借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第6話 神殺しの指値

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「は……? 買い、占め……?」

天道の顔から、傲慢な笑みが消え失せた。
彼は震える指でタブレットを操作し、能見株の「買い戻し(返済)」注文を出そうとした。

『エラー:注文を受け付けられません。売り注文が存在しません』

「な、なんだこれは……!?」

「見えないのか、自称・神様。
『板(オーダーブック)』を見ろ」

僕は冷ややかに告げた。
天道がモニターを見上げる。
そこには、異常な光景が広がっていた。

通常、売り注文と買い注文が並ぶはずの板情報。
だが今、能見株の「売り板」には、数字が一つもなかった。
真っ白だ。
市場にある全ての能見株は、僕と歪のポートフォリオの中に格納され、鍵がかけられている。

「そ、そんなバカな……!
市場の株が……一株もないだと!?」

「当然だ。僕たちが売らない限り、市場に供給される株はゼロだ。
……さて、天道。
君は空売りをした。つまり『株を借りて売った』状態だ。
ゲーム終了まであと10分。
それまでに株を買い戻して返済できなければ、君は『債務不履行(デフォルト)』で退場だ」

「ふ、ふざけるな!
だったらお前から買ってやるよ!
いくらだ! 暴落前の1,000円か!? 2,000円か!?」

天道が叫ぶ。
彼はまだ、事態の深刻さを理解していない。

「価格?
それを決めるのは、市場(マーケット)ではない」

僕は歪に合図を送った。
彼女は頷き、タブレットに「ある価格」を入力し、売り注文を出した。

『売り注文:1株』

たった1株だけ、売り板に数字が表示された。
その価格を見た瞬間、天道が悲鳴を上げた。

「――い、1億円ッ!!?」

会場が凍りつく。
現在値数十円のゴミ株に、1億円の売り値がついている。

「は、発狂したのか!?
そんな値段で買うわけがねえだろうが!」

「買わなくていいぞ。
ただし、買わなければ君は破産だ」

僕は腕時計をタップした。

「残り時間、あと9分。
時間が経てば経つほど、君の心理的コストは跳ね上がる。
……ああ、そうだ。
歪、次の注文だ。次は『10億円』で出せ」

「はい!」
歪が素直に入力する。

『売り注文:1株、10億円』

「なっ……!?」

「僕たちは『独占者』だ。価格は僕たちの気分次第で決まる。
嫌なら買わなくていい。
その代わり、君は強制退場(物理的排除)されるだけだ」

天道が後ずさりする。
汗が滝のように流れ落ち、サングラスが曇る。
彼は理解したのだ。
自分が「狩る側」から「狩られる側」に転落したことを。

『残り時間、5分』

無慈悲なアナウンスが響く。
天道は、震える手で自分の資産画面を見た。
バブル相場で稼いだ含み益、数十億円。
だが、この金を能見株の返済に使わなければ、全てが無に帰す。

「く、くそぉぉぉ!!
買ってやるよ! 買えばいいんだろ!!」

天道が絶叫し、買い注文ボタンを叩いた。

『約定:1株、1億円』
『約定:1株、10億円』

ドォン!!
凄まじい音がした。
たった数回の取引で、天道の膨大な資産が溶け、僕たちの口座へと移動する。

だが、地獄はこれからだ。
天道は大量の空売りをしている。
返済しなければならない株は、まだ何万株も残っているのだ。

「は、早く……次の株を出せ!
早くしないと時間が……!」

「おや、品切れだ。
歪、次はいくらにする?」

「えっと……じゃあ、天道さんの『全財産』で!」

「採用」

歪が入力する。
天道の残りの資産、その全てを吸い尽くす価格。

「あ、あぁ……あぁぁぁ……」

天道は、膝から崩れ落ちた。
目の前にあるのは、単なるタブレット端末ではない。
自分の命を吸い取る処刑台だ。

だが、彼に選択権はない。
買わなければ死ぬ。買っても破産。
究極の二択。

「……う、うわぁぁぁぁぁ!!」

天道は、涙と鼻水を垂れ流しながら、最後のボタンを押した。

『約定完了』

その瞬間、モニターのグラフが垂直に跳ね上がった。
能見株の価格が、天を貫くように高騰する。
これぞ、空売りの神を殺す、死のチャート。
――「踏み上げ(ショート・スクイズ)」。

『制限時間終了。
第2ステージ、終了です』

ブザーが鳴り響く。

天道の資産表示は、きれいさっぱり「0円」になっていた。
逆に、僕たちの口座には、天道から吸い上げた数十億円という莫大な数字が輝いている。

「嘘だ……俺の金が……俺の王国が……」
天道は床に突っ伏し、痙攣していた。

『結果発表。
天道選手、資産目標未達により……上場廃止(退場)』

黒服の男たちが現れ、天道の両脇を抱える。
「いやだ! 放せ! 俺は神だぞ! 俺は勝ったんだ!」
無様な叫び声を残し、自称・相場の神は、鉄扉の向こうへと引きずられていった。

静寂が戻る。
生き残った参加者たちは、畏怖の念を込めて、1円の株価が表示されたモニターを見上げた。

「芥川さん……」
能見が、ふらふらと歩み寄ってきた。
彼の株価は、最後の踏み上げによって天文学的な高値をつけている。

「助かった……のか……?」

「ああ。君の株は、今や世界一高いプラチナチケットだ」

僕は、獲得した数十億円の一部を、配当として能見の口座へ送金した。
「手切れ金だ。これで次のゲームも生き残れるだろ」

「お前……」
能見は言葉を失い、深々と頭を下げた。

「やった……やりましたよ芥川さん!」
歪が抱きついてくる。

「暑苦しい。離れろ」
僕は彼女を引き剥がそうとするが、その手には力がこもっていなかった。

71億の負債。
だが、今回の利益で、その返済への道筋がわずかに見えてきた。

「行こう、歪。
まだ『完済』には程遠い」

「はい! 相棒(バディ)!」

僕たちは、新たなステージへの扉を見据えた。
1円の価値しかない数学者と、数十億の価値を持つ少女。
そのふざけたポートフォリオは、このデスゲームを壊すための最強の武器だ。
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