借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第21話 シュレーディンガーの猫殺し

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ビーーーッ!!

鋭い警告音が、白い部屋を揺るがした。

正面のモニターに映し出されていた幾何学模様が、ノイズのように激しく明滅し、崩れていく。


『警告。警告。
入力信号に矛盾を検知。
協力(1)かつ裏切り(0)。
論理的整合性が保てません。
再計算を要求……再計算を要求……』


マキャベリの声が、壊れたレコードのようにループし始めた。


「やったか!?」

能見が恐る恐るボタンから手を離す。
コンソールには、煙が立ち上るような熱気が漂っていた。


「物理的な破壊ではない。論理的な破壊だ」

僕は冷ややかにモニターを見上げた。

「デジタル回路の基本は『0』か『1』だ。
その中間の『曖昧さ』は存在しない。
だが、僕たちは物理的にスイッチを同時押しすることで、回路に『0であり1である』という重ね合わせの状態を強制した」


量子力学の思考実験、シュレーディンガーの猫。
箱の中の猫は、生きているのか死んでいるのか。
蓋を開けるまでは確定しない。

だが、僕たちは蓋を溶接して、観測そのものを拒否したようなものだ。
AIにとって、定義されていない入力(バグ)は、死に等しい恐怖だろう。


『エラーコード404。
判定不能。
本ゲームの勝敗を保留します……』


「保留? ふざけるな」

僕はマキャベリの言葉を遮った。

「このゲームの約款にはこうあるはずだ。
『システム側の不備によりゲームが続行不可能となった場合、プレイヤーに不利益が生じないよう補償を行う』と」


『……検索中。
第1024条、システム障害時の特例措置。
該当します』


「なら話は早い。
僕たちはボタンを押した。
だが、お前のシステムが判定できなかった。
つまり、これはお前の『処理落ち(敗北)』だ」


僕はモニターに向かって手を差し出した。

「賠償金を支払え。
このラウンドにおける最大利得……つまり『相手が協力し、自分が裏切った場合』の【借金3億円減額】を、3人全員に適用しろ」


「えぇっ!? 3億も!?」
能見が目を丸くする。

「無理だろ芥川さん!
俺たち、実際には『裏切り』も押してるんだぞ!?」


「黙っていろ能見。
これは交渉(ハッキング)だ」


マキャベリのノイズが激しくなる。

『否認します。
貴方たちが「裏切り」ボタンを押した事実は観測されています。
したがって、3億円の減額は論理的に過剰請求です』


「いいや、過剰じゃない」

僕は畳み掛けた。

「お前はさっき宣言したな?
『私は常に期待値が最大になる選択のみを実行する』と。

なら計算してみろ。
ここで僕たちの請求を拒否し、エラーのままシステムをダウンさせるコストと、
たかだか9億円(3人分)を支払ってゲームを正常終了させるコスト。
どちらが、運営(マスター)にとって『損失』が少ない?」


モニターの明滅が止まった。
白い部屋に、完全な静寂が訪れる。

AIは計算している。
このままエラーを吐き続ければ、システム全体の信頼性が損なわれ、再構築に膨大な予算がかかる。
それに比べれば、僕たちの借金を9億減らすなど、ただのデータの書き換えに過ぎない。


『……計算終了。
当システムの復旧コストは、推定250億円。
対して、プレイヤーへの請求額支払いは、9億円。
……合理的判断により、後者を選択します』


「よし、決まりだ」

僕は指を鳴らした。


『特例措置を適用。
芥川馨、能見貞治、歪。
各プレイヤーの借金を【3億円減額】します』


ピロン、と軽快な音が鳴る。

僕のタブレットの数字が動いた。
-143,508,542円から、一気にプラスへ。

【現在資産:+156,491,458円】


「す、すげぇ……!
プラスになった! 借金が消えたぞ!!」

能見が飛び上がって喜ぶ。
歪も、ほっとしたように胸を撫で下ろしている。

「よかった……。
AIさんの色が、真っ赤な『混乱』から、静かな『青』に戻りました」


『ゲームセット。
プレイヤーチームの勝利です』

マキャベリの声に、先ほどまでの威圧感はなかった。
ただの事務的な機械音声に戻っていた。

『貴方たちの行動データは、私の学習ログに記録されました。
「矛盾」という概念……非常に興味深い』


「勉強になったか?
なら授業料も貰いたいところだが、今回は負けてやるよ」

僕は出口へと歩き出した。
借金は消えた。
これで晴れて自由の身――

なわけがない。


「芥川さん!
扉が開きませんよ!」

能見がドアノブをガチャガチャと回している。
電子ロックがかかったままだ。


『お待ちください』

マキャベリが呼び止めた。

『借金は完済されました。
ですが、貴方たちにはまだ「支払い」が残っています』


「……なんだと?」


『第4ステージのクリア条件は「借金の完済」ではありません。
「対戦相手の排除」です。
私はまだ稼働しています』


モニターに、新たな文字が表示される。

【第2ラウンド開始】
【種目:ロジアン・ルーレット(論理の銃弾)】


「……やっぱりか」

僕はため息をついた。
たった1回のバグ利用で逃がしてくれるほど、このAIは甘くない。

「いいだろう。
矛盾の次は、何で殺し合うつもりだ?」


『シンプルです。
ここにある一丁の拳銃を使います』

部屋の中央、床が開いてせり上がってきた台座。
そこには、リボルバー式の拳銃が一丁置かれていた。


『弾丸は一発。
これを互いの頭に向け、引き金を引いていただきます。
ただし、引き金を引く確率は「論理」で決定されます』


マキャベリのモニターに、不気味な笑顔(スマイリーフェイス)のような記号が浮かんだ。


『私は学習しました。
人間は「矛盾」を使う。
ならば私も、次は「確率」という名の矛盾を使って、貴方たちを処理します』


「……上等だ」

僕は台座の拳銃を手に取った。
ずっしりと重い、本物の鉄の塊。

「歪、能見。下がってろ。
ここからは、命懸けのロジック戦だ」


借金は消えても、ゲームは終わらない。
AIは進化し、僕たちを殺すための新たなアルゴリズムを生成し始めていた。
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