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第25話 金の獅子、略奪の宣戦布告
園遊会での一件以来、城内の貴族たちの態度は一変した。
面と向かって私を嘲笑する者はいなくなり、腫れ物に触るような、あるいは遠巻きに観察するような視線へと変わっていた。
だが、あのベルンシュタイン公爵が、ただで引き下がるはずがなかった。
「……隣国の使節団、だと?」
執務室で、ディルク様が報告書を片手に不愉快そうに眉を寄せた。
「はい。南方の軍事大国・ガーネット帝国より、第二皇子レオンハルト殿下が来訪されました。……ベルンシュタイン公爵の手引きで」
近衛隊長の報告に、ディルク様の瞳が冷ややかに光る。
「あの古狸め。国内で勝てぬと見て、外国の虎の威を借るつもりか」
「名目は『友好親善』ですが……どうやら、リリアナ様の噂を聞きつけての視察も兼ねているようです」
私の名前が出て、ディルク様がピクリと反応した。
彼は私の腰を引き寄せ、膝の上に拘束し直す(ここが私の定位置になっている)。
「俺の妻を見世物にするつもりはない。追い返せ」
「それが……すでに大広間に到着されておりまして」
その時。
ドォォン! と扉が開く音が響き、廊下から豪快な笑い声が近づいてきた。
「堅いことを言うなよ! 魔王殿の顔を見に来ただけだ!」
執務室の扉をノックもなしに開け放ち、一人の男が入ってきた。
燃えるような金髪に、健康的に日焼けした肌。
獣のように鋭く、しかし愛嬌のある金色の瞳。
南の太陽をそのまま人の形にしたような、圧倒的な「陽」のオーラを纏った青年だった。
「よう、初めましてだな。『死神皇帝』ディルク・ヴァン・オルディン。噂通りの美形だが……顔色は悪そうだな?」
男はニカッと笑い、ズカズカと部屋に入ってきた。
護衛たちが剣に手をかけるが、ディルク様が片手で制する。
「……貴様が、ガーネットの『金獅子』レオンハルトか。無礼な男だ」
「ハハッ、よく言われる! 俺は堅苦しいのが嫌いでね」
レオンハルト皇子は、ディルク様の放つ「死の瘴気」をものともせず、平然と近づいてきた。
相当な魔力耐性を持っているのか、あるいはただの命知らずか。
そして、彼の視線が、ディルク様の膝の上にいる私に止まった。
「……ほう?」
レオンハルト皇子の目が、獲物を見つけた肉食獣のように細められた。
「あんたが噂の『無効化の聖女』か。……なるほど、こいつは驚いた」
彼は私の目の前まで来ると、興味津々といった様子で顔を覗き込んできた。
「あの死神に触れて平気な顔をしているとはな。……それに、近くで見るとすげぇ美人だ。俺の好みドンピシャだぜ」
「は、はぁ……」
その距離の近さに私が戸惑っていると、腰に回されたディルク様の腕がギリリと食い込んだ。
部屋の温度が一気に氷点下まで下がる。
「……レオンハルト。俺の妻に気安く近づくな。殺すぞ」
「怖い怖い。挨拶くらいさせろよ」
レオンハルト皇子は悪びれもせず、なんと私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。
「なぁ、リリアナ嬢と言ったか? こんな陰気な城、息が詰まるだろう?」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、信じられない提案を口にした。
「俺の国に来ないか?」
「……え?」
「俺の国なら、太陽も美味い果物も溢れてる。あんたのその『魔力を消す力』は、軍事兵器としても最高だが……何より、俺の妃(きさき)として丁度いい」
彼はニヤリと笑った。
「俺と結婚しろ。こんな死神より、俺の方が何倍もあんたを幸せにしてやれるぜ?」
瞬間。
バキィッ!!
ディルク様が座っていた執務机の一部が、黒い瘴気で粉砕された。
「……今、なんとほざいた?」
ディルク様が立ち上がる。
私を背後に隠し、レオンハルト皇子と対峙する。
その背中からは、今まで見たこともないほど濃密で、禍々しい殺気が噴き出していた。
「リリアナは俺の命だ。……それを奪うと言うなら、貴様の国ごと地図から消してやる」
「おっと、いきなり戦争か? 血の気が多いな」
レオンハルト皇子もまた、金色の闘気を全身から立ち上らせ、一歩も引かない。
「だが、彼女の意思はどうかな? ……なあ、リリアナ嬢。一生こんな『触れたら死ぬ』男の介護をして過ごすのか? 俺なら、あんたを抱きしめることも、熱い夜を過ごすことも、何の制約もなくできるぜ?」
痛いところを突かれた。
確かに、ディルク様との生活には制約がある。
でも。
私はディルク様の背中から顔を出し、はっきりと告げた。
「お断りします」
「ん?」
「私は介護をしているのではありません。愛しているから、ここにいるのです」
私はディルク様の腕に手を添えた。
「太陽が溢れる国よりも、私はディルク様の腕の中にある、小さな温もりの方が好きです」
私の言葉に、ディルク様の殺気がふわりと緩んだ。
彼は愛おしそうに私を見下ろし、勝ち誇った顔でレオンハルト皇子を見た。
「……聞いたか? 失せろ、負け犬」
「……ハハッ! こいつは最高だ!」
レオンハルト皇子は、振られたのになぜか大笑いした。
「気に入った! 益々欲しくなったぜ、リリアナ嬢!」
彼は諦めるどころか、さらに目を輝かせて私を指差した。
「今は断られたが、俺は諦めが悪いんでな。……この滞在中に、必ずあんたを俺に惚れさせて、国に連れ帰ってやる。首を洗って待ってな、魔王殿!」
「……貴様、生きて帰れると思うなよ」
バチバチと火花が散る二人の男。
どうやら、ベルンシュタイン公爵が連れてきたのは、ただの使節ではなく、とんでもない「嵐」だったようだ。
私の平穏な日々は、またしても遠のいてしまった。
面と向かって私を嘲笑する者はいなくなり、腫れ物に触るような、あるいは遠巻きに観察するような視線へと変わっていた。
だが、あのベルンシュタイン公爵が、ただで引き下がるはずがなかった。
「……隣国の使節団、だと?」
執務室で、ディルク様が報告書を片手に不愉快そうに眉を寄せた。
「はい。南方の軍事大国・ガーネット帝国より、第二皇子レオンハルト殿下が来訪されました。……ベルンシュタイン公爵の手引きで」
近衛隊長の報告に、ディルク様の瞳が冷ややかに光る。
「あの古狸め。国内で勝てぬと見て、外国の虎の威を借るつもりか」
「名目は『友好親善』ですが……どうやら、リリアナ様の噂を聞きつけての視察も兼ねているようです」
私の名前が出て、ディルク様がピクリと反応した。
彼は私の腰を引き寄せ、膝の上に拘束し直す(ここが私の定位置になっている)。
「俺の妻を見世物にするつもりはない。追い返せ」
「それが……すでに大広間に到着されておりまして」
その時。
ドォォン! と扉が開く音が響き、廊下から豪快な笑い声が近づいてきた。
「堅いことを言うなよ! 魔王殿の顔を見に来ただけだ!」
執務室の扉をノックもなしに開け放ち、一人の男が入ってきた。
燃えるような金髪に、健康的に日焼けした肌。
獣のように鋭く、しかし愛嬌のある金色の瞳。
南の太陽をそのまま人の形にしたような、圧倒的な「陽」のオーラを纏った青年だった。
「よう、初めましてだな。『死神皇帝』ディルク・ヴァン・オルディン。噂通りの美形だが……顔色は悪そうだな?」
男はニカッと笑い、ズカズカと部屋に入ってきた。
護衛たちが剣に手をかけるが、ディルク様が片手で制する。
「……貴様が、ガーネットの『金獅子』レオンハルトか。無礼な男だ」
「ハハッ、よく言われる! 俺は堅苦しいのが嫌いでね」
レオンハルト皇子は、ディルク様の放つ「死の瘴気」をものともせず、平然と近づいてきた。
相当な魔力耐性を持っているのか、あるいはただの命知らずか。
そして、彼の視線が、ディルク様の膝の上にいる私に止まった。
「……ほう?」
レオンハルト皇子の目が、獲物を見つけた肉食獣のように細められた。
「あんたが噂の『無効化の聖女』か。……なるほど、こいつは驚いた」
彼は私の目の前まで来ると、興味津々といった様子で顔を覗き込んできた。
「あの死神に触れて平気な顔をしているとはな。……それに、近くで見るとすげぇ美人だ。俺の好みドンピシャだぜ」
「は、はぁ……」
その距離の近さに私が戸惑っていると、腰に回されたディルク様の腕がギリリと食い込んだ。
部屋の温度が一気に氷点下まで下がる。
「……レオンハルト。俺の妻に気安く近づくな。殺すぞ」
「怖い怖い。挨拶くらいさせろよ」
レオンハルト皇子は悪びれもせず、なんと私の手を取ろうと手を伸ばしてきた。
「なぁ、リリアナ嬢と言ったか? こんな陰気な城、息が詰まるだろう?」
彼は私の目を真っ直ぐに見つめ、信じられない提案を口にした。
「俺の国に来ないか?」
「……え?」
「俺の国なら、太陽も美味い果物も溢れてる。あんたのその『魔力を消す力』は、軍事兵器としても最高だが……何より、俺の妃(きさき)として丁度いい」
彼はニヤリと笑った。
「俺と結婚しろ。こんな死神より、俺の方が何倍もあんたを幸せにしてやれるぜ?」
瞬間。
バキィッ!!
ディルク様が座っていた執務机の一部が、黒い瘴気で粉砕された。
「……今、なんとほざいた?」
ディルク様が立ち上がる。
私を背後に隠し、レオンハルト皇子と対峙する。
その背中からは、今まで見たこともないほど濃密で、禍々しい殺気が噴き出していた。
「リリアナは俺の命だ。……それを奪うと言うなら、貴様の国ごと地図から消してやる」
「おっと、いきなり戦争か? 血の気が多いな」
レオンハルト皇子もまた、金色の闘気を全身から立ち上らせ、一歩も引かない。
「だが、彼女の意思はどうかな? ……なあ、リリアナ嬢。一生こんな『触れたら死ぬ』男の介護をして過ごすのか? 俺なら、あんたを抱きしめることも、熱い夜を過ごすことも、何の制約もなくできるぜ?」
痛いところを突かれた。
確かに、ディルク様との生活には制約がある。
でも。
私はディルク様の背中から顔を出し、はっきりと告げた。
「お断りします」
「ん?」
「私は介護をしているのではありません。愛しているから、ここにいるのです」
私はディルク様の腕に手を添えた。
「太陽が溢れる国よりも、私はディルク様の腕の中にある、小さな温もりの方が好きです」
私の言葉に、ディルク様の殺気がふわりと緩んだ。
彼は愛おしそうに私を見下ろし、勝ち誇った顔でレオンハルト皇子を見た。
「……聞いたか? 失せろ、負け犬」
「……ハハッ! こいつは最高だ!」
レオンハルト皇子は、振られたのになぜか大笑いした。
「気に入った! 益々欲しくなったぜ、リリアナ嬢!」
彼は諦めるどころか、さらに目を輝かせて私を指差した。
「今は断られたが、俺は諦めが悪いんでな。……この滞在中に、必ずあんたを俺に惚れさせて、国に連れ帰ってやる。首を洗って待ってな、魔王殿!」
「……貴様、生きて帰れると思うなよ」
バチバチと火花が散る二人の男。
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私の平穏な日々は、またしても遠のいてしまった。
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