
「カンナ大明神!!頼むよ」と押し切られ、
「まったく、しようがないわね~。但し、両親が良いって言ったらだよ」と言ってカンナは渋々承諾した。
昔から琢磨には憎めないところがあると思っていたが、今さら思い出したところで仕方がない。
父親に話すと、夕方までならいいんじゃないかと言うので、琢磨に「OK」と携帯メッセージを送った。
翌朝、きっかり9時に琢磨はカンナの家のチャイムを鳴らした。
琢磨の隣には拗ねたような態度の次女、陽菜が並んでいた。
「は~い」と言ってドアを開けた人を見た瞬間、陽菜は目を見開いて固まってしまっていた。
妖精のような女性が立っていると思った。
確か父親の知り合いと言っていたが、いったいどんな知り合いなんだと思ってしまう。
「朝からすまん。こっちが次女の陽菜。今日はよろしく!」と父親が言うのをぼんやり聞きながら、陽菜はなんだか良い匂いがすると思っていた。
「おい、陽菜、挨拶しろ!挨拶!こちらは小野寺さんだ。パパの同級生だ」
「えぇ~~?!パパの?」
どう見たってまだ40歳は超えてないでしょうという女性がパパと同級生なのは信じられない。
陽菜は口をパクパクさせたまま二人の顔を交互に見比べて居た。
「しっかりしろ!金魚みたいに口開けやがって」と琢磨は言いながら、「こんな子だけど今日一日よろしく!いろいろ教えてやって」とカンナに言った。
「おはよう。陽菜ちゃんって言うのね。可愛いお名前ね」とその人がふんわりと微笑んだ。
「あ、はい。オハヨウゴザイマス」とペコリと頭を下げる。
「今日は陽菜ちゃんのパパはお忙しいらしいから、ここで我慢してね」と言う。
「いえ、とんでもないです。よろしくお願いします」と陽菜はまた頭を下げた。
すっかり態度の変わった陽菜を面白そうに見ながら、琢磨は「何かあったら電話くれ」と言い残して行ってしまった。
玄関に残されたカンナと陽菜は、しばらくそこに言葉もなく佇んでいた。
何度か同じパーティで顔を合わせるうちに、話す機会も増えた。
祖父の代からの弁護士一家で、父親はTVでも活躍している有名な企業弁護士だった。
物静かな田所は、主に顧問としてクライアントの財産を管理する弁護士をしているらしい。
実際の歳より老けてみえる田所と、若く見えるカンナは7歳も違うのに同年代に見られる。
ようやく僕にも個室がもらえたんですと嬉しそうに話していたことを今でもカンナは覚えていた。
それまでは弁護士というと、ややこしいところに乗り込んでいる法律家としか認識していなかったので、
黙って話を聞いてくれそうな気さくな田所を好ましく感じていた。
離婚するにあたって、離婚後の財産の管理もあるので田所の名刺を探し出し電話を掛けたのが始まりだ。
田所は話を聞い上でいくつかのアドバイスをしてくれて、カンナは比較的簡単に離婚できたのだ。
今はカンナの第一顧問弁護士だ。
田所しか顧問弁護士はいないのだけど、必要にあわせて専門の弁護士を手配するようにもお願いしている。
元旦那からの火の粉を逃れるには他の弁護士を使うかもしれないなと、カンナは思った。
一方その頃琢磨は、目の前に迫った工事期限と二人の子供にやきもきしていた。
春休みで家にいるはずの子供はというと、長男が家に居たので次女が帰ってきたら夕飯を食べに行こうと電話をしておいたのに、一向に連絡が無かった。
現場は煌々と電気をつけて明るい中、徹夜作業になるかもしれないと皆がテンション高く働いていた。
あと2日で終わる予定なので、そろそろ片付けの段取りもしなくてはならない。
ようやく長男に電話がつながったと思ったら次女が帰ってないので連絡できなかったというのだ。
しかも長男は、明日は現場を手伝いたいと言い出した。
今までにもアルバイトで手伝ったことがあるから良いのだが、何しろ受験生だ。
妻から勉強させるように口やかましく言われているので、琢磨は勉強を優先させたかった。
ところが長男は、「今日は一日中家に居たんだよ。明日と明後日くらい体を動かしてもいいだろうが」と言う。
春休みが終わって学校が始まればまた勉強の日々だからというので、仕方なく許可を出した。
明日は事務所に来させて皆と一緒に現場入りさせよう。
手伝うといっても、撤収のための整理整頓くらいしかないが、それでも男の子のパワーは嬉しかった。
次女が気になるので、一度家に帰ることにした。
玉置にそれらのことを伝えると、わかりましたと返事があった。
琢磨の車が家の近くのコンビニの前を通ったとき、次女に良く似た後姿が見えた。
急ブレーキをかけコンビニの前に横付けして店内に入ってみると、次女が漫画を立ち読みしていた。
「こらっ!」と後ろから声を掛けると、次女はびくっとして振り返る。
「なんだ、パパか」
「なんだは無いだろう」
「脅かさないでよ」
驚いたのは琢磨だった。
次女の目の周りが黒くなっている。
「お前・・・化粧したのか?」
「あ・・うん」と次女は焦ったような声を出した。
「なんか、パンダみたいだぞ」
「え~~?!ママのをちょっと借りたんだけど」
「お前なぁ・・・まったく。まだ化粧はダメだって言われてなかったか?」
「イマドキ、皆してるよ~。来週から高校生だし、常識だよ」
琢磨はちょっと考えて、近くのマガジンラックから一冊美容関係の女性誌を選んでレジに持っていった。
空いた手で次女の手を掴んで引っ張っていった。
お金を払って、雑誌を次女の手に押し付ける。
「ママには内緒だぞ。これでちょっとは勉強してろ」
「え~~?こんなのダサイよ」
「五月蝿い!どうでもいいから飯行こう」と、次女を車に押し込んで長男を迎えに行った。
長男に玄関先で散々笑われた次女はすっかり拗ねてしまったが、なんとか宥めて顔を洗わせてから3人で焼肉を食べに行った。
なんといっても長男は食べ盛りだ。
それに琢磨は洋食より箸を使う食事のほうが好きだった。
ラーメンか焼肉か訊ねると二人とも「「焼肉!!」」と答えたので、いつも行く近所の焼肉屋に行った。
食べるだけ食べて、お腹が苦しくなった頃、長男がぼそっと次女に言った。
「お前、あのさっきの化粧、似合ってなかったぞ」
「ほ、ほっといてよ」
「お前は可愛いんだから、ナチュラルマイクのほうが似合うはずだぞ」とも言った。
「・・・放っておいて」と言いながらも真っ赤な顔をして、「お手洗いに行って来る」と次女は席を立って行ってしまった。
残された長男と琢磨が顔を見合わせて肩を竦めると、焼肉屋の亭主が、「親子でそっくりのポーズだなぁ」と言って笑いながらテーブルの横を通って行った。
「それにしても、お前、よくあんなことが言えるなぁ」琢磨が感心して言うと、
「親父の真似してるだけさ」と言って長男がしれっとして返した。
妻が東京から戻るのはまだ10日も先だ。
とりあえず明日と明後日はどうやって乗り切ろうか、琢磨は考えていた。
会計を済ませて外で待っていると次女が出てきたので、みんなで歩いて帰る。
長男は明日は現場だ。
さて、次女をどうするか。放って置いたら何をするかわからない。
家に二人の子供を置いて、住み込みのお手伝いさんに声をかけて琢磨は現場に戻った。
現場に戻ると別段変わったことはなく淡々と作業が続いている。
玉置が近づいてきたので、「今日、明日が山だな」と琢磨は声を掛けた。
「はい」
「様子はどうだ?」
「まだ気配はありませんが」
「ま、恒例のことだしな」
「はい。でも最近特に不景気ですからね。しかもあっちは3回連続で入札はずしていますから油断できませんよ」と玉置が答える。
一度納期に間に合わなければ次からは当分仕事をもらえない。
それがわかっているから、終了間際の工事現場には次の入札を狙っている同業者からの嫌がらせがある。
ライバルをひとつ蹴落とすのだ。
昔はもっと荒っぽかった。
今は規制もあるのでそれほど派手ではないものの、琢磨をライバル視している会社があって、何かと仕掛けてくる。
「準備はしておけよ」と言って、琢磨は携帯電話に手を伸ばした。
「あ、小野寺?夜分にすまん」
琢磨が電話をかけた相手はカンナだった。
「明日は何か予定があるか?」
「ん~~、家を空けられないんだけど」
「じゃ、好都合だ」
「え?」
「えっと・・・どこから話すかな」と迷っていたが、今日次女を見て思いついたことをカンナに話した。
「それ、無理だから。絶対に・・・」
「頼むよ!」
「ベビーシッターなんて無理よ」
「いや、今度高校生になる」
「一番微妙で扱いにくい年頃ジャン」
「他に居ないんだよ」
「私は危険物取り扱いの資格なんて持ってないし・・・」
「カンナ大明神!!頼むよ」と押し切られ、
「まったく、しようがないわね~。但し、両親が良いって言ったらだよ」と言ってカンナは渋々承諾した。
昔から琢磨には憎めないところがあると思っていたが、今さら思い出したところで仕方がない。
父親に話すと、夕方までならいいんじゃないかと言うので、琢磨に「OK」と携帯メッセージを送った。
翌朝、きっかり9時に琢磨はカンナの家のチャイムを鳴らした。
琢磨の隣には拗ねたような態度の次女、陽菜が並んでいた。
「は~い」と言ってドアを開けた人を見た瞬間、陽菜は目を見開いて固まってしまっていた。
妖精のような女性が立っていると思った。
確か父親の知り合いと言っていたが、いったいどんな知り合いなんだと思ってしまう。
「朝からすまん。こっちが次女の陽菜。今日はよろしく!」と父親が言うのをぼんやり聞きながら、陽菜はなんだか良い匂いがすると思っていた。
「おい、陽菜、挨拶しろ!挨拶!こちらは小野寺さんだ。パパの同級生だ」
「えぇ~~?!パパの?」
どう見たってまだ40歳は超えてないでしょうという女性がパパと同級生なのは信じられない。
陽菜は口をパクパクさせたまま二人の顔を交互に見比べて居た。
「しっかりしろ!金魚みたいに口開けやがって」と琢磨は言いながら、「こんな子だけど今日一日よろしく!いろいろ教えてやって」とカンナに言った。
「おはよう。陽菜ちゃんって言うのね。可愛いお名前ね」とその人がふんわりと微笑んだ。
「あ、はい。オハヨウゴザイマス」とペコリと頭を下げる。
「今日は陽菜ちゃんのパパはお忙しいらしいから、ここで我慢してね」と言う。
「いえ、とんでもないです。よろしくお願いします」と陽菜はまた頭を下げた。
すっかり態度の変わった陽菜を面白そうに見ながら、琢磨は「何かあったら電話くれ」と言い残して行ってしまった。
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