借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第5話 空売りの神と、沈黙する1円

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『約定通知:銘柄コード・アクタガワ、1億株、買い注文完了』

電子音が鳴り響き、モニターの表示が切り替わる。
市場に放出されていた僕の株式(浮動株)は、その全てが桐島歪のポートフォリオに吸い込まれた。

市場に出回る芥川株の数:0株
筆頭株主:桐島歪(保有比率100%)

「か、買えました! 芥川さん、全部買えましたよ!」
歪が興奮してタブレットを見せる。

だが、モニター上の僕の株価は「1円」のままピクリとも動かない。
当然だ。
歪が全て買い占めたことで、市場から「売り物」が消滅した。
取引(トレード)が成立しなければ、株価は変動しない。
僕の株は、1円という底値で凍りついたまま、完全なる沈黙に入った。

「ぶっ……あははははは!」

静まり返ったディーリングルームに、天道の爆笑が響き渡る。

「おい見ろよ! あのバカ女、本当にゴミ株を買い占めやがった!
1円の株を1億株? 資産価値は変わらず1億円のままだ!
だがな、お前らは致命的なミスを犯したぞ!」

天道はサングラスを外し、憐れむような目で僕たちを見た。

「お前らは資金(キャッシュ)を使い果たした。
もう新しい株を買うことも、仕掛けることもできない。
ただ指をくわえて、制限時間が来るのを待つだけの『死に体』だ!」

「……」
僕は無言で眼鏡を直す。
天道の指摘は正しい。現在の歪の手持ち現金はゼロ。
これ以上のアクションは起こせない。

「さあ、見せてやるよ。
『流動性』ってのがどういう威力を持つかをな!」

天道は自分のタブレットを激しく叩いた。

「買いだ! 俺の株を俺自身で買う!
さらに『信用買い(レバレッジ)』全開だ!」

『約定:テンドウ株、大量購入。現在値1,200円……1,500円……』

天道の株価が跳ね上がる。
それを見た他の参加者たちが、パニックになったように群がった。

「あ、上がるぞ! 天道さんの株だ!」
「乗り遅れるな! 買え買え!」

「そうだ! 俺に乗っかれ!
俺が上げる! お前らが買う! さらに俺が上げる!
これが『聖なるバブル』だ!」

天道が煽り、群衆が買い、株価が垂直に上昇していく。
2,000円……3,000円。
会場は熱狂の坩堝(るつぼ)と化した。
誰もが含み益に酔いしれ、天道を神のように崇めている。

その狂騒の陰で、一人だけ冷や汗を流している男がいた。
能見だ。

「くそっ……こんなマネーゲーム、乗れるか!
いつ暴落するかわからないバブルになんて……」

元銀行員の能見は、慎重だった。
彼は天道の株には手を出さず、手堅く他の参加者の株を売買して小銭を稼ごうとしていた。
リスク回避。それが彼の生存戦略。

だが、天道はその「賢しい弱者」を見逃さなかった。

「おい、そこの銀行員。
お前、俺の祭りに参加しねえのか?」

「えっ……い、いや、私は堅実に……」

「つまらねえ男だな。
そんなシケたツラした奴がいると、相場が冷めるんだよ」

天道は残忍な笑みを浮かべた。

「見せしめだ。
『神』に逆らうとどうなるか、教えてやる」

天道はタブレットを操作した。
彼が選択したのは『空売り(ショート)』ボタン。
ターゲットは、能見貞治。

「俺の膨れ上がった資産(パワー)を使って、お前の株を限界まで空売りする!」

「なっ……やめろ!」

『約定:ノウミ株、大量売却(空売り)』

ドォン! と衝撃音がした気がした。
天道の莫大な資金力による売り浴びせ。
能見の株価が、崖から突き落とされたように急落する。
900円……600円……300円。

「いやぁぁぁ! 下がる! 俺の資産が消えていくぅぅ!」
能見が絶叫する。

「あははは! 愉快だ!
『空売り』ってのはな、他人の不幸を金に換える最高の錬金術なんだよ!
売り崩せ! 売り崩せ!
こいつが破産(退場)するまで叩き売れ!」

天道は止まらない。
さらに追撃の売りを入れる。
能見の株価は100円を割り込み、破産ラインである「資産ゼロ」目前まで追い込まれた。
紙屑同然の価格になった能見株が、市場に大量に溢れかえる。

「た、助けてくれ……誰か、俺の株を買ってくれ……!
買い支えてくれぇぇ!」

能見が床に這いつくばり、周囲に懇願する。
だが、誰も動かない。
落ちるナイフを掴もうとする者はいない。
それに、天道に逆らえば次は自分が狙われる。

「終わりだ、銀行員。
地獄へ行って、利息の計算でもしてな!」

天道がトドメの売り注文を出そうとした、その時。

「……買いだ」

静かな声が、熱狂を切り裂いた。

『約定:ノウミ株、市場全量購入』

「あ?」
天道の手が止まる。
暴落していた能見の株価が、ピタリと止まった。
誰かが、市場に溢れた能見株を、根こそぎ買い占めたのだ。

「誰だ……? 俺の『空売り』を受け止めたバカは」

天道が会場を睨み回す。
そして、その視線は一点に止まった。
1円の株価が表示されたモニターの下。
僕と、歪が立っていた。

「芥川さん……?」
能見が涙目で僕を見る。

僕は眼鏡の位置を直し、能見に言った。

「能見さん。底値だ。拾っておいたぞ」

「て、テメェ……!」
天道が青筋を立てる。
「金がねえはずだろ!
あの女の1億円は、お前のゴミ株に変えたはずだ!
どこにそんな余力がある!」

「天道。君は相場師を名乗る割に、制度(ルール)に疎いな」

僕は自分のタブレットを掲げた。
そこには、僕の株価「1円」と、歪の保有株数「1億株」が表示されている。

「歪は僕の株を、現物で1億円分持っている。
株式市場には『代用有価証券』という制度があるのを知らないか?」

「代用……?」

「保有している株式を担保にすれば、その評価額の80%までを『証拠金』として使い、信用取引ができる。
つまり、歪にはまだ『8,000万円』分の余力(パワー)が残っているんだよ」

会場がどよめく。
死に体だと思われていた僕たちには、まだ隠された牙があった。

「ハッ! 笑わせるな!」
天道が鼻で笑う。
「たかが8,000万で何ができる!
俺の資産は今、バブルで数十億に膨れ上がってるんだぞ!
そんなはした金で、俺に勝てると思ってるのか!」

「勝てるさ。
君は今、能見さんの株を紙屑同然の値段(数十円)まで暴落させたな?」

「……あ?」

「株価が下がっているということは、少ない資金で大量の株が買えるということだ。
君が下げてくれたおかげで、8,000万円もあれば、市場にある能見株を『すべて買い占める』には十分すぎる」

天道の顔から、血の気が引いた。
彼はプロだ。僕が何を言っているのか、瞬時に理解したはずだ。

「ま、まさか……お前……」

「天道。君は『空売り』をした。
空売りとは、株を借りて売り、後で『買い戻して』返す取引だ。
……もし、市場から能見株が消滅したら、君はどうやって買い戻すつもりだ?」

僕は、歪のタブレットを操作し、最後の注文を確定させた。

『注文確定:銘柄コード・ノウミ、市場浮動株、全量確保』

「教えよう、自称・神様。
空売りをした人間が一番恐れるもの。
それは、売りつけた株が買い占められて、返す株がなくなる『踏み上げ(ショート・スクイズ)』だ」

「や、やめろぉぉぉ!!」

天道の絶叫が響く。
だが、もう遅い。
能見株の供給はゼロになった。
天道は、存在しない株を、無限に買い戻さなければならない地獄に落ちた。

「歪、仕上げだ」

「はい!
――『買い占め(コーナー)』完了です!」

反撃の狼煙が上がった。
1円のゴミ株コンビが、空売りの神を狩る。
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