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しおりを挟む葵が美月に尋ねる。
「その鳥居、美月ちゃんの家や桜子ちゃんの家と近いの?」
美月は首肯した。
「はい。すぐ近所にあって」
「んで? お前と桜子はいつ会ったんだよ」
話の先を紅希が促す。藍葉は眉尻をさげて返した。
「せっかちな男じゃのう。女に嫌われるぞ」
「だからお前は! なんでいちいち! 俺の神経を逆撫でするんだよ!」
顔を真っ赤にして叫ぶ紅希を「まぁまぁ」と葵がなだめたが、どことなく語調が適当で、本心からなだめようとしているのかどうかは怪しかった。
藍葉は話を続ける。言い足りなかったのか、まだ反駁しようとひらいた紅希のくちを、葵がぞんざいに手でふさいだ。ふたりの力関係というものが、なんとなく美月にもわかってきた。
「最初に桜子を見つけたのは、白龍じゃ。巡回の途中で、たまたま妖怪に追われとるあいつを発見したんじゃとよ。正直、これはかなり運がいい。巡回中の龍と偶然出会う確率は、はっきり言ってかなり低いからのぅ」
「あの、龍って具体的になにをしてるんですか?」
美月は訊いた。これは純粋な疑問だった。
「まぁ、異界の平和を程々に守るパトロールじゃな。妖怪の喧嘩は派手でのぅ、放っておけば三日三晩、平気で魔力をぶつけ合う。が、そんなことが頻繁にあれば、異界の自然はなくなってしまう。それを防ぐための巡回じゃ」
葵が補足をする。
「妖怪として位が高い龍だからこそ出来る仕事だね」
「そういうことじゃの」
未だ自分のくちをふさいでいた葵の手を引き剥がし、紅希が誰に言うともなく言う。
「でも、あいつらいつから巡回なんてしてんだ? 俺が気付いた頃には、もうあいつら空の上を飛んでやがったぜ」
藍葉は腕を組んだ。
「龍の寿命と歴史は長い。妖怪とはいえ、軽率にワシらと一緒くたにして語っていい存在ではなかろうよ」
存外にも素直に紅希は感嘆の声をもらす。妖怪にも色々あるのだなと、美月は不思議な気分で彼女達の会話を聞いていた。
「ワシはもともと、白龍や黒龍と交流があった。それで、桜子を保護した白龍は、龍の自分よりも人間の姿に近いワシのほうが桜子の話し相手に向いとると思ったんじゃろう。保護されたばかりの桜子は……当然じゃが、妖怪に追われていたとあって、おびえておった。それに……なんと言えばいいのかのぅ……精神的に危うかったとでもいうか……」
言葉を選ぶ口調で藍葉は言う。彼女は連ねた。
「だからワシは、自分ひとりではなく、白龍や黒龍らと一緒にしばしあいつの面倒を見ることにした。危うい桜子にはワシよりも、龍のおおらかさが必要であるふうに感じたからな。次に人間界への門がひらくのは少し先のことじゃったから、それまで保護しようということになった。人間の娘を放つのに、異界は危険すぎるからな」
美月は藍葉のセーラー服を指差す。これも、美月が鳥居をくぐった要因のひとつだった。
「あの……そのセーラー服は……」
藍葉は目をしばたたいて、自らの衣服を見下ろす。
「ん、ああ、これか? 気付いとるかもしれんが、これは桜子の服じゃ。洗濯して乾かしてあいつに返そうとしたら、あいつがいらんと言うたのでな。もらったんじゃ。可愛かろ?」
制服の赤いスカーフを軽く引っぱりながら、彼女は少しばかり自慢げに言った。セーラー服を気に入っているらしかった。
しかし、美月は考える。制服をいらないと言ったその言葉にこそ、桜子の精神状態が垣間見えるふうな気がした。
そのときの桜子にとっては、セーラー服は自分と人間界をつなぐ唯一のものだったのではないだろうか。それを、いらないと拒む――。
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