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しおりを挟む手短に美月から事情を聞いた空秋は、誰に言うともなく呟いた。
「セーラー服……」
「藍葉のことじゃねーかって、俺と葵は考えてんだけどよ」
紅希の台詞に、彼女は頷く。
「そうやね。うちもセーラー服の知り合いは、あの子しか思いつかんわ」
藍葉――と、美月は心の中でその名前を呼ぶ。美月が最初に出会ったあの少女は、藍葉という名なのだろうか。
「その藍葉さんってひとが、いつ頃からセーラー服を着てるのか……誰かご存じじゃないですか?」
藍葉のセーラー服と桜子のセーラー服が同じものならば、藍葉がセーラー服を着始めたのは桜子が行方不明になって以降のはずだ。つまり、この一年以内ということになる。
美月に訊かれた三人は、腕を組んだり顎に指を添えたり頬に手をあてたりして、思い思いに思案した。
ウメハラは付近のやぶに顔を突っ込んでいる。木の実でも食べているのだろうか。
葵が目を宙に泳がせて言う。
「いつだろうね……。冬に見かけたときには、もうあの格好だったな。寒々しいって思った記憶がある」
「暑さにも寒さにも強い俺ら妖怪が、そんなこと思うのも妙な話だけどな」
「うちもあの子としょっちゅう会う間柄でもないからなぁ。……夏……去年の夏頃とちゃう?」
美月の胸がざわめく。去年の夏――ということは、つまり。
「……桜子ちゃんがいなくなったのと、同じ時期です……」
我知らず、声に陰りが帯びた。その事実に喜んでいいものなのかどうかが、わからなかったからだ。
僅かな間を置いて、空秋が真剣な語調で美月に語り掛ける。
「……美月ちゃん、て言うたな。こんなこと言うん意地悪やと思うけど、可能性があることやから言わせてもらうな。……たしか藍葉ちゃんは、人間食べたりするタイプの妖怪とはちゃうはずや。けどな……死んでもうてる桜子ちゃんの体から服を剥ぎ取った可能性かて、ないことはないんやで」
紅希が顔を顰めた。
「お前、そんな……」
「うちには、異界に来た人間が無事でおれるとは思えん。人間の肉やのうて、血ぃが好きな妖怪もぎょうさんおる。それこそ今の美月ちゃんみたいに、幸運にも自分を助けてくれるような妖怪と会わん限り、異界を生き抜くことは不可能や。そんなことが出来るアホみたいに強い人間は、そもそも門なんか通れんはずやしな。あれは弱いもんやないと通られへん」
それは、出会ったばかりだからこそくちに出来る真実の言葉なのだろう。
空秋が異界の現実を言葉にするたびに、美月は鈍器で殴られたふうな衝撃を覚える。そして、紅希と葵に助けられた自分がいかに幸運だったかを改めて知った。
異界とは、そんなにも恐ろしい場所なのか。人間がひとりで生きていくことなんてとても出来ないような、そんな。
場の空気を打破するかのごとく、ウメハラが高い声で鳴いた。紅希が眉根を寄せて鳥を睨む。
「このクソ鳥、マジで空気読めねーなぁ」
「せやから、ひとのペット悪く言うんやめてて――あ」
不意に、空秋がなにかを思い出したような声を出した。葵が尋ねる。
「……どうしたんです」
「前に、知り合いから聞いた話なんやけど……」
紅希と葵へ交互に目をやり、彼女は話し始めた。
「この異界を白龍と黒龍が巡回してるんは、もちろん知っとるわな?」
「ったりめーだろ。なんべんあいつらに注意されたと思ってんだよ」
「なんべんも注意されとんの? あんたアホちゃう」
「はぁー? てめぇ今なんつった!」
早くも脱線し、口論を始めたふたりを葵がなだめる。紅希と空秋はあまり相性がよくないのかもしれなかった。
「紅希くん、落ち着いて。で、その巡回が、どうかしたんですか?」
まだ互いに言いたいことがありそうだったが、ひとまず話題をもとに戻すだけの分別はあったようで、ふたりはいったんくちを噤む。
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