元アイドルは現役アイドルに愛される

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34.  怪我

新居での穏やかな生活の裏側で、奏多は人知れず小さな違和感を抱えていた。 


​きっかけは、連日のハードなダンスレッスンの合間だった。かつて選手生命を脅かした足の古傷が、深い場所で熱を持つようにズキリと疼いたのだ。

​(……気のせい…少し、疲れが溜まっているだけ……)

​そう自分に言い聞かせ、奏多は表情一つ変えずにステップを踏み続ける。今の自分は、ソロとユニットを兼任し、さらに作曲まで欲張っている身だ。
もし今、自分が「足が痛い」なんて言えば、リオと颯真が自分の活動を制限しようとするだろうと、容易に想像がついた。

​二人にだけは、あの時の絶望を二度と思い出させたくない。

​その日の夜。リビングでリオと並んでソファに座っている時も、奏多は神経を尖らせていた。


​「奏多さん、お疲れ様です。足、だいぶ使いましたよね。マッサージしましょうか?」

​「……ううん、大丈夫。今日はそんなに激しくなかったし、自分でもうストレッチしたから」


​リオが奏多の脚に手を伸ばそうとした瞬間、奏多は自然な動作を装って、クッションを膝の上に乗せてガードした。
リオの鋭い観察眼は、奏多の僅かな挙動も見逃さない。


​「そうですか? でも、さっき歩く時、ほんの少し左に重心が……」

​「……考えすぎだよ、リオくん。あ、それより、明日の新曲の構成なんだけど……」


​強引に仕事の話にすり替える。奏多は「落ち着いた、いつもの自分」を演じることに必死だった。


​夜、寝室に入り、二つのベッドが並んだ暗闇の中。

リオが寝静まったのを見計らって、奏多は静かに掛け布団の中で左足に触れた。関節の奥が脈打つように痛む。彼は唇を強く噛み締め、声が漏れるのを防いだ。


​(痛い……。でも、今止まるわけにはいかないから)
​暗闇に溶ける奏多の顔は、昼間の穏やかさとは程遠い、悲壮な決意に満ちていた。


一方、隣のベッド。

寝息を立てているはずのリオは、薄く目を開けていた。
​暗闇の中で奏多が小さく身体を震わせる気配、寝返りを打つたびに微かに漏れる、苦しげな吐息。
リオはすべてに気づきながら、あえて声をかけなかった。ここで問い詰めれば、奏多はさらに心を閉ざし、無理を重ねるだろう。


​(……奏多さん。どうして、頼ってくれないんですか……)


​リオは拳を握りしめ、自分に何ができるかを、暗闇の中で静かに、そして冷静に考え始めていた。

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