借金13億の天才、デスゲームを「論理的」に搾取する。

白山 乃愛

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第19話 休息の対価と、消えない違和感

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バベルの塔での激闘から一夜が明けた。

僕たちに与えられたのは、タワーの中層階にある「スイートルーム」だった。
第3ステージをクリアした者だけに許された、一時的な安全地帯(セーフティ・エリア)。

ふかふかのキングサイズベッド。
冷蔵庫には高級食材。
バスルームにはジャグジー。
地獄の沙汰も金次第と言うが、地獄の休憩所もまた、金で舗装されているらしい。


「うひょー! 最高だぁ!
見てください芥川さん! 冷蔵庫のシャンパン、一本30万ですよ!」

能見がバスローブ姿で、高級酒をラッパ飲みしている。
昨夜、両腕を切断されかけた男とは思えない浮かれようだ。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
彼のこの「適応能力」だけは、ある意味で才能かもしれない。


「……能見。飲み過ぎるなよ。
アルコールで脳の処理速度が落ちれば、次のゲームで死ぬのはお前だぞ」

僕はソファに座り、タブレットの画面を睨んでいた。
現在の負債総額:-143,508,542円。

71億あった借金は、昨夜の取引で劇的に圧縮された。
だが、完済はしていない。
あえて「1億4000万」を残した。
これが僕の命綱であり、同時に「次の戦い」への参加資格でもある。


「芥川さん……」

シャワーを浴びてきた歪が、隣に座った。
濡れた髪をタオルで拭きながら、彼女は心配そうな顔で僕を見つめる。

「休まないんですか?
昨日は一睡もしてないのに……」


「休んでいる暇はない。
確認したいことがあるんだ」

僕はタブレットの画面を歪に見せた。
そこには、昨夜オークションで落札した「管理者権限譲渡契約書」の写真データが表示されていた。


「歪。昨夜、君はこの書類が入ったケースを見て『黄金色』だと言ったな?」

「はい。間違いなく、会場で一番価値のある色でした」

「だとしても……おかしいと思わないか?」

僕は眼鏡を外し、眉間を揉んだ。

「なぜ、あんな重要なものがオークションに出品されていた?
運営のトップ(ゲームマスター)が、自分の首を絞めるような商品を、誤って市場に流すはずがない。
司会者は『手違い』と言っていたが、それにしては出来すぎている」


「……罠、ということですか?」


「ああ。あるいは『テスト』だ」

僕は推論を重ねる。

あの鍵は、偶然そこに置かれていたわけじゃない。
誰かが意図的に混入させた。
『芥川馨なら、この価値を見抜けるか?』
『そして、手に入れた力をどう使うか?』
それを試すために。

もし僕が、あの場で調子に乗って「運営権を行使する」と宣言していたら?
おそらく、即座に処刑されていただろう。
「力」に溺れる者は、管理者にはふさわしくないからだ。

僕が「70億で売り払う(権利を放棄する)」という選択をしたからこそ、運営は取引に応じ、僕を生かした。
つまり、昨夜のオークションは、商品を手に入れるゲームではなく、「身の程をわきまえる理性があるか」を試す試験だった可能性が高い。


「……性格が悪いですね、運営の人」
歪が頬を膨らませる。

「はい。すごく嫌な色が見えます。
ドロドロした、暗い紫色の悪意……」


「違いない」

僕は写真をスワイプし、データを暗号化フォルダに格納した。
実は、鍵を返却する直前、書類に記載されていた数式とコードを全てスキャンしておいた。
今はまだ意味不明な文字列だが、解析すれば運営の中枢に繋がるヒントになるかもしれない。


「ところで、歪」
僕は話題を変えた。

「君の『目』のことだ。
昨夜の西園寺レオ……あのサイコパスを見た時、君は『色が反転している』と言ったな?」

「あ、はい。
笑っているのに悲しい色、怒っているのに嬉しい色……。
あんな色は初めて見ました」


「……君の共感覚は、単なる『感情の可視化』じゃないのかもしれない」

僕は彼女の瞳を覗き込んだ。
透き通るような茶色の瞳。
その奥に、現代科学では解明できない「特異点」がある。

「君の目は、相手の脳内物質(ドーパミンやアドレナリン)の分泌パターンを、色彩として知覚している可能性がある。
だから、脳の配線が違うサイコパスを見た時、色がバグって見えたんだ」


「脳内物質……?」

「ああ。
もしそうなら、君の能力はもっと『意図的に』使えるはずだ。
ただ受動的に見るだけでなく、自分の脳波をコントロールして、より深く『視る』ことも……」


その時。
部屋のドアチャイムが鳴った。

ピンポーン。


「ん? 誰だ?」
能見が酔っ払った足取りでドアへ向かう。
「ルームサービスか? まだ頼んでないぞー」


「待て、能見! 開けるな!」

僕が止めるより早く、能見はドアノブを回してしまった。


カチャリ。

ドアが開く。
そこに立っていたのは、ウェーターではない。
黒いスーツを着た、長身の女だった。
氷のような冷たい美貌。
そして、その手には「白い封筒」が握られている。


「失礼します。
第3ステージ通過者の皆様へ、次回ステージのご案内です」

女は事務的な口調で言い、封筒を能見に押し付けた。
そして、僕の方を見て、口角だけで笑った。


「芥川馨様。
上の者が、貴方の『賢明な判断』を高く評価しておりました。
……次も、その理性が保てることを期待しています」


女はそれだけ言い残し、足音もなく去っていった。


「……なんだよ、今の女。
すごい美人だけど、なんか怖かったな」
能見が鼻の下を伸ばしながら、封筒を開ける。


「おい芥川さん。これ見ろよ。
次のゲームのタイトルが書いてあるぞ」


僕は封筒の中身を奪い取った。
そこには、招待状が一枚。
記されていたのは、またしても悪趣味なゲーム名だった。


【第4ステージ:囚人のジレンマ・ロワイヤル】

【対戦相手:完全論理型AI『マキャベリ』】


「……AIだと?」

僕は招待状を握り潰した。
やはり来たか。
人間(サイコパス)の次は、感情を持たない「人工知能」。

確率の魔女ラプラス、狂気の西園寺。
それらを凌駕する、計算速度のバケモノ。


「歪。
次の相手は、君の『色』が見えないかもしれない」

「えっ……?」

「AIには感情がない。脳内物質も出ない。
君の目は無力化される。
……純粋な『論理(ロジック)』だけで戦うことになるぞ」


「……大丈夫です」
歪は、僕の手をギュッと握り返した。

「私には見えなくても、芥川さんには『計算式』が見えていますから。
信じてます、相棒(バディ)」


「……ああ。
見せてやるよ。
人間の悪知恵が、機械のアルゴリズムを上回る瞬間を」


休息は終わりだ。
僕たちは、スイートルームの快適な空気を捨て、再び戦場へと足を踏み出す。
借金完済まで、残り1億4000万。
ゴールは見えているが、その道はこれまで以上に険しい。
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