借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第20話 機械仕掛けの囚人(プリズナー)

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通された部屋は、視界のすべてが真っ白だった。

壁も、床も、天井も。
継ぎ目一つない白色の空間。
そこには、家具もなければ、人間味のある装飾も一切ない。
あるのは、中央に置かれた3つの椅子と、正面の巨大なモニターだけ。


「……気持ち悪い部屋だな」

能見が身震いしながら、指定された椅子に座る。
僕と歪も、それぞれの席に着いた。
冷たい感触。
まるで実験動物のケージに入れられた気分だ。


『ようこそ、第4ステージへ』

不意に、部屋全体から声が響いた。
スピーカーではない。骨伝導のように直接脳に響く、合成音声だ。

正面のモニターに、複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
絶えず形を変え続けるその模様は、見る者に不安と畏怖を与える。


『私は汎用量子人工知能、コードネーム【マキャベリ】。
このステージの管理者であり、対戦相手です』


「AI……。本当に出てきやがった」
能見が息を呑む。


「挨拶は不要だ」

僕は足を組み、モニターを見据えた。

「さっさとルールを説明しろ。
『囚人のジレンマ』と言ったな?
ゲーム理論の基本中の基本だ。
お互いに協力するか、裏切るか。その選択によって利得が変わる」


『ご明察です、芥川馨。
ですが、今回は通常のジレンマとは異なります。
貴方たち人間チーム3名対、私(AI)による変則マッチです』


モニターに、ルールが表示された。


【基本ルール】
1.プレイヤー(人間チーム)とAIは、それぞれ「協力」か「裏切り」のボタンを押す。
2.選択時間は60秒。
3.会話は自由だが、AIは人間の嘘(ブラフ)を音声解析で検知する。


【配当表(ペイオフ・マトリクス)】

A:双方が「協力」した場合
 →双方が「借金1億円減額」

B:双方が「裏切り」の場合
 →双方が「借金1億円増額」

C:片方が「裏切り」、片方が「協力」の場合
 →裏切った側:「借金3億円減額」
 →協力した側:「借金3億円増額」


「うわ……えぐいルール」
能見が顔をしかめる。

「つまり、相手が『協力』してくれると信じて自分も『協力』すれば、みんなハッピー(借金が減る)。
でも、もし相手に『裏切り』を選ばれたら、自分だけ大損(3億増える)して、相手はボロ儲け……ってことか」


「その通りだ。
そして、論理的に考えれば、正解は一つしかない」

僕は即答した。

「『裏切り』一択だ」


「えっ? なんでですか芥川さん!?」
歪が驚いて僕を見る。


「簡単な確率論だ。
相手が何を出してくるかわからない以上、自分が『協力』を選ぶのはリスクが高すぎる。
もし相手が裏切ったら致命傷(プラス3億)だ。
だが、自分が『裏切り』を選んでおけば、相手が協力してくれれば大勝(マイナス3億)、相手も裏切っても軽傷(プラス1億)で済む」

これをナッシュ均衡という。
お互いが自分の利益を最大化しようとすれば、必然的に双方が裏切り合い、共倒れになる。
救いのないゲームだ。


『その通りです、芥川馨。
貴方の論理的思考能力は評価に値します』

マキャベリの幾何学模様が、赤く点滅した。

『私はAIです。感情はありません。
常に「期待値が最大になる選択」のみを実行します。
つまり、私は100%の確率で「裏切り」を選択します』


「なっ……!?」
能見が立ち上がる。

「宣言しやがった!
絶対裏切るって言ってる相手に、協力なんかできるわけないだろ!」


『はい。ですので、貴方たちも「裏切り」を選ぶのが合理的です。
そうすれば、お互いに借金が1億増えるだけで済みます。
……破産するまで、永遠にね』


完璧な論理の罠。
AIは「絶対に裏切る」と宣言することで、僕たちの「協力」という選択肢を殺した。
僕たちが協力ボタンを押せば、AIに裏切られて3億の負債を背負う。
だから僕たちも裏切るしかない。
結果、双方が損をし続ける。


「……芥川さん。
このAI、嘘ついてません」

歪が、モニターを凝視しながら呟いた。

「色が……見えません。
本当に感情がないんです。
ただの計算式が、そこに在るだけ……。
だから、あの『裏切る』という言葉は、ハッタリじゃなくて事実です」


感情のない相手に、情けは通じない。
「次は協力しよう」という口約束も意味がない。


『さあ、第1ラウンドを開始します。
制限時間は60秒。
私の計算速度は光速です。
貴方たちがボタンに指をかけるより早く、最適解を入力します』


カウントダウンが始まる。

60、59、58……。


「どうするんだよ芥川さん!
裏切るしかないのか!?
でもそれじゃ、借金が増えるだけだぞ!」

能見がパニック状態で叫ぶ。
今の僕の借金は1億4000万。
ここで「双方裏切り(プラス1億)」になれば2億4000万。
「一方的にカモられる(プラス3億)」なら4億4000万。
どちらに転んでも地獄だ。


「……能見、歪。
僕の指示に従え」

僕は二人に目配せをした。

「え?」

「このゲームには、一つだけ抜け穴がある。
AIには理解できない、人間特有の『非合理的なバグ』だ」


僕はモニターのマキャベリに向かって、指を突きつけた。

「おい、ポンコツAI。
教えてやるよ。
人間ってのはな、損得勘定だけで動いてるわけじゃないんだ」


『……意味不明です。
利得を最大化しない行動は、ただのエラーです』


「そのエラーがお前を壊すんだよ」

僕は二人の手を取り、それぞれの前にあるボタンへと誘導した。

「いいか。
全員、僕の合図でボタンを押せ。
狙うのは『協力』でも『裏切り』でもない」


「えっ? ボタンは2つしかないですよ?」


「いや、あるさ。
第3の選択肢がな」


残り時間、10秒。
9、8、7……。


『無駄な抵抗です。
私の演算結果によれば、貴方たちの敗北確率は99.999%……』


「ゼロだ」

僕はニヤリと笑った。

「いまだ!
3人同時に、ボタンを『同時押し』しろ!!」


「「えっ!?」」

「協力と裏切り、両方のボタンを同時に叩け!
0.1秒のズレも許さない!」


『……何?』


3、2、1……。

「押せッ!!」


ダンッ!!

3つの拳が、コンソールを叩きつけた。
「協力」と「裏切り」。
相反する二つの信号が、同時にシステムへと送信される。


『エラー。
入力信号に矛盾(コンフリクト)が発生。
判定不能。
判定不能……』


モニターの幾何学模様が激しく乱れる。
AIは「どちらかを選ぶ」ことしかプログラムされていない。
「両方選ぶ」という矛盾した行動に対し、論理回路がフリーズを起こす。


「人間はな、迷う生き物なんだよ。
右に行こうとして左に行ったり、好きだと言いながら嫌ったりする。
その『矛盾』こそが、僕たちの最大の武器だ」


僕は混乱するAIを見据えた。

「さあ、処理してみろマキャベリ。
この論理的矛盾(パラドックス)。
お前の完璧な計算式で、どう答えを出す?」
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