4 / 21
第4話 ユダの証券取引所
しおりを挟む
7,143,508,542円。
タブレットに表示された数字を見て、僕は自嘲気味に鼻を鳴らした。
第1ステージの賞金1億円。それが僕の口座に入ったことで、72億あった負債は、わずかに71億へと減少していた。
一般人なら一生遊んで暮らせる金額が、僕にとっては「誤差」の範囲でしか処理されない。
これが、僕の背負っている「質量」だ。
「芥川さん! 次はここですね!」
隣を歩く桐島歪(ひずみ)は、第1ステージを生き残った高揚感からか、足取りが軽い。
彼女の手元には、獲得したばかりの1億円が入ったタブレット。
僕の手元には、71億の借用書が入ったタブレット。
あまりにも非対称な「相棒(バディ)」だ。
重厚な鉄扉が開く。
そこは、カビ臭い廃倉庫とは対極にある、冷たく乾燥した空間だった。
壁一面を埋め尽くす数百の液晶モニター。
赤と緑の数字が、高速アルゴリズムによって算出された軌跡を描きながら明滅している。
中央には13台のトレーディングデスク。
そこは、欲望と恐怖がデジタル信号に変換される場所――「ディーリングルーム」だった。
『ようこそ、生存者の皆様。
第2ステージ「ユダの証券取引所(Judas Exchange)」へ』
合成音声が響き、モニターに僕たち13人の顔写真と、ある「数値」が表示された。
能見貞治:1,000円
権田鉄男:1,000円
田所美代子:1,000円
……
『ルールを説明します。
皆様には、手元の賞金1億円を「原資(シードマネー)」として、60分以内に資産を倍の「2億円」に増やしていただきます』
『取引対象は、企業の株式ではありません。
――皆様自身の「人間価値」です』
ざわめきが広がる。
モニターの数字が、それぞれの「初値(IPO価格)」というわけか。
『他プレイヤーの株を購入すれば、そのプレイヤーの株価は上昇します。逆に売却すれば下落します。
信用取引(レバレッジ)は最大10倍まで可能。空売り(ショート)も自由。
風説の流布、談合、相場操縦……市場におけるあらゆる行為が「合法」とみなされます』
「おい、待てよ」
能見が声を震わせながらモニターを指差した。
「リストの一番下……これはいったいどういう計算だ?」
全員の視線が、リストの最下部に注がれる。
芥川馨:1円(整理銘柄指定・ストップ安)
「い、1円……!?」
歪が息を呑む。
『妥当な評価(バリュエーション)です。
芥川様は71億もの純負債を抱えた、債務超過の破綻懸念先。
本来なら上場廃止(退場)ですが、今回は特別に「超低位株(ボロ株)」として市場参加を認めました』
会場から失笑が漏れる。
人間としての価値が、1円。
駄菓子一つ買えない値段だ。
『制限時間終了時、資産2億円に満たなかった者は「上場廃止」。
すなわち、物理的手段による市場からの強制退場となります』
「物理的退場」という言葉の響きに、空気が張り詰める。
だが、その沈黙を破るように、派手なアロハシャツを着た男が前に出た。
第1ステージでは沈黙を守っていた男、天道(てんどう)だ。
「へへっ、ようやく俺のホームグラウンドってわけか」
天道はサングラス越しにモニターを睨み、歪に近づいた。
「おい、そこの嬢ちゃん。投資の経験はあるか?」
「えっ……い、いいえ。父の会社が株をやっていたくらいで……」
「だろうな。お前からは『カモ』の匂いがプンプンする。
いいか、素人がこの相場で生き残る方法は一つしかない。
『プロに乗る』ことだ」
天道は自信たっぷりに自分の胸を叩いた。
「俺はデイトレーダーだ。相場の波(トレンド)が見える。
お前の1億円、俺に預けてみないか?
俺の株を買えば、俺が責任を持って価格を釣り上げてやる(パンプ)。
二人で4億円にして、悠々と勝ち抜けようぜ?」
歪が困惑して僕を見る。
「芥川さん……どう思いますか? 天道さん、自信ありそうですけど……」
僕は眼鏡の位置を直し、冷徹に天道を見下ろした。
「やめておけ、歪。
その男の提案は、論理的に破綻している」
「あぁ? なんだとテメェ。1円のゴミ株が口を挟むな」
「君の提案は『仕手戦(パンプ・アンド・ダンプ)』の勧誘だ。
歪に君の株を買わせて価格を吊り上げ、高値になったところで君だけが売り抜ける(ダンプ)。
結果、暴落した株を掴まされた歪だけが破産する。
……典型的な、素人を食い物にする手口だ」
「ちっ……よく喋る計算機だな」
天道は舌打ちをし、歪から離れた。
そして、参加者全員に向かって叫んだ。
「おいみんな! 聞いたか!
こいつの価値はたったの1円だ! 買う価値もねえゴミだ!
こんな奴と組んでも、資産価値はゼロになるだけだぞ!
勝馬に乗りたい奴は、俺の株を買え! 俺がこの市場の『支配株主』になってやる!」
参加者たちが動揺し、天道の方へと流れていく。
群集心理(ハーディング)。
不安な人間は、声の大きい「偽の権威」に群がる。市場における典型的な敗者の行動パターンだ。
『では、取引開始(オープニング・ベル)まで、あと10秒』
カウントダウンが始まる。
僕は歪に向き直った。
「歪。君の1億円で、僕を買え」
「えっ……?」
歪が目を丸くする。
「僕の株価は1円だ。市場の評価は『ゴミ』だ。
だが、数学的に見れば、1円の株には『最大の上昇率(アップサイド)』がある」
「アップサイド……?」
「1,000円の株が2,000円になるには、2倍の資金が必要だ。
だが、1円の株ならどうだ?
わずか数円上がるだけで、資産は何倍にも跳ね上がる。
この市場のバグ(歪み)は、そこにある」
僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「君の1億円で、僕の株を全量買い占めろ(コーナー)。
1円の株を1億株、全て君が保有するんだ。
そうすれば、市場に出回る『芥川株』はゼロになる」
「市場から……なくなる?」
「ああ。供給がゼロになれば、価格の決定権は『売り手』である君が握れる。
リスクは極大だ。だが、リターンも極大だ。
僕にベットしろ、歪。
この71億の負債を燃料にして、市場価格(マーケット・プライス)を書き換えてやる」
歪は一瞬だけ躊躇し、そしてニカっと笑った。
「わかりました!
市場がどう評価しようと、私にとっての芥川さんの価値は、測定不能(プライスレス)ですから!」
彼女は迷いなく、自分のタブレットを操作した。
『注文:銘柄コード・アクタガワ、1億株、成行買い』
『3、2、1……取引開始(オープン)!』
けたたましいベルの音が鳴り響く。
13人のプレイヤー、総額13億円のマネーゲーム。
そして、僕の背後にある71億の「負の遺産」。
さあ、見せてやろう。
論理という名のメスで、この腐った市場を解剖する時間を。
タブレットに表示された数字を見て、僕は自嘲気味に鼻を鳴らした。
第1ステージの賞金1億円。それが僕の口座に入ったことで、72億あった負債は、わずかに71億へと減少していた。
一般人なら一生遊んで暮らせる金額が、僕にとっては「誤差」の範囲でしか処理されない。
これが、僕の背負っている「質量」だ。
「芥川さん! 次はここですね!」
隣を歩く桐島歪(ひずみ)は、第1ステージを生き残った高揚感からか、足取りが軽い。
彼女の手元には、獲得したばかりの1億円が入ったタブレット。
僕の手元には、71億の借用書が入ったタブレット。
あまりにも非対称な「相棒(バディ)」だ。
重厚な鉄扉が開く。
そこは、カビ臭い廃倉庫とは対極にある、冷たく乾燥した空間だった。
壁一面を埋め尽くす数百の液晶モニター。
赤と緑の数字が、高速アルゴリズムによって算出された軌跡を描きながら明滅している。
中央には13台のトレーディングデスク。
そこは、欲望と恐怖がデジタル信号に変換される場所――「ディーリングルーム」だった。
『ようこそ、生存者の皆様。
第2ステージ「ユダの証券取引所(Judas Exchange)」へ』
合成音声が響き、モニターに僕たち13人の顔写真と、ある「数値」が表示された。
能見貞治:1,000円
権田鉄男:1,000円
田所美代子:1,000円
……
『ルールを説明します。
皆様には、手元の賞金1億円を「原資(シードマネー)」として、60分以内に資産を倍の「2億円」に増やしていただきます』
『取引対象は、企業の株式ではありません。
――皆様自身の「人間価値」です』
ざわめきが広がる。
モニターの数字が、それぞれの「初値(IPO価格)」というわけか。
『他プレイヤーの株を購入すれば、そのプレイヤーの株価は上昇します。逆に売却すれば下落します。
信用取引(レバレッジ)は最大10倍まで可能。空売り(ショート)も自由。
風説の流布、談合、相場操縦……市場におけるあらゆる行為が「合法」とみなされます』
「おい、待てよ」
能見が声を震わせながらモニターを指差した。
「リストの一番下……これはいったいどういう計算だ?」
全員の視線が、リストの最下部に注がれる。
芥川馨:1円(整理銘柄指定・ストップ安)
「い、1円……!?」
歪が息を呑む。
『妥当な評価(バリュエーション)です。
芥川様は71億もの純負債を抱えた、債務超過の破綻懸念先。
本来なら上場廃止(退場)ですが、今回は特別に「超低位株(ボロ株)」として市場参加を認めました』
会場から失笑が漏れる。
人間としての価値が、1円。
駄菓子一つ買えない値段だ。
『制限時間終了時、資産2億円に満たなかった者は「上場廃止」。
すなわち、物理的手段による市場からの強制退場となります』
「物理的退場」という言葉の響きに、空気が張り詰める。
だが、その沈黙を破るように、派手なアロハシャツを着た男が前に出た。
第1ステージでは沈黙を守っていた男、天道(てんどう)だ。
「へへっ、ようやく俺のホームグラウンドってわけか」
天道はサングラス越しにモニターを睨み、歪に近づいた。
「おい、そこの嬢ちゃん。投資の経験はあるか?」
「えっ……い、いいえ。父の会社が株をやっていたくらいで……」
「だろうな。お前からは『カモ』の匂いがプンプンする。
いいか、素人がこの相場で生き残る方法は一つしかない。
『プロに乗る』ことだ」
天道は自信たっぷりに自分の胸を叩いた。
「俺はデイトレーダーだ。相場の波(トレンド)が見える。
お前の1億円、俺に預けてみないか?
俺の株を買えば、俺が責任を持って価格を釣り上げてやる(パンプ)。
二人で4億円にして、悠々と勝ち抜けようぜ?」
歪が困惑して僕を見る。
「芥川さん……どう思いますか? 天道さん、自信ありそうですけど……」
僕は眼鏡の位置を直し、冷徹に天道を見下ろした。
「やめておけ、歪。
その男の提案は、論理的に破綻している」
「あぁ? なんだとテメェ。1円のゴミ株が口を挟むな」
「君の提案は『仕手戦(パンプ・アンド・ダンプ)』の勧誘だ。
歪に君の株を買わせて価格を吊り上げ、高値になったところで君だけが売り抜ける(ダンプ)。
結果、暴落した株を掴まされた歪だけが破産する。
……典型的な、素人を食い物にする手口だ」
「ちっ……よく喋る計算機だな」
天道は舌打ちをし、歪から離れた。
そして、参加者全員に向かって叫んだ。
「おいみんな! 聞いたか!
こいつの価値はたったの1円だ! 買う価値もねえゴミだ!
こんな奴と組んでも、資産価値はゼロになるだけだぞ!
勝馬に乗りたい奴は、俺の株を買え! 俺がこの市場の『支配株主』になってやる!」
参加者たちが動揺し、天道の方へと流れていく。
群集心理(ハーディング)。
不安な人間は、声の大きい「偽の権威」に群がる。市場における典型的な敗者の行動パターンだ。
『では、取引開始(オープニング・ベル)まで、あと10秒』
カウントダウンが始まる。
僕は歪に向き直った。
「歪。君の1億円で、僕を買え」
「えっ……?」
歪が目を丸くする。
「僕の株価は1円だ。市場の評価は『ゴミ』だ。
だが、数学的に見れば、1円の株には『最大の上昇率(アップサイド)』がある」
「アップサイド……?」
「1,000円の株が2,000円になるには、2倍の資金が必要だ。
だが、1円の株ならどうだ?
わずか数円上がるだけで、資産は何倍にも跳ね上がる。
この市場のバグ(歪み)は、そこにある」
僕は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「君の1億円で、僕の株を全量買い占めろ(コーナー)。
1円の株を1億株、全て君が保有するんだ。
そうすれば、市場に出回る『芥川株』はゼロになる」
「市場から……なくなる?」
「ああ。供給がゼロになれば、価格の決定権は『売り手』である君が握れる。
リスクは極大だ。だが、リターンも極大だ。
僕にベットしろ、歪。
この71億の負債を燃料にして、市場価格(マーケット・プライス)を書き換えてやる」
歪は一瞬だけ躊躇し、そしてニカっと笑った。
「わかりました!
市場がどう評価しようと、私にとっての芥川さんの価値は、測定不能(プライスレス)ですから!」
彼女は迷いなく、自分のタブレットを操作した。
『注文:銘柄コード・アクタガワ、1億株、成行買い』
『3、2、1……取引開始(オープン)!』
けたたましいベルの音が鳴り響く。
13人のプレイヤー、総額13億円のマネーゲーム。
そして、僕の背後にある71億の「負の遺産」。
さあ、見せてやろう。
論理という名のメスで、この腐った市場を解剖する時間を。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる