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第二章
2-27
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田所がワインを開け、それを飲みながらステーキを焼いた。
焼きながら冷たいサラダと温めたパンをテーブルに準備している間、田所には何度も電話がかかってくる。
部屋を移動することなくダイニングで対応しながらカンナの動きを見守っている。
柔らかい表情で軽口を言って短く対応している田所は、普段見せないくったくのない笑顔でカンナを安心させた。
テーブルにステーキが運ばれたのを見て田所はようやく電話を切った。
「手伝ってもらおうと思ったのに...」と席についた田所にカンナが恨みがましく言うと、
「僕も手伝いたかったのだけど...」と田所は答えたが、それがちっとも悪びれてない口調なのでカンナの笑いを誘った。
「棒読みじゃなの」
「悪かったよ。でも僕は台所ではあまり役に立たないから」
「確かに。普段料理しない人は邪魔かも」
「酷いな」
「お皿くらいは洗えるでしょ?」
「たぶんそれは大丈夫。今夜の片付けは僕がするよ」
「トーゼンよ。働かざるもの食うべからず!」
「はいはい、お姫様はワインでも飲んでゆっくりしていてください」
それからは明日のセイリングの話題になった。
田所はお仲間が到着次第セイリングに行くので、カンナはゆっくり寝坊していいこと、昼はこのダイニングルームで夕方からはクルーザ-で過ごすとのこと。
明日のことは明日考えよう、今夜はワインをゆっくり楽しもうと言われカンナは素直に頷いた。
金曜の夜という仕事からの開放感は少しあったが、仕事のあとの移動と食事で軽く疲労感があった。
明日のことを考えるとあまり深酒もしたくない。
それは田所も同じだったのだろう。
お皿を全部洗ってダイニングテーブルに戻ってきた田所は、カンナと自分のグラスにワインを注ぎ足し、
「ほら、グラス持って。部屋に案内するよ」とカンナを促した。
「ここが君の部屋。僕はその隣だから」
そう言いながら寝室のドアを開け、「遅い時間に到着するのも居るし、朝早くやってくるのも居る。少し賑やかにするけど気にしないでゆっくり起きればいいから」と言いながらカンナのワイングラスを取り上げてサイドテーブルに置いた。
その手でカンナを引き寄せ、軽いがいつもより長いキスをした後で「おやすみ」と言って田所はドアを閉めた。
1人になった部屋でカンナはワインのせいか田所のせいで火照ったのかわからない頬を両手で押えた。
ほぉっとため息を吐いて部屋を見渡してみる。
マロンベージュと白を基調にした温かみのあるインテリアで、皺のない真っ白のベッドシーツがアンナを早くおいでと呼んでいるようだ。
ライティングデスクとベッドサイドテーブルには小さな花が活けられており、部屋の奥の開いたままのドアからは淡く光が漏れていた。
扉を覗いてみるとやはりそこは洗面室になっていて、バス・トイレがコンパクトに配置されていた。
この部屋専用の浴室があるのはありがたい。
シャワーを浴びて髪を乾かすと、ワインを飲みながら携帯を確認をした。
急を要するメールは無く、どれにも返信せずに充電することにした。
ひんやりとするシーツに心地よさを感じながら、カンナはヨーロッパでの海遊びのことを思い出そうとしていた。
必ず夫婦同伴か女性からの招待にしか参加しなかったが、どのクルーザーに招待されても女性はグラスより重いものは持たなかった気がする。
主催者専任のソムリエやシェフが用意した飲み物と料理でさえほんの小道具にしか過ぎず、明日は私がその役目なのかと思うと複雑だ。
どんな献立だったかなと思っているうちにいつの間にか眠ったらしい。
遠くで人の気配がしたのでふと目を開けてみるとまだ暗く、次にやはり外の気配がしたときにもまだカーテンの隙間から見える外は薄暗かった。
三度目にはっきりと目覚めると、すでに明るい陽差しが細く差し込んでいた。
身支度を整えてリビングに出て行くと誰も居なかったが、キッチンに居た田中が気がついて声を掛けてくれた。
皆はとっくに海にでかけたらしい。
海の見えるテラスに朝のお茶を運びましょう用意が出来るまでと、勧められて双眼鏡で田所のヨットを探してみる。
きらめく陽射しのなかに田中に教えられたセールの色を見つけて、それが競技用のヨットであることに少し違和感を抱いた。
夕方はあれでセーリングに出るのかしらとカンナが疑問に思っていると、それを察したのか夕方は大きなエンジンのついたクルーザーですと教えてくれた。
ゆっくりとお茶を飲み終えてカンナは田中に「お昼は何人くらい来られるのかしら」と聞くと、
「おそらく12~3人ではないでしょうか。ご友人のお連れ様もお見えになる場合がありますので、2~3人分は余分にご用意したほうがよろしいかと思います」と応えてくれる。
「ではそろそろ取り掛かろうかしら。何があるのかとりあえず見せてもらってよろしいかしら」
「はい。ではうちのを呼びましょう。お手伝いさせていただきます」と申し出てくれた。
田中に食材や食器を見せてもらっていると田中の妻が裏口から入ってきた。
挨拶をして早々に準備に入る。
さすがセレブの別荘だ。スパイスも豊富だし鍋類も本格的なものが揃っているので昼食はスープカレーを作ることにした。
作るといってもカンナが材料を切って見せるとあとは田中夫人が同じように切ってくれる。スープのアク取りのタイミングを教えるとアクは定期的に彼女がとってくれた。
ライスとパンの二種類を用意し、小さな前菜を兼ねたサラダ、スイーツと果物を切って冷蔵庫に入れたあと、簡単に盛り付けのラフスケッチを描いてキッチンカウンターの隅に貼っておいた。
冷たいアイスティーを飲む間だけ休憩して、スープカレーを煮込む傍で夕食の下ごしらえにとりかかる。
小さくて指でつまみ易いオードブルを数種類。メインディッシュとその付け合せを保存容器に入れると正午近くになっている。
スープカレーの味を調えてからキッチンのことはしばらく田中夫人に任せてカンナは寝室に戻った。
キッチンでの匂いを取るためにさっとシャワーを浴び、お化粧直しをしていると急に外が騒がしくなる。
どうやら田所たちが戻ったようだ。
呼ばれるまでは部屋に居ようとベッドに腰掛けて目を閉じ、瞑想のポーズをとった。
久しぶりに料理に集中した。それも知らない人と初めてのキッチンで。
ほとんど田中夫人が手伝ってくれたがカンナにとっては気の遣うことである。
ゆっくりと呼吸を繰り返しながら頭が空っぽになるまで瞑想のポーズを続けた。
しばらくすると着信の音が聞こえた。田所から「あと10分ほどで戻る」と連絡が入る。
ほどなくして部屋のドアが控えめにノックされ、田中夫人から「そろそろお願いしてよろしいでしょうか」と声がかかった。
「はい」と短い返事をしてカンナが出て行くと、「坊ちゃまがもうすぐお戻りになります。ご友人の方はすでに到着して、飲み物だけ準備させていただきました」と説明があり、一緒にキッチンに戻るとその途中のダイニングで田中が飲み物の対応をしていた。
ダイニングとそれに続くテラスにはテーブルと椅子がすでに追加され配置を変えていた。飲み物も注ぎやすいように準備されている。
何人かがカンナに気がついたので軽く頭を下げてからキッチンに入った。
田中もカンナ達を追いかけるようにキッチンに入ってきて、「ビュッフェスタイルにしましょう」と提案してくれた。
「そうね」と頷いたカンナの後ろから、「私たちも手伝いますよ」と女性の声がした。
カンナが振り返ると、カンナより少し若い世代の女性が3人、にこやかにそして興味深そうな目でカンナを見ていた。
「田所さんのご友人でしょ?自己紹介は後にして、先に運んじゃいましょう」
「そうよね、田所さんが皆に紹介したいと思うし」
「皆お腹空かせているからまずは何か口に入れさせないと・・・」
と口々に言いながらキッチンに入って田中夫婦からお皿やカトラリーを受け取っている。
カンナは少し遅れて「あ、有難うございます」と言うのがやっとだった。
お運びは任せることにしてスープカレーの温度を確かめていると、漸く田所が帰ってきた。
田中が田所を迎えに出る間に田中夫人がカンナのメモを見ながら前菜を盛りつけ、カンナがスープカレーの準備をしていく。
ほどなく戻ってきた田中がそれらをテーブルに運んで昼食の準備が整った。
お替りはご自由にと多めに作った昼食とドリンクをダイニングのカウンターに並べてしまうと、田所がカンナにグラスを渡してくれた。
「とりあえず乾杯。いつもは適当に食べるけど今日は皆で一緒に食事をしよう。あ、この人は僕のクライアントでもあり友人でもあるカンナさん。
今日のランチは彼女のお手製だ。心して食べるように。乾杯!!」と田所が適当としか思えないようなスピーチをすると、
「カンナさんに乾杯!」
「ランチの女神様に乾杯!」と口々に言いながらグラスを揚げ賑やかに昼食が始まった。
3つのテーブルに別れ、それぞれのグループから楽しそうな笑い声が上る。
ヨットでのあれこれを言い合っているようだ。
こんな賑やかな食事はいつぶりだろうかとカンナは嬉しくなった。
想像しいのは苦手だが、たまには良いものだと思う。
皆の食べっぷりを見ていたが早々におかわりをする人も居てほっとしていた。
気がつけばデザートや暖かいコーヒーもカウンターに出され、それを取りに行くころにはめいめいに自己紹介も終わっていた。
社交に慣れている人ばかりで、初対面にも係らず流石というべきか差しさわりのない話題を振るのが上手だった。
先ほど手伝ってくれた女性たちは田所の同級生の妻や妹と言う事だった。
彼女たちもカンナのことはあまり詮索せずに楽しく話すことができた。
年に1~2度は彼らについてこのヨット遊びに参加するらしい。
朝のヨット遊びも参加しなかったカンナに解り易く話してくれたおかげでどういう様子だったのか知ることができた。
お腹がくちくなったら、リビングやテラスのソファーやゲストルームでお昼寝をする人が出てきた。
以前東京で紹介されたバーのマスターも少しだけ話した後はゲストルームに引っ込んだようだ。
田所もヨット仲間と話していたがいつのまにか姿が見えないのでお昼寝をしているのかもしれない。
それから1時間ほど女子トークに花を咲かせた後、カンナは開放してもらってキッチンに戻った。
田中夫婦にお礼を言うと、「皆さんほとんど全部召し上がられて、よほど美味しかったのでしょうね」と田中夫人が嬉しそうに言った。
そしてクルーザーに運ぶものの見本をひとつずつ作ると、あとは田中夫妻が全部作ってクルーザーに運んでくれるとのこと。
クルーザーには別のスタッフが待機しているので、同じように指示すれば夕食は整うということだった。
それを聞いて安心して寝室に戻ると、携帯に田所からメッセージが届いていた。
『4時に起して』
なんと簡潔な伝言であろうか。彼らしいと言えばらしいかも・・・と笑いが漏れる。
そして、お行儀が悪いとは思いながらカンナはそのままベッドに横になって目を瞑った。
焼きながら冷たいサラダと温めたパンをテーブルに準備している間、田所には何度も電話がかかってくる。
部屋を移動することなくダイニングで対応しながらカンナの動きを見守っている。
柔らかい表情で軽口を言って短く対応している田所は、普段見せないくったくのない笑顔でカンナを安心させた。
テーブルにステーキが運ばれたのを見て田所はようやく電話を切った。
「手伝ってもらおうと思ったのに...」と席についた田所にカンナが恨みがましく言うと、
「僕も手伝いたかったのだけど...」と田所は答えたが、それがちっとも悪びれてない口調なのでカンナの笑いを誘った。
「棒読みじゃなの」
「悪かったよ。でも僕は台所ではあまり役に立たないから」
「確かに。普段料理しない人は邪魔かも」
「酷いな」
「お皿くらいは洗えるでしょ?」
「たぶんそれは大丈夫。今夜の片付けは僕がするよ」
「トーゼンよ。働かざるもの食うべからず!」
「はいはい、お姫様はワインでも飲んでゆっくりしていてください」
それからは明日のセイリングの話題になった。
田所はお仲間が到着次第セイリングに行くので、カンナはゆっくり寝坊していいこと、昼はこのダイニングルームで夕方からはクルーザ-で過ごすとのこと。
明日のことは明日考えよう、今夜はワインをゆっくり楽しもうと言われカンナは素直に頷いた。
金曜の夜という仕事からの開放感は少しあったが、仕事のあとの移動と食事で軽く疲労感があった。
明日のことを考えるとあまり深酒もしたくない。
それは田所も同じだったのだろう。
お皿を全部洗ってダイニングテーブルに戻ってきた田所は、カンナと自分のグラスにワインを注ぎ足し、
「ほら、グラス持って。部屋に案内するよ」とカンナを促した。
「ここが君の部屋。僕はその隣だから」
そう言いながら寝室のドアを開け、「遅い時間に到着するのも居るし、朝早くやってくるのも居る。少し賑やかにするけど気にしないでゆっくり起きればいいから」と言いながらカンナのワイングラスを取り上げてサイドテーブルに置いた。
その手でカンナを引き寄せ、軽いがいつもより長いキスをした後で「おやすみ」と言って田所はドアを閉めた。
1人になった部屋でカンナはワインのせいか田所のせいで火照ったのかわからない頬を両手で押えた。
ほぉっとため息を吐いて部屋を見渡してみる。
マロンベージュと白を基調にした温かみのあるインテリアで、皺のない真っ白のベッドシーツがアンナを早くおいでと呼んでいるようだ。
ライティングデスクとベッドサイドテーブルには小さな花が活けられており、部屋の奥の開いたままのドアからは淡く光が漏れていた。
扉を覗いてみるとやはりそこは洗面室になっていて、バス・トイレがコンパクトに配置されていた。
この部屋専用の浴室があるのはありがたい。
シャワーを浴びて髪を乾かすと、ワインを飲みながら携帯を確認をした。
急を要するメールは無く、どれにも返信せずに充電することにした。
ひんやりとするシーツに心地よさを感じながら、カンナはヨーロッパでの海遊びのことを思い出そうとしていた。
必ず夫婦同伴か女性からの招待にしか参加しなかったが、どのクルーザーに招待されても女性はグラスより重いものは持たなかった気がする。
主催者専任のソムリエやシェフが用意した飲み物と料理でさえほんの小道具にしか過ぎず、明日は私がその役目なのかと思うと複雑だ。
どんな献立だったかなと思っているうちにいつの間にか眠ったらしい。
遠くで人の気配がしたのでふと目を開けてみるとまだ暗く、次にやはり外の気配がしたときにもまだカーテンの隙間から見える外は薄暗かった。
三度目にはっきりと目覚めると、すでに明るい陽差しが細く差し込んでいた。
身支度を整えてリビングに出て行くと誰も居なかったが、キッチンに居た田中が気がついて声を掛けてくれた。
皆はとっくに海にでかけたらしい。
海の見えるテラスに朝のお茶を運びましょう用意が出来るまでと、勧められて双眼鏡で田所のヨットを探してみる。
きらめく陽射しのなかに田中に教えられたセールの色を見つけて、それが競技用のヨットであることに少し違和感を抱いた。
夕方はあれでセーリングに出るのかしらとカンナが疑問に思っていると、それを察したのか夕方は大きなエンジンのついたクルーザーですと教えてくれた。
ゆっくりとお茶を飲み終えてカンナは田中に「お昼は何人くらい来られるのかしら」と聞くと、
「おそらく12~3人ではないでしょうか。ご友人のお連れ様もお見えになる場合がありますので、2~3人分は余分にご用意したほうがよろしいかと思います」と応えてくれる。
「ではそろそろ取り掛かろうかしら。何があるのかとりあえず見せてもらってよろしいかしら」
「はい。ではうちのを呼びましょう。お手伝いさせていただきます」と申し出てくれた。
田中に食材や食器を見せてもらっていると田中の妻が裏口から入ってきた。
挨拶をして早々に準備に入る。
さすがセレブの別荘だ。スパイスも豊富だし鍋類も本格的なものが揃っているので昼食はスープカレーを作ることにした。
作るといってもカンナが材料を切って見せるとあとは田中夫人が同じように切ってくれる。スープのアク取りのタイミングを教えるとアクは定期的に彼女がとってくれた。
ライスとパンの二種類を用意し、小さな前菜を兼ねたサラダ、スイーツと果物を切って冷蔵庫に入れたあと、簡単に盛り付けのラフスケッチを描いてキッチンカウンターの隅に貼っておいた。
冷たいアイスティーを飲む間だけ休憩して、スープカレーを煮込む傍で夕食の下ごしらえにとりかかる。
小さくて指でつまみ易いオードブルを数種類。メインディッシュとその付け合せを保存容器に入れると正午近くになっている。
スープカレーの味を調えてからキッチンのことはしばらく田中夫人に任せてカンナは寝室に戻った。
キッチンでの匂いを取るためにさっとシャワーを浴び、お化粧直しをしていると急に外が騒がしくなる。
どうやら田所たちが戻ったようだ。
呼ばれるまでは部屋に居ようとベッドに腰掛けて目を閉じ、瞑想のポーズをとった。
久しぶりに料理に集中した。それも知らない人と初めてのキッチンで。
ほとんど田中夫人が手伝ってくれたがカンナにとっては気の遣うことである。
ゆっくりと呼吸を繰り返しながら頭が空っぽになるまで瞑想のポーズを続けた。
しばらくすると着信の音が聞こえた。田所から「あと10分ほどで戻る」と連絡が入る。
ほどなくして部屋のドアが控えめにノックされ、田中夫人から「そろそろお願いしてよろしいでしょうか」と声がかかった。
「はい」と短い返事をしてカンナが出て行くと、「坊ちゃまがもうすぐお戻りになります。ご友人の方はすでに到着して、飲み物だけ準備させていただきました」と説明があり、一緒にキッチンに戻るとその途中のダイニングで田中が飲み物の対応をしていた。
ダイニングとそれに続くテラスにはテーブルと椅子がすでに追加され配置を変えていた。飲み物も注ぎやすいように準備されている。
何人かがカンナに気がついたので軽く頭を下げてからキッチンに入った。
田中もカンナ達を追いかけるようにキッチンに入ってきて、「ビュッフェスタイルにしましょう」と提案してくれた。
「そうね」と頷いたカンナの後ろから、「私たちも手伝いますよ」と女性の声がした。
カンナが振り返ると、カンナより少し若い世代の女性が3人、にこやかにそして興味深そうな目でカンナを見ていた。
「田所さんのご友人でしょ?自己紹介は後にして、先に運んじゃいましょう」
「そうよね、田所さんが皆に紹介したいと思うし」
「皆お腹空かせているからまずは何か口に入れさせないと・・・」
と口々に言いながらキッチンに入って田中夫婦からお皿やカトラリーを受け取っている。
カンナは少し遅れて「あ、有難うございます」と言うのがやっとだった。
お運びは任せることにしてスープカレーの温度を確かめていると、漸く田所が帰ってきた。
田中が田所を迎えに出る間に田中夫人がカンナのメモを見ながら前菜を盛りつけ、カンナがスープカレーの準備をしていく。
ほどなく戻ってきた田中がそれらをテーブルに運んで昼食の準備が整った。
お替りはご自由にと多めに作った昼食とドリンクをダイニングのカウンターに並べてしまうと、田所がカンナにグラスを渡してくれた。
「とりあえず乾杯。いつもは適当に食べるけど今日は皆で一緒に食事をしよう。あ、この人は僕のクライアントでもあり友人でもあるカンナさん。
今日のランチは彼女のお手製だ。心して食べるように。乾杯!!」と田所が適当としか思えないようなスピーチをすると、
「カンナさんに乾杯!」
「ランチの女神様に乾杯!」と口々に言いながらグラスを揚げ賑やかに昼食が始まった。
3つのテーブルに別れ、それぞれのグループから楽しそうな笑い声が上る。
ヨットでのあれこれを言い合っているようだ。
こんな賑やかな食事はいつぶりだろうかとカンナは嬉しくなった。
想像しいのは苦手だが、たまには良いものだと思う。
皆の食べっぷりを見ていたが早々におかわりをする人も居てほっとしていた。
気がつけばデザートや暖かいコーヒーもカウンターに出され、それを取りに行くころにはめいめいに自己紹介も終わっていた。
社交に慣れている人ばかりで、初対面にも係らず流石というべきか差しさわりのない話題を振るのが上手だった。
先ほど手伝ってくれた女性たちは田所の同級生の妻や妹と言う事だった。
彼女たちもカンナのことはあまり詮索せずに楽しく話すことができた。
年に1~2度は彼らについてこのヨット遊びに参加するらしい。
朝のヨット遊びも参加しなかったカンナに解り易く話してくれたおかげでどういう様子だったのか知ることができた。
お腹がくちくなったら、リビングやテラスのソファーやゲストルームでお昼寝をする人が出てきた。
以前東京で紹介されたバーのマスターも少しだけ話した後はゲストルームに引っ込んだようだ。
田所もヨット仲間と話していたがいつのまにか姿が見えないのでお昼寝をしているのかもしれない。
それから1時間ほど女子トークに花を咲かせた後、カンナは開放してもらってキッチンに戻った。
田中夫婦にお礼を言うと、「皆さんほとんど全部召し上がられて、よほど美味しかったのでしょうね」と田中夫人が嬉しそうに言った。
そしてクルーザーに運ぶものの見本をひとつずつ作ると、あとは田中夫妻が全部作ってクルーザーに運んでくれるとのこと。
クルーザーには別のスタッフが待機しているので、同じように指示すれば夕食は整うということだった。
それを聞いて安心して寝室に戻ると、携帯に田所からメッセージが届いていた。
『4時に起して』
なんと簡潔な伝言であろうか。彼らしいと言えばらしいかも・・・と笑いが漏れる。
そして、お行儀が悪いとは思いながらカンナはそのままベッドに横になって目を瞑った。
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