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第二章
第16話 浮かび上がる輪郭
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アルフレッドに婚約者がいた頃、マリアヴェルは気持ちを自覚していなかった。だから彼の婚約者であったマデリーナを純粋な心で慕い、三人で過ごす時間を楽しんでいた。
――今なら?
もし、アルフレッドがフローリアと婚約した時、マリアヴェルは変わらずそばにいられるか。それとも、一緒にいる二人を見たくなくてどこか遠くへ逃げるのか――。
僕のそばにいられるのか、じゃなくて。いてくれるのか、とアルフレッドは尋ねた。それなら答えは一つだ。
じっと見つめてくる紫苑の瞳を、マリアヴェルはまっすぐに見返す。
「お兄様に、わたしが必要なら。わたしは自分からどこかへ行ったりしないわ」
どんなに苦しくたって、アルフレッドがマリアヴェルを必要とするのなら。自分は彼のそばで無邪気に微笑んでみせる。彼の隣に婚約者や奥さんがいたとしても、妹として。
綺麗な瞳がわずかに揺らいだ。一瞬だけ目を伏せたアルフレッドが、ぎこちなく笑みを浮かべる。
「……うん。マリィは、そうだよね。だけど、誰もがそう在れるわけじゃない。必要とされているとわかっていても、どうしたって感情が先に立つ人だっているだろう」
誰かではなく特定の人物を指していると、すぐにわかった。
嫉妬の炎を必死に静めて、痛む心を押し殺してなんてことない顔で笑う。地獄みたいな日々。そばにいることを求められているとわかっていても、耐えられなくて――。
「……フローリア様が極端なまでに二人から距離を置いたのは、そばにいるのが辛いから?」
「たぶんね」
二人の仲を応援していたフローリア。でも次第に見守るのが辛くなり、距離を置いた。離れたのは空気を読んでのことだと発言していたが、それが強がりだと仮定すれば。
「そばで見ていられないくらい辛いなら、フローリア様がカイン様を慕っているのは間違いないはずで――」
「本当にそうかな?」
「え?」
見下ろしてくるアルフレッドの瞳に灯るのは、真摯な色。心の奥まで見透かしてしまいそうな、宝石よりずっと綺麗で静謐な色味。
「彼女は否定したんだろう?」
「二人の婚約に波風を立てないよう、咄嗟に否定したのかもしれないわ」
アルフレッドは緩やかに首を横に振る。
「マリィが引きずるくらい、フローリア嬢の精神状態は平常じゃなかった。それほどまでに感情が昂っている時に溢れ出た言葉なんだ。本音だよ」
こういう時のアルフレッドの見立てが外れるところを、マリアヴェルは一度として見たことがない。彼の言葉をすべて呑み込むなら。
「え、……それじゃあ、フローリア様の想い人って――」
「たぶん、そういうことなんじゃないかな」
フローリアが愛しているのは、カインではなく――。
アルフレッドが仄めかした結論に、マリアヴェルは絶句した。
それが事実なら、マリアヴェルの発言は刃物染みた鋭さでフローリアの心をズタズタにしたに違いない。
見えなかったフローリアという人物の輪郭が、一気に浮かび上がってくる。彼女はきっと、マリアヴェルが想像もしていなかったほど友人想いで、気高く、繊細で――。
理解した瞬間、顔から血の気が引いた。
「どうしよう、お兄様。わたし、そんなつもりじゃ……」
泣くのは卑怯だとわかっている。わかっていても、堪えきれなかった。
マリアヴェルの言葉をフローリアがどんな想いで聞いていたのか。想像するだけで目頭が熱くなって、嗚咽が迫り上がってくる。
頭の中は、どうしようという想いでいっぱいだった。知らなかったでは、済まない。
アルフレッドがそっとマリアヴェルを引き寄せた。幼い子供をあやすような、優しい抱擁。温かな手のひらが背中を撫でてくれる。
「――うん。マリィはアンネローゼ嬢の想いをフローリア嬢にわかって欲しかったんだよね」
親友の望みと、自分の中にある想い。板挟みにあって苦しんでいた彼女に、マリアヴェルは追い打ちをかけたのだ。
――今なら?
もし、アルフレッドがフローリアと婚約した時、マリアヴェルは変わらずそばにいられるか。それとも、一緒にいる二人を見たくなくてどこか遠くへ逃げるのか――。
僕のそばにいられるのか、じゃなくて。いてくれるのか、とアルフレッドは尋ねた。それなら答えは一つだ。
じっと見つめてくる紫苑の瞳を、マリアヴェルはまっすぐに見返す。
「お兄様に、わたしが必要なら。わたしは自分からどこかへ行ったりしないわ」
どんなに苦しくたって、アルフレッドがマリアヴェルを必要とするのなら。自分は彼のそばで無邪気に微笑んでみせる。彼の隣に婚約者や奥さんがいたとしても、妹として。
綺麗な瞳がわずかに揺らいだ。一瞬だけ目を伏せたアルフレッドが、ぎこちなく笑みを浮かべる。
「……うん。マリィは、そうだよね。だけど、誰もがそう在れるわけじゃない。必要とされているとわかっていても、どうしたって感情が先に立つ人だっているだろう」
誰かではなく特定の人物を指していると、すぐにわかった。
嫉妬の炎を必死に静めて、痛む心を押し殺してなんてことない顔で笑う。地獄みたいな日々。そばにいることを求められているとわかっていても、耐えられなくて――。
「……フローリア様が極端なまでに二人から距離を置いたのは、そばにいるのが辛いから?」
「たぶんね」
二人の仲を応援していたフローリア。でも次第に見守るのが辛くなり、距離を置いた。離れたのは空気を読んでのことだと発言していたが、それが強がりだと仮定すれば。
「そばで見ていられないくらい辛いなら、フローリア様がカイン様を慕っているのは間違いないはずで――」
「本当にそうかな?」
「え?」
見下ろしてくるアルフレッドの瞳に灯るのは、真摯な色。心の奥まで見透かしてしまいそうな、宝石よりずっと綺麗で静謐な色味。
「彼女は否定したんだろう?」
「二人の婚約に波風を立てないよう、咄嗟に否定したのかもしれないわ」
アルフレッドは緩やかに首を横に振る。
「マリィが引きずるくらい、フローリア嬢の精神状態は平常じゃなかった。それほどまでに感情が昂っている時に溢れ出た言葉なんだ。本音だよ」
こういう時のアルフレッドの見立てが外れるところを、マリアヴェルは一度として見たことがない。彼の言葉をすべて呑み込むなら。
「え、……それじゃあ、フローリア様の想い人って――」
「たぶん、そういうことなんじゃないかな」
フローリアが愛しているのは、カインではなく――。
アルフレッドが仄めかした結論に、マリアヴェルは絶句した。
それが事実なら、マリアヴェルの発言は刃物染みた鋭さでフローリアの心をズタズタにしたに違いない。
見えなかったフローリアという人物の輪郭が、一気に浮かび上がってくる。彼女はきっと、マリアヴェルが想像もしていなかったほど友人想いで、気高く、繊細で――。
理解した瞬間、顔から血の気が引いた。
「どうしよう、お兄様。わたし、そんなつもりじゃ……」
泣くのは卑怯だとわかっている。わかっていても、堪えきれなかった。
マリアヴェルの言葉をフローリアがどんな想いで聞いていたのか。想像するだけで目頭が熱くなって、嗚咽が迫り上がってくる。
頭の中は、どうしようという想いでいっぱいだった。知らなかったでは、済まない。
アルフレッドがそっとマリアヴェルを引き寄せた。幼い子供をあやすような、優しい抱擁。温かな手のひらが背中を撫でてくれる。
「――うん。マリィはアンネローゼ嬢の想いをフローリア嬢にわかって欲しかったんだよね」
親友の望みと、自分の中にある想い。板挟みにあって苦しんでいた彼女に、マリアヴェルは追い打ちをかけたのだ。
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