【短編集】読む精神安定剤。理不尽な彼らが「3分」で地獄に落ちる、極上の「ざまぁ」詰め合わせ

葉山 乃愛

文字の大きさ
22 / 30

「ただの飲み会係」と解雇されたが、俺の接待相手は『大株主』と『規制当局』だ。

しおりを挟む
「高橋部長。あなた、今日でクビです」

ガラス張りの社長室。
先月就任したばかりの二代目社長、京介(28歳)が、高級チェアにふんぞり返りながら言い放った。
彼の隣では、愛人兼秘書のミカが、タブレットをいじりながらクスクスと笑っている。

「……クビ、ですか? 理由をお伺いしても?」

私は冷静に問い返した。
勤続20年。総務部長として、先代社長と共にこの会社を支えてきた自負がある。

「理由? 見りゃわかるでしょ、この経費!」

京介はデスクの上に領収書の山を叩きつけた。

「銀座のクラブ、料亭、ゴルフ、贈答品のメロン……。あなたねぇ、総務の仕事って『電球の交換』と『備品の補充』でしょ? なんでこんなに飲み歩いてるわけ? 会社の金を使い込んで遊んでるだけの老害はいらないんだよ!」

「社長。これは遊びではありません。『潤滑油』です」

「はっ! 出たよ、昭和の言い訳。潤滑油? 今の時代、ビジネスはドライにやるもんなの。ネットで契約して、AIで管理すればいいの。あなたみたいな『根回し』とか『接待』とか言ってる古臭い人間は、コストの無駄!」

ミカも口を挟んでくる。
「そうですよぉ高橋さん。私なんて、インスタのDMだけで仕事取ってこれますし。おじさんの飲み会とか、マジで生産性ないんで消えてくださぁい」

私は深いため息をついた。
彼らは何も見えていない。
我が社が扱っているのは、規制の厳しい特殊化学素材だ。
許認可権を持つ役人、原料を卸してくれる気難しい職人気質の工場長、そして株価を支えている古い付き合いの大口投資家たち。
彼らとの関係は、ドライな契約書やメール一本で繋がっているわけではない。
私が毎晩、泥水をすするような思いで築き上げた「人間関係の糸」で、辛うじて繋ぎ止めているのだ。

「社長。私が会社を去るということは、私が個人的に繋いでいた『信頼のパイプ』も全て断ち切られるということです。それでも構いませんか?」

「ああ、構わないね! どうぞどうぞ、そのパイプとやらを持って帰ってよ。明日からは僕の『スマートで効率的なアメリカ流経営』で、この会社をもっと大きくするからさ!」

「そうですか。……では、私の私物である『名刺ファイル』と『手帳』は全て持ち帰ります。引き継ぎ資料はサーバーにありますが、私の手帳がないと意味が分からないと思いますが」

「いらないって言ってんだろ! さっさと出て行け!」

私は一礼し、社長室を後にした。
廊下に出ると、社員たちが心配そうな顔で見ていたが、私は小さく首を振ってオフィスの出口へと向かった。
スマホを取り出し、登録してある数百件の連絡先を一斉送信リストに入れる。

件名は『退職のご挨拶』。
本文はシンプルに。
「新社長の方針により、本日付で退職いたしました。長年のご厚情に感謝いたします。尚、今後の貴社との窓口は、新社長が直接担当されます――」

送信ボタンを押した瞬間、私の肩から20年分の重荷が降りた気がした。

   * * *

異変が起きたのは、翌日の朝だった。

「社長! 大変です! 銀行から電話が!」

経理課長が社長室に飛び込んできた。

「なんだよ朝からうるさいな。融資の話?」

「い、いえ、『短期借入金のロールオーバー(借り換え)はできない、今すぐ全額返済しろ』と……!」

「はぁ? なんでだよ! いつもハンコひとつで更新できてたじゃん!」

「そ、それが……『高橋さんがいないなら信用担保がなくなる。君のような若造に数億も貸せるか』と言われて……!」

京介が顔を青くした瞬間、今度は営業部長が駆け込んできた。

「しゃ、社長! 工場のラインが止まりました!」

「ああん!? なんで!?」

「原料の仕入れ先である『大山工業』の大山会長が、『高橋君が辞めた? なら卸さん。あそことは契約書じゃなく、高橋君との男の約束で取引してたんだ』って……トラックを引き返させたと!」

「な、なんだよそれ! 契約社会だぞ!? 訴えてやる!」

「む、無理です! 契約書を確認したら、『甲(大山工業)は任意のタイミングで契約を解除できる』という特約が入ってます! 高橋さんが『万が一の時は私が責任を取るから』と頭を下げて、特別価格で卸してもらっていたんです!」

電話が鳴り止まない。
株主からの怒号、規制当局からの立ち入り検査通告、そして――。

「し、失礼します……!」

受付嬢が震えながら入ってきた。

「ど、どうした! 今忙しいんだよ!」

「あ、あの……ロビーに、『黒龍会の会長』とおっしゃる方が……手下の方を数十人連れて……」

「はぁ!? ヤクザ!? なんでウチに!?」

「『高橋に貸していた顔を返しに来た。あいつがいねぇなら、この土地の権利関係、きっちりカタをつけさせてもらうぞ』と……!」

京介は腰を抜かし、椅子から転げ落ちた。
この会社の本社ビルが建っている土地は、かつて複雑な権利関係で揉めていた場所だ。
それを私が、地元の有力者たち一軒一軒に酒を持って回り、土下座をして、ようやく丸く収めていたのだ。
私が「盾」でなくなれば、当然、彼らは牙を剥く。

「な、なんなんだよこれ……! 電球交換係じゃなかったのかよ!? あいつ、裏で何やってたんだよ!?」

「だから言ったじゃないですか! 高橋部長は『会社の守護神』だって!」

古株の社員が叫ぶ。
隣にいた愛人秘書のミカは、すでに事態のヤバさを察知して、こっそりと荷物をまとめて裏口から逃げ出そうとしていた。

「ま、待て! 電話だ! 高橋に電話しろ!」

京介は震える手で私の番号をプッシュした。

   * * *

私はその時、都内の一等地にあるホテルのラウンジで、最高級の紅茶を楽しんでいた。
目の前には、我が社のライバル企業である最大手の会長と、大口株主たちが座っている。

「いやぁ、高橋君。君がフリーになるとはね。京介君には感謝しないといかんな」

「本当ですよ。ウチに来てくれるなら、年俸は今の3倍……いや、好きなだけ書いていい」

「ははは、買い被りですよ。私はただの、飲み会好きのオジサンですから」

談笑していると、スマホが鳴った。京介からだ。
私はスピーカーモードにして、テーブルの上に置いた。

『た、高橋さん! どこにいるんですか! すぐ戻ってください!』

京介の悲鳴のような声が、優雅なラウンジに響く。

「おや、社長。何かありましたか? 私はもう部外者ですが」

『部外者なわけないでしょ! 銀行も工場もヤクザも、みんな怒ってるんです! あなたがいないと会社が潰れる! 給料上げるから! 部長に戻してあげるから!』

私は紅茶を一口すすり、静かに告げた。

「お断りします。今、あなたの会社のライバルである御堂筋会長と、今後の『業界再編』について楽しくお話ししているところなんです」

『は……? み、御堂筋……?』

「あなたが切った私の『人脈』は、今すべて御堂筋会長の会社に接続されました。大山工業の原料も、銀行の融資枠も、すべてそちらに移ります」

『ふ、ふざけるな! 裏切り者! それじゃウチはどうなるんだよ!』

「さあ? スマートなアメリカ流経営とやらで、AIに解決してもらっては? ああ、そうだ」

私は最後に、慈悲深い助言を送った。

「ロビーに来ている黒龍会の方々ですが、お茶やお菓子は出さない方がいいですよ。彼らは『甘いもの』と『カフェイン』が嫌いですから。……まあ、そんなこと、私の手帳を見なければ分からないでしょうが」

『ま、待ってくれ! 高橋さぁぁぁん!!』

私は通話を切り、スマホの電源を落とした。
目の前の会長たちが、ニヤリと笑う。

「厳しいねぇ、高橋君も」
「いえいえ。……さて、御社での初仕事は何から始めましょうか? 今夜、美味しいお店を予約してありますよ」

窓の外には、澄み渡るような青空が広がっていた。
あの会社が明日、物理的に消滅しようとも、私の知ったことではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

とある令嬢の断罪劇

古堂 素央
ファンタジー
本当に裁かれるべきだったのは誰? 時を超え、役どころを変え、それぞれの因果は巡りゆく。 とある令嬢の断罪にまつわる、嘘と真実の物語。

今更家族だなんて言われても

広川朔二
ライト文芸
父は母に皿を投げつけ、母は俺を邪魔者扱いし、祖父母は見て見ぬふりをした。 家族に愛された記憶など一つもない。 高校卒業と同時に家を出て、ようやく手に入れた静かな生活。 しかしある日、母の訃報と共に現れたのは、かつて俺を捨てた“父”だった――。 金を無心され、拒絶し、それでも迫ってくる血縁という鎖。 だが俺は、もう縛られない。 「家族を捨てたのは、そっちだろ」 穏やかな怒りが胸に満ちる、爽快で静かな断絶の物語。

二十年仕えた王女が私を敵に売った。それでも守ることにした

セッシー
ファンタジー
二十年間、王女殿下の護衛騎士として仕えた。その殿下が、私を敵に売った。 牢の中で事実を知り、一分考えて——逃げることにした。殿下の目的を、まだ果たしていないから。 裏切りの真相を確かめるため、一人王都へ戻る護衛騎士の話。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

真実の愛を見つけたとおっしゃるので

あんど もあ
ファンタジー
貴族学院のお昼休みに突然始まった婚約破棄劇。 「真実の愛を見つけた」と言う婚約者にレイチェルは反撃する。

処理中です...