わたしがわたしをわすれるひ【R18】

仲村來夢

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撮影日の前日の夜、あたしは剛くんに初めて自分から電話をかけた。

「いつもお世話になっております!大変申し訳ありません、後ほど折り返しさせて頂きます!」

仕事中なんだろう、業務用の口調で電話を切られたけど電話に出てくれただけでものすごく嬉しかった。

着信拒否されちゃったりしてるかなって思ってびくびくしながら電話をしてたから…。

1ヶ月以上ぶりに聞く剛くんの声。今までだって1ヶ月以上会えないこともあったし声を聞くことがない時もあったのに今日はすごく懐かしく感じた。

剛くんから1時間後くらいに折り返しの電話がかかってきた。さっきのお仕事用の声じゃなくて、いつもの声。

「剛くん、久しぶり…お仕事中やった?」

ー久しぶり。今から帰るとこ。ちょっとさー、菜々ちゃんの方からは連絡せんって決めてたやん。

あたしからは剛くんに連絡しないっていうルールを今日、初めて破った。

「ごめん…もうしないから。最初で最後にする」

ーまぁ、俺もごめん。ああ言ってなかなか連絡せんくて。…どうしたん?

「…もう剛くんとは会わない」

ー…は?急に何、意味わからんねんけど。…どこにいるん。そっち行くわ

「どこで会うの?」

ーどっか、人目につかんとこ。

「…無いやん、そんなん。ホテルの部屋くらいしかないやん。今から帰るんやろ?」

ーまぁそうやけどさ…

「…待てへんねん。離婚はしないってもうわかってるし、けど剛くんの顔見たらそのこと言いたくなっちゃうし」

ーだから、離婚せーへんなんて言ってないやん…何回も言ってるやん。

もうやめて。1%でも期待させようとするのはやめて。泣きそうなの我慢してるのに、鼻声になってきてしまう。

「顔見たら何回も言いたくなるから。それで嫌われるのも嫌やねんもん…あの時の言葉は無かったことにする…」

ー何で菜々ちゃんが俺の発した言葉を無かったことにするん?

「そうでもしないと仕方ないの!剛くんにはもう会えへん。もう会いたくない!!」

ー…。

剛くんはしばらく無言だった。涙がぽろっと零れた瞬間、急に何かの線が切れたようにどっと涙が溢れ始めてあたしはずっと電話口ですすり泣いていた。

ー菜々ちゃん。ほんまにいいの?

「よくない。ほんまはよくない」

ーもう、会えへんの?最後に1回だけでも無理なん?菜々ちゃんの顔見たい。

「もう、無理…会ったら離れたくなくなるってわかってんねん、無理やんかそんなん」

ーずっと一緒にいたらいいやん。なんで今なん?

「これ以上しんどく、なりたくない、お願い。もう会えへん、むり…っ」

ーそっか…。辛い思いさせてごめん。菜々ちゃん、俺は菜々ちゃんのことほんまに好きやったよ。一緒にいれて楽しかった。ありがとう。幸せになってな

「…ありがと…」

電話が切れた。耳元にあてていたスマホが手から滑り落ち、あたしは大声で泣いた。

…ばいばい、剛くん。

ほんとは会いたかった。剛くんが言うように最後に会いたかった。最後にキスして欲しかった。抱かれたかった。

嫌なことされても、冷たくされても大好きだった。

会いたい。会いたい。けれど会えば絶対に辛くなる。これから起こっていく変化に耐えれなくて死にたくなっちゃいそうだ。

時間が経てば、あたしから終わらせようとした理由が剛くんにわかるだろう。その頃にはあたしのことなんて忘れちゃうかな…

…もう今までの自分じゃなくなる。名前も変わってしまう。自分じゃなくなるから、無理やりにでも吹っ切るしかなかった。これから変わっていく自分を剛くんに見られたくなかった。

自分で決めたんだ。今までの人生なんか無かったかのように、全てを捨てて一人で生きていくしかない。

本当に地元には帰れなくなるし、他に行く場所なんてどこにもない、寄りかかれる相手だっていないし、きっとこの先現れることも無いだろうから。

頭の中で「これが報いだ」と声がする。それから、嘲笑う様な声も。

誰の声なのだろう。彼氏をあたしに寝取られた子達なのか、ちょっと遊んで一方的に縁を切った男なのか、事務所の人なのか、剛くんの奥さんなのか、蓮くんか、蓮くんのファンなのか、将くんの奥さんなのか、あの時に殺してしまったお腹の中の子供なのか。

心当たりが多すぎてわからない。

頭が悪すぎて、これまでの自分がしてきたことの何が「良い」のかどこが「悪い」のかをわからずに過ごしてきた。

けど「正しい」か、「正しくない」かで言えば「正しくない」ことをしてきたということはちゃんとわかっていた。

正しくないということをわかりながら正しくないことをしてきた。

“彼女がいようが奥さんがいようがなんなの、男があたしとセックスしたいんだからするんじゃん、その人の意思がそうなんだからあたしが悪いっていうわけでもないでしょ”

“本気になられたって困る、こっちは真剣に付き合う気なんて更々ないし。あたしの性欲処理に付き合ってればいいんだから。めんどくさいのはヤダ”

そんなことをいつも思いながら。

そうやってたくさんの人を傷つけてきたんだよね。色んな人を傷付けて嫌な思いをさせてきたから、それは悪いことをしてきたってことなんだなって今になってようやく理解した。

いいことをすればいいことが返ってくる。悪いことをすれば悪いことが返ってくる。

前に剛くんがそんなこと言ってた。

あたしは悪いことをしてきたから、悪いことが返ってくるんだね。

挨拶回りをしてる時にマネージャーから少し話を聞いたけど、沢山いる女の子の中では最初からそうなりたくて業界に入ってくる子もけっこういるらしい。

色んな人間がいるんだからそういう子がいるのはおかしくないし、そういう仕事が悪いって言ってるんじゃない。その子達にとってはやりたいことが叶うんだから、いいことに決まってる。

あたしはオーディションに受かったからモデルやってるだけで、こうなりたい!とかいう強い思い入れはなくこの世界にいた。テレビ出たりとかしたら楽しいのかなー、出てみたいなーとかぼんやり思ったりしたことはあったけど。

ただ、これからすることをしたくて今まで過ごしてきたわけじゃないから不本意と言えるしあたしにとっては悪いことなんだよね。やるって決めたのは自分なのに。

でもこのままじゃ1人で生きていけないから。貯金なんてほとんど無いし…

忘れなきゃ。今までのあたしを今日で忘れなきゃ。

明日はあたしがあたしじゃなくなる日だ。
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