「君はいらない」と捨てられた夜、天敵の冷徹社長に「なら、俺が貰う」と拾われました。――手を出さない約束でしたが、彼の理性が限界のようです

葉山 乃愛

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第42話 【社内掃討戦】お局様の洗礼と、最強の空気を読む力

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「……失礼します」


私が配属された社長秘書室。

そこは、ある意味で「社長室」よりも恐ろしい場所だった。


「あら、相沢さん。遅かったわね」


声をかけてきたのは、秘書室長を務める50代の女性・権田原(ごんだわら)さん。

百合子会長時代から30年も一条家に仕えてきた、いわゆる「お局様」だ。


彼女の背後には、同じような眼鏡をかけたベテラン秘書たちが3人、冷ややかな目で私を見ている。


「……申し訳ありません。社長の急ぎの決裁がありまして」


「ふん。……『社長の恋人』だからって、いい気なものね」


権田原さんが鼻で笑う。


「いいこと? ここは職場よ。……イチャイチャしたいならホテルでなさい」


「……ッ」


彼女たちは、あからさまに敵意を持っていた。

無理もない。

ポッと出の「清掃員上がりの女」が、いきなり社長の最側近(筆頭秘書)に任命されたのだ。

プライドの高い彼女たちにとって、私は目の上のたんこぶでしかない。


「……承知いたしました。以後、気をつけます」


私は深々と頭を下げた。

ここで言い返したら、彼女たちの思う壺だ。


「じゃあ、この資料の整理をお願いできる? ……今日中にね」


権田原さんがドン! と私のデスクに置いたのは、電話帳のような厚さのファイルタワーだった。

明らかに一人で終わる量ではない。

典型的な「新人いじめ」だ。


「……はい、やらせていただきます」


私は文句一つ言わず、黙々と作業に取り掛かった。


カチャカチャ、バサッ。


彼女たちは優雅にお茶を飲みながら、私の悪口をヒソヒソと話している。

「あの子、コネだけで入ったんでしょ?」
「どうせ夜の仕事しかできないんじゃない?」


悔しい。
でも、負けられない。

蓮が私を選んでくれた。
その期待を、こんなくだらない嫌がらせで裏切るわけにはいかない。


***


「……おい、美月」


数時間後。
社長室から蓮が出てきた。


「なんだその書類の山は」


蓮が私のデスクを見て眉をひそめた。


「権田原。……これはお前の仕事だろう? なぜ美月にやらせている」


「あら、社長。……相沢さんが『勉強のためにやりたい』と仰ったので」


権田原さんは平然と嘘をついた。

さらに、蓮に向かって艶然と微笑む。


「社長、相沢さんはまだ不慣れですわ。……大事な会食の手配は、ベテランの私が担当しましょうか?」


彼女は、私を無能扱いし、自分の有能さをアピールしようとしている。

蓮の目が冷たく細められた。


「……美月」


「はい」


「本当に、お前がやりたいと言ったのか?」


試されている。
ここで「いじめられています」と告げ口するのは簡単だ。
蓮なら、一瞬で彼女たちをクビにするだろう。

でも、それではダメだ。
私が「自分の力」でここを収めなければ、一生「社長の愛人」止まりだ。


私は顔を上げ、ニッコリと笑った。


「はい、社長。……過去のデータを把握するのに、ちょうど良い機会だと思いまして」


「……そうか」


蓮は少し驚いた顔をし、それから口元を緩めた。


「なら、任せる。……ただし、無理はするなよ」


蓮は社長室へと戻っていった。

権田原さんたちが「勝った」という顔で私を見る。


「あらあら、殊勝な心がけね。……じゃあ、頑張って?」


彼女たちは定時になると、私一人を残してさっさと帰ってしまった。


広いオフィスに一人きり。
私は山積みのファイルを開き、猛烈なスピードでキーボードを叩き始めた。


「……甘い」


私は呟いた。

ウエディングプランナー時代、もっと理不尽な「お局様」や「モンスターカスタマー」を相手にしてきた。

この程度の嫌がらせ、痛くも痒くもない。


むしろ、この資料……宝の山だ。


『過去の接待費リスト』
『贈答品履歴』
『役員の派閥相関図』


権田原さんたちは、私に雑用を押し付けたつもりだろうが、実は「社内の裏情報」を全て私に渡してしまったのだ。


「……ふふっ。ありがとうございます、権田原室長」


私は夜通しデータを分析し、翌朝の会議に向けて「ある資料」を作成した。




翌朝。役員会議。


「社長。……今期の交際費についてですが」


権田原さんが自信満々に発言した。


「例年通り、A料亭とBクラブを使うのが慣例となっておりますが……」


「待ってください」


私が手を挙げた。
役員たちの視線が集まる。


「……なんだ、君は」


「社長秘書の相沢です。……権田原室長のご提案ですが、こちらのデータをご覧ください」


私は昨日まとめた資料をモニターに映し出した。


『A料亭との癒着疑惑』
『Bクラブの過剰請求リスト』


「……なっ!?」


権田原さんの顔色が土気色に変わる。


「過去5年分のデータを分析した結果、これらの店は市場価格の3倍の料金を請求しています。……そして、そのバックマージンが一部の社員に流れている形跡があります」


「で、出鱈目を言うな!」


「証拠なら、ここにあります」


私が提示したのは、彼女たちが私に押し付けた「ファイルそのもの」だった。


「……権田原。説明してもらおうか」


蓮が低い声で告げた。
その目は、完全に「魔王」に戻っていた。


「わ、私は……ただ慣例に従っただけで……!」


「慣例? ……俺が一番嫌いな言葉だ」


蓮は資料を机に叩きつけた。


「美月のおかげで、膿(うみ)が出せたようだな。……権田原、および関係者は全員、査問委員会にかける。……出て行け」


「ひぃッ……!」


権田原さんたちは警備員に連れ出されていった。
会議室に残った役員たちは、恐怖と、そして私への「畏敬」の念を抱いて震えていた。


「……よくやった、美月」


会議後、蓮は誰もいないエレベーターホールで、私の頭を撫でた。


「お前を秘書にして正解だった。……俺の目は節穴じゃなかったな」


「ふふっ。……雑用も、たまには役に立つものですね」


私はVサインをした。

社内掃除、完了。
これで少しは、皆が働きやすい環境になるはずだ。


しかし、ホッとしたのも束の間。
今度はオフィスの外から、新たな「敵」が近づいてきていた。

それは、蓮の過去を知る、海外からの刺客だった。
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