虹かけるメーシャ

大魔王たか〜し

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職業 《 勇者 》

66話 作戦前日

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 オーク討伐作戦の2日前、ラードロから渡された金色の宝石の一応の解析が終わり、ふたたびワルターの手に戻っていた。
 そして、当のワルターは数日間チカラに飲み込まれないように扱う方法を模索していたが、難航し今日まで何も成果が得られないでいたのだった。

 失敗すれば周囲に被害が及ぶこんな危険なもの使わない方がいいのは確かだが、リッチの変貌とそのチカラを完全にコントロールした『覇王オーカス』が出現するという情報を知れば絶対に使わずに勝てるとは言い切れない。

 ワルターは付与魔法エンチャントで複数の魔法を同時にコントロールができるが、それも3までが限界であり、ましてや安定もしていない7属性を同時になんて夢のまた夢。考えたことすらなかったのだ。

「──わらにもすがる思い……ってこう言うこというんだろうな」

 作戦前日、ワルターは完全に行き詰まってしまい、これではいけないと一縷いちるの望みをかけて、アレッサンドリーテにある小さなウロボロス教会に来ていた。

 原初、ウロボロスのチカラが7つに分かれてフィオールに散らばり、魔法として世界を発展させた。
 ならば、ウロボロスに関連する場所でなにか手掛かりが得られるかも知れないと思ったのだ。

 ちなみに、ワルターはメーシャが勇者だと言うことは知っているが、さすがにウロボロス本人(龍)とつながっているということまでは知らない。


「……ち~っす。おじゃましまーす」

 古い木造の扉をワルターはゆっくり開ける。
 ワルターはウロボロスのことを知ってはいるが信者ではないため、近くに寄ったりクエストで入ったこと自体はあるが、教会にプライベートで来るのは初めてだった。

「あ、誰かいるな。神官様か……?」

 木の長椅子が建物の中にきれいに並べられ、そのうちのひとつに座る黒いスーツを着た金髪の男性の後ろ姿があった。

「……私は神官ではない。だが、話くらいは聞くぞ?」

 聞こえていたのだろうか、その男性は振り向かずに落ち着いた様子で答えた。

「信者の方ですか? ちょっとウロボロス様について気になった事があるんですよ」

 男性の威風堂々とした雰囲気にワルターも少しかしこまってしまう。

「その手に持っている宝石に関わることだな?」

 男性が振り向く。
 風貌はニンゲンに酷似していながらも、魔力が感じられ吸い込まれそうな深く赤い瞳、ほほえむその口元から覗く鋭い牙、膜の様にうっすらとまとう闇……その男性は吸血鬼であった。

「……!」

 ワルターは思わず身構えてしまう。
 吸血鬼はかつて世界を牛耳った一族であり、かの魔王ゼティフォールも吸血鬼、しかも今日こんにちではゼティフォールを除き絶滅したと言われ、風貌以外、寿命も能力も生態もデータもほとんどなく謎に包まれた種族。
 それが目の前に現れたとなれば、すぐに敵対しないまでも畏怖の対象になってしまっても仕方がない。

「まあ、座りたまえ。宝石に秘められたチカラの扱い方が知りたいのだろう? ……それに、もし私が君始末しようと思っていたのなら、すでに君は存在ごと消えているよ」

 吸血鬼の男性は静かに笑う。

「……そうですね」

 信用まではできないが、この男性は嘘を言っている風ではないと察してワルターは椅子に座った。

「少し見せてもらえるか?」

「……はい」

 ワルターは一瞬のためらいを見せるも、何もしないでは何も得られないと渡すことを決める。

「ありがとう」

 男性は受け取ると色んな角度から石を観察し、しばらくして小さくため息をつく。そして、何か考えたようなそぶりを見せると、石に手をかざして魔力を使い何かを細工し始めた。

「何をしているんですか?」

「………………これでいいだろう」

 男性は問いに答えず、細工が終わったであろう宝石を先に返した。

「それで、何をしたんですか? あと、チカラについても……」

 何をしたかは分からないが、ひとまずワルターは宝石を受け取って再度聞き直す。

「魔王のチカラのまがいものだろう、それは」

 魔王のチカラを知っているらしい。

「そうです。覇王のチカラ……だとか」

 ラードロから渡された事もいうか悩んだが、不用意に語って混乱させるわけにもいかないので最低限に済ませた。

「覇王……か。傲慢だが、力づくで支配してやろうという石の製作者の心がよく現れているな」

 男性が呆れた顔をしながらも言葉を続けた。

「その石は魔力が不安定で劣悪……これでは仮に魔王のチカラの使用者でも使いこなすのは骨が折れる。もし君がコントロールできても後遺症が出そうなのでな、少し細工させて貰った。
 なに、安心して欲しい。各種属性の力関係を安定化させただけだ。……それでも、雑に扱えばこの街は半壊するだろうがな」

 男性は楽しそうに語るが、内容は一切シャレにならない。

「……魔王のチカラの使用者? 知っているんですか? もしそうならすぐに情報必要なんです、どちらに居るか教えてください」

 初対面であり、今もなお半信半疑ではあるが、少しでも情報が得られるなら逃す手はない。

「そう慌てるな。……魔王のチカラは強大であり、奇跡も掴めるチカラであるが扱いは難しい。そして、己が器を超えるチカラはひとたび間違えば滅びに呑み込まれる。……それは肉体的か、精神的かの違いだけだ。
 それはまがいものの『覇王のチカラ』でも同じ。使用する覚悟はあるか?」

 男性はどこからともなく、7つの宝石が飾り付けられた金色のゴブレットを取り出した。

「……10年前オレの故郷がラードロに襲われたんです。イヤな人もいたけど、大切な人や家族の思い出もある場所です。その時は師匠がたまたま助けが来たけど、オレの仲間には故郷や大切なひとを失った子も少なくない。
 ……世界を救うとかはできないけど、少なくとも仲間とか手の届く範囲は救いたい。リスクがあるからって、手を抜きたくないんですオレは……!」

 ワルターのハーレムパーティは名前こそふざけた様子だが、行くところがない者を保護したり、同じ悲しい思いを広げたくないとかラードロから町を守りたいとかなど、ワルターの元に同じ志を持つ者が多く集まっているのだ。

「そうか。ならば手を貸そう」

 そう言いながらワルターにゴブレットを渡す。

「これは?」

 ゴブレットの中には赤い液体が入っている。ブドウとやわらかいアルコールの香りがするのでワインだろうか。

「中身はただの400年もののヴィンテージワインだが、そのさかずきは魔王のチカラにゆかりのあるものだ。……飲むといい。本来のチカラこそ失っているが、感覚を掴むくらいはできるはずだ」

 男性は何者であり、自分になぜここまでしてくれるのか、そもそもどういった思惑があるのか何も分からないが、飲むのを断れる様子ではなさそうだ。

「分かりました」

 ワルターは覚悟してそのワインを飲んだ。味はとても美味しいワイン……だが、内包していた魔力が全身をめぐり、己の魔力が目を覚ましたような感覚になる。

「……これは!?」

「有と無、ヴィヴィッドとセピア、始まりと終わり……。7つを別々に考える必要はない。それぞれは全て同じところから生まれ、同じところで消える。
 己の魔力と周囲の魔力を同時に受け入れ、つながり、そこに意志を反映させろ。
 おおいなる魔力は剣となり、盾となり、手となり足となり、翼となり、君にそのチカラの欠片を分けてくれるだろう」

「……なんとなくだけど、わかった気がする」

 言葉の意味が分かったわけではない。しかし、道しるべが立てられ、身体をめぐった魔力も使い方を教えてくれた気がした。

「……もう大丈夫そうだな。では、私はこれで」

 ゴブレットをワルターから受け取ると扉の方に向かう。

「……ああ、待ってください」

 ワルターが呼び止めた。

「なんだ?」

「なぜ、ここまでしてくれたんですか? 得られるものもないのに……」

「……君自身のためではない。これから生まれる娘のためだ」

 少しさびしそうな顔で男性がつぶやく。

「娘さんの?」

「私は消えゆく時代の残滓ざんしに過ぎないが、娘はこれからの世界を担うことになる。……こんな世界では安心して迎えられんだろう? だから、出来ることは少ないが少しでもいい世界に変えたくてな」

 大切な者を守りたい気持ちはこの吸血鬼の男性も同じだったようだ。

「そうですか。……そうですね!」

「では、頑張りなさい。……そうだ」

 男性は外に出ようとしたが、なにかを思い出したのか足を止めて言葉を付け足す。

「いろはメーシャに『よろしく頼む』と伝えておいてくれ。彼女は恩人でな」

「必ず伝えておきます」

 以前に彼か彼に関わる人が助けられたのだろうか? 冒険者になるとこういう事は結構あるのだ。

「頼んだぞ」

 男性はそう言うと、満足げな顔で教会を後にした。


 * * * * *


 カーミラ邸の中庭。メーシャは前日までの修業の疲れを癒すため、優しい日差しを浴びながらアフタヌーンティーを楽しんでいた。
 カーミラとヒデヨシ、相変わらず実体のないデウス、地面をぐちゃぐちゃにしないようにする修業を終えたサンディーも一緒だ。


「──う~ん、知らないなー」

 ワルターからスマホに連絡があり、吸血鬼の男性からの言伝ことづてが届いたのだが、メーシャはまったく心当たりがなかった。

「ここ最近お嬢様はラードロもモンスターもこだわらずに、修業のためにクエストをこなしまくってますからね、依頼主とか救った人の情報を覚えきれなくてもしかたないですよ」

 ヒデヨシは丸テーブルの上でトウモロコシ茶をすする。

「それに、メーシャちゃんは有名人だから、直接関わらなくても応援してる人は少なくないよ。今回のオーク討伐作戦に参加するメンバーが発表された時も、メーシャちゃんだけでなくヒデヨシくんの応援のメッセージが何通も届いていたし」

 カーミラがメーシャのカップに紅茶を注ぎながら補足した。
 大きなクエストの前後には、被害が出ている地域の人やフアンが応援のメッセージが届くのも少なくないのだ。

「キウキィ?」

「サンディーちゃんはクエストしたことないから外部の応援メッセージは無かったけど、今回作戦に参加できなかった冒険者とと兵士の方から『がんばってね』って」

「キュウ~!」

 サンディーが嬉しそうに鳴く。
 サンディーは好奇心旺盛で愛想がいいので、関わった兵士と冒険者からの評判も良く、オヤツをもらったりボール遊びをしたりと可愛がられているのだ。

『まあ吸血鬼は今の時代ほとんどいないし、会ったら分かるんじゃねーか? もし会えたらになるけど、気になるなら聞いてみろよ』

 手がかりがないのでデウスの言う通り偶然の出会いに賭けるしかない。

「そだね。フアンなら握手しても良いし、助けた人なら応援の言葉かけたり、困った事はないか聞いときたいし」

 そう言いながらメーシャが紅茶をひと口。

 そして、少しの沈黙の後メーシャは顔を上げて、明日への決意を口にした。

「色んな人が応援してくれてるんだもんね、その人たちを悲しい思いさせたくないし、明日の作戦絶対に成功させようね!」


 そして次の日の夕暮れ時、とうとうオーカス討伐作戦が始まるのだった。
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