借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第1話 嘘つきたちの晩餐会

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1,312,506,320円。

僕、芥川馨(あくたがわ・かおる)の視界において、世界はすべて数値化された絶望で構成されている。
深夜の工事現場での一振り、コンビニで手にする廃棄弁当の消費期限、そして、呼吸をするたびに加算される金利。
1秒ごとに、僕の生存権は 4.2円 ずつ、目に見えないシュレッダーにかけられている。

かつて、僕の父は純粋な数学者だった。
「馨、見てごらん。この数式の美しさを」
父はよく、擦り切れた黒板の前で、まるで神の詩を詠むように語っていた。
「数学は嘘をつかない。権力者が1足す1は3だと言っても、論理(ロジック)の前では無力だ。世界で唯一、平等な言語なんだよ」

だが、父は間違っていた。
論理は人を裏切らないが、それを扱う人間は、息をするように人を裏切る。

父の生涯をかけた証明は、共同研究者によって盗用された。
名誉を奪われただけではない。研究費の横領という汚名まで着せられ、莫大な負債を押し付けられた父は、ある冬の朝、研究室で首を吊った。
遺されたのは、美しい数式ではなく、連帯保証人という鎖で繋がれた、13億の絶望だけ。

だから僕は誓った。
僕は論理しか愛さない。そして、論理を利用して弱者を踏みにじる「計算間違いのクズ」たちを、絶対に許さないと。

午前3時。
築40年のアパートのドアを、物理法則が規定する不快な音階が叩いた。
ドアの隙間から滑り込んできたのは、重厚な黒い封筒。
中には、厚さ 0.8mm のプラチナ製カードと、一枚の招待状。

『人生の期待値を、逆転させる用意はあるか?』

指定された場所は、港区の第13埠頭にある廃倉庫。
重い鉄扉をくぐると、そこには異様な空間が広がっていた。
カビと錆、そして微かなオゾンの匂い。
中央には「最後の晩餐」を模した巨大な円卓が置かれ、その周囲には12脚の椅子が並べられている。

「……遅いじゃないか、兄ちゃん」

静寂を破ったのは、刺青の入った腕を組んだ大男だった。
権田(ごんだ)、と名乗ったその男は、全身から暴力の匂いを漂わせている。
「これで13人、全員揃ったってわけか。ケッ、どいつもこいつもシケたツラしてやがる」

確かに、円卓を囲む面々は、社会のレールから脱落した「敗者」の顔をしていた。
化粧の崩れた主婦、充血した目の学生、手が震えている老人。
全員が、僕と同じ「負債」という名の十字架を背負っていることは明白だった。

僕は指定された席に座り、周囲を観察(スキャン)する。
その時、僕の右隣に座っていた少女と目が合った。

「あ、あの……」

年齢は10代後半だろうか。場違いなほど透明な声だった。
少しサイズの合わない灰色のパーカーを着て、フードを目深に被っている。
だが、その隙間から覗く瞳は、恐怖よりも「困惑」に揺れていた。

「これって……本当に、借金がなくなるんでしょうか?」

彼女は僕に、すがるように問いかけてきた。
警戒心がない。無防備すぎる。
この手のタイプは、この閉鎖空間において真っ先に捕食される「餌」だ。

「さあね。少なくとも、タダで帰してくれるような場所じゃない」

僕が素っ気なく答えると、彼女はシュンと肩を落とした。

「……君、名前は?」

「えっ? あ、はい!
桐島歪(きりしま・ひずみ)です。
父の会社が倒産して、連帯保証人になっちゃって……」

またか。父の借金。僕と同じ境遇。
だが、彼女には僕のような「人間への憎悪」がない。
純粋培養されたような「善性」が、かえって痛々しかった。

「そうか。僕は芥川馨。数学者だ」

「数学者さん……すごいですね! 頭が良いんですね!」

歪がパッと顔を輝かせる。
その時、円卓の向かい側から、よく通る声が響いた。

「まあまあ、皆さん。そんなに殺気立っても仕方ありませんよ」

立ち上がったのは、仕立ての良いスーツを着た男だった。
整えられた髪、人当たりの良さそうな笑顔、そして知性を感じさせる銀縁眼鏡。
この薄汚れた倉庫の中で、彼だけが「成功者」のオーラを放っていた。

「私は能見(のうみ)と申します。元銀行員です。
ここに集められた以上、我々は同じ船に乗った運命共同体です。
どうです? ゲームが始まる前に、お互いに自己紹介をして、協力体制を築きませんか?」

銀行員。
その肩書きを聞いた瞬間、僕の中で警報が鳴り響く。
金に最も汚く、そして金を最も崇拝している人種。

「お恥ずかしい話ですが、顧客の預金で少し……『運用』を失敗しましてね」
能見は悪びれもせず、爽やかに笑った。
「ですが、金の計算には自信があります。私に任せていただければ、全員が助かる道を探しますよ」

その言葉は、極限状態にある参加者たちにとって「蜘蛛の糸」に見えたようだ。
自己紹介が続くにつれ、会場の空気が少しずつ緩んでいく。
「協力」という幻想が、彼らの理性を麻痺させていく。

歪もまた、能見を尊敬の眼差しで見つめていた。
「すごい……! やっぱり、リーダーシップがある人は違いますね!
ねえ、芥川さん。みんなで協力すれば、きっと大丈夫ですよね!」

歪が僕に同意を求めてくる。
僕は彼女の瞳を見た。一点の曇りもない、信じることの強さと脆さを秘めた瞳。

「……どうかな。
数式において、変数が多ければ多いほど、解は不安定になる」

僕がそう呟いた瞬間。
倉庫内に設置されたスピーカーから、耳障りなノイズとともに、不快な声が響き渡った。

『ようこそ、選ばれし13名の債務者(ゴミクズ)の皆様。
これより、第1回戦「囚人の晩餐会」を開始します』

モニターに、残酷なルールが表示される。

ルール1:参加者は、自分以外の1名に投票しなければならない。
ルール2:最も多く票を集めた者は、即座に「追放(強制労働施設送り)」となる。
ルール3:ただし、参加者全員の得票数が完全に同じであった場合のみ、全員が通過し、各人に 1億円を支給する。

「つ、追放って……殺されるのか!?」
主婦の田所が悲鳴を上げる。

『殺す? まさか。
我々は投資家です。無駄な損切りはいたしません。
敗者は、地下施設にて死ぬまで強制労働に従事していただきます』

パニックが広がる。
恐怖という感情変数が、会場の理性を侵食していく。
だが、その混乱を一喝で鎮めたのは、やはりあの男だった。

「皆さん、落ち着いてください! ルール3を見てください!」

能見だ。彼は自信に満ちた表情で円卓を見渡した。

「『全員の得票数が同じなら、全員助かる』……これです!
簡単な算数ですよ。
私たちが『時計回り』に、自分の右隣の人に1票ずつ入れればどうなりますか?
全員が1票ずつ獲得し、得票数は完全に一致します。
誰も追放されず、全員が1億円を持って帰れるんです!」

その論理は、あまりにも美しく、そして甘美だった。
地獄に垂らされた唯一の救済措置。

「そ、そうか……! 全員で協力すればいいんだ!」
「さすが元銀行員さんだ! 頭いいなあ!」

会場の空気が一変する。
敵意と疑念が消え、安堵と連帯感が生まれ始めた。

「よかったぁ……能見さんの言う通りにすれば、みんな助かるんですね!」
歪が僕の方を見て満面の笑みを向けた。
「歪さん、君の右隣は私です。私に入れてください」
能見が優しく促す。
「はい! 能見さんはその隣の人に入れてくださいね!」

完璧な論理だ。表向きは。
だが、僕の脳内で、亡き父の言葉が警鐘を鳴らす。
『うまい話には、必ず論理的な落とし穴がある』

僕は手元のタブレットを操作し、膨大な文字数で書かれた「利用規約」を高速でスクロールさせた。
誰も読まない免責事項。契約書の隅に書かれた小さな文字。
そこにこそ、悪魔は潜んでいる。

「……ねえ、芥川さん」

その時、歪が僕の袖を小さく引っ張った。
彼女は不安そうに眉をひそめ、タブレットの画面を指差していた。

「このルールの文章……なんか『変』じゃないですか?」

「変? どのあたりが」

「ここです。規約の第84条。
この条文だけ、すごく……気持ち悪い色がついて見えるんです」

僕は目を細めた。
ただの黒い文字の羅列だ。色などついていない。
だが、彼女の瞳は真剣だった。
『私、数字とか文章を見ると、色がついて見えるんです』

共感覚(シナスタジア)。
彼女は、論理ではなく直感で、この文字列に潜む「異物」を感知したのか?
僕は、彼女が指差した「第84条」を拡大表示した。
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