上 下
7 / 44
第一章 転生

第07話 クロス、誕生

しおりを挟む
 長い白髪を肩まで垂らし、髪と同じ白い顎髭を蓄えた目の前の老人。彼が、この村の村長、アンクらしい。

 しかし、俺の意識はその後ろ……アンクの傍らに立つ、碧髪・碧眼の美少女……アスカと言う名前らしい、その少女に釘付けだった。

「──聞いておるのか、坊主?」

 ふいに声をかけられ、思わずビクッとなる。そんな俺の様子を見て、アンクは呆れた様に話した。

「ふむ。どうやら、健康状態は問題無さそうじゃの。それだけがあれば、心配は無さそうじゃ。ふぉっふぉっふぉっ」

 俺のよこしまな感情を見透かした様に、笑うアンク。しかし、まるで好々爺の様なその表情が、キッと真剣な物に変わる。鋭く光る、細められた目。アンクは声のトーンを一つ落とし、真面目な顔で問いかけて来た。

「身が入っておらなんだ様じゃから、もう一度聞く。坊主……お主、どうやって『迷いの森』から抜け出した?」

 この話は、ビアード達にも散々聞かれたから予想していた。俺みたいな少年が、丸腰で生き延びられる筈が無い……そう言いたいのだろう。どうやら『迷いの森』と言うのは、俺の想像以上に相当ヤバい場所とこだったらしい。

 何か特別な目的で、『迷いの森あの場所』にいたのではないか。そう疑われている様だ。目的が何であれ、危険な森に入る程の男。もし、仮に俺がそうなら、確かに只者では無い。そして、明らかに厄介事の種だ。慎重に成らざるを得ないのも、何となくわかる。

「それが、よく覚えて無いんです。気が付けばフラフラと森を彷徨い、水を見つけて川に飛び込んだ記憶しか……」

 俺は用意しておいた説明シナリオを口にした。『覚えていない』のところ以外は、全て本当の事だ。小さな嘘は、いずれ破綻する。それならば、真実のみを最小限に答えた方がいい。余計な事は喋らない。これは、腹芸の鉄則だ。

「ふむ……あの『迷いの森』で、一度も魔物に遭遇せず生き延びたと言うのか。にわかには信じ難い話じゃのぉ……」

 一層鋭くなった目の奥が、俺の心に探りを入れる。敢えて、目は反らさない。お互い探り合う様に、暫く沈黙の中で見つめ合う。すると、そんな空気に耐えかねたのか、ビアードが口を挟んで来た。

「村長、そんなに睨み付けちゃ可哀相ですぜ。大体、こんな坊主に大した事が出来る訳がねえ。俺が見つけた時も、ずぶ濡れでフラフラだったんだ。おそらく、必死で森の中を逃げ回って来たんだろう。単純に運が良かったんだよ、この坊主は!」

 ニッコリ笑い、バン! と俺の背中を叩く。俺は内心、このお人好しな男、ビアードの援護に感謝した。あの時フラフラだったのは、空腹と疲れが原因なのだが。しかし、ビアードには命からがら逃げて来た様に見えたのだろう。

「むぅ……そうじゃのぉ。確かにビアードの言う通り、儂の考え過ぎなのかも知れんのぉ。よくよく考えてみれば、幾らこの坊主が強かろうが、丸腰で『迷いの森あの森』に入るとは思えん。剣一つ持たぬ所を見ると、どうやら坊主は、本当に迷い込んだだけなのかも知れんのぉ……」

 少し表情を和らげて、アンクはそう答えた。まるで自分に言い聞かせる様に、ゆっくりと言葉を噛み締めて。言い終えてアンクは一息付くと、元の優しい目に戻り結論を出した。

「よかろう。坊主がここに滞在する事を認めよう。何も無い所じゃが、雨露は凌げるし寝床もある。『迷いの森あの森』に比べたら天国じゃろて。遠慮せず、ゆっくりしていくがいい」

 決断してからは早かった。

 アンクはビアードに指示を出し、使われて無い小屋を用意させた。ミルドにも指示を出し、最低限の備品を用意させる。村の案内や細かい世話は、なんとアスカがしてくれるらしい。

 一通り指示を出し終えると、アンクが思い出した様に聞いて来た。

「そう言えば坊主、まだ名前を聞いておらなんだの。覚えておるか? 自分の名を」

 気遣いながら問いかけて来る、アンク。俺が記憶を失くしているから、聞き辛かったのだろう。

「はい、名前なら覚えてます。俺は黒須。黒須涼介。しばらく宜しく、アンクさん」

「ク、クロス……リョ……ウスケ……?」

 この世界では珍しい名前なのか、アンクが言いにくそうに首を傾げる。

「言い難ければ、黒須でも涼介でもいいですよ。呼びやすい方で」

 俺の言葉を聞くと、アンクは申し訳無さそうに答えた。


「──う、うむ。ならば、坊主の名は『クロス』。クロスとして村の者には紹介しよう」
しおりを挟む

処理中です...