銀の皇太子と漆黒の聖女と

枢氷みをか

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第二章 ユーリシア編 第一部 嚆矢濫觴(こうしらんしょう)

兄弟・前編

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 ユーリシアが目覚めて二日が経った。

 好きにしてもいい、と言われたが、遁甲を壊して暴れ回った自分が好きに歩き回れると思えるほど厚顔無恥ではない。
 ユルングルの体調やユーリがどうしているかも気にはなったが、結局、時折ラヴィの様子を見に行く程度に部屋を出るのみで、そのほとんどが自室に籠もりっ放しのユーリシアを気遣って、食堂で皆と一緒に食事を摂らないかと誘ったのはラヴィだった。

「……だが、私が行っては……」
「何も問題はございません。ユーリシア殿下が来られるのを、皆さんお待ちかねですよ」

 逡巡するユーリシアをおもんばかって、不安を取り払うように柔らかい笑みをたたえてラヴィは告げる。
 そんなはずはない、と心の片隅で思いながらも、その心遣いが見て取れて、ユーリシアは少し困惑したように、だけれどもひどく嬉しそうに笑みを落として了承の意を示した。

 とはいえ、やはり不安が影を落としていたのだろう。ラヴィを乗せた車椅子を押しながら食堂に向かう道中、二人の人影が視界に入ってユーリシアは一瞬体を強張らせる。
 それは自身が暴走して以来、初めて顔を合わせる相手だからだった。
 どういう顔をしていいのか判らず、気まずそうに視線を外すユーリシアに気づいた二人は、だけれどもそんなユーリシアの心情などお構いなしに声をかける。

「レオリアさん!…もうお体の調子はよろしいのですか?」

 髪色はもう隠してはいない。自分が誰かなどすでに百も承知だろうに、それでも変わらずレオリアと呼んでいつも通りに笑顔を向けてくれるユーリの対応が素直に嬉しい。
 ユーリシアは一瞬強張った体がすぐに和らぐのを感じて、自然と顔が綻んだ。

「…ああ、もう何ともない」

 答えたところで、ふと違和感を感じる。
 何か足りない。
 ユーリと必ず一緒にあったものが、そこにはなかった。

「……ユーリ…杖がなくても、歩けるようになったのか…?」

 瞠目して、ユーリシアは彼の顔と足を互替かたみがわりに見る。
 そんなユーリシアに、ユーリは嬉々とした笑顔を見せた。

「はい!ダスク兄さんから操魔を教えていただいたんです!」
「…操魔で、歩けるようになるのか…?」

 聞きたいことは他にもあったが、その事実があまりに非現実的で思わず瞬いて問うてみる。
 その質問には、後ろに控えていたシスカが返答した。

「ええ、貴方にお教えした操魔とは少々異なりますが、大気にある魔力を操ることで、ユーリの足の動作を補助しております」
「…そんなことまでできるのか」

 ユーリシアは感嘆の息を漏らす。そして同時に、車椅子に座るミルリミナの姿を彷彿した。

(…ならば、ミルリミナも…)

 そう思ったことなど、お見通しなのだろう。シスカは間髪入れず言葉を続ける。

「ミルリミナもこの方法で、歩けるようになりました」
「…!本当か…っ!」
「ええ」

 肯定を示す言葉に、ユーリシアは目を輝かせて安堵のため息をついた。

 不甲斐ない自分の身代わりとして、彼女は自由を奪われてしまった。そのことがひどく心苦しく、車椅子に座る彼女を見るたびに、申し訳ない気持ちでいたたまれなかった。そしてそう思えば思うほど、彼女の隣でうまく笑えてはいないような気がして、そんな自分を気遣っているのではないかと、なおさら心苦しくなった。

 そんなミルリミナが、歩いている。
 もう歩けないと言われた体で、歩けるようになったのだ。
 これで自分の不甲斐なさが帳消しになる訳では無いが、それでも歩けるようになった事実が素直に嬉しくて堪らない気持ちになった。

「そうか…!本当に良かった…!」

 心底安堵したように声を漏らすユーリシアの表情は、ひどく穏やかで優しい。
 そんなユーリシアを視界に入れて、ユーリは本当に小さく、誰にも聞こえないほどの囁きで言葉を落とす。

「…ありがとうございます」

「…!…すまない、ユーリ。何か言っただろうか?」
「あ、いえ!何でもありません!」
「?…そうか?」

 慌てて否定するユーリを怪訝に思いながらも、ユーリシアは短く答えて、ユーリの顔をうかがった。
 そうしてユーリの言葉の中に気になる単語があったのを、はたと思い出す。

「…そういえば先ほど、シスカを兄と呼んでいたが……ユーリの兄は……」

 そこまで言葉にしたが、何か釈然としないものがあって言葉尻を濁した。 
 ユーリがユルングルの弟であれば自分とも兄弟になるが、何故かしっくりこない。ユーリとユルングルは確かによく似ているが、だからと言って自分と兄弟か、と問われると違うような気がしてならなかった。

 困惑したように口を噤むユーリシアを見止めて、ユーリは若干、申し訳なさそうに告げる。

「ダスク兄さんもユルンさんも、僕の実兄ではありません。ダスク兄さんの事は兄のように慕っていますが、ユルンさんがあの時僕を兄弟だと言ったのは、ただの戯れです」

 そうだろう、と改めて思う。

 考えてみれば、ユーリが弟でないことは一目瞭然なのだ。彼はどう見ても自分より三つは年下だ。そして母が亡くなったのはユーリシアが3歳の頃。時期的にギリギリ可能ではあるが、病で苦しんでいた頃に妊娠して出産までしたとは考えにくい。赤の他人と考えたほうが自然だろう。

 それでもやはり、疑問に思う。

「…これほどユルンと似ているのに?」

 思わず出たその問いに、ユーリは返答に困って苦笑した。
 後ろに控えているダスクもまた多少バツが悪そうに苦笑している事にユーリシアは内心で小首を傾げたが、それをユーリに問いただしても詮無いことだろう。

「…とりあえず食堂に行きましょう、レオリアさん」

 何となく話題を逸らされたような気がしたが、押し問答をするつもりもないので素直に受け入れて、ユーリシアは促されるまま歩みを進める。
 食堂の扉が見えてきたところで、ふと思い出したようにユーリはユーリシアを振り返った。

「あ、そうだ。レオリアさん」
「ユーリ。レオリアではなくユーリシアと呼んでくれないか?」

 声をかけてきたユーリに、ユーリシアは間髪入れず告げる。
 変わらない態度は好ましいが、偽名で呼ばれ続けるのはできれば避けたい。

「君には、本当の名前で呼んでほしいんだ」
「え…!あ、あの……っ!それは………っ!」

 素直な気持ちを告げたつもりだったが、言われたユーリはなぜだかひどく狼狽して困惑しているような様子だった。
 頬が赤らんでいるように見えるのは気のせいだろうか。

「…嫌、だろうか?」

 いつまで経っても肯定を口にしないユーリを不安に思って、ユーリシアは遠慮がちに問う。

「い、嫌ではありません…っ!嫌ではないんですが………」

 慌てて否定しながらも、その返答はやはり歯切れが悪い。
 しばらく沈黙が続いて、ユーリは本当に小さく、逡巡しながら口を開く。

「…………………ユーリシア………様…?」
「様はいらない。できれば呼び捨てにしてほしいが、難しければ今まで通り、さん付けでも構わない」

 その言葉にさらに目を丸くして、なぜだか盛大に赤面を作る。どうやら先程、頬が赤らんでいると思ったのは間違いではないらしい。

「…………ぜ……善処します………」
「?…ああ、そうしてくれると嬉しい」

 何をそんなに恥じらっているのかは判らないが、前向きに考えてくれるのであれば急ぐこともないだろう。
 シスカとラヴィが何やら微笑ましそうな表情で会話を聞いているのが気になったが、とりあえず無理強いするのも可哀想だと話を切り上げて、食堂に入るようユーリを促す。

 未だ赤面を作りながら食堂に入っていくユーリに続いて、車椅子を押しながら部屋に入る直前、ユーリシアは逡巡したように歩みを止めて、後ろに立つシスカに視線を向けることなく静かに声をかけた。

「……すまなかった、シスカ。暴走した時と…それからキリさんの店でのことも……」

 シスカには二度、殺気を向けた。
 二度目は己の意志が介在してはいなかったが、一度目ははっきりとした意志のもと殺気を向けたのだ。ダリウスからシスカの話を聞いたことも相まって、贖罪の気持ちが出ないはずがない。

 バツが悪そうに悄然とうなだれるユーリシアを視界に入れて、シスカは笑みを含んだ息を小さく落とした。

「お気になさらず」

 短い返答だったが、それゆえに些細なことで気にも留めていないと言われているようで、有難い。シスカの姿を視界に捉えてはいなかったが、それでもこの短いやり取りだけでシスカの心遣いが見て取れて、ユーリシアは小さく笑みを落として頷き、再び歩みを進めて部屋に入った。

 食堂、と言うには少し手狭な部屋に、不釣り合いな大きめな卓が二つ並んで置かれている。元々は一つだったのだろう。どう見ても部屋の大きさには合わず、急遽間に合わせのために置かれた感が否めない。

 そこに座る見覚えのない男二人が、ユーリシアの姿を見止めてゆるりと立ち上がった。

「お初にお目にかかります。神官のラン=ディアと申します。以後お見知りおきを」
「同じく神殿騎士のキリア=ウォクライと申します。フェリシアーナの若き太陽に拝謁を賜り、恐悦至極にございます」

 言って、深くこうべを垂れる二人に、ユーリシアは慌てて恐縮する。

「…いや…っ、よしてくれ…!私に礼を尽くす必要はない…!」
「そういうわけには参りません。一国の皇太子に礼を欠くわけには参りませんので、承服いたしかねます」

 表情を崩さず、必要以上に畏まった物言いで告げたのは、隻眼の騎士ウォクライだ。
 ユーリシアは彼の口から出た『皇太子』という言葉にわずかに体を強張らせて、口の中で小さくその言葉を反芻した。
 そして躊躇うようにゆっくりと、だが確固たる意志をもって口を開く。

「………私は……私はもう、皇太子ではない。そこに座るべき人物は他にいる」
「ユルングル様は皇太子の座などお望みになってはおられません」

 間髪入れず口を挟んできたのは、ちょうど朝食の準備を終えて調理室から食事を運んできたダリウスだった。彼は手に持っていた皿を卓に丁寧に置くと、ユーリシアを再び視界に入れた。

「今までも、そしてこれからも、皇太子は貴方お一人だけです、ユーリシア殿下」
「……!そういう訳にはいかない…!どちらが皇太子に相応しいかなど、もはや愚問だろう!私ではだめなのだ…っ!ユルンこそが_____」

 そこまで言って、ふとこの場にユルングルがいないことを改めて認識して、ユーリシアは慌てて口を噤む。

「……すまない。…本人がいないのにこんな話をするべきではないな……今のは忘れてくれ」

 失言したことを恥じ入るように口元を手で抑えて、ユーリシアはバツの悪そうな顔で皆から視線を外した。

 やってしまった、と思う。
 いつもこうだ。感情が昂ぶると、思うよりも先に言葉が口をついて出てしまう。
 皆が口を揃えて、自分のことを品行方正で何事にも動揺しない人物だと評するが、そうでないことは自分が一番よく判っている。そうあろうと努力しているに過ぎないのだ。
 本当の自分は直情型で、単純明快だ。だからこそ、あれほど簡単に聖女に心の隙を突かれたのだろう。

 それはおよそ、皇太子の座になど相応しくはない。

(……やはり、来るべきではなかったか…)

 ユーリシアは後悔を込めて、小さく息を落とす。
 いらぬことを口にして、場の空気を悪くしてしまった。気まずい空気が流れて、いたたまれない。

「…ユーリシア殿下。ご自分を卑下なさってはなりません。決して貴方が皇太子の座に相応しくないなどとは_____」
「いや、いいんだ。…それよりも、ユルンはまだ来ないのか?」

 慰謝を口にするダリウスの言葉を申し訳無さそうな笑みをこぼしながら軽く遮ると、ユーリシアは話題を変えるために周囲を見渡しながら問う。それには後ろに立つシスカが悄然と答えた。

「…ユルングル様は未だお一人で歩くことができず、自室でお食事を摂られております」
「……!まだ…体が治らないのか?」
「…少々、ご無理をさせてしまいましたので……」
「まさか……病に冒されている、というわけではないな…?」

 妙に歯切れの悪いシスカの態度にユーリシアは不安が頭をもたげて、思わず問いただす。だがその問いに返ってきたのは、皆の陰った表情だけだった。
 ユーリシアはその雄弁な空気を感じて、己の言葉が的を射ていたことを悟る。

「……治る見込みはないのか……?」

 その問いにも返答はない。
 ただ重苦しい空気が、肯定を語っている。
 ユーリシアはすべてを悟って苦々しく眉根を寄せながらまぶたを強く閉じると、自然と拳も強く握っていることに気づいた。
 そうしてゆっくりと、不思議そうに握った拳を視界に入れる。

 この心に沸き起こる、痛みにも似た感情は何だろうか?

 今、不治の病と聞かされた相手は、仮にもつい最近まで憎しみの対象だったはずだ。憎んだがゆえに遁甲が渡れず、なおさら憎しみを強くした。
 今はその憎しみが消えたとは言え、親愛の情が芽生えるにはまだ早い。それほどの交流を重ねたとは決して言えないのだ。

 なのに思いの外、ユルングルの不治の病の事実を、受け入れ難く感じている。
 
 それは友人としての情だろうか。それとも兄弟としての情だろうか。
 どれほど己の内実を彷徨ってもその答えが出るはずもなく、怪訝そうに握った拳を視界に入れているユーリシアの耳に、毅然とした声が飛び込んできた。

「ユルンさんの病は治ります!どうしてそう答えないのですか!」

 一様に曇った表情を見せる皆を、ユーリは不快そうに眉根を寄せて睨めつけるように見据える。
 重苦しい空気を払い除けるように声を上げるユーリを、シスカは静かに宥めるように声をかけた。

「…ユーリ。気持ちは判りますが、ユルングル様の病は現状治す術がありません。こればかりは___」
「それでもユルンさんは生きることを諦めてはいません!なのに、どうして皆さんがそれを信じてあげられないのです!これではまるで……っ!…まるで……ユルンさんが死ぬことを望んでいるみたいです……」
「………!」

 ユーリの言葉に誰もが言葉を失い、目を瞬く。

 その通りだと思う。
 現実を突きつけられて、誰一人ユルングルが完治することを望まなかった。いや、望めなかった。無理だと諦めて、ユルングルの未来を否定した。それは死を望んだ事と同義だろう。
 ただ一人、何も知らないユルングル本人だけが、生きることを諦めなかったのだ。
 そしておそらく、病の詳細を知ってもなおユルングルが諦めることはないのだろう。そういう人物だと判っていたはずなのに____。

 後ろばかりを見ていたことに気づかされて、恥じ入るように口を閉ざすシスカ達を見渡して、ラン=ディアだけが呆れたようにため息をついた。

「彼の言うとおりだな。治療する側が諦めてどうする。患者が諦めても神官は決して諦めない。基本中の基本だろう」

 嗜める相手はシスカのようだが、おそらくこの場にいる誰しもが己に向けられた言葉にように感じたに違いない。誰も彼もが面目がないように俯いている。
 
「ましてや今回はその患者が諦めてないんだ。そんな暗い顔を患者に見せるなと何度言ったら判るんだ、お前は」
「……すまない」
「謝る相手が違う。謝罪ならユルングル様にしろ」

 そのまま説教に移行しそうな勢いに押されて思わず閉口するシスカを見止めて、たまらずユーリが口を挟んだ。

「と、とりあえず食事にしましょう…!せっかくダリウスさんが作ってくださったのに、冷めてしまっては勿体ないです」

「……そうだな」

 ユーリの言葉に、不承不承とラン=ディアは頷く。
 心底助かったとため息をつくシスカは、助け舟を出してくれたユーリに謝意を込めた笑みを落として、ユーリもまた、失笑しながらそれを受け取った。

 その一連の成り行きを、ユーリシアは複雑な表情で眺めていた。
 この感情を何と言い表せばいいのかが判らず、ユーリシアはたまらず視線を落とす。
 ラヴィはそんなユーリシアの心情に一人気づいて、ただただ心配そうにユーリシアの顔を覗っていた。

**

 気まずい空気の中で朝食を食べ終えて、ユーリシアは皆が席を立つのを待って自身もゆるりと立ち上がった。

 気まずい、と感じたのはおそらくユーリシアただ一人だ。
 皆は気を遣って何度も話しかけてはくれたが、それが返って疎外感に似た感情を刺激した。
 ここはユルングルだけの居場所だ。決して自分の居場所ではない。
 先程の一連の出来事はその最たるものだろう。誰もが皆、ユルングルをおもんばかっている。念頭にあるのはユルングルのことばかりで、そこに自分が入る隙間など微塵もないのだ。 

 それが不快なわけではない。むしろ、そうでなければ困る、と思う。
 一人孤独に耐えたユルングルを思えば、彼を第一にと考えてくれる者がいてくれた事実に救われる思いがするのは、決して嘘でも虚勢を張っているわけでもない。

 そう思うのに、彼を羨ましい、と思ってしまう自分が浅ましく忌々しい。
 すべてに恵まれた自分が思ってはいけないことだ。ユルングルが聞けば、不快さで眉間にしわを寄せることだろう。
 何よりもユーリがユルングルに対して全幅の信頼を寄せていることが見て取れて、なぜだか胸が締め付けられる思いがした。それはきっと、ミルリミナに似た彼を重ねて見ているからだろうか。

 逃げるように席を立ってラヴィと共に部屋を辞去しようとするユーリシアを見て取って、ユーリは慌てて声をかけた。

「レオリアさ……じゃなくて……ユーリシア…さん…!」

 たどたどしく名前を呼んだユーリの姿を、ユーリシアは振り返って視界に入れる。

「先ほどお誘いしようと思ったのですけど、今から一緒に工房に行きませんか?」

 思いがけない言葉に、ユーリシアは思わず狼狽える。

「…あ、いや……私は……」
「では私もご一緒してよろしいですか?」

 断りの言葉を口にしようとするユーリシアの声に被せるように、ラヴィは告げる。目を丸くするユーリシアを見上げて、ラヴィは穏やかに微笑んだ。

「ずっと部屋に籠りっぱなしではつまらないでしょう?」

 その言葉から部屋に籠もる自分を気にかけ、心配をさせてしまったことに思い至る。
 ユーリシアは困ったような笑みを落としながら一つ息を落とすと、判った、と小さく返答した。

「では私もご一緒いたしましょう。ユルングル様から貴方を皆に紹介するように仰せつかっております」

 調理室にも声が届いていたのだろう。片付けを終えたダリウスが捲くった袖を直しながら声をかける。

「…ユルンが?」
「貴方が外に出る気になったら、と」

 無理強いしないあたりが、いかにもユルングルらしい。

 自分の行動が読まれていることに何となく気まずさを感じ、バツの悪そうな笑みを含んだため息を落とすユーリシアを皆は思わず失笑して、食堂に小さな笑い声が穏やかに響いた。
 
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