23 / 30
「検査が細かすぎてウザい」と解雇されたが、俺が止めていたのは『違法建築』と『手抜き工事』だ。明日からコンクリが固まらないけど
しおりを挟む
「坂田さん。アンタ、今日でクビね」
都内の再開発エリアを見下ろすプレハブ事務所。
親会社から出向してきた新しい現場所長、権藤(ごんどう)が、泥のついた安全靴を机に乗せて言い放った。
「……クビ、ですか? このS地区再開発プロジェクトは、まだ基礎工事の段階ですが」
私はヘルメットを小脇に抱え、冷静に聞き返した。
一級建築士であり、この現場の『品質管理責任者』を務める私を外す意味。それを彼が理解しているとは思えない。
「だからだよ! アンタのチェック、厳しすぎるんだよ! 『鉄筋の数が足りない』だの『コンクリの水分量が規定値オーバー』だの、いちいち工事を止めやがって。おかげで工期が遅れまくってんだよ!」
権藤は吸いかけのタバコを床に投げ捨てた。
「現場はな、生き物なんだよ。多少のズレなんて『誤差』だろ? 書類上の数字より、現場の気合いとスピードが大事なんだよ。アンタみたいな頭でっかちの検査屋がいると、赤字になるんだわ」
周りにいる下請け業者の職人たちも、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「坂田さん、細かすぎっすよー」
「俺らも早く帰りたいんで、適当にハンコ押してくださいよ」
私は深く溜息をついた。
この現場は地盤が緩い。規定通りの施工をしなければ、数年で傾く。
私が職人たちに嫌われながらも、コンクリートの配合を厳しく監視し、鉄筋のピッチをミリ単位で修正させていたのは、このビルを利用する数千人の命を守るためだ。
「権藤所長。私が承認印を押さないのは、それが『建築基準法違反』だからです。今、私のチェックを外せば、このビルは欠陥住宅どころか、ただの巨大な瓦礫の山になりますよ」
「はっ! 脅しかよ。今の建築技術をナメんな。多少手を抜いたって倒れやしねぇよ。もういい、明日からは俺の連れてきた『話の分かる検査員』を入れるから。アンタは自分の定規でも磨いてな!」
「そうですか。……では、私が独自に配合計算させていた『特注コンクリートの指示書』と、地盤改良の『補正データ』は全て破棄して帰ります。普通のやり方では、この土地では杭が沈みますが」
「あーうるさい! さっさと消えろ! 俺のやり方でコストカットして、本社に評価されるんだよ!」
私は一礼し、事務所を出た。
スマホを取り出し、この現場に関わる『コンクリートプラント』『鉄筋加工場』『地盤調査会社』の担当者たちに一斉送信する。
『本日付けで現場を離れました。以降の品質管理は権藤所長が行います。私の指示していた特別配合は全てキャンセルし、通常の(・・・・)マニュアル通りの製品を納入してください』
送信完了。
私が無理を言って通していた「特例措置」は、これで全て無効になる。
背後でクレーンが動く音が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
* * *
崩壊が始まったのは、それからわずか2週間後だった。
「さ、坂田さん! 助けてください!」
私の新しい転職先である設計事務所に、権藤から狂ったような電話がかかってきた。
「おや、権藤所長。コストカットは順調ですか?」
『順調なわけあるか! 大変なんだ! コンクリが……コンクリが固まらねぇ!』
「ああ、やっぱり。あそこの地下水は特殊な酸性土壌ですからね。私が指定していた『対酸性・高強度配合』じゃないと、豆腐みたいにボロボロになりますよ」
電話の向こうで、怒号と悲鳴が聞こえる。
『おい! 3階の床が抜けたぞ!』
『基礎杭が沈下してる! 建物が5度傾いてるぞ!』
『監査が入った! データ偽装がバレた! 工事停止命令だ!』
「そ、それだけじゃないんだ! 鉄筋も錆びてるし、壁にヒビが入って……! どうすればいい!? 補修方法は!?」
権藤の声は涙声になっていた。
「補修? 無理ですよ。基礎が腐っているんですから」
私は冷酷な事実を告げた。
「解決策は一つだけ。『全解体』して、更地からやり直しです。損害賠償額は……数十億円くらいですかね? コストカット分で払えるといいですが」
『ふ、ふざけるな! アンタがデータを持ち帰ったせいだろ! こっちに来て説明しろ! 責任とれよ!』
「お断りです。私は『細かすぎてウザい』無職として解雇されましたから。今は、御社のライバルである大手ゼネコンで、適正な品質管理の仕事を楽しくやっています」
『ま、待ってくれ! 俺が悪かった! 靴でも舐めるから! 坂田さぁぁぁん!!』
私は通話を切り、着信拒否設定にした。
窓の外を見る。
遠くの空に、建設中だったあのビルにかかる巨大なクレーンが見える。
あれが撤去されるのも、そう遠い未来ではないだろう。
手抜き工事で浮かせた時間と金は、結局、自身の破滅を早めるために使われただけなのだ。
都内の再開発エリアを見下ろすプレハブ事務所。
親会社から出向してきた新しい現場所長、権藤(ごんどう)が、泥のついた安全靴を机に乗せて言い放った。
「……クビ、ですか? このS地区再開発プロジェクトは、まだ基礎工事の段階ですが」
私はヘルメットを小脇に抱え、冷静に聞き返した。
一級建築士であり、この現場の『品質管理責任者』を務める私を外す意味。それを彼が理解しているとは思えない。
「だからだよ! アンタのチェック、厳しすぎるんだよ! 『鉄筋の数が足りない』だの『コンクリの水分量が規定値オーバー』だの、いちいち工事を止めやがって。おかげで工期が遅れまくってんだよ!」
権藤は吸いかけのタバコを床に投げ捨てた。
「現場はな、生き物なんだよ。多少のズレなんて『誤差』だろ? 書類上の数字より、現場の気合いとスピードが大事なんだよ。アンタみたいな頭でっかちの検査屋がいると、赤字になるんだわ」
周りにいる下請け業者の職人たちも、ニヤニヤしながらこちらを見ている。
「坂田さん、細かすぎっすよー」
「俺らも早く帰りたいんで、適当にハンコ押してくださいよ」
私は深く溜息をついた。
この現場は地盤が緩い。規定通りの施工をしなければ、数年で傾く。
私が職人たちに嫌われながらも、コンクリートの配合を厳しく監視し、鉄筋のピッチをミリ単位で修正させていたのは、このビルを利用する数千人の命を守るためだ。
「権藤所長。私が承認印を押さないのは、それが『建築基準法違反』だからです。今、私のチェックを外せば、このビルは欠陥住宅どころか、ただの巨大な瓦礫の山になりますよ」
「はっ! 脅しかよ。今の建築技術をナメんな。多少手を抜いたって倒れやしねぇよ。もういい、明日からは俺の連れてきた『話の分かる検査員』を入れるから。アンタは自分の定規でも磨いてな!」
「そうですか。……では、私が独自に配合計算させていた『特注コンクリートの指示書』と、地盤改良の『補正データ』は全て破棄して帰ります。普通のやり方では、この土地では杭が沈みますが」
「あーうるさい! さっさと消えろ! 俺のやり方でコストカットして、本社に評価されるんだよ!」
私は一礼し、事務所を出た。
スマホを取り出し、この現場に関わる『コンクリートプラント』『鉄筋加工場』『地盤調査会社』の担当者たちに一斉送信する。
『本日付けで現場を離れました。以降の品質管理は権藤所長が行います。私の指示していた特別配合は全てキャンセルし、通常の(・・・・)マニュアル通りの製品を納入してください』
送信完了。
私が無理を言って通していた「特例措置」は、これで全て無効になる。
背後でクレーンが動く音が聞こえたが、私は一度も振り返らなかった。
* * *
崩壊が始まったのは、それからわずか2週間後だった。
「さ、坂田さん! 助けてください!」
私の新しい転職先である設計事務所に、権藤から狂ったような電話がかかってきた。
「おや、権藤所長。コストカットは順調ですか?」
『順調なわけあるか! 大変なんだ! コンクリが……コンクリが固まらねぇ!』
「ああ、やっぱり。あそこの地下水は特殊な酸性土壌ですからね。私が指定していた『対酸性・高強度配合』じゃないと、豆腐みたいにボロボロになりますよ」
電話の向こうで、怒号と悲鳴が聞こえる。
『おい! 3階の床が抜けたぞ!』
『基礎杭が沈下してる! 建物が5度傾いてるぞ!』
『監査が入った! データ偽装がバレた! 工事停止命令だ!』
「そ、それだけじゃないんだ! 鉄筋も錆びてるし、壁にヒビが入って……! どうすればいい!? 補修方法は!?」
権藤の声は涙声になっていた。
「補修? 無理ですよ。基礎が腐っているんですから」
私は冷酷な事実を告げた。
「解決策は一つだけ。『全解体』して、更地からやり直しです。損害賠償額は……数十億円くらいですかね? コストカット分で払えるといいですが」
『ふ、ふざけるな! アンタがデータを持ち帰ったせいだろ! こっちに来て説明しろ! 責任とれよ!』
「お断りです。私は『細かすぎてウザい』無職として解雇されましたから。今は、御社のライバルである大手ゼネコンで、適正な品質管理の仕事を楽しくやっています」
『ま、待ってくれ! 俺が悪かった! 靴でも舐めるから! 坂田さぁぁぁん!!』
私は通話を切り、着信拒否設定にした。
窓の外を見る。
遠くの空に、建設中だったあのビルにかかる巨大なクレーンが見える。
あれが撤去されるのも、そう遠い未来ではないだろう。
手抜き工事で浮かせた時間と金は、結局、自身の破滅を早めるために使われただけなのだ。
2
あなたにおすすめの小説
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
今更家族だなんて言われても
広川朔二
ライト文芸
父は母に皿を投げつけ、母は俺を邪魔者扱いし、祖父母は見て見ぬふりをした。
家族に愛された記憶など一つもない。
高校卒業と同時に家を出て、ようやく手に入れた静かな生活。
しかしある日、母の訃報と共に現れたのは、かつて俺を捨てた“父”だった――。
金を無心され、拒絶し、それでも迫ってくる血縁という鎖。
だが俺は、もう縛られない。
「家族を捨てたのは、そっちだろ」
穏やかな怒りが胸に満ちる、爽快で静かな断絶の物語。
二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした
セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。
牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。
裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる