33 / 45
32
しおりを挟む
撮影日の前日の夜、あたしは剛くんに初めて自分から電話をかけた。
「いつもお世話になっております!大変申し訳ありません、後ほど折り返しさせて頂きます!」
仕事中なんだろう、業務用の口調で電話を切られたけど電話に出てくれただけでものすごく嬉しかった。
着信拒否されちゃったりしてるかなって思ってびくびくしながら電話をしてたから…。
1ヶ月以上ぶりに聞く剛くんの声。今までだって1ヶ月以上会えないこともあったし声を聞くことがない時もあったのに今日はすごく懐かしく感じた。
剛くんから1時間後くらいに折り返しの電話がかかってきた。さっきのお仕事用の声じゃなくて、いつもの声。
「剛くん、久しぶり…お仕事中やった?」
ー久しぶり。今から帰るとこ。ちょっとさー、菜々ちゃんの方からは連絡せんって決めてたやん。
あたしからは剛くんに連絡しないっていうルールを今日、初めて破った。
「ごめん…もうしないから。最初で最後にする」
ーまぁ、俺もごめん。ああ言ってなかなか連絡せんくて。…どうしたん?
「…もう剛くんとは会わない」
ー…は?急に何、意味わからんねんけど。…どこにいるん。そっち行くわ
「どこで会うの?」
ーどっか、人目につかんとこ。
「…無いやん、そんなん。ホテルの部屋くらいしかないやん。今から帰るんやろ?」
ーまぁそうやけどさ…
「…待てへんねん。離婚はしないってもうわかってるし、けど剛くんの顔見たらそのこと言いたくなっちゃうし」
ーだから、離婚せーへんなんて言ってないやん…何回も言ってるやん。
もうやめて。1%でも期待させようとするのはやめて。泣きそうなの我慢してるのに、鼻声になってきてしまう。
「顔見たら何回も言いたくなるから。それで嫌われるのも嫌やねんもん…あの時の言葉は無かったことにする…」
ー何で菜々ちゃんが俺の発した言葉を無かったことにするん?
「そうでもしないと仕方ないの!剛くんにはもう会えへん。もう会いたくない!!」
ー…。
剛くんはしばらく無言だった。涙がぽろっと零れた瞬間、急に何かの線が切れたようにどっと涙が溢れ始めてあたしはずっと電話口ですすり泣いていた。
ー菜々ちゃん。ほんまにいいの?
「よくない。ほんまはよくない」
ーもう、会えへんの?最後に1回だけでも無理なん?菜々ちゃんの顔見たい。
「もう、無理…会ったら離れたくなくなるってわかってんねん、無理やんかそんなん」
ーずっと一緒にいたらいいやん。なんで今なん?
「これ以上しんどく、なりたくない、お願い。もう会えへん、むり…っ」
ーそっか…。辛い思いさせてごめん。菜々ちゃん、俺は菜々ちゃんのことほんまに好きやったよ。一緒にいれて楽しかった。ありがとう。幸せになってな
「…ありがと…」
電話が切れた。耳元にあてていたスマホが手から滑り落ち、あたしは大声で泣いた。
…ばいばい、剛くん。
ほんとは会いたかった。剛くんが言うように最後に会いたかった。最後にキスして欲しかった。抱かれたかった。
嫌なことされても、冷たくされても大好きだった。
会いたい。会いたい。けれど会えば絶対に辛くなる。これから起こっていく変化に耐えれなくて死にたくなっちゃいそうだ。
時間が経てば、あたしから終わらせようとした理由が剛くんにわかるだろう。その頃にはあたしのことなんて忘れちゃうかな…
…もう今までの自分じゃなくなる。名前も変わってしまう。自分じゃなくなるから、無理やりにでも吹っ切るしかなかった。これから変わっていく自分を剛くんに見られたくなかった。
自分で決めたんだ。今までの人生なんか無かったかのように、全てを捨てて一人で生きていくしかない。
本当に地元には帰れなくなるし、他に行く場所なんてどこにもない、寄りかかれる相手だっていないし、きっとこの先現れることも無いだろうから。
頭の中で「これが報いだ」と声がする。それから、嘲笑う様な声も。
誰の声なのだろう。彼氏をあたしに寝取られた子達なのか、ちょっと遊んで一方的に縁を切った男なのか、事務所の人なのか、剛くんの奥さんなのか、蓮くんか、蓮くんのファンなのか、将くんの奥さんなのか、あの時に殺してしまったお腹の中の子供なのか。
心当たりが多すぎてわからない。
頭が悪すぎて、これまでの自分がしてきたことの何が「良い」のかどこが「悪い」のかをわからずに過ごしてきた。
けど「正しい」か、「正しくない」かで言えば「正しくない」ことをしてきたということはちゃんとわかっていた。
正しくないということをわかりながら正しくないことをしてきた。
“彼女がいようが奥さんがいようがなんなの、男があたしとセックスしたいんだからするんじゃん、その人の意思がそうなんだからあたしが悪いっていうわけでもないでしょ”
“本気になられたって困る、こっちは真剣に付き合う気なんて更々ないし。あたしの性欲処理に付き合ってればいいんだから。めんどくさいのはヤダ”
そんなことをいつも思いながら。
そうやってたくさんの人を傷つけてきたんだよね。色んな人を傷付けて嫌な思いをさせてきたから、それは悪いことをしてきたってことなんだなって今になってようやく理解した。
いいことをすればいいことが返ってくる。悪いことをすれば悪いことが返ってくる。
前に剛くんがそんなこと言ってた。
あたしは悪いことをしてきたから、悪いことが返ってくるんだね。
挨拶回りをしてる時にマネージャーから少し話を聞いたけど、沢山いる女の子の中では最初からそうなりたくて業界に入ってくる子もけっこういるらしい。
色んな人間がいるんだからそういう子がいるのはおかしくないし、そういう仕事が悪いって言ってるんじゃない。その子達にとってはやりたいことが叶うんだから、いいことに決まってる。
あたしはオーディションに受かったからモデルやってるだけで、こうなりたい!とかいう強い思い入れはなくこの世界にいた。テレビ出たりとかしたら楽しいのかなー、出てみたいなーとかぼんやり思ったりしたことはあったけど。
ただ、これからすることをしたくて今まで過ごしてきたわけじゃないから不本意と言えるしあたしにとっては悪いことなんだよね。やるって決めたのは自分なのに。
でもこのままじゃ1人で生きていけないから。貯金なんてほとんど無いし…
忘れなきゃ。今までのあたしを今日で忘れなきゃ。
明日はあたしがあたしじゃなくなる日だ。
「いつもお世話になっております!大変申し訳ありません、後ほど折り返しさせて頂きます!」
仕事中なんだろう、業務用の口調で電話を切られたけど電話に出てくれただけでものすごく嬉しかった。
着信拒否されちゃったりしてるかなって思ってびくびくしながら電話をしてたから…。
1ヶ月以上ぶりに聞く剛くんの声。今までだって1ヶ月以上会えないこともあったし声を聞くことがない時もあったのに今日はすごく懐かしく感じた。
剛くんから1時間後くらいに折り返しの電話がかかってきた。さっきのお仕事用の声じゃなくて、いつもの声。
「剛くん、久しぶり…お仕事中やった?」
ー久しぶり。今から帰るとこ。ちょっとさー、菜々ちゃんの方からは連絡せんって決めてたやん。
あたしからは剛くんに連絡しないっていうルールを今日、初めて破った。
「ごめん…もうしないから。最初で最後にする」
ーまぁ、俺もごめん。ああ言ってなかなか連絡せんくて。…どうしたん?
「…もう剛くんとは会わない」
ー…は?急に何、意味わからんねんけど。…どこにいるん。そっち行くわ
「どこで会うの?」
ーどっか、人目につかんとこ。
「…無いやん、そんなん。ホテルの部屋くらいしかないやん。今から帰るんやろ?」
ーまぁそうやけどさ…
「…待てへんねん。離婚はしないってもうわかってるし、けど剛くんの顔見たらそのこと言いたくなっちゃうし」
ーだから、離婚せーへんなんて言ってないやん…何回も言ってるやん。
もうやめて。1%でも期待させようとするのはやめて。泣きそうなの我慢してるのに、鼻声になってきてしまう。
「顔見たら何回も言いたくなるから。それで嫌われるのも嫌やねんもん…あの時の言葉は無かったことにする…」
ー何で菜々ちゃんが俺の発した言葉を無かったことにするん?
「そうでもしないと仕方ないの!剛くんにはもう会えへん。もう会いたくない!!」
ー…。
剛くんはしばらく無言だった。涙がぽろっと零れた瞬間、急に何かの線が切れたようにどっと涙が溢れ始めてあたしはずっと電話口ですすり泣いていた。
ー菜々ちゃん。ほんまにいいの?
「よくない。ほんまはよくない」
ーもう、会えへんの?最後に1回だけでも無理なん?菜々ちゃんの顔見たい。
「もう、無理…会ったら離れたくなくなるってわかってんねん、無理やんかそんなん」
ーずっと一緒にいたらいいやん。なんで今なん?
「これ以上しんどく、なりたくない、お願い。もう会えへん、むり…っ」
ーそっか…。辛い思いさせてごめん。菜々ちゃん、俺は菜々ちゃんのことほんまに好きやったよ。一緒にいれて楽しかった。ありがとう。幸せになってな
「…ありがと…」
電話が切れた。耳元にあてていたスマホが手から滑り落ち、あたしは大声で泣いた。
…ばいばい、剛くん。
ほんとは会いたかった。剛くんが言うように最後に会いたかった。最後にキスして欲しかった。抱かれたかった。
嫌なことされても、冷たくされても大好きだった。
会いたい。会いたい。けれど会えば絶対に辛くなる。これから起こっていく変化に耐えれなくて死にたくなっちゃいそうだ。
時間が経てば、あたしから終わらせようとした理由が剛くんにわかるだろう。その頃にはあたしのことなんて忘れちゃうかな…
…もう今までの自分じゃなくなる。名前も変わってしまう。自分じゃなくなるから、無理やりにでも吹っ切るしかなかった。これから変わっていく自分を剛くんに見られたくなかった。
自分で決めたんだ。今までの人生なんか無かったかのように、全てを捨てて一人で生きていくしかない。
本当に地元には帰れなくなるし、他に行く場所なんてどこにもない、寄りかかれる相手だっていないし、きっとこの先現れることも無いだろうから。
頭の中で「これが報いだ」と声がする。それから、嘲笑う様な声も。
誰の声なのだろう。彼氏をあたしに寝取られた子達なのか、ちょっと遊んで一方的に縁を切った男なのか、事務所の人なのか、剛くんの奥さんなのか、蓮くんか、蓮くんのファンなのか、将くんの奥さんなのか、あの時に殺してしまったお腹の中の子供なのか。
心当たりが多すぎてわからない。
頭が悪すぎて、これまでの自分がしてきたことの何が「良い」のかどこが「悪い」のかをわからずに過ごしてきた。
けど「正しい」か、「正しくない」かで言えば「正しくない」ことをしてきたということはちゃんとわかっていた。
正しくないということをわかりながら正しくないことをしてきた。
“彼女がいようが奥さんがいようがなんなの、男があたしとセックスしたいんだからするんじゃん、その人の意思がそうなんだからあたしが悪いっていうわけでもないでしょ”
“本気になられたって困る、こっちは真剣に付き合う気なんて更々ないし。あたしの性欲処理に付き合ってればいいんだから。めんどくさいのはヤダ”
そんなことをいつも思いながら。
そうやってたくさんの人を傷つけてきたんだよね。色んな人を傷付けて嫌な思いをさせてきたから、それは悪いことをしてきたってことなんだなって今になってようやく理解した。
いいことをすればいいことが返ってくる。悪いことをすれば悪いことが返ってくる。
前に剛くんがそんなこと言ってた。
あたしは悪いことをしてきたから、悪いことが返ってくるんだね。
挨拶回りをしてる時にマネージャーから少し話を聞いたけど、沢山いる女の子の中では最初からそうなりたくて業界に入ってくる子もけっこういるらしい。
色んな人間がいるんだからそういう子がいるのはおかしくないし、そういう仕事が悪いって言ってるんじゃない。その子達にとってはやりたいことが叶うんだから、いいことに決まってる。
あたしはオーディションに受かったからモデルやってるだけで、こうなりたい!とかいう強い思い入れはなくこの世界にいた。テレビ出たりとかしたら楽しいのかなー、出てみたいなーとかぼんやり思ったりしたことはあったけど。
ただ、これからすることをしたくて今まで過ごしてきたわけじゃないから不本意と言えるしあたしにとっては悪いことなんだよね。やるって決めたのは自分なのに。
でもこのままじゃ1人で生きていけないから。貯金なんてほとんど無いし…
忘れなきゃ。今までのあたしを今日で忘れなきゃ。
明日はあたしがあたしじゃなくなる日だ。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる