銀の皇太子と漆黒の聖女と

枢氷みをか

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第一章 始まり 第一部 皇宮編

聖女の誕生

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 ミルリミナの葬儀は大々的に行われる事となった。

 『リュシテア』の暗殺計画がまだ生きている事を懸念して官吏や貴族の多くは反対したが、皇王の強い要望と何より婚姻の儀で亡くなった事で民の関心が大いに強かった経緯もあって、そういう運びとなった。

「…婚姻の儀を行うはずだった教会で葬儀を執り行うのか」

 ミルリミナの死を悼み、別れを惜しむ民たちで埋め尽くされた教会の中に、ユルングルの姿があった。

「…皮肉ですね」

 傍に控えていたダリウスがひとりごちて、豪奢な教会を今一度視界に入れる。

 どこもかしこも豪華な装飾が施され、細やかな細工で埋め尽くされた教会は葬儀を行うにはあまりに煌びやかだ。中でもひときわ目を奪ったのは、聖女リシテアを模したとされる大きなステンドグラスだった。

 聖女リシテアは、この世界の魔力を創造していると言われる存在だ。
 実際に聖女が存在しているのかどうかは定かではないが、それでも聖女リシテアを祀る教会を建てると、そこを中心に土地に魔力が供給される事が常識として広く認知されている。

 この世界もまた、人間同様、魔力がなければ死の土地になる。
 魔力が満たされる事でやせた土地が肥え、木々が実り、花を咲かし、天候が安定する。それらを生み出す聖女リシテアは創造神に等しい存在だった。

 ダリウスはそんな教会に集まった顔触れを、見るともなしに視線を軽く巡らせてみる。
 視界に入ったその光景は、婚姻の儀の時よりも低魔力者が多いように思えた。それは彼女という希望を失った落胆の表れなのだろう。

 当初、ユルングルが葬儀に赴くと聞いて、『リュシテア』の多くの同志たちは失敗した暗殺計画を成し遂げるために出向くのだと思っていたが、そうではない事をダリウスは判っていた。

 己の手で死に追いやってしまった少女の葬儀を台無しにしたくはない。ただ静かに、見送ってやりたい。

 ユルングルのその思いを理解して、『リュシテア』の同志たちは快く賛同した。そこが低魔力者と高魔力者の違いなのだとダリウスは思う。

 低魔力者の多くは基本的に穏やかで協調性が高い。気の強い者もいるが総じてその心根は優しい者が多かった。だからこそダリウスは低魔力者の中にいる事がことさら居心地がよく、反面自分が彼らを害する高魔力者と同じであると言う事実が、ひどく罪悪感を刺激して仕方がなかった。

「付き合わせて悪いな、ダリウス」

 礼拝堂の中央に作られた祭壇から目を離す事なく、ユルングルはダリウスに詫びる。

「私に対するお気遣いは無用です。ですが珍しいですね、貴方がこういう場に私を連れて行かれるのは。いつもは目立つからと、ひと騒動ある時にしか私を連れ回さないでしょう?」

 彼女を悼む気持ちもあるだろうが、他に何か目的がある事をダリウスは薄々勘付いていた。

「…そのひと騒動があるかもしれないからな」

 声を潜めて告げるユルングルの顔を、ダリウスは意図を量り兼ねて見返す。だがユルングルにその答えを返す気はなさそうだった。

 諦めて、ダリウスはユルングルの見つめる先に目線を向ける。
 祭壇中央に位置する、花に囲まれたミルリミナが眠っているであろう棺は、色とりどりの花の中にあってそれでもなお豪奢だと判るくらい細部に凝った細工が施されていた。

 あれもやはり、聖女リシテアを模した装飾だろうか。

 そんな事を考えながら何とは無しに二階の貴賓席に目を向ける。多くの近衛騎士が周りを警戒しているその中央には、喪服に身を包んだ皇王と皇太子の姿があった。暗殺を警戒して貴賓席からの参加となった経緯を、ダリウスは皇宮に忍ばせておいた間者から聞き及んでいた。


 そんな貴賓席から、ユーリシアは不本意そうにミルリミナの棺を見つめていた。

 もっと近くで送ってやりたいと申し出たが、父は頑なに許してはくれなかった。
 また狙われない保証はない。むしろ絶好の機会と襲ってくるだろう。一人しかいない跡継ぎに何かあっては困ると心配する父王の意を汲んで、ユーリシアは不本意ながら承服するしかなかった。

 厳かに進むミルリミナの葬儀を、ユーリシアは複雑な気持ちで眺めていた。
 貴族のほとんどが参列しているが、どれほどの人間がミルリミナの死を本当に悼んでいるだろうか。おそらくほとんどの者が気にも留めていないだろう。魔力至上主義の中にあって、たった一人の無魔力者の死は、驚くほど些細な事なのだ。

 それが判って、ミルリミナとウォーレン公爵夫妻がなおいっそう哀れに思えた。
 できれば本当にミルリミナを想い、死を悼んでくれる者たちだけで葬儀を執り行ってやりたかった。それがミルリミナへのはなむけであり、ウォーレン公爵夫妻への罪滅ぼしでもあると考えていた。

 だがそれが実現する事はなかった。亡くなった経緯があまりに衝撃的であった事と、何よりも皇太子の婚約者という立場である以上、内々での葬儀は許されないのだ。

 また自分の存在が彼女の足枷となっているのか。死してもなお、呪いのように己の存在が彼女を苦しめる。
 ユーリシアは申し訳なさと何もできない不甲斐ない自分にもどかしさを感じ、拳を無意識に強く握った。

 その時ふと、ミルリミナの棺が光っているように見えた。

 いや、光っているのは棺ではない。
 棺の中で眠るミルリミナの胸の辺りに小さな光が見て取れた。まだ気づいている者はいない。階下の観客席からはおそらく見えないだろう。二階から見てようやく確認できるほどの小さな光だった。

(…あんな場所に光るものなどあっただろうか?)

 ユーリシアは怪訝そうに目を凝らす。
 だが、光は次第に大きくなっているように見えた。


「ダリウス、よく見ておけ」
「え?」

 言われてダリウスは怪訝そうにユルングルの目線の先に目を向ける。だが、特に異常はないように思えた。
 一体、何を見ればいいのだろうか。
 そう訝しんでいると突然強い光が視界を奪った。

「…!!!?」

 あちこちで悲鳴や驚嘆の声が漏れる。騎士たちは視界が奪われた状態で何も確認できず、教会内は混乱を極めた。

「警戒を怠るな!周囲の騎士たちと連携を取れ!」

 今はそれしかできる事がない。周囲の騎士たちに聞こえるよう異常の有無を報告し合い、何があっても対応できるよう彼らはすぐさま攻撃態勢に入る。

 次第に光が弱まり何とか周囲を確認できるようになると、観客席から沸き起こる喧噪に気づいた。見れば皆一様に同じ場所を見つめ、指を差している者もいる。何事かと視線をやると、弱くなった光の中に一人の女性の姿が見えた。

「あれは……?」

 宙に浮き、その姿は透けているように見える。暖かい光の中でまるで棺を慈しむように両手を広げるその姿は、後ろにある聖女を模したステンドグラスと相まって、まさに聖女そのもののように思えた。

 そうして、誰からともなく呟く。

「……聖女リシテアだ」
「聖女リシテアが降臨された…!」

 追従するように次々と驚嘆の声が上がる中、暖かな光は聖女と共にミルリミナの亡骸を包み、まるで吸い込まれるように彼女の体の中へと消えていった。

 そうして喧騒が止み、耳が痛いほどの静寂が教会を包む。
 誰も微動だにしなかった。
 いや、できなかった。
 誰もが今、目の前で起こった事を理解できず、固唾を呑んで茫然自失となっている。

 ただ一人を除いては。

「…なぜ、お判りになられたのです…?」

 周りに気取られぬよう、声を潜めてダリウスは問う。
 ユルングルはこうなる事を知っていたはずだ。だからこそ自分を伴い、見ろと告げた。
 ダリウスはその答えがほしくてユルングルに視線を向けたが、彼はただ棺を見つめ不敵な笑みを浮かべるだけだった。

「…行くぞ、ダリウス」

 騎士の制止も聞かず貴賓席から飛び降りミルリミナのもとに駆け寄る皇太子を尻目に、ユルングルは身を翻す。ダリウスは訳も判らず、自分が見たものを確認するように一度棺を小さく視界に入れて、そのままユルングルを追いかけるように教会を後にした。

 人目を避け、群衆からだいぶ離れたところでようやくユルングルは口を開く。

「彼女を手に入れるぞ、ダリウス」

 『彼女』が何を意味するのか、この時のダリウスにはまだ判らなかった。のちに息を吹き返し聖女の力を取り込んだ少女の事だと判明したが、この時点ではまだ知る由もない。それが判る前に教会を後にしたのだ。なのにユルングルには判っていた。少女が目覚めた事を。

 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のように目を輝かせ歩みを進める。

(…この方はいつもそうだ)

 説明は何もしてくれない。自分にできる事はただ察する事だけ。いつも突然歩みを進め、そしていつも決して道を間違えないのだ。だからこそ、絶大な信頼がある。

 ならばただこの背中について行こう。たとえこの先何が起ころうとも、信じてつき従った結果であれば決して後悔はしないだろう。

 ダリウスはそう決意を新たにした。


**


 そこは漆黒の闇だった。

 どこを見渡しても何も見えず、自分の手さえ見る事もできない。自分が今歩いているのか、それとも浮いているのかさえよく判らなかった。
 上下左右の感覚もなく、手探りをしようにもただ宙をかくだけ。ただひたすら寒く、孤独だった。

 自分がなぜこんなところにいるのか、少女にはまったく心当たりがなかった。それどころか今まで自分が何をしていたかさえ覚えていない。
 ひどく不安で途方に暮れていた頃、ようやく遠くに薄く明かりが灯っているように見えた。少女はすがるようにその光に歩みを進める。近づくにつれて少しずつ周囲が暖かくなってきた。

 不思議なものだと思う。
 ただ光があって暖かいというだけでこれだけ安堵できるものなのか。今まで感じていた不安や孤独が光に包まれ溶けていくような気がした。

 さらに歩みを進めると、ようやく光っているのが一つの扉だと認識できた。
 光の中にぽつんと佇む一つの扉。扉には豪奢な装飾が施されていた。それが女性をかたどっている事だけは理解できたが、それが誰なのかは判らなかった。以前どこかで見たような気もするが、どうしても思い出せない。

 少女はその扉を開くのに、わずかの躊躇いもなかった。扉に手を添えゆっくりと扉を開く。
 瞬間、温かな風が少女を包んだ。
 見渡す限りの花畑が辺り一面に広がっている。どこまで見渡しても、花畑が地平線のようにどこまで続いていた。風に乗って色とりどりの花弁が舞う光景が目に鮮やかだ。まるでこの世のものとは思えないその光景が、嫌に幻想的に思えた。

 ふと目をやると、一人の女性が佇んでいた。
 優しく暖かな笑みをたたえ、自分を見つめてくれるその女性に、少女は懐かしさと親しみを感じた。

「あなたは…?」
「貴女を導く者です」
「私を…?」
「貴女はこれから為すべき事を成さなければなりません。それはこの世界の為、ひいてはそこに暮らす人々の為なのです」
「…何をすればいいのです?」

 その質問には答える代わりに笑顔を見せる。女性は少女の両手を手に取り、柔らかな表情を向けた。その手から暖かい何かが体の中に入っていくのを感じて、少女は訝し気な瞳を女性に向ける。

「貴女に私の力を授けます。取り扱いにはくれぐれも注意してください。奪う事はできても、戻す事はできません」
「?…判りません、何の話です?」

 この質問にも答えず、女性は手に取っていた少女の手を放し踵を返す。

「待ってください!なぜ私なのです!?私は何をしたら…っ」
「忘れないでください、ミルリミナ。貴女は私、私は貴女なのですから」

 途端に突風が吹いて、女性を追おうとした少女の視界が舞い踊る花弁で遮られる。

「!」

 思わず目を閉じ次に瞳を開いたそこは、見た覚えのない一室のベッドの上だった。


「…………」

 どこからどこまでが夢なのか、ミルリミナには判らなかった。
 現実と夢の境がひどく曖昧で、今もまだ夢の中にいるような錯覚に陥る。だが腹部に絶えまなく続く鈍痛が、ここが現実である事を忌々しく知らしめた。

(…ああ、そうだわ。私…矢に打たれて…)

 なのになぜ生きているのだろう?
 死んだと思った。いや、確実に死んだと思う。ではやはり、ここは夢の続きなのだろうか?

(…夢の中でも痛みはあるのね…)

 そんな事を考えながら、ふと自分が今どこにいるのかが気になった。

 見知らぬ一室。家具や内装の装飾を見る限りよほど地位の高い人物の屋敷だろうか。少なくともそこがウォーレン公爵家の屋敷でない事は確かだった。

 横になったまま部屋を一通り見渡し終わったその時、ふと部屋の扉が開かれた。

「すまないが今日の政務は終わりにしてくれ。私はしばらく彼女の傍にいる」
「承知いたしました」
「日程の調整が大変だろう。お前には苦労かけるな」
「自覚がおありですか?では、ご褒美をいただきませんと」

 笑って返す侍従に、銀髪の青年はバツの悪そうな顔をする。
 その時ふと目を覚ましているミルリミナの姿が侍従の視界に入った。

「ユーリシア殿下…!?ミルリミナ様が…!」
「!」

 ユーリシアは慌てて振り返りミルリミナが横になっているベッドに駆け寄る。

「…ミルリミナ嬢!」

 まるで迷子の子供が母親を見つけたような不安と安堵が入り交ざった表情を向けるユーリシアに、ミルリミナは困惑した。

「心配した…!あれから十日も眠っていたのだ。もう目覚めないのかと…!」

 安堵のため息をつき、ユーリシアはベッドの傍にある椅子に腰かけてミルリミナの手を取る。

「…気分はどうだろうか?」

 できるだけ穏やかに問うたつもりだったが、ミルリミナは呆然自失としているようだった。何も言わずただ自分を見つめてくるミルリミナに、ユーリシアは不安を掻き立てられた。

 言葉が出ないのだろうか、それとも記憶がなくなってしまったのだろうか。一度命を落としているのだ。何が起こっても不思議ではない。

 不安そうな顔でミルリミナの第一声を待つユーリシアを、ミルリミナはどう受け止めればいいのか判らなかった。

 彼がこんな表情を自分に向けるはずがない。そもそも自分の心配などするはずもないのだ。

 自分が知っている皇太子とあまりにかけ離れていて、今目の前にいる人物が本当に皇太子なのかと疑わずにはいられなかった。
 だからこそ思わず言葉にしてしまったのだろう。

「…ユーリシア殿下……で、ございますか…?」

 何かを言わなければ、と思ってようやく出た言葉がこれだった事に、ミルリミナはたまらず赤面する。

「も、申し訳ございません…っ。失礼をお詫びいたします…!」

 恥じて思わず顔を隠すために布団を上げようとしたところで、腹部の傷が盛大に痛み顔が歪んだ。

「…!大丈夫か!?…まだ動いてはいけない。安静にするんだ」
「…申し訳…ございません…」

 手をわずかに動かしただけで残っている体力がごっそり持っていかれたような気分だった。息が乱れ、わずかに意識が朦朧とする。

「…ラヴィ、すまないが皇宮医を呼んできてくれ。彼女が目覚めたと」
「承知いたしました」

 ラヴィと呼ばれた青年は軽く一礼し部屋を辞去じきょする。
 ミルリミナは目線だけを扉に向け、ユーリシアの顔とラヴィの出ていった扉を互替かたみがわりに見た。

 皇太子と二人きりにされてしまった気まずさから、まるで縋るように扉を見ているミルリミナに気づき、ユーリシアはその申し訳なさで困惑めいた笑みを落とす。

「…私がいてはゆっくり休めないだろう。外に控えていよう。何かあればすぐに呼びなさい」

 言って立ち上がり、部屋を後にしようと踵を返すユーリシアの手を、ミルリミナは反射的に思わず掴んだ。その思ってもみない自分の行動に目を丸くして、だが一度出した手を引っ込めるわけにもいかず、二進にっち三進さっちもいかなくなってミルリミナは硬直したようにその動きを止めた。

 気まずさで押し黙るミルリミナと、引き留めたミルリミナに驚くユーリシアの間に何とも言えない静寂が漂う。その静寂を破ったのは、未だ自分の腕を離そうとしないミルリミナに何とも言い難い嬉しさがこみ上げたユーリシアだった。

「…傍に、いたほうがいいだろうか…?」

 おずおずと遠慮がちにたずねるユーリシアに、ミルリミナは軽く逡巡しながらも小さく肯定の意を示す。ユーリシアはかすかに微笑んで、元いた所に腰かけた。

 ただ傍にいてくれる事がこの上なく嬉しい。面映ゆさもあったが、傍にいようと思ってくれるだけで、たまらなく幸せな気持ちになった。
 それは、自分の気持ちを知ってしまったからだ。
 たとえ嫌われていても、この優しい態度が自分に対する罪悪感からくるものだとしても、それでもミルリミナは傍にいてほしいと願わずにはいられなかった。
 せめて、今だけは____。

「…痛みはひどいだろうか?」

 問いかけながら、聞くまでもない、とユーリシアは思う。
 ミルリミナの額には汗の粒が無数にあった。もともと色白の彼女の顔色がさらに青白くなっているのは、その証左だろう。

「…いいえ…たいした事はございません…」

 弱々しい声で、それでも気丈に笑顔を見せるミルリミナを、ユーリシアは健気に思う。

(……そうだ、彼女はこういう女性だった…)

 どれだけ苦しくても、彼女は決して弱音は吐かないだろう。それが好ましくもあり、また一抹の寂しさもあって、ユーリシアは小さく笑みを落とす。

「無理をしなくてもいい。貴女は一度死んだのだ。それほどの傷だった。痛くないはずがない」
「………死んだ…?…私が…ですか…?」
「覚えて…いないのか?」

 自分が死んだ事実にミルリミナは目を丸くする。

 やはり自分はあの時、まぎれもなく死んだのだ。
 ではなぜ私は今ここにいるのだろう?

 目を瞬きながら困惑したように視線を泳がすミルリミナの様子に気づいて、ユーリシアは言葉を続けた。

「…聖女リシテアが貴女を生き返らせたようだ」
「…聖女…リシテア……」
「おそらく今、貴女の体の中に聖女リシテアが眠っている」

 ふと、夢の中の女性の言葉が頭をよぎる。

(貴女は私、私は貴女なのですから)

 あれは、自分の中に聖女が宿っているという意味だったのだろうか。
 ミルリミナは突拍子もない話だと思いつつも、なぜだか妙に腑に落ちた。

 聖女は私に何かを為してほしいのだ。その為の力を、彼女は私に授けた。
 では、なぜそれが私なのだろうか?
 そして何をすればいいのだろう。どんな力を授けられたのかさえ私は知らない。

 判らない事ばかりで、不安よりも疑問ばかりがミルリミナの頭をよぎる。

「…聖女リシテアが人に宿ったという前例はない。後にも先にも唯一貴女だけだ。なぜ貴女にだけ宿ったのか、その調査を今後教会が行いたいそうだ。おそらく体がよくなれば、しばらくあなたの身柄は教会預かりとなるだろう」
「…教会預かり…」

 では、しばらく両親にもユーリシアにも会えないのだろうか。
 そんな不安を察したのか、ユーリシアは軽く微笑んで見せた。

「教会預かりといっても身柄が拘束されるわけではない。基本は自由にしてくれて構わないし、誰と会っても問題はない。…このような話は貴女の体がよくなってからすべきだった。気が急いてしまったようだ、すまない。今は気にせず、とにかく体を休めてほしい」

 ユーリシアはできるだけ不安を拭うように、穏やかに話すよう努めた。

 それが判ってミルリミナは嬉しくもあり、申し訳なくも思う。
 嫌いな私に気を使わせてしまった。顔には出さないがこうして私の傍にいる事さえ苦痛なのかもしれない。今は自分のせいで深い傷を負ってしまった私への罪悪感で、こうして傍にいてくれるのだろう。
 そう思うと腹部の傷よりも、胸の痛みの方がミルリミナを苦しめた。

「失礼いたします」 

 軽い沈黙が流れた後、ふいに扉を叩く音が部屋に響く。ラヴィが皇宮医を伴い戻ってきたのだ。

「戻ったか。すぐに彼女の診察を始めてくれ。どこか異常がないか慎重に頼む」
「承知いたしました」

 言われた皇宮医は、威儀を正すようにうやうやしく深々とこうべを垂れる。

 皇宮医は教会の中でも神官治療の能力と医術が秀でた者が務める事をミルリミナは知っていた。それは魔力の量で優劣が決まるものではなかったが、青銀髪の髪色を見ればこの皇宮医もかなりの高魔力者なのだろう。
 動くたび小さくたなびく青銀髪と司祭特有の白く長い祭服がとても綺麗だと、ミルリミナは何とはなしに思った。

「私は外で待っている。ウォーレン公爵夫妻もこちらに来ていただくよう手配しよう。安心して診察を受けてほしい」

 ユーリシアは優しく諭すようにミルリミナに告げる。
 そうして後を皇宮医に託してラヴィと共に部屋を出るユーリシアの背中を、ミルリミナはただ寂しそうに眺めていた。
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