銀の皇太子と漆黒の聖女と

枢氷みをか

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第二章 ユーリシア編 第二部 暗雲低迷

ユーリシアの願い

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 レオリアが中魔力者たちの剣術を指南するようになって、三日が経った。

 申し出があったその日に父王であるシーファスから許可を取って、レオリアは正式に中魔力者たちの剣術師範となった。独断専行でもよかったのだが、あえて皇王に伺いを立てたのは、騎士団長に事の重大さを理解してほしかったからだ。

 皇王直々に他国の貴族であるレオリアが中魔力者たちの正式な指南役に命ぜられたとあって、あからさまに不満げな表情を見せたところを見ると、果たしてその重大さを理解したかどうかははなはだだ疑問だろう。

 それでも、一石を投じる事ができれば、とレオリアは思う。
 この国の皇太子ではなくレオリアとして皇宮に赴いて、あまりに自分が何も見えていなかった事を痛感した。
 この国を変えるには、まずこの皇宮を変える必要があるのだ。
 それには、この仮の姿であるレオリアが適任だった。

 皇太子には決して見せない姿を、皆いとも容易くレオリアには見せる。
 その二面性を知れば知るほど人間不信に陥りそうな気になったが、逆にレオリアに対してもその態度を変えない者もいた。

 誰が信用出来て、誰が信用できないか。図らずもその答えが明るみになった形となった。

 例えば、騎士団長と副団長の補佐を務める、カルリナ=バークレイの場合____。

「レオリア様、本日よりレオリア様の補佐官を務めさせていただく事になりました、カルリナ=バークレイと申します。以後、お見知りおきを」
「…ああ、よろしく頼む」

 彼とは、ユーリシアとして何度か面識はあった。
 彼の父は、皇族の身辺警護を専門に行う近衛騎士団の団長を務めている。騎士団の中でも取り分け腕の立つ者たちだけが近衛騎士に抜擢されるのだが、その筆頭ともなれば強さは歴然だろう。それもあって、幼い頃からユーリシアの剣術の師範も兼任していた人物だったが、それゆえにカルリナとは面識があった。

 ユーリシアよりも一回り年上で、現在は32歳だったと記憶している。
 高魔力者ではあったが、とにかく寡黙で、地味な男だった。
 時折、父親に追従してユーリシアの剣術指南を見物に来てはいたが、何を話しかけても短い返事か、あるいはこうべを垂れるに留める男だった。

 当初、皇太子である自分に気に入られようとする者たちばかりの中で、それをしないカルリナに好印象を持った覚えがあるが、後に騎士団長と副団長の補佐に着任したのをきっかけに、その見識を改める事になる。

 彼は父親である近衛騎士団長の威を借る事はしなかったが、その寡黙さゆえに逆に態度が鼻につく、と騎士団長や副団長からやっかみを受けていた。補佐と言う立場を口実に、何でもかんでもと雑用を言い渡される姿を何度か見た覚えがあって、それに対して何も言わず黙々と言われたことをこなす姿が、ユーリシアには情けなく映った。
 言いたいことも言えず、ただ言われたことに従う姿が、まるで自分の意志を持たない人形のように映って、愚かな人物にしか思えなかったのだ。

 今回もレオリアの補佐に抜擢されたのは、面倒ごとを嫌った騎士団長と副団長に押し付けられたのだろう、とこの時点でレオリアは何の疑いもなくそう思っていた。

「…貧乏くじを引かされたな」
「……?何のことでしょう?」
「私の補佐役だ。押し付けられたのだろう?」
「…?いいえ、自分で立候補いたしましたが?」

 さも不思議そうに訊ねるカルリナに、レオリアは目を瞬く。

「…嫌ではないのか?」
「なにゆえです?」

 逆に問われて、レオリアは閉口する。
 改めて問われると、正直何が嫌なのかは判らない。
 彼らが魔力至上主義者なのは判るが、今の自分も高魔力者だ。確かに低魔力者のユーリと共にいたが、それがなぜ不快に思うのかがレオリアには理解できなかった。
 理解できたのはただ一つ、レオリアは嫌われている、という事だけだ。

 こと騎士団員、中でも高魔力者たちに限っては、フェリシアーナ皇国の騎士団員という自負を他国の貴族であるレオリアに踏みにじられた、という蹂躙じゅうりん感情があってもおかしくはないだろう。あえて挙げるとすれば、これだろうか。

 答えに窮して思案するレオリアを軽く一瞥して、カルリナは小さく息を吐く。

「…確かに他の団員は、貴方の補佐役を敬遠しておりました」
「…だから嫌な役を進んで買って出たという事か?」
「ですから、なぜ嫌なのです?私はレオリア様がどういう方がまだ存じ上げません。嫌かどうかはその後に出る感情でしょう」
「それは…そうだが」

 あまりにはっきりと自分の意見を口にするカルリナに、レオリアは自分の知る彼と違って目を瞬く。

「…だが、皆口を揃えて言うぞ。『レオリアは低魔力者とつるむ裏切り者だ』と」
「なぜユーリ殿と一緒におられるだけで裏切り者になるのです?」

 それは自分も知りたい、とレオリアは心中でひとりごちる。

「…ラジアート帝国では、高魔力者も低魔力者もなく、皆等しく平等だとお聞きいたしました。そのような国からいらした貴方がたにとっては、この国はさぞご不快でしょう」
「…貴方の父君も魔力至上主義者だと聞いたが?」

 近衛騎士団長であるマーク=バークレイは、口を開けば低魔力者を馬鹿にする魔力至上主義者だった。
 剣術の師としては尊敬しているが、人としては到底尊敬に値しない、とユーリシアは子供時分であるにもかかわらず、そう思ったことを覚えている。

 カルリナは痛いところを突かれたと言わんばかりに、苦虫を潰したような渋面を作ってバツが悪そうに視線を逸らした。

「…お恥ずかしい限りです。剣術の師としては尊敬しておりますが、人としては軽蔑しております」

 自分と全く同じ意見を口にするカルリナを、レオリアは視界に入れる。

 自分が近衛騎士団長から教えを受けていたのは、もう六年も前の話だ。その間にカルリナの性格も変わったのだろうか。それとも自分は、カルリナ=バークレイという人物を見誤っていたのだろうか。
 もし後者だとすれば、つくづく自分は何も見えていない愚か者だ。

 レオリアは情けない自分に、思わず嘆息した。

 きっと見えていなかったのではない。目に見えるものだけを真実と受け取って、本当の真実を探そうともしていなかったのだ。
 その考えに至って、レオリアは昔ミルリミナに言われたことを、何とはなしに思い出す。

 『聞き及んでいる事と、知っている事は違う』____

 そう言われて、自分は本当の真実を探しに行ったのではなかったか。
 『レオリア』と言う名は、その時生まれた真実を探す者の名だった。

(…同じ愚を犯すところだった、か……)

 レオリアは愚かな自分を吐き出すように、小さく息を吐いた。

「…すまない。貴方を責めるような口をきいた」
「…いえ、レオリア様がご不快に思われるのは仕方のないこと。…よろしければ、このまま補佐に着くことをお許し願えますか?」

 レオリアを責めるでもなく、あくまで下手したてに出るカルリナに、レオリアは申し訳なさそうに笑みを返す。

「ああ、是非」

 そうして彼はレオリアの補佐官になったわけだが、カルリナ=バークレイは驚くほど補佐官として優秀だった。
 こちらが何を言うでもなく、欲しい時に欲しいものを寸分の狂いもなく持ってくるのだ。

 一番助かったのは、騎士団員の中魔力者たちの名簿だろう。
 そこには彼らの基本的な情報だけではなく、剣術においての長所や短所、そして手癖などが漏れなく記載されていた。それは彼らをつぶさに観察し見ていたからに他ならない。

「…よくまとめたものだな」

 感嘆するように落としたレオリアの言葉に、カルリナは表情を変えることなく黙したままただこうべを垂れた。
 彼はどうやら、自分に対する賛美を聞くのが苦手らしい。

 カルリナは中魔力者の団員からの評判もかなり良かった。
 常に見下すような態度を取る騎士団長や副団長とは違って、カルリナは普段無口だが相談事には親身になって話を聞いた。騎士団に何かしらの問題があれば、彼は臆することなく騎士団長に意見したと言う。それゆえに、さらに面倒な存在だとやっかみを受けたらしいが、動じない性格と父親譲りの腕っぷしもあって、ほとんど堪えないらしい。

 優秀な補佐官だ、と言ったレオリアに、騎士団長と副団長に鍛えられましたので、と返答したところを見ると、どちらに軍配が上がるかは明白だろうか。

「…あの、レオリア様」
「…?どうした?」

 訓練を終えてすぐレオリアにおずおずと話しかけたのは、最初に手ほどきを願い出た、あの三人の騎士団員だった。妙に申し訳なさそうに、そしてバツが悪そうに伏し目がちに話しかけてくるので、レオリアは怪訝そうに顔を覗う。

「……あの…ユーリ殿はどうされたのですか……?もしや我々の所為で、彼の剣術指南がなおざりになってしまったのではないかと__」
「ああ…!ユーリは今は剣術ではなく魔力の扱いを習っているところだ」
「……!魔力…ですか?…ですが……彼は、その……」

 言いづらそうに言葉尻を濁す彼らに、レオリアはその先を察してくすりと笑う。

「…ただし、ユーリが扱うのは自身の魔力ではなく、大気にある魔力だそうだ」
「……!大気にある…ですか?」

 怪訝そうに問いかけてくる彼らに、レオリアは頷く。

「大気にある魔力の流れを視覚化できる者がいる事は知っているか?」
「…ええ、耳にした事はありますが……もしやユーリ殿が?」
「ああ、そうらしい。その魔力を扱うすべを今学んでいるところだ」
「そのようなことが可能なのですか…!いえ、そもそも魔力を視覚化できる者がいるという話すら眉唾物かと……」

 そう思っても仕方がないほど、魔力を視覚化できる者は少ない。
 この能力を持つ者は必ず神官になるから余計、一般では目にしないのだろう。

 思えば、ユーリも不思議な少年だと、レオリアは思う。
 彼は、あの小さな体には似つかわしくないほど才能に溢れた少年だった。
 それは魔力を視覚化できることや操魔のことに限った話ではない。
 彼はとにかく、相手の警戒心を解くのが上手かった。正義感が強く物怖じしない性格と、にもかかわらずころころと表情を変える愛嬌の良さと何にでも一生懸命な姿が相まって、思わず心を許してしまうのは自分に限った事ではないだろう。

 だからこそ彼らも、低魔力者という事を忘れてユーリを気にかけてくれるのだ。
 これも、一つの才能だとレオリアは思う。

「…ユーリはきっと、私よりも強くなるだろう」

 自分の庇護を必要としないほどに。
 それは喜ばしい事だが、同時にわずかな寂寥せきりょう感が胸に溢れた。

 そんなレオリアの心情を察したのか、彼らはくすりと笑みを落とす。

「ご安心ください。きっと、まだまだ先の話ですよ」

 何となく面映ゆくなって、レオリアは困ったように笑顔を返す。

 いつか彼らのように、皆が低魔力者を受け入れる日が来るだろうか。
 共に肩を並べて、笑いあえる日が来るだろうか。

 いつかそうなれば、必ずユルングルを皇宮に迎えよう、とレオリアは心に誓っていた。
 彼がもう二度と傷つかないように、苦しい思いをしないように、そして彼が得られなかったものを、この皇宮で彼に与えられるように、レオリアはただ実兄の幸せを願った。

 その日の夜遅く、レオリアは実兄であるユルングル危篤の報を聞かされることになる____。
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