和と妖怪と異世界転移

れーずん

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 話を戻そうか、と葵が言う。

「それで、人間界と異界を時々繋ぐ門だけど、これには美月ちゃんみたいに、事情もわからないまま巻き込まれて異界に来ちゃう人間が一定数いるんだよ。人間界ってさ、行方不明の人間が多かったりしない?」
「ああ……そういえば、そういう話を聞いたことがあるような、ないような……」

 テレビのニュースでそういった話題を耳にしたことがあったかもしれないが、詳細までは覚えていなかった。葵は相槌を打つ。

「その行方不明者のうちの何割かは、たぶん異界に来ちゃったまま帰れなくなったひと達だろうね。たまに帰れるひとがいるけど……そういうひとは、なんだっけ。そっちでは神隠しとか言われてるんだっけ?」

 突如行方不明となり、何年も帰ってこないまま時が過ぎて、また忽然と帰ってくる。実際に、そういうことは起こるらしかった。

 しかし、美月が気になったのはそこではない。
 不安がうごめく胸を押さえて、美月は葵に訊いた。

「あの……異界に来ちゃったら、帰れない場合のほうが……多いんですか……?」

 そう、美月が気になったのは「たまに帰れるひとがいる」という部分だった。

 言い淀んだ葵に代わって、紅希はきっぱりと返答する。

「大事なことだから、先に言っとく。俺や葵は違うが、妖怪には人間を餌にするやつが少なくない。ってか正直に言うと、かなりいる」

 さらりと述べられた台詞に、美月は固まった。

「……餌って……」
「そのままの意味だ。食っちまうのさ。血をすすって、肉を噛んで、骨をしゃぶる。俺らにはわからん感覚だが、人間を食うやついわく、人間は――うまいんだとよ」

 頷いて、葵も補足する。

「だから、人間が異界に迷い込むのは、肉食獣の真ん中にうさぎを放り込むようなものなんだ。食う者と食われる者、ちからのある者とちからのない者……どうなるかは、考えるまでもないよね」

 そこまでの説明を受け、急に恐怖が震えとして美月の体にやってきた。

 自身の両腕をさすりながら、美月は己の足許を見やる。

「じゃあ……紅希さんや葵さんに助けてもらった私は……すごく運がよかったって、ことですか……?」
「そういうことになるな。だから無事に帰りたきゃ、俺らから離れんじゃねーぞ」

 紅希の口調は素っ気なかったが、反面その内容は優しかった。美月は深く、しっかりと首肯する。

 夜の風が不気味な音をうならせながら吹いた。木の葉が擦れ合い、ざわざわと不安を煽る音を降らせる。

 不穏な話を聞いたあとだからか、美月にはそんな異界の空気が重く感じられたものだったが、もとより異界に住んでいるふたりにはそうは感じられなかったらしい。「ところで」と葵はやや軽い語調で切り出した。

「美月ちゃんは、どうしてこっちに来ちゃったの? 好奇心で鳥居に近付いたら、そのまま異界に来ちゃった?」

 その質問で、美月はそもそもの始まりを思い起こす。

 夕陽を浴びて佇む鳥居と、そのしたにいたひとりの不思議な少女――。

 彼女とのやり取りを想起しながら、美月は告白した。

「私……変わった女の子を見たんです」
「変わった女の子?」

 言葉を繰り返した葵に、頷いて続ける。

「……私より背が低くて、セーラー服で、銀髪で……頭から犬か狐みたいな耳が生えてる子だったんですけど……」

 紅希と葵がそろって「あー」と、合点が行ったような声を出した。紅希が空を仰ぐ。

「それ、俺らの知ってるやつかもしれねーなぁ」

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