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第24話 聖域
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異変は、静かに、しかし劇的に進行していた。
俺たちが潜伏している奥多摩の別荘。その周囲の風景が、たった数日で一変していたのだ。
「……なんだ、こりゃ」
テラスに出た俺は、目の前の光景に絶句した。
昨日までは冬枯れしていた木々が、今は青々とした葉を茂らせ、季節外れの桜や向日葵が乱れ咲いている。
庭の芝生は足首が埋まるほど伸び、どこから集まってきたのか、野生の鹿や兎たちが警戒心もなくテラスの周りで寛いでいた。
「驚いた? ……あの子の影響よ」
背後から、イヴが抱きついてきた。
薄いシルクのガウン越しでも分かるほど、彼女の体温は高い。そして、その下腹部は、数日前よりも明らかにふっくらと膨らんでいた。
「お腹の赤ちゃんが放出する生命エネルギーが、周囲の生態系を書き換えているの。……ここはもう、日本であって日本じゃない。彼のための『聖域(サンクチュアリ)』になりつつあるわ」
イヴが愛おしそうにお腹を撫でる。
俺の子種を糧に急成長する胎児。そいつは母親の胎内から、既に世界を支配し始めているらしい。
「とんでもない怪物を仕込んじまったな」
「ふふ、パパに似て元気な子よ。……ほら、貴方のことも呼んでる」
俺が彼女の腹に手を当てると、ドクンッ!という強い波動と共に、全身の力が漲ってくるのが分かった。
親が子を育てるのではない。子が親に力を与え、守護している。そんな奇妙な共生関係。
「俊弘さん、イヴ! 中に入って!」
リビングからマリアの鋭い声が飛んだ。
彼女はモニターを睨みつけ、血相を変えている。
「結界センサーに反応あり! ……何かが、この『聖域』に侵入したわ」
「警察か?」
「いいえ。……もっと異質で、危険なもの。生体反応がない……ドローンでもない。まるで影のような……」
その瞬間だった。
ヒュンッ!!
風を切る音と共に、遥か彼方の森の中から、何かがイヴの頭部めがけて飛来した。
銃声はない。超長距離からの狙撃だ。
「イヴッ!!」
俺が反応するより早く、それは起きた。
イヴの目の前、空中の数センチ手前で、見えない壁に阻まれたように弾丸がピタリと止まったのだ。
ポトリ。
歪んだ鉛の塊が、テラスの床に落ちる。
『……ママを、いじめるな』
俺の脳内に、幼くも力強い「意志」が響いた。
イヴじゃない。胎児の声だ。
「……守ったのか? お腹の中から?」
俺は戦慄した。まだ生まれてもいない赤ん坊が、物理干渉フィールドを展開して母親を守ったというのか。
「……マリア、イヴを頼む」
俺はテラスの手すりに足をかけた。
恐怖はない。あるのは、俺の女と子供に手を出した愚か者への、煮えたぎるような殺意だけだ。
「俊弘さん!?」
「あの子が場所を教えてくれてる。……『あそこ』に、悪い虫がいるってな」
俺は森の中へと飛び降りた。
今の俺の身体能力は、野生動物すら凌駕する。鬱蒼としたジャングルと化した庭を、風のように疾走する。
植物たちが俺の進路を開けるようにざわめき、木の根が足場となって俺を加速させる。
この森全体が、俺の味方だ。
数キロ先の尾根。
そこに、迷彩服を着た「それ」はいた。
スコープを覗いたまま、微動だにしない。人間じゃない。全身を機械化したサイボーグの狙撃手だ。
「見つけたぜ、ガラクタ野郎」
俺が背後から声をかけると、狙撃手は人間離れした速度で振り返り、ライフルを構えた。
だが、遅い。
俺はライフルの銃身を素手で握り潰し、そのまま奴の首を鷲掴みにした。
「ガ、ガガ……ッ! 対象408……排除……不能……」
奴の人工音声がノイズ交じりに漏れる。
「誰の差し金だ? 評議会か? それとも残党か?」
俺は指に力を込めた。強化骨格がミシミシと悲鳴を上げる。
その時、奴のカメラアイが点滅し、全く別の男の声がスピーカーから流れた。
『……驚いたな。まさか旧式のハンターユニットが、手も足も出ないとは』
「誰だ」
『私は「ドクター・ギル」。評議会の新しい技術顧問だ。……君のサンプル、非常に興味深い。特にその胎内の「検体」はね』
「……俺の子に手を出そうなんて、いい度胸だ」
『手は出さないさ。……向こうから来てくれるはずだ。君たちが育てているのは、世界を救う神か、それとも滅ぼす悪魔か。……楽しみにしているよ』
プツン。
通信が切れると同時に、サイボーグの胸部が赤く発光した。自爆シークエンスだ。
「チッ!」
俺は奴の体を谷底へと放り投げた。
直後、爆炎が上がり、森の一部を吹き飛ばした。
「……宣戦布告ってわけか」
俺は燃え上がる炎を見つめながら、拳を握りしめた。
敵はまだ諦めていない。それどころか、俺たちの子供の存在に気づき、新たな実験材料として狙っている。
だが、上等だ。
俺たちが作り出すのは「国」じゃない。
俺とイヴ、そして生まれてくる最強の子供。この「家族」こそが、世界最強の軍隊だ。
俺は踵を返し、愛する者たちが待つ聖域へと戻っていった。
戦いの火蓋は切って落とされた。これからは、守るための戦いじゃない。
狩るための戦いだ。
俺たちが潜伏している奥多摩の別荘。その周囲の風景が、たった数日で一変していたのだ。
「……なんだ、こりゃ」
テラスに出た俺は、目の前の光景に絶句した。
昨日までは冬枯れしていた木々が、今は青々とした葉を茂らせ、季節外れの桜や向日葵が乱れ咲いている。
庭の芝生は足首が埋まるほど伸び、どこから集まってきたのか、野生の鹿や兎たちが警戒心もなくテラスの周りで寛いでいた。
「驚いた? ……あの子の影響よ」
背後から、イヴが抱きついてきた。
薄いシルクのガウン越しでも分かるほど、彼女の体温は高い。そして、その下腹部は、数日前よりも明らかにふっくらと膨らんでいた。
「お腹の赤ちゃんが放出する生命エネルギーが、周囲の生態系を書き換えているの。……ここはもう、日本であって日本じゃない。彼のための『聖域(サンクチュアリ)』になりつつあるわ」
イヴが愛おしそうにお腹を撫でる。
俺の子種を糧に急成長する胎児。そいつは母親の胎内から、既に世界を支配し始めているらしい。
「とんでもない怪物を仕込んじまったな」
「ふふ、パパに似て元気な子よ。……ほら、貴方のことも呼んでる」
俺が彼女の腹に手を当てると、ドクンッ!という強い波動と共に、全身の力が漲ってくるのが分かった。
親が子を育てるのではない。子が親に力を与え、守護している。そんな奇妙な共生関係。
「俊弘さん、イヴ! 中に入って!」
リビングからマリアの鋭い声が飛んだ。
彼女はモニターを睨みつけ、血相を変えている。
「結界センサーに反応あり! ……何かが、この『聖域』に侵入したわ」
「警察か?」
「いいえ。……もっと異質で、危険なもの。生体反応がない……ドローンでもない。まるで影のような……」
その瞬間だった。
ヒュンッ!!
風を切る音と共に、遥か彼方の森の中から、何かがイヴの頭部めがけて飛来した。
銃声はない。超長距離からの狙撃だ。
「イヴッ!!」
俺が反応するより早く、それは起きた。
イヴの目の前、空中の数センチ手前で、見えない壁に阻まれたように弾丸がピタリと止まったのだ。
ポトリ。
歪んだ鉛の塊が、テラスの床に落ちる。
『……ママを、いじめるな』
俺の脳内に、幼くも力強い「意志」が響いた。
イヴじゃない。胎児の声だ。
「……守ったのか? お腹の中から?」
俺は戦慄した。まだ生まれてもいない赤ん坊が、物理干渉フィールドを展開して母親を守ったというのか。
「……マリア、イヴを頼む」
俺はテラスの手すりに足をかけた。
恐怖はない。あるのは、俺の女と子供に手を出した愚か者への、煮えたぎるような殺意だけだ。
「俊弘さん!?」
「あの子が場所を教えてくれてる。……『あそこ』に、悪い虫がいるってな」
俺は森の中へと飛び降りた。
今の俺の身体能力は、野生動物すら凌駕する。鬱蒼としたジャングルと化した庭を、風のように疾走する。
植物たちが俺の進路を開けるようにざわめき、木の根が足場となって俺を加速させる。
この森全体が、俺の味方だ。
数キロ先の尾根。
そこに、迷彩服を着た「それ」はいた。
スコープを覗いたまま、微動だにしない。人間じゃない。全身を機械化したサイボーグの狙撃手だ。
「見つけたぜ、ガラクタ野郎」
俺が背後から声をかけると、狙撃手は人間離れした速度で振り返り、ライフルを構えた。
だが、遅い。
俺はライフルの銃身を素手で握り潰し、そのまま奴の首を鷲掴みにした。
「ガ、ガガ……ッ! 対象408……排除……不能……」
奴の人工音声がノイズ交じりに漏れる。
「誰の差し金だ? 評議会か? それとも残党か?」
俺は指に力を込めた。強化骨格がミシミシと悲鳴を上げる。
その時、奴のカメラアイが点滅し、全く別の男の声がスピーカーから流れた。
『……驚いたな。まさか旧式のハンターユニットが、手も足も出ないとは』
「誰だ」
『私は「ドクター・ギル」。評議会の新しい技術顧問だ。……君のサンプル、非常に興味深い。特にその胎内の「検体」はね』
「……俺の子に手を出そうなんて、いい度胸だ」
『手は出さないさ。……向こうから来てくれるはずだ。君たちが育てているのは、世界を救う神か、それとも滅ぼす悪魔か。……楽しみにしているよ』
プツン。
通信が切れると同時に、サイボーグの胸部が赤く発光した。自爆シークエンスだ。
「チッ!」
俺は奴の体を谷底へと放り投げた。
直後、爆炎が上がり、森の一部を吹き飛ばした。
「……宣戦布告ってわけか」
俺は燃え上がる炎を見つめながら、拳を握りしめた。
敵はまだ諦めていない。それどころか、俺たちの子供の存在に気づき、新たな実験材料として狙っている。
だが、上等だ。
俺たちが作り出すのは「国」じゃない。
俺とイヴ、そして生まれてくる最強の子供。この「家族」こそが、世界最強の軍隊だ。
俺は踵を返し、愛する者たちが待つ聖域へと戻っていった。
戦いの火蓋は切って落とされた。これからは、守るための戦いじゃない。
狩るための戦いだ。
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