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第3話 証明終了(Q.E.D.)
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『投票終了』
無機質なアナウンスと共に、ブザーが鳴り響く。
円卓を囲む13人の男たちが、固唾を飲んでモニターを見上げた。
そこに表示されたのは、デスゲームの歴史上、最も静かで、最も異常な結果だった。
能見貞治:0票
桐島歪:0票
権田鉄男:0票
芥川馨:0票
……
全プレイヤー得票数:0(完全一致)
『判定終了。全プレイヤーの得票数が完全に一致。
ルール3を適用……全員通過(クリア)。および、賞金1億円を支給します』
一瞬の静寂。
脳が事実を処理するまでのタイムラグ。
そして。
「やった……やったぞぉぉぉ!!」
「助かった! 本当に助かったんだ!」
「金だ! 1億円が振り込まれてる!」
歓声が廃倉庫の天井を揺らす。
互いに抱き合い、涙を流す参加者たち。
さっきまで殺し合いを演じかけていた連中が、今は手を取り合って喜んでいる。
現金という実利が確定した瞬間、人間はこれほどまでに単純になれる。
その狂騒の中、一人だけ動けない男がいた。
能見だ。
彼は自分のタブレットに表示された『残高:100,000,000円』という数字を呆然と見つめ、それからゆっくりと視線を上げ、僕を見た。
「……本当に、成功しやがった」
能見の声は震えていた。
安堵ではない。理解不能な現象を目の当たりにした、根源的な畏怖だ。
「お前……わかってるのか?
俺たちは助かった。借金も消えて(お前に押し付けて)、手元には1億円だ。
だが、お前は……」
能見は、僕が抱えているタブレットを指差した。
「お前だけは、72億の借金を背負ったままなんだぞ!?
1億の賞金が入ったところで、焼け石に水だ。
お前の人生は、もう終わってるんだぞ!」
能見の叫びに、歓声が止む。
参加者たちが、改めて僕を見る。
彼らの目には、感謝よりも「憐れみ」と「罪悪感」、そして得体の知れない「恐怖」が浮かんでいた。
自分たちの汚物をすべて飲み込んでくれた、生贄(スケープゴート)を見る目だ。
「能見さん。君の計算は正しい」
僕は、自分のタブレットを全員に見えるように掲げた。
そこには、暴力的なまでのマイナスの数字が刻まれている。
『純資産総額:-7,143,508,542円』
(※賞金1億円が充当された後の数字)
「確かに、僕の人生の貸借対照表(バランスシート)は壊滅している。
普通の神経なら、今すぐ舌を噛み切って死ぬレベルだろうな」
「だ、だったらなんで……!」
「言っただろ。論理は人を裏切らない」
僕は眼鏡の位置を直し、淡々と告げた。
「この72億という数字は、僕にとっては『絶望』じゃない。
このふざけたゲームの主催者から、必ず利子をつけて回収するための『債権』だ」
「……は?」
能見が口をあんぐりと開ける。
「僕はこの借金を返すつもりはない。
このゲームを勝ち進み、主催者を破綻させ、システムごとチャラにする。
……72億の借金? 上等だ。
それだけの『リスク』を背負った人間だけが、この狂った世界で『リターン』を掴める権利を持つ」
僕は能見の目を真っ直ぐに見据えた。
「銀行員。君はリスクを恐れて降りた。だから1億円で『上がり』だ。
だが、僕は全額ベットした。
だから、ここから先は僕のターンだ」
能見は、へなへなと床に座り込んだ。
「……化け物か、お前は」
それは、敗北を認めた男の、最大限の賛辞だった。
僕は踵(きびす)を返し、出口へと向かう。
参加者たちは、海が割れるように道を開けた。
誰も僕に声をかけられない。
背負っているものの桁が違いすぎる。
だが、一人だけ。
僕の背中を追いかけてくる足音があった。
「芥川さん!」
歪だ。
彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕の前に立ち塞がった。
「どうして……どうして私なんかのために……」
「勘違いするなと言ったはずだ。
僕は僕の論理を証明したかっただけだ。
君が規約の『色』に気づかなければ、僕も死んでいた。
これは等価交換だ」
「違います!」
歪は、僕の手を強く握りしめた。
その手は震えていたが、温かかった。
「芥川さんは、私を信じてくれました。
あの時、能見さんですら私を見捨てたのに……芥川さんだけが、私の『目』を信じて、全てを背負ってくれました」
彼女は涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
「私、決めました。
この1億円……使いません!」
「……は?」
「私の借金は、芥川さんが持って行ってくれました。
だから、この1億円は、これからの『軍資金』にします!
私、芥川さんについて行きます!
地獄の底だろうと、72億の借金だろうと、一緒に戦います!」
「……正気か?
僕の隣にいるということは、世界一不幸な男の道連れになるということだぞ」
「平気です!
だって、計算は芥川さんがしてくれるんでしょ?」
彼女は、満面の笑みで言い放った。
「それに、私には『色』が見えます。
芥川さんの計算と、私の目があれば……どんなズルい奴にも負けません!」
その無垢な信頼に、僕は毒気を抜かれたようにため息をついた。
父が死んで以来、僕の世界は灰色だった。
だが今、隣にいる少女の存在が、わずかに世界に色彩を与えている気がした。
「……やれやれ。
酔狂な『計算機』を手に入れたものだ」
「計算機じゃありません! 歪です! 相棒(バディ)です!」
「はいはい。
行くぞ、歪。第2ステージが待っている」
重厚な鉄扉が開く。
その先には、更なる悪意と、解決されるべき数式が待っているはずだ。
僕は72億の負債が表示されたタブレットを、武器のように握りしめた。
「証明終了(Q.E.D.)。
――さあ、反撃の計算を始めようか」
~あとがき~
ここまで読んでいただきありがとうございます。 もし面白いと感じていただけたら、お気に入りや応援をいただけると嬉しいです。 執筆の励みにしています
無機質なアナウンスと共に、ブザーが鳴り響く。
円卓を囲む13人の男たちが、固唾を飲んでモニターを見上げた。
そこに表示されたのは、デスゲームの歴史上、最も静かで、最も異常な結果だった。
能見貞治:0票
桐島歪:0票
権田鉄男:0票
芥川馨:0票
……
全プレイヤー得票数:0(完全一致)
『判定終了。全プレイヤーの得票数が完全に一致。
ルール3を適用……全員通過(クリア)。および、賞金1億円を支給します』
一瞬の静寂。
脳が事実を処理するまでのタイムラグ。
そして。
「やった……やったぞぉぉぉ!!」
「助かった! 本当に助かったんだ!」
「金だ! 1億円が振り込まれてる!」
歓声が廃倉庫の天井を揺らす。
互いに抱き合い、涙を流す参加者たち。
さっきまで殺し合いを演じかけていた連中が、今は手を取り合って喜んでいる。
現金という実利が確定した瞬間、人間はこれほどまでに単純になれる。
その狂騒の中、一人だけ動けない男がいた。
能見だ。
彼は自分のタブレットに表示された『残高:100,000,000円』という数字を呆然と見つめ、それからゆっくりと視線を上げ、僕を見た。
「……本当に、成功しやがった」
能見の声は震えていた。
安堵ではない。理解不能な現象を目の当たりにした、根源的な畏怖だ。
「お前……わかってるのか?
俺たちは助かった。借金も消えて(お前に押し付けて)、手元には1億円だ。
だが、お前は……」
能見は、僕が抱えているタブレットを指差した。
「お前だけは、72億の借金を背負ったままなんだぞ!?
1億の賞金が入ったところで、焼け石に水だ。
お前の人生は、もう終わってるんだぞ!」
能見の叫びに、歓声が止む。
参加者たちが、改めて僕を見る。
彼らの目には、感謝よりも「憐れみ」と「罪悪感」、そして得体の知れない「恐怖」が浮かんでいた。
自分たちの汚物をすべて飲み込んでくれた、生贄(スケープゴート)を見る目だ。
「能見さん。君の計算は正しい」
僕は、自分のタブレットを全員に見えるように掲げた。
そこには、暴力的なまでのマイナスの数字が刻まれている。
『純資産総額:-7,143,508,542円』
(※賞金1億円が充当された後の数字)
「確かに、僕の人生の貸借対照表(バランスシート)は壊滅している。
普通の神経なら、今すぐ舌を噛み切って死ぬレベルだろうな」
「だ、だったらなんで……!」
「言っただろ。論理は人を裏切らない」
僕は眼鏡の位置を直し、淡々と告げた。
「この72億という数字は、僕にとっては『絶望』じゃない。
このふざけたゲームの主催者から、必ず利子をつけて回収するための『債権』だ」
「……は?」
能見が口をあんぐりと開ける。
「僕はこの借金を返すつもりはない。
このゲームを勝ち進み、主催者を破綻させ、システムごとチャラにする。
……72億の借金? 上等だ。
それだけの『リスク』を背負った人間だけが、この狂った世界で『リターン』を掴める権利を持つ」
僕は能見の目を真っ直ぐに見据えた。
「銀行員。君はリスクを恐れて降りた。だから1億円で『上がり』だ。
だが、僕は全額ベットした。
だから、ここから先は僕のターンだ」
能見は、へなへなと床に座り込んだ。
「……化け物か、お前は」
それは、敗北を認めた男の、最大限の賛辞だった。
僕は踵(きびす)を返し、出口へと向かう。
参加者たちは、海が割れるように道を開けた。
誰も僕に声をかけられない。
背負っているものの桁が違いすぎる。
だが、一人だけ。
僕の背中を追いかけてくる足音があった。
「芥川さん!」
歪だ。
彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、僕の前に立ち塞がった。
「どうして……どうして私なんかのために……」
「勘違いするなと言ったはずだ。
僕は僕の論理を証明したかっただけだ。
君が規約の『色』に気づかなければ、僕も死んでいた。
これは等価交換だ」
「違います!」
歪は、僕の手を強く握りしめた。
その手は震えていたが、温かかった。
「芥川さんは、私を信じてくれました。
あの時、能見さんですら私を見捨てたのに……芥川さんだけが、私の『目』を信じて、全てを背負ってくれました」
彼女は涙を拭い、顔を上げた。
その瞳には、もう迷いの色はなかった。
「私、決めました。
この1億円……使いません!」
「……は?」
「私の借金は、芥川さんが持って行ってくれました。
だから、この1億円は、これからの『軍資金』にします!
私、芥川さんについて行きます!
地獄の底だろうと、72億の借金だろうと、一緒に戦います!」
「……正気か?
僕の隣にいるということは、世界一不幸な男の道連れになるということだぞ」
「平気です!
だって、計算は芥川さんがしてくれるんでしょ?」
彼女は、満面の笑みで言い放った。
「それに、私には『色』が見えます。
芥川さんの計算と、私の目があれば……どんなズルい奴にも負けません!」
その無垢な信頼に、僕は毒気を抜かれたようにため息をついた。
父が死んで以来、僕の世界は灰色だった。
だが今、隣にいる少女の存在が、わずかに世界に色彩を与えている気がした。
「……やれやれ。
酔狂な『計算機』を手に入れたものだ」
「計算機じゃありません! 歪です! 相棒(バディ)です!」
「はいはい。
行くぞ、歪。第2ステージが待っている」
重厚な鉄扉が開く。
その先には、更なる悪意と、解決されるべき数式が待っているはずだ。
僕は72億の負債が表示されたタブレットを、武器のように握りしめた。
「証明終了(Q.E.D.)。
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