「魔力ゼロのゴミ」と処刑された聖女は、触れるもの全てを殺す死神皇帝の唯一の解毒剤でした。「君がいないと狂う」と毎晩離してくれません

葉山 乃愛

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第7話 愚かな使者、愛の宣戦布告

「行くぞ、リリアナ」
「えっ、私もですか? 会見の場になんて……」
「当然だ。お前は俺の所有物だと、あの愚か者たちに知らしめる必要がある」

ディルク様は私の腰を抱き寄せると、有無を言わせぬ迫力で執務室を出た。
向かう先は「謁見の間」。
他国の使者を迎え入れる、公式の場だ。

謁見の間に入ると、そこにはすでに緊張した空気が漂っていた。
左右に整列した帝国の重鎮たちが、深々と頭を下げる。
その最奥にある、巨大な黒曜石の玉座。
ディルク様は迷うことなくそこへ進むと、まず私を座らせ、その上から覆い被さるようにして自分も腰を下ろした。

「ひゃっ!?」
「静かに。……お前が座っていないと、玉座が腐る」

なるほど、椅子代わり兼、腐敗防止シートというわけだ。
私は多くの視線に晒されながら、皇帝の膝の上という、とんでもなく恥ずかしいポジションで固まることになった。

「使者を通せ」

ディルク様の冷徹な声が響く。
重い扉が開き、入ってきた男の顔を見て、私は息を飲んだ。
豪奢な服に身を包んだ、恰幅の良い男。
私の母国で宰相を務める、バルド侯爵だった。
彼は私を「無能」と蔑み、王太子に追放を強く進言した張本人だ。

バルド侯爵は、玉座に座るディルク様を見て慇懃に礼をしたが、その膝の上にいる私に気づくと、露骨に顔を歪めた。

「……お初にお目にかかります、北の皇帝陛下。我が国の『逃亡犯罪者』が、そのような場所にいるとは……驚きですな」

開口一番、嫌味たっぷりの言葉。
ディルク様は表情一つ変えず、冷ややかな瞳で見下ろした。

「犯罪者? ……俺の可愛い愛猫のことか?」
「猫……? いえ、そのリリアナのことです。彼女は聖女の地位を偽り、国を騙した大罪人。即刻、引き渡していただきたい」

バルド侯爵は、扇子で口元を隠しながら、嘲るような目を私に向けた。

「魔力ゼロのゴミなど、陛下の高貴な御手には相応しくありません。我が国に連れ帰り、相応の『処罰』を与えねばなりませんので」

嘘だ。
彼らの狙いは処罰じゃない。
おそらく、私がいなくなってから国境の結界が消え、魔獣の侵入が始まったのだろう。
慌てて私を連れ戻し、また結界の生贄にするつもりだ。
処罰という名目で地下牢に閉じ込め、死ぬまで祈りを捧げさせる気なのだ。

恐怖で体が震える。
すると、私の腰を抱くディルク様の腕に、ギュッと力がこもった。

「……処罰、だと?」

ディルク様の声の温度が、氷点下まで下がった。
謁見の間の空気がビリビリと震え、窓ガラスに亀裂が入る。

「貴様らの国の結界が消え、魔獣に襲われているからではなくか?」
「なっ……!?」

図星を突かれた宰相が狼狽する。

「その女は無能です! 結界など関係ない! ただの……ただの所有権の問題です!」
「所有権、か」

ディルク様は私の髪を指で梳きながら、面白くもなさそうに鼻を鳴らした。

「おい、リリアナ」
「は、はい」
「お前は帰りたいか? あの国へ」

大勢の前で問われた。
私は、震える宰相と、私を守るように抱きしめてくれているディルク様を交互に見た。
答えなんて、決まっている。

「……いいえ」

私ははっきりと声を上げた。

「私は帰りません。私を『ゴミ』として捨てたのは、あなた達です」
「なっ……生意気な! 誰のおかげで今まで生きてこられたと思っているんだ!」

宰相が激昂し、一歩踏み出そうとした。
その瞬間。

ドォンッ!!!

宰相の足元の床が、爆発したように砕け散った。
いや、砕けたのではない。一瞬で黒く腐り落ち、巨大な穴が空いたのだ。

「ひぃッ!?」

腰を抜かしてへたり込む宰相。
ディルク様が、玉座からゆっくりと立ち上がっていた。
私を左腕でしっかりと抱えたまま、右手だけを宰相に向けている。

「俺の許可なく動くな。……次はないぞ」

ディルク様の全身から、ドス黒い瘴気が立ち昇る。
それは視認できるほどの「死のオーラ」だった。
天井のシャンデリアが錆びつき、飾られていた花が一瞬で枯れ果てる。

「リリアナは俺のものだ。俺が触れても壊れない、世界で唯一の宝石だ」

彼は宰相を見下ろし、死刑宣告のように告げた。

「彼女を『ゴミ』と呼んだその口……二度と利けなくしてやろうか?」
「ヒッ、ヒィィィッ!! 申し訳、ございませんッ!!」

宰相は恐怖のあまり失禁し、這いつくばって頭を擦り付けた。

「直ちに国へ帰れ。そして王太子に伝えろ」

ディルク様は冷酷に言い放った。

「『俺の聖女を傷つけた罪は、貴様らの国が滅ぶことで償え』とな」

宰相は悲鳴を上げながら、転がるようにして逃げ出した。
扉が閉まり、静寂が戻る。
ディルク様はふぅ、と息を吐くと、瘴気を収め、私に向き直った。

「……怖がらせたか?」
「いえ……すっきりしました」

私が正直に答えると、彼は嬉しそうに目を細めた。

「そうか。……だが、俺はまだ腹の虫が収まらん」

彼は私の腰を引き寄せ、耳元で甘く囁いた。

「興奮して、毒が溢れそうだ。……リリアナ、中和してくれ」
「えっ、ここでですか!?」
「玉座の裏に、休憩室がある」

彼はニヤリと笑うと、真っ赤になっている私を抱えて、玉座の奥へと消えていった。
臣下たちの「陛下、お盛んですなぁ……」という生温かい視線を背に受けながら。
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