【R18】ラストノートは、甘い独占欲で。―天才調香師の執着―

葉山 乃愛

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南フランス・グラースへの出張編

昨夜の目隠しを、彼は涼しい顔で締める

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翌朝。
カーテンの隙間から差し込む鋭い日差しで、私は目を覚ました。

「ん……」

重い瞼を持ち上げると、すでにベッドの隣は空だった。
昨夜の記憶が一気に蘇る。
視界を奪われ、彼の声と指先だけに支配された数時間。
全身が鉛のように重く、特に内ももには、心地よい疲労感と微かな鈍痛が残っていた。

「やっと起きたか。お寝坊さん」

バスルームから、身支度を整えた久我さんが出てきた。
白いシャツに、ダークグレーのスラックス。
髪も完璧にセットされ、いつもの冷静沈着な「開発部チーフ」の姿に戻っている。
昨夜、私の上で荒い息を吐き、獣のように欲望を露わにしていた男と同一人物だとは、とても思えない。

「す、すみません! すぐ準備します!」
「慌てるな。アポイントまでまだ時間はある」

彼は鏡の前に立つと、手に持っていたネクタイを首にかけた。
深い群青色のシルク。

(……あっ)

私は息を飲んだ。
それは昨夜、私の目隠しに使ったものだ。
私の涙と、熱い吐息を受け止めた、あのネクタイ。

「……久我さん、それ」
「ん? 何か問題でも?」

彼は鏡越しに私を見つめ、涼しい顔でノット(結び目)を作り上げる。

「昨夜の……その、使ったのに」
「だからこそだ。……これを見ると、お前がどんな声で鳴いていたか思い出せる」

彼は悪戯っぽく口角を上げると、キュッと結び目を締めた。
その仕草が、まるで私の首輪を締めているように見えて、私はカッと顔を赤くした。
この人は、どこまで意地悪なんだろう。
けれど、そんな彼にどうしようもなく惹かれている自分が悔しい。


午前十時。
私たちはグラースの中心部にある、老舗香料メーカーの商談室にいた。
相手は頑固で有名な調香師、ピエール氏だ。

「ムッシュ・クガ。君の要求するジャスミンの純度は、コストがかかりすぎる」
「妥協はしません、ピエール。我々が求めているのは『香り』ではなく『物語』だ。そのための投資は惜しまない」

久我さんは流暢なフランス語で、一歩も引かずに交渉を続けている。
冷徹な瞳、論理的な言葉運び、相手を圧倒するカリスマ性。
隣で議事録を取りながら、私は改めて彼の実力に圧倒されていた。

(すごい……。昨日の今日で、こんなに切り替えられるなんて)

仕事モードの彼は、遠い。
昨夜の甘い時間は、夢だったんじゃないかと思うほどに。

ふと、ピエール氏が資料を見るために席を立ち、一瞬だけ交渉が中断した。
久我さんが、手元のグラスの水を一口飲む。
その喉仏が動くのを見て、私は昨夜のキスの感触を思い出してしまった。

「……浅見」

不意に名前を呼ばれ、びくりとする。
彼は前を向いたまま、書類を整理するふりをして、机の下で私の手に触れた。
膝の上に置いた私の手に、彼の手が重なる。
温かい。
そして、その指先が、私の掌を意味深になぞった。

「集中できていないな」
「い、いえ。そんなことは」
「嘘をつけ。……さっきから僕のネクタイばかり見ている」

小声での指摘に、心臓が跳ねた。
バレていた。

「思い出しているのか? この布で視界を奪われて……僕に何をされたか」

机の下、誰にも見えない死角で、彼の指が私の指に絡みつく。
恋人繋ぎ。
強く握りしめられる痛みと熱さが、昨夜の快楽のスイッチを押しそうになる。

「顔が赤い。……これから重要な契約なんだ。変な想像をして濡れるなよ」
「っ、してません……!」
「ならいい。……ホテルに戻ったら、今度は僕が目隠しをしてもらうのも悪くないな」

「お待たせしました、ムッシュ」

ピエール氏が戻ってくる気配を感じ、久我さんは瞬時に手を離した。
何事もなかったかのように背筋を伸ばし、涼しい顔で相手に向き直る。

「では、契約の細部を詰めましょうか」

残された私は、彼に触れられた手の熱さを握りしめ、必死に乱れる呼吸を整えた。
群青色のネクタイが、彼の胸元で揺れている。
それは私たちが共有する「秘密の共犯関係」の証のように、妖しく光っていた。
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