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回収屋ログ
スクラップ&ビルド
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隔離地域のゲートを潜った瞬間、男が求めていたのは、安物の煙草とサヤカの毒舌、そして何より平穏な眠りだ。
「いい加減この機械持ってるのしんどいんだけど…」
カイトは高そうな分析器を抱えて愚痴を垂れている。
「そんな事言うな。もうすぐでつく。」
「所長…タコと戦って、意味わかんない黒ローブとも戦ったのに…よく休まずに歩けますね。」
「それは私もそう思う。前にあったときもそうだったよな。」
二人の会話に。割って入るサフミは、何か楽しそうであった。男はその光景が受け入れがたい。なぜならそんな間柄ではないからだ。
「いいから…キビキビ歩け。もうすぐゲートに____」
朝食にはパンがいい。トーストでしっかり焼いたパンに、温かいコーヒー。シンプルだが背伸びをしていない。地に足をつけたメニューが外で待っている。筈だった。
「武器を捨てろ。貴君らは現在、内閣府直轄の監査対象にある。」
「こういうパターンね。はいはいわかってましたよ…。」
彼らを迎えたのは温かい食事ではなかった。
茂みから這い出てきた数門の自動小銃の銃口と、一切の感情を剥ぎ取られた迷彩服ではなく黒色の自衛隊特殊部隊の冷徹な視線だった。
泥にまみれ、右腕の『零式』からはいまだ冷却の白煙を上げている男に、選択の余地はなかった。
横では疲弊したカイトが力なく両手を上げている。背後のサフミだけが、演算ユニットを静かに浮かべたまま、退屈そうに鼻を鳴らしていた。
連行されたのは、壁の最深部に位置する「第一監査室」。
そこは物理的な牢獄というよりも、精神的な処刑場に近い。
窓一つないコンクリートの四方は、あらゆる電波を遮断する超伝導合金で覆われ、中央にはボルトで床に固定された無機質な椅子が三つ、冷たいスポットライトに照らされていた。
男は重い体を引きずり、椅子に腰を下ろした。
右腕のシリンダーが、一秒ごとに神経を逆撫でするような鈍痛を放つ。
隣には静かに座るサフミ、彼女は平気な顔をして座っているが、カイトは違う。
激しい戦闘の余波で土色の顔色になり、今にも意識を失いそうになりなっている。
やたらと静かな部屋にカチリ、と扉が閉まる音が耳に滑り込んだ。男はそれが開始のゴングに聞こえていた。
(何が始まるんだか。)
部屋の隅、照明が届かない影の中から数人の男たちが現れる。彼らは軍服ではなく、仕立ての良い、しかし血の通っていないような黒いスーツに身を包んでいた。
カイトはこういった場面での察しはいいが頭は回らない。だから答えを得ようとして、隣りに座る男に耳打ちをする。
「アイツら何者?」
「お前がぼーっとしてる時に説明されたろ。内務次官直属の査察官だ。」
国家という巨大なシステムの、最も深い場所を掃除する者たち。壁の外側から内側を除くように、不動の権力が男達を眺めていた。
権力は話す。
「説明を願おう。回収屋諸君」
中央に立つ男が、冷徹な声で告げた。彼の背後にある巨大なスクリーンが点灯し、男たちが淀川の深淵で目撃した「あの巨大な石の扉」が、生々しい解像度で映し出される。
「我々はこれまでに、多くの『資産』をここで失ってきた。特殊部隊の分隊、最新鋭のドローン、そして膨大な時間。あの扉に触れれば大抵死ぬか消える。だが君たちは生きて帰り、鮮明なデータを持ち帰った。そこの女に至っては___失礼、今のは忘れてくれ。」
「すまない。ききたいんだが。」
「_____まぁいい。どうぞ3908。」
男は普段の粗暴な言葉遣いは控える事にした。相手の物言いから尊厳を大事にしているとわかるからだ。
「あの扉については知ってたんだな。」
「……あぁ。そうだ。君はみたことがあるか?」
「ない。噂すら聞いたことはない。」
「なら情報統制はしっかりしてたんだな、と私は言いたいが実情そうではない。」
息を吸いながら査察官は流れを切って会話を続けてる。
「あの扉はいつの間にか現れた。規則性はなし。現状四つは確認したので、我々は作戦部隊を展開した。」
「それは噂になってた。」
「だが毎度、部隊の消息が絶たれていた。毎回全滅だよ。」
査察官の言葉には怒りが孕んでいる。勢い変わらず、言葉のあらが目立つ所作で、モニターの中の黒いローブの男を指差した。
「五年もかかったのに!初めてあのような化け物を確認した!しかも対応までしてみせた!すごいなぁ君達はほんとに、サイコーだね!回収屋は悩みの種だよ!ほんとに!…………それで一体、どのような魔法を使った?」
男は沈黙を守った。答える義理も、気力もなかった。
だが、隣に座るサフミが、演算ユニットからホログラムを操作し、査察官の言葉を鼻で笑った。
「魔法? 冗談はやめて。あなたたちがやってきたのは、解読不能な数式をハンマーで叩き壊そうとするような野蛮な行為よ。福音を福音として理解できない無能に、解説を求められても困るわね」
査察官の眉がぴくりと跳ねた。
「サフミ女史、そう言えば君も充分悩みの種だ。」
影が動く。立ち上がる。
「かつて日本の量子物理学界の異端児。君がなぜ、このドブ川をさらうような回収屋に身を落としているのは知っていたが、やはり関係していたな。」
査察官は手元のタブレットを操作し、一枚の古い機密文書をスクリーンに重ねた。そこには、十年前のサフミの顔写真と、黒塗りにされたプロジェクト名が記されていた。
「[想定存在顕現装置]。……人間の意識を量子化し、物理的な器を与えて別の場所に『現出』させる。……君の研究はこの隔離地域を作るには妥当すぎる。」
サフミは表情を消した。彼女の背後にある演算ユニットが、怒りに共鳴するように低く唸る。
「……あれは意識を共有したまま、もう一人の自分を造り出す機械。完成するには10世紀早かったわ。」
彼女の声は、冷たい風のように監査室に響いた。
「だから捨てた。でも誰かが掘り起こした。そうでしょ?」
サフミは立ち上がり、黒ローブの男を凝視した。
「これが犯人?貴方達が掘り起こして、盗られたんでしょ。自分達の手に負えない事がわかったから、私にブラックマーケット経由でバレないように依頼したみたいだけど。」
サフミの告白は、監査室にいた査察官たちの顔から余裕を奪った。
「残念ね。事になる前にどうやら完成させたみたいよ。」
彼らにとって暴露されれば、暗躍が表沙汰となるからだ
「それは…。」
「いい加減本当の事を話してよ。もし私のあれを完成させたのなら、対処は早くしないといけない。」
査察官は、重い口を開いた。開かざる負えない。
「……君の言う『犯人』が現れる場所は、淀川だけではない」
スクリーンが切り替わり、隔離地域全域の地図が表示される。そこには、四つの赤い点。
「一つは淀川、浄水場跡。……君たちが今回ダイブした場所だ。
二つ目は、北野病院の地下に広がる迷宮、『蟻の巣』。
三つ目は、山間部の廃棄物処理場跡。
そして四つ目は、隔離地域の中心……かつての府庁舎廃墟の最上階だ。」
男は、かつて北野病院の地下で感じた、あの得体の知れない視線と圧迫感を思い出した。あそこにも、あの「巨大な扉」があるというのか。
「これら四箇所には、全く同じ構造、同じ意匠の扉が存在していることが、数少ない生存部隊の報告で確認されている。…黒ローブは常にその付近に出現し、扉に近づくあらゆる存在を『消去』する。まぁ恐らくの話だがな。」
査察官は男を鋭い目で見据えた。
「君たちが接触したあの扉は、四門のうちの一つに過ぎない。内務省は、これらを『四門(しもん)』と呼称し、重要機密として隔離してきた。どう対応していいかわからなかったからな。」
「隔離地域の出来上がりって話ね」
カイトが、泥のついた顔を上げて弱々しく笑った。
「…ごめん、スケールがデカすぎて、わからなくなったんだけど。隔離地域は扉を封鎖するためのものってこと?」
「このガキは誰が連れてきたんだ!!」
「怒らないでよ。この子も被害者でしょ。」
査察官の怒りをサフミが冷たく遮る。そこに違和感を覚えたのはカイトだった。
「おじさんは、何を焦ってるんだ。」
「何を言い出すかと思えば…」
「違うね。怖がってるんだ。」
言葉を身体で表現するように、図星を突かれた査察官はゆっくりと独白を始めた。
「君たちが持ち帰ったデータには、扉が『反応』した記録が残っている。……これはいままで一度も起きなかった事象だ。……3908。君だ」
「………俺?」
「君の何が、反応したのか知らないが、あの扉を開ける『鍵』としての適性を示した可能性がある」
監査室の空気が、一層鋭利なものへと変わった。
男は自身の右拳をじっと見つめる。
『零式』の奥で、失った少年・裕二の鼓動が、かつてないほど激しく打ち震えていた
査察官の言葉が、冷たい刃のように監査室の静寂を切り裂いた。
男の右腕が「鍵」としての適性を示したという事実は、この部屋にいる全員に、もはや後戻りできない死線を越えたことを悟らせるに十分だった。
「……鍵、だと? 俺をあの地獄の門番にするつもりか」
男の低い声に、査察官は答えず、代わりに手元のスイッチを操作した。
スクリーンの映像が切り替わり、隔離地域の「中心」――かつての府庁舎、今は『絶叫の塔』と呼ばれる廃墟のライブ映像が映し出される。そこには、物理法則を無視して渦巻く黒い雲と、時折空を走る紫色の雷光があった。
「内閣府内務次官、この隔離地域における全権を握る男はある仮説を立てている。あの四門は、単なるデモンストレーションで。……サフミ君、君の言葉を借りれば、あれは[想定存在顕現装置]が最終的に作り出そうとしている『完成された現実』へのインターフェースだ。」
サフミは椅子の上で体を硬くした。彼女の創造したオーバーテクノロジー、それが隔離地域という歪んだフィルターを通し、異世界の扉として具現化してしまったのではと。
「……装置は未完成だった。だから扉も閉まっている。……でも、もしあの扉が開けばどうなるかわからない。それは避けたいんだ。また隔離地域を増やす可能性は捨てたいだろ?」
査察官の言葉は、最悪の預言のように監査室に響いた。
数時間後。
隔離地域の外縁、防壁の影に隠れるように建つ、いつもの雑居ビル。
三人は、ボロボロになりながらも、自分たちの「事務所」へと帰り着いていた。
帰省から戻ったサヤカが、事務所の扉を開けて目にしたのは、泥と血とオイルにまみれて床に転がる、
自称・期待の新人と、無愛想な所長、そして眉間に皺を寄せた天才科学者の姿だった。
「……あら。……随分と派手に遊んできたみたいじゃないですか、所長」
「サヤカ。次に呼ぶ助っ人は天才科学者だけは選ぶなよ。」
「なにそれ。」
「後で話すよサッチャン。僕お風呂入る~」
「はぁ?!レディーファーストでしょう悪ガキ!!」
「僕は23なんですぅ~」
サヤカは溜息をつき、テーブルの上に一枚の古い、黄ばんだ封筒を置いた。
「色々混雑してるみたいだけど、所長。どうするの?」
サフミの顔が、驚愕に染まる。
男は窓の外、遠くに見える『絶叫の塔』を見つめた。四枚の扉。黒い守護者。そして、自分の腕が鍵であるという可能性。頭に浮かぶ面倒くさいことをまとめて言葉にした。
「サヤカ…来週には遠征だ。ロングランに備えよう。」
「………了解」
「いい加減この機械持ってるのしんどいんだけど…」
カイトは高そうな分析器を抱えて愚痴を垂れている。
「そんな事言うな。もうすぐでつく。」
「所長…タコと戦って、意味わかんない黒ローブとも戦ったのに…よく休まずに歩けますね。」
「それは私もそう思う。前にあったときもそうだったよな。」
二人の会話に。割って入るサフミは、何か楽しそうであった。男はその光景が受け入れがたい。なぜならそんな間柄ではないからだ。
「いいから…キビキビ歩け。もうすぐゲートに____」
朝食にはパンがいい。トーストでしっかり焼いたパンに、温かいコーヒー。シンプルだが背伸びをしていない。地に足をつけたメニューが外で待っている。筈だった。
「武器を捨てろ。貴君らは現在、内閣府直轄の監査対象にある。」
「こういうパターンね。はいはいわかってましたよ…。」
彼らを迎えたのは温かい食事ではなかった。
茂みから這い出てきた数門の自動小銃の銃口と、一切の感情を剥ぎ取られた迷彩服ではなく黒色の自衛隊特殊部隊の冷徹な視線だった。
泥にまみれ、右腕の『零式』からはいまだ冷却の白煙を上げている男に、選択の余地はなかった。
横では疲弊したカイトが力なく両手を上げている。背後のサフミだけが、演算ユニットを静かに浮かべたまま、退屈そうに鼻を鳴らしていた。
連行されたのは、壁の最深部に位置する「第一監査室」。
そこは物理的な牢獄というよりも、精神的な処刑場に近い。
窓一つないコンクリートの四方は、あらゆる電波を遮断する超伝導合金で覆われ、中央にはボルトで床に固定された無機質な椅子が三つ、冷たいスポットライトに照らされていた。
男は重い体を引きずり、椅子に腰を下ろした。
右腕のシリンダーが、一秒ごとに神経を逆撫でするような鈍痛を放つ。
隣には静かに座るサフミ、彼女は平気な顔をして座っているが、カイトは違う。
激しい戦闘の余波で土色の顔色になり、今にも意識を失いそうになりなっている。
やたらと静かな部屋にカチリ、と扉が閉まる音が耳に滑り込んだ。男はそれが開始のゴングに聞こえていた。
(何が始まるんだか。)
部屋の隅、照明が届かない影の中から数人の男たちが現れる。彼らは軍服ではなく、仕立ての良い、しかし血の通っていないような黒いスーツに身を包んでいた。
カイトはこういった場面での察しはいいが頭は回らない。だから答えを得ようとして、隣りに座る男に耳打ちをする。
「アイツら何者?」
「お前がぼーっとしてる時に説明されたろ。内務次官直属の査察官だ。」
国家という巨大なシステムの、最も深い場所を掃除する者たち。壁の外側から内側を除くように、不動の権力が男達を眺めていた。
権力は話す。
「説明を願おう。回収屋諸君」
中央に立つ男が、冷徹な声で告げた。彼の背後にある巨大なスクリーンが点灯し、男たちが淀川の深淵で目撃した「あの巨大な石の扉」が、生々しい解像度で映し出される。
「我々はこれまでに、多くの『資産』をここで失ってきた。特殊部隊の分隊、最新鋭のドローン、そして膨大な時間。あの扉に触れれば大抵死ぬか消える。だが君たちは生きて帰り、鮮明なデータを持ち帰った。そこの女に至っては___失礼、今のは忘れてくれ。」
「すまない。ききたいんだが。」
「_____まぁいい。どうぞ3908。」
男は普段の粗暴な言葉遣いは控える事にした。相手の物言いから尊厳を大事にしているとわかるからだ。
「あの扉については知ってたんだな。」
「……あぁ。そうだ。君はみたことがあるか?」
「ない。噂すら聞いたことはない。」
「なら情報統制はしっかりしてたんだな、と私は言いたいが実情そうではない。」
息を吸いながら査察官は流れを切って会話を続けてる。
「あの扉はいつの間にか現れた。規則性はなし。現状四つは確認したので、我々は作戦部隊を展開した。」
「それは噂になってた。」
「だが毎度、部隊の消息が絶たれていた。毎回全滅だよ。」
査察官の言葉には怒りが孕んでいる。勢い変わらず、言葉のあらが目立つ所作で、モニターの中の黒いローブの男を指差した。
「五年もかかったのに!初めてあのような化け物を確認した!しかも対応までしてみせた!すごいなぁ君達はほんとに、サイコーだね!回収屋は悩みの種だよ!ほんとに!…………それで一体、どのような魔法を使った?」
男は沈黙を守った。答える義理も、気力もなかった。
だが、隣に座るサフミが、演算ユニットからホログラムを操作し、査察官の言葉を鼻で笑った。
「魔法? 冗談はやめて。あなたたちがやってきたのは、解読不能な数式をハンマーで叩き壊そうとするような野蛮な行為よ。福音を福音として理解できない無能に、解説を求められても困るわね」
査察官の眉がぴくりと跳ねた。
「サフミ女史、そう言えば君も充分悩みの種だ。」
影が動く。立ち上がる。
「かつて日本の量子物理学界の異端児。君がなぜ、このドブ川をさらうような回収屋に身を落としているのは知っていたが、やはり関係していたな。」
査察官は手元のタブレットを操作し、一枚の古い機密文書をスクリーンに重ねた。そこには、十年前のサフミの顔写真と、黒塗りにされたプロジェクト名が記されていた。
「[想定存在顕現装置]。……人間の意識を量子化し、物理的な器を与えて別の場所に『現出』させる。……君の研究はこの隔離地域を作るには妥当すぎる。」
サフミは表情を消した。彼女の背後にある演算ユニットが、怒りに共鳴するように低く唸る。
「……あれは意識を共有したまま、もう一人の自分を造り出す機械。完成するには10世紀早かったわ。」
彼女の声は、冷たい風のように監査室に響いた。
「だから捨てた。でも誰かが掘り起こした。そうでしょ?」
サフミは立ち上がり、黒ローブの男を凝視した。
「これが犯人?貴方達が掘り起こして、盗られたんでしょ。自分達の手に負えない事がわかったから、私にブラックマーケット経由でバレないように依頼したみたいだけど。」
サフミの告白は、監査室にいた査察官たちの顔から余裕を奪った。
「残念ね。事になる前にどうやら完成させたみたいよ。」
彼らにとって暴露されれば、暗躍が表沙汰となるからだ
「それは…。」
「いい加減本当の事を話してよ。もし私のあれを完成させたのなら、対処は早くしないといけない。」
査察官は、重い口を開いた。開かざる負えない。
「……君の言う『犯人』が現れる場所は、淀川だけではない」
スクリーンが切り替わり、隔離地域全域の地図が表示される。そこには、四つの赤い点。
「一つは淀川、浄水場跡。……君たちが今回ダイブした場所だ。
二つ目は、北野病院の地下に広がる迷宮、『蟻の巣』。
三つ目は、山間部の廃棄物処理場跡。
そして四つ目は、隔離地域の中心……かつての府庁舎廃墟の最上階だ。」
男は、かつて北野病院の地下で感じた、あの得体の知れない視線と圧迫感を思い出した。あそこにも、あの「巨大な扉」があるというのか。
「これら四箇所には、全く同じ構造、同じ意匠の扉が存在していることが、数少ない生存部隊の報告で確認されている。…黒ローブは常にその付近に出現し、扉に近づくあらゆる存在を『消去』する。まぁ恐らくの話だがな。」
査察官は男を鋭い目で見据えた。
「君たちが接触したあの扉は、四門のうちの一つに過ぎない。内務省は、これらを『四門(しもん)』と呼称し、重要機密として隔離してきた。どう対応していいかわからなかったからな。」
「隔離地域の出来上がりって話ね」
カイトが、泥のついた顔を上げて弱々しく笑った。
「…ごめん、スケールがデカすぎて、わからなくなったんだけど。隔離地域は扉を封鎖するためのものってこと?」
「このガキは誰が連れてきたんだ!!」
「怒らないでよ。この子も被害者でしょ。」
査察官の怒りをサフミが冷たく遮る。そこに違和感を覚えたのはカイトだった。
「おじさんは、何を焦ってるんだ。」
「何を言い出すかと思えば…」
「違うね。怖がってるんだ。」
言葉を身体で表現するように、図星を突かれた査察官はゆっくりと独白を始めた。
「君たちが持ち帰ったデータには、扉が『反応』した記録が残っている。……これはいままで一度も起きなかった事象だ。……3908。君だ」
「………俺?」
「君の何が、反応したのか知らないが、あの扉を開ける『鍵』としての適性を示した可能性がある」
監査室の空気が、一層鋭利なものへと変わった。
男は自身の右拳をじっと見つめる。
『零式』の奥で、失った少年・裕二の鼓動が、かつてないほど激しく打ち震えていた
査察官の言葉が、冷たい刃のように監査室の静寂を切り裂いた。
男の右腕が「鍵」としての適性を示したという事実は、この部屋にいる全員に、もはや後戻りできない死線を越えたことを悟らせるに十分だった。
「……鍵、だと? 俺をあの地獄の門番にするつもりか」
男の低い声に、査察官は答えず、代わりに手元のスイッチを操作した。
スクリーンの映像が切り替わり、隔離地域の「中心」――かつての府庁舎、今は『絶叫の塔』と呼ばれる廃墟のライブ映像が映し出される。そこには、物理法則を無視して渦巻く黒い雲と、時折空を走る紫色の雷光があった。
「内閣府内務次官、この隔離地域における全権を握る男はある仮説を立てている。あの四門は、単なるデモンストレーションで。……サフミ君、君の言葉を借りれば、あれは[想定存在顕現装置]が最終的に作り出そうとしている『完成された現実』へのインターフェースだ。」
サフミは椅子の上で体を硬くした。彼女の創造したオーバーテクノロジー、それが隔離地域という歪んだフィルターを通し、異世界の扉として具現化してしまったのではと。
「……装置は未完成だった。だから扉も閉まっている。……でも、もしあの扉が開けばどうなるかわからない。それは避けたいんだ。また隔離地域を増やす可能性は捨てたいだろ?」
査察官の言葉は、最悪の預言のように監査室に響いた。
数時間後。
隔離地域の外縁、防壁の影に隠れるように建つ、いつもの雑居ビル。
三人は、ボロボロになりながらも、自分たちの「事務所」へと帰り着いていた。
帰省から戻ったサヤカが、事務所の扉を開けて目にしたのは、泥と血とオイルにまみれて床に転がる、
自称・期待の新人と、無愛想な所長、そして眉間に皺を寄せた天才科学者の姿だった。
「……あら。……随分と派手に遊んできたみたいじゃないですか、所長」
「サヤカ。次に呼ぶ助っ人は天才科学者だけは選ぶなよ。」
「なにそれ。」
「後で話すよサッチャン。僕お風呂入る~」
「はぁ?!レディーファーストでしょう悪ガキ!!」
「僕は23なんですぅ~」
サヤカは溜息をつき、テーブルの上に一枚の古い、黄ばんだ封筒を置いた。
「色々混雑してるみたいだけど、所長。どうするの?」
サフミの顔が、驚愕に染まる。
男は窓の外、遠くに見える『絶叫の塔』を見つめた。四枚の扉。黒い守護者。そして、自分の腕が鍵であるという可能性。頭に浮かぶ面倒くさいことをまとめて言葉にした。
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