日本でモブだった俺、レベルの低すぎる異世界では「顔面国宝」兼「全知の賢者」らしい

ひふみ黒

文字の大きさ
3 / 6

第3話 放課後の個人授業、「ペンの持ち方」を教えただけで昇天されました

しおりを挟む
体育の授業が終わる頃には、俺はすっかり疲弊していた。

「10秒ジャスト……! 神の領域を、あんな涼しい顔で……!」
「拓海くん、お願い! 私の専属トレーナーになって!」
「いいえ、私の国の軍事顧問になってください!」

50メートルを軽く流して走っただけで、この騒ぎだ。
世界記録保持者(ただし手加減済み)という肩書きまで背負ってしまった俺は、放課後を待ち望んでいた。

キーンコーンカーンコーン……。

ようやく授業終了のチャイムが鳴る。
俺はカバンを掴み、逃げるように席を立った。
目立ちすぎた。これ以上学校にいたら、ファンクラブどころか親衛隊まで結成されかねない。

「拓海くん!」

教室を出ようとした俺の腕を、柔らかい手がガシッと掴んだ。
振り返ると、ボブカットの美少女――古賀陽菜が、上気した顔で立っていた。

「逃がさないよ? 約束、覚えてるよね?」

彼女の瞳は、獲物を逃がさない肉食獣のように濡れている。
そうだった。
俺がうっかり黒板に書いた『漢字』を見て、彼女は「教えて欲しい」と言ってきたんだった。

「あ、ああ。もちろん」

「よかったぁ。じゃあ、行こ? 私の家、すぐそこだから」

陽菜は俺の腕を自身の豊満な胸に抱え込むようにして、校門へと引っ張っていく。
周りの女子たちから「ずるい!」「抜け駆けよ!」と悲鳴が上がるが、陽菜は勝ち誇った笑顔でそれらを無視した。

(……まあ、字を教えるくらいならいいか)

俺は甘い感触を腕に感じながら、楽観的に考えていた。
だが、この時の俺はまだ分かっていなかったのだ。
この世界における「勉強」が、どれほど刺激的で、背徳的な行為なのかを。


陽菜の家は、学校から徒歩10分の場所にあった。
というか、「家」ではなかった。

「……ここ?」

目の前にそびえ立つのは、六本木の一等地に建つ超高級タワーマンション。
その最上階が、彼女の自宅だった。

「パパとママは海外に行ってるから、今は私一人なの。ふふ、誰にも邪魔されないね」

陽菜はオートロックを解除し、俺をエレベーターへと招き入れる。
密室。
二人きり。
上昇するエレベーターの中で、陽菜の視線が俺の顔、首筋、そして手にねっとりと絡みつく。

「早く教えて欲しいな……拓海くんの『神代文字』……」

彼女の息遣いが荒い。
ただの勉強会のはずなのに、なんでこんなにエロい雰囲気になってるんだ?


通されたのは、夜景が一望できる広すぎるリビングだった。
高級そうな革のソファに並んで座る。
距離が近い。太ももが触れ合っている。

「じゃあ、さっそく始めようか。ノートとペンはある?」

俺が努めて冷静に聞くと、陽菜は震える手で新品のノートとボールペンを取り出した。

「は、はい……準備万端よ」

「よし。じゃあ、まずはペンの持ち方からだな」

俺は陽菜がペンを握る手を見た。
そして、絶句した。

彼女はペンを、まるでスプーンか何かのように、鷲掴みにしていたのだ。
グーで握りしめている。
幼児か。

「……陽菜、それじゃ字は書けないよ」

「えっ? う、嘘……私、これでもクラスで一番字が綺麗って言われてるのに……」

マジかよ。
この世界の文明レベル、どうなってるんだ。

「貸して。こうやって持つんだ」

俺は陽菜の右手を包み込むようにして持ち、指の位置を矯正した。
親指と人差し指で軽く挟み、中指を添える。
ごく普通の、ペンの持ち方だ。

「あっ……んっ……♡」

俺が指に触れた瞬間、陽菜が艶っぽい声を漏らした。
ビクリと彼女の体が跳ねる。

「ど、どうした?」

「す、すごい……! 指が……ペンの重心を完全に支配してる……!」

陽菜はトロンとした目で、俺の手と自分の手を見つめている。

「これが『知の賢者』の指使い……! 効率的すぎて、脳が痺れるぅ……!」

「いや、ただの持ち方だから」

「ねぇ拓海くん、そのまま動かして……? 私の手を、あなたの意のままに操って……」

陽菜が俺の肩に頭をもたせかけてくる。
甘いシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
勉強を教えているだけなのに、まるで愛撫でもしているかのような空気だ。

「……わかった。じゃあ、陽菜の名前を書いてみようか」

俺は彼女の手を握ったまま、ペン先をノートに走らせた。

『陽』

左側の『こざとへん』を書く。
曲線と直線のバランス。

「ぁぁっ……! ダメ、そんな複雑な形……頭がおかしくなっちゃう……!」

『菜』

草冠に、採るという字。
画数が多い。

「んんっ! すごい、すごいよぉ……! 線が絡み合って、一つの意味を成してる……! 深い、深すぎるよぉっ!」

最後の画を書き終えた瞬間、陽菜はガクッと力尽きたように俺の胸に倒れ込んだ。
ハァハァと荒い息を吐き、顔は茹でダコのように真っ赤だ。

「……大丈夫か?」

「はぁ、はぁ……すごい……。文字を書くだけで、こんなに気持ちいいなんて……」

陽菜は潤んだ瞳で俺を見上げ、とんでもないことを言い出した。

「ねぇ、拓海くん。ノートじゃ満足できない」

「え?」

陽菜は制服のブラウスのボタンを外し、白くなめらかな鎖骨を露わにした。

「私の……ここに書いて?」

彼女は自分の胸元を指差した。

「拓海くんのその神の知識を、私の肌に直接刻み込んで……! 私を、あなたの所有物にして欲しいの……!」

「ちょ、おま、それは流石に!」

「お願い……! 断られたら私、どうにかなっちゃう……!」

陽菜が俺の手を掴み、自分の肌へと導こうとする。
柔らかい感触。
熱い体温。

俺は天を仰いだ。
ペンの持ち方を教えただけでこれだ。
もし数学の方程式なんて教えた日には、この子はどうなってしまうんだ?

「……一文字だけだぞ」

「うん……♡ 優しく、書いてね……?」

俺は震える手でペンを握り直した。
イージーモードすぎる異世界生活。
どうやら俺の貞操の危機は、レベルの低さと比例して高まっていくらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...