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しおりを挟むそれから咳払いをした空秋は葵に向き直って、話を続けた。
「なんや半年ほど前からな、その巡回に人間の娘が加わったらしいていう話があるんよ」
その言葉は、美月の胸に希望の光を与えた。
目を見張って空秋を凝視した美月を、葵がたしなめる。
「……美月ちゃん、その人間が桜子ちゃんって決まったわけじゃないからね」
「……わかってます」
彼の忠告は、決して冷淡さから来るものではない。むしろ、過度に期待した美月がその後に落胆することを防ごうと努める優しさから来るものなのだと、美月は察した。
それは、美月もわかっている。期待をすればするほど、望むものが用意されていなかったときの落胆は大きくなるだろう。が、やはり希望を手放すことは難しいのだった。実際、その巡回に加わった人間が桜子である可能性は、ゼロではないのだから。
腰に手をあてた紅希が、不可解そうに空秋を見やる。
「……どういうことだ? その桜子とかって娘が、龍に保護されてたとでもいうのか?」
「そんなん、うちに訊かれても知らんよ。でも、妖怪に追われとる人間を龍が保護するいうんは、ありえへんことやないわな。だてに巡回しとるわけやなし」
葵は思案の面持ちを作った。
「……龍は妖怪の中でもかなり位が高いから、一度龍の保護下に入れば、安全は保障されたも同然だね。龍の怒りを買う覚悟で手を出すやつも少ないだろうし」
美月は異界の序列などはわからないため今ひとつピンとこないが、妖怪達が言うのであれば間違いはないのだろう。となれば、今の美月に出来ることは、その人間が桜子であることを祈るばかりだ。
ずっとやぶに顔を突っ込んでいたウメハラが、なにかをくわえて戻ってきた。それを、空秋の手の上に落とす。なにかはわからなかったけれども、なにやら小さな、黒っぽいものだった。
空秋が目をしばたたき、軽い語気で言う。
「あら、鼠やん。ウメちゃん、捕ってきてくれたん? えらいわぁ」
甘い声でペットを褒めた彼女は、ウメハラの顔をこれでもかというほど撫でまわした。ウメハラは「ぐえ、ぐえ」と鳴いている。それは喜んでいるように見えないこともなかったが、やはり詳細はよくわからなかった。
紅希は悲愴な表情で、飼い主とペットのやり取りを眺める。
「……やっぱお前のペットの趣味、あんまよくねーと思うよ」
「なんでぇよ、こんなに可愛いのにぃ」
空秋に頬ずりをされたウメハラは、甲高く鳴いた。これは喜んでいるのだなと美月は見当をつける。
しかし、ウメハラに対する感想は、実のところ紅希と大差はなかった。空秋に失礼だということは重々承知していたが、この怪鳥のどこに可愛さを見出せばいいのか、美月にはまったくわからないのであった。
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