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エレナはふらりと庭に出た。
薔薇の生垣の間を歩きながら、今が春薔薇の季節であったことを思い出す。エレナは普段、客人が来た時ぐらいしか庭を歩かない。
色とりどりの薔薇を適当に眺めながら少し歩くと、若い庭師の男がひとり、生垣の手入れをしているのを見つけた。
「ねえ。あなた」
男の前で足を止め、エレナは軽く顎をあげた。
「部屋に飾る花を切りたいのだけど、お願い出来るかしら」
「え?」
声を掛けると、庭師は驚いた様子でこちらを振り返った。
どうやらエレナが誰か分からないらしい。
そして、それはエレナも同じだった。
――うちの庭師にこんな男がいたかしら?
庭周りのことは、雇う人間のことも含めて執事に一任してあるが、それにしても顔を見たことが無い。
エレナは軽く腕を組むと、顎を斜めにそらして男を見つめた。
年は二十歳前後だろうか。エレナより少し年下に見える。焦げ茶色の中折れ帽を被っていて、肌はよく日に焼けている。髪は亜麻色で、瞳は緑色。人懐っこそうな顔つきで、背が高く、がっしりとした体つきをしている。
まじまじと男を観察してから、エレナはふと、執事が「春になって庭に人手が必要になるので、しばらく通いの庭師が出入りする」と言っていたことを思いだした。それが彼だろう。
男も同じ時間エレナを観察し、身なりから身分を察したのだろう。慌てた様子で帽子をとって頭を下げた。
「失礼しました! 花ですね! ええ……、っと、いま、ルドーさんを呼んできます」
ルドーはフランフィード家の園丁長だ。
アーノルドの祖父の代から仕えているという古株で、住み込みで働いる。
「……別に、わざわざルドーを呼ばなくとも、あなたが切ってくれればいいのだけど」
「すみません、オレはまだここに出入りし始めたばっかで……。ほら、ルドーさんはこだわりが強い方でしょう? オレ、すぐに聞いてきますから!」
男はそう言うと、ちらっと視線を奥へ向けた。
そこでは、ルドーが木にはしごをかけて高い場所の枝葉を切っている。
エレナは少し考えてから「分かったわ、聞いてきて」と頷いた。彼に『ほら』と言われるほどルドーのことは知らないが、庭師のこだわりを無碍にするほど急いでいるわけでもない。
男は「すみません」と再度頭を下げると、ルドーの元に駆けていった。そして二、三会話をして、また走って帰ってくる。
「お待たせしました! あの、仰って頂ければどの花でもすぐにお切りします!」
「そう、ありがとう」
エレナは短くお礼を言ってから、庭を見渡した。
「庭、綺麗にしてくれているわね」
「ルドーさんは、とても腕がいいですよね。オレ、尊敬しています」
「……そうなの」
嬉しげに頷く男に、エレナは他に何と言っていいか分からずそう言った。
『ほら』とか『腕がいいですよね』とか、いち雇い人である庭師のことを、いかにも『知っているでしょう』という風に話されても困る。
実際ルドーがきちんと仕事をしてくれていることは知っているが、腕がいいかまでは知らない。庭など、来客があった時に子爵家としての体面が保てればそれでいい話だ。
だいたい“たかが”通いの庭師が、女主人である自分に気軽に話しかけすぎではないか。
恐らく彼は、まだあまり貴族の家に出入りをしたことがないのだろう。身分の差に対してどうも馴れ馴れしい。
だがそれをわざわざ口するほど嫌な人間にもなれず、エレナはわざと近くの薔薇へ視線をそらした。真っ赤な薔薇が風に揺れている。
薔薇の生垣の間を歩きながら、今が春薔薇の季節であったことを思い出す。エレナは普段、客人が来た時ぐらいしか庭を歩かない。
色とりどりの薔薇を適当に眺めながら少し歩くと、若い庭師の男がひとり、生垣の手入れをしているのを見つけた。
「ねえ。あなた」
男の前で足を止め、エレナは軽く顎をあげた。
「部屋に飾る花を切りたいのだけど、お願い出来るかしら」
「え?」
声を掛けると、庭師は驚いた様子でこちらを振り返った。
どうやらエレナが誰か分からないらしい。
そして、それはエレナも同じだった。
――うちの庭師にこんな男がいたかしら?
庭周りのことは、雇う人間のことも含めて執事に一任してあるが、それにしても顔を見たことが無い。
エレナは軽く腕を組むと、顎を斜めにそらして男を見つめた。
年は二十歳前後だろうか。エレナより少し年下に見える。焦げ茶色の中折れ帽を被っていて、肌はよく日に焼けている。髪は亜麻色で、瞳は緑色。人懐っこそうな顔つきで、背が高く、がっしりとした体つきをしている。
まじまじと男を観察してから、エレナはふと、執事が「春になって庭に人手が必要になるので、しばらく通いの庭師が出入りする」と言っていたことを思いだした。それが彼だろう。
男も同じ時間エレナを観察し、身なりから身分を察したのだろう。慌てた様子で帽子をとって頭を下げた。
「失礼しました! 花ですね! ええ……、っと、いま、ルドーさんを呼んできます」
ルドーはフランフィード家の園丁長だ。
アーノルドの祖父の代から仕えているという古株で、住み込みで働いる。
「……別に、わざわざルドーを呼ばなくとも、あなたが切ってくれればいいのだけど」
「すみません、オレはまだここに出入りし始めたばっかで……。ほら、ルドーさんはこだわりが強い方でしょう? オレ、すぐに聞いてきますから!」
男はそう言うと、ちらっと視線を奥へ向けた。
そこでは、ルドーが木にはしごをかけて高い場所の枝葉を切っている。
エレナは少し考えてから「分かったわ、聞いてきて」と頷いた。彼に『ほら』と言われるほどルドーのことは知らないが、庭師のこだわりを無碍にするほど急いでいるわけでもない。
男は「すみません」と再度頭を下げると、ルドーの元に駆けていった。そして二、三会話をして、また走って帰ってくる。
「お待たせしました! あの、仰って頂ければどの花でもすぐにお切りします!」
「そう、ありがとう」
エレナは短くお礼を言ってから、庭を見渡した。
「庭、綺麗にしてくれているわね」
「ルドーさんは、とても腕がいいですよね。オレ、尊敬しています」
「……そうなの」
嬉しげに頷く男に、エレナは他に何と言っていいか分からずそう言った。
『ほら』とか『腕がいいですよね』とか、いち雇い人である庭師のことを、いかにも『知っているでしょう』という風に話されても困る。
実際ルドーがきちんと仕事をしてくれていることは知っているが、腕がいいかまでは知らない。庭など、来客があった時に子爵家としての体面が保てればそれでいい話だ。
だいたい“たかが”通いの庭師が、女主人である自分に気軽に話しかけすぎではないか。
恐らく彼は、まだあまり貴族の家に出入りをしたことがないのだろう。身分の差に対してどうも馴れ馴れしい。
だがそれをわざわざ口するほど嫌な人間にもなれず、エレナはわざと近くの薔薇へ視線をそらした。真っ赤な薔薇が風に揺れている。
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